「おい、ちょっと、そこの君」 「はい?」  俺は目の前を通り過ぎようとしたピカチュウを呼び止めて、訊いた。 「ちょっと見てくれ。こいつをどう思う?」 「え? ……はぁ、えっと、すごく……テカってます」 ― デコに小判 ― 「うむ、そうだろう。なかなか良い目を持っているな、君は」 「あ、ありがとうございます……」  俺が満足して頷きつつそう言うと、その通りすがりピカチュウは、誰だよお前的な視線を発しつつ礼を言った。  気まずい空気が俺とピカチュウの間に流れているが、そんな事を気にしてはいられない。  何故なら、俺にはどうしても言いたいことがあったからだ。  それを言おうと口を開きかけた時、先にピカチュウが切り出した。 「それ、小判ですよね」  俺はさらに感嘆の念を覚えた。 「なんと……前言撤回だ。君は素晴らしい観察眼をお持ちのようだな。そう、そうなんだ。小判なのだよこれは」 「ええ、ですよね。しかもデコにあるんですよね」 「おお! そこまで分かるかね!? なんという……君はフーディンの目を持っているのか?」 「いえ、違いますよ。てか見えてますし」 「いやはや、千里眼という圧倒的力を持っていながらその謙虚さ、ブリリアント!」 「ぶり……?」  俺は今恐れおののいている。なんなんだこのピカチュウは。  いや、ピカチュウという種類に当てはめてしまうのも躊躇われるほどとてつもなく大きな器と、俺は対峙している。  くっ、俺としたことが……膝が笑っている。イカン、こんなことではダメだ。  俺はこの程度でビビってしまうような臆病者ではないはずだ。そう、これは武者震いだ。 「あの、ちょっと?」 「ん? なんだね」 「あ、いえ、その、先ほどから反応がないもので……」 「ああ、すまん。少し考え事をしていた」 「そうですか。えーと、それで、もう行っていいですか?」  俺はハッとした。しまった、このピカチュウの偉大さに気圧され、大事なことを忘れていた。  俺には言わなければならないことがあるんだった。 「い、いやちょっと待ってくれ。どうしても伝えたいことがあるんだ。少しだけ時間をくれないか?」 「はぁ……。まぁ、いいですけど」 「そうか、悪いな」 「いえいえ」  愛想笑いの端に苦しさが滲み出ているのは俺にもわかるが、  しかしそれでもちゃんと言うことを聞いてくれようとしている。  素晴らしい。いやもうそれしか言うことがない。自分を犠牲にしてまで全てを聞き入れるなど、もはや悟りの境地まで達しているのだろう。  もう一度言わせてくれ。素晴らしい。  ……ってそんなこと考えている場合ではなかった。  俺には言わなければならないことがあるんだった。ってこれ言うの二回目だ。そういえば素晴らしいはもう三回言った。  ダメだダメだ。同じフレーズを連発していては小説としての価値が下がるどころか、筆者の語彙の無さが露呈してしまう。  ん? 小説? 筆者? なんのことです? 「ちょっと、ちょっとちょっと」 「なんのことです?」 「は?」 「あ、いやすまない。少し考え事を……」 「またですか。できれば早くしてもらいたいんですが」 「ああ、そうだな、申し訳ない」  流石に目つきが険しくなってきたピカチュウに俺は謝った。  ヤバイな、これ以上このピカチュウを怒らせてはいけない。もしかしたら天変地異が起こるかもしれん。 「まぁなんだ、俺の言いたいことというのはだな……つまりだ。俺が猫ポケモンのニャースであるってのは分かるな」 「はい」 「ニャースは猫に小判という技を使うことができるのも知っているな」 「ええ」 「そして、ニャースのデコには小判がある。これがどういうことだか分かるか?」 「え……あ……まさか……!」  漫画の某ブリ○チのキャラみたいなリアクションに、俺は思わず唇の端を広げた。  ふふふ、分かってしまったようだな。そうだろう、例えどんなに偉大な存在でも、神ですらこの言葉には恐怖せずにいられないだろう。  言おうとしている俺だって相当な覚悟を持って話さなければならない。今俺の脇は汗でびしょびしょだ。  よし、言うぞ俺。やるんだ俺。頑張れ俺。立つんだジョー! 「そう! 俺達ニャースは、デコに小判で、猫に小判なんだよ!」 「な、なんだってー!?」  俺が放った最強最悪壮絶激烈空前絶後焼肉定食な言葉に、ピカチュウは驚愕したようだ。  だが、まだだ、まだ終わらんよ。 「誰の陰謀かは分からんが、俺達はデコに小判で猫に小判である。さらに、アニメでは人語を操るニャースがいる。 デコに小判で猫に小判であり、人語を操れる。そこで俺は考えた。デコに小判で猫に小判で人語を操るポケモンが他にいるか? いやいない。 絶対不可侵、孤高にして至高なる存在、ニャースこそが最強のポケモンではないのかと!」 「なっ……莫迦な……!」  俺の唱えたニャース最強説にピカチュウの驚きは軽々と許容範囲を超え、どうやらそのメーターは脳みそに突き刺さり機能を停止させたらしい。   「俺はこのことを文章に纏め、それをポケモン研究の権威オーキド博士へと送る。そしてその論文を見たオーキド博士は稲妻の如き衝撃を受けると共に感動し、 ニャース最強説を学会で発表する。俺達ニャースはその存在を改められ、最強のポケモンとして認知され崇められもてはやされる。 『ニャース様最高! ニャース様素適! ニャース様神! よろしい、ならばニャースだ』とな。 これが、俺の考えるニャースのニャースによるニャースのための計画である!」 「…………!」  俺の天才的かつファンタスティックで華麗なるアクロバットのような弁論に、ピカチュウの顔面はムンクの叫びそっくりになっている。  フハハハハ! いい反応だ! 素晴らしい! ……あっ、しまった四回目だコレ。  ってだから三回目とか四回目とかさっきからなんなんだ。そんなことを考えている場合じゃないんだ。俺には言わなければならないことがってああああこれ三回目だ畜生!  ……待て、落ち着け俺。いやむしろ餅つけ俺。ここで取り乱しては、誰か知らんが俺の思考を操っている奴の人形と化してしまう。  冷静になれ。そう、精神を研ぎ澄ませろ。武士道の精神だ。よし、いいぞ、ヒーヒーフー、ヒーヒーフー。 「ヒーヒーフー。……で、だ。俺はこの計画を実行に移すため、助っ人を探していたんだ。一人でやるにはあまりにもリスクが大きいからな。 探しに探した。そして俺はようやくその存在を見つけた。君だ。ピカチュウ君。君は十二分に信頼を得られる実力、人柄、才能を持っている。 俺は今から君を一年契約、契約金一万円、年俸千円で雇おうと思っていた、のだが――」 「?」 「やめた」 「……へ?」  ポカンとするピカチュウ。 「俺はようやく気づいた。ニャースは最強のポケモンではなかった。デコに小判で猫に小判を超える、絶対的最強なポケモンがいたのだ!」  声高らかに叫ぶ俺に、ピカチュウは恐る恐る訊いた。 「そ、それは一体誰なんですか?」 「君だ」  みるみるうちにピカチュウの表情がムンクから素の顔を通り越してはてなへと変わっていく。 「俺は知らなかった。まさかピカチュウがこれほどのものとは。電気鼠、黄色い体毛、頬にある赤い電気袋、どれをとっても素晴らしい! あっこれ5回目……ええい! もういい! 言いまくるぞ! 素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい! ああ本当に素晴らしいよピカチュウ君! アニメでは主人公の相棒、Nо.1パートナーでレギュラーの地位を不動のものにしていて、 ポケスペではカントー編ジョウト編共に獅子奮迅の活躍を見せ、 ゲームではイエロー版、主人公の後ろをピカチュウがついていくというまさにピカチュウのために作られたような物もあった! ピカチュウの人気は鰻が滝を登る程に上がり続け止まることを知らない!  そうだ! よく考えてみれば俺達ニャースなんて所詮デコに小判で猫に小判でしかなかったのだ!」  一気にまくし立てた俺をピカチュウは凝視している。察するに、はぁ? 何言ってんだこいつと思っているに違いない。  だがそれも仕方ないことだろう。  誰だって知らない奴にいきなりお前最強だよと言われてもピンとくるこない以前の問題だ。  俺だって突然そんなこと言われたら、あるあ……ねーよwと即座に突っ込みをいれたくなること間違いなしだ。  しかしだ、ピカチュウが最強であることは既に決定されたものであり覆ることはなく、最早常識として根付いてしまっているのだ。  なんと素晴らしきピカチュウ。  何回素晴らしいと言ったのだろうという疑問さえ吹っ飛んでしまっていて、今頃その気持ちはオゾン層辺りでレックウザと仲良く飛び回っていることだろう。 「ニャース最強説計画は中止にし、代わりににピカチュウ最強説を先ほど言った手順で行う。君も手伝ってくれるね、ピカチュウ君」 「え?」  よし、そうと決まったら早速行動するのみだ。  俺はピカチュウの腕を掴んで走り出す。 「さあ行くぞ! ピカチュウ君! 栄光の未来へと!」 「え? ? え? ぇえ??」  なんという晴れやかな気持ち!    ああ素晴らしき世界! ああ素晴らしきポケモン! ああ素晴らしきピカチュウ! 「ピカチュウ最高!」                                                                                    糸冬                                                                                    ――                                                                                    ミンチ