ミ ュ ウ と ミ ュ ウ ツ ー の 話   第 一 集






 【じゆう】


「ツー、ひさしぶりー」

「……ああ、しばらくぶりだな。ミュウ」

 ふわふわと空中を揺らめきながら夜の都市の上空を移動していたミュウが、 見知った気配に誘われてとあるビルの屋上に降りると、そこにはミュウツーがいた。
 ミュウはきょろきょろとミュウツーのまわりを見回した。
 昔はいたはずのものたちが、今は見えなかったから。

「コピーたちは、どうしたの?」

「……彼らは、生きている。この世界の生き物として、どこかでな」

「そっか。自由になったんだ」

「そうだ。彼らは自由になった」

 都市のどこか遠くを見つめながら呟くミュウツーに、ミュウは首をかしげる。

「ぼくはツーのことを言ったんだよ」

「なに……?」

 怪訝そうな声を出すミュウツーに、ミュウは言った。

「だってツーは、じぶんで作り出したコピーにしばられてたじゃない」

「…………な、」

「だから、自由になったのは、ツーなんだよ」

 くるくるとミュウツーのまわりを回りながら、ミュウは笑った。


「ねえツー、いっしょに行こう」

 都市の向こう、地平線を指差しながら、ミュウは言う。
 いつのまにか夜が明けて、紺色が空色に染め始められていた。
 ミュウツーは、そのまぶしさに目を細める。

 ミュウは、ミュウツーの手を、自分の小さな手で握った。


「きっと、たのしいから。ここよりも、ずっと」



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 【かいほう】


「ね、たのしいでしょう?」

「楽しいかどうかは知らんが、良いところではある……」

 ミュウとミュウツーが二匹で静かに飛ぶのは、深い深い森の中。
 人の気配など、まったくなく。
 ただあるのは、緑の中で息づくポケモンたちと、動植物だけ。

「……みな、自由に生きているのか」

「うん、みんな自由にくらしてる」

「そうか……」

 歳を経て天まで届きそうなほどに成長した樹木。
 それを見上げて、ミュウツーは飛行を止めた。

「みな、自由か」

 空を覆いつくさんとばかりに大きく広がる葉の隙間からのぞく青空をミュウツーは 眺め、小さく小さく、独り言をこぼす。

「コピーたちも……どこかで、自由にくらしているのだろうか」

 ミュウツーの言葉を聞いたミュウは、樹木の高いところにある、太い枝に座る。
 そして、自分の隣をぽんぽんと叩いた。

「ツー、こっち、こっち」

「……ああ」

 また何か哲学的な考えにでも没頭しているのか返事が上の空だったが、それでも ミュウツーはミュウの言うことを聞き入れ、ミュウの隣にまで上がってくる。

「あそこにフシギバナがいるよ」

 ミュウが指差したほうを見ると、森の草木にまぎれて、鮮やかな赤い花が見えた。
 大きなそれは、時々ごそごそと動く。……確かに、あれはフシギバナだ。

「ねえツー、あれは、ツーのつくったコピーだとおもう?」

「……そんな、わけが」

「どうしてわかるの?」

 ミュウの言葉に、ミュウツーは言葉を詰まらせた。
 もう一度、フシギバナに視線を向ける。

 コピーのフシギバナは、どんな姿をしていただろう。

「あのフシギバナは、どうしてコピーじゃないって、おもうの?」

「…………ッ」

「もしかしたら、コピーかもしれないよ」

 見れば見るほど、ミュウツーにはわからなくなった。
 あれは、コピーだったろうか?それとも、ただの野生なのだろうか?
 ……区別が、つかない。

「ねえ、ツー」

「……なんだ」

「わからないでしょう?」

 ミュウツーがフシギバナから視線を外して振り向くと、ミュウは笑う。

「だからさ、もうへいきなんだよ」

「……」

「コピーとか、そうじゃないとか、だれもわからないんだからさ」

 作り出したミュウツーでさえ区別できないんだし、と続けて、ミュウはしっぽを ゆらゆらと揺らしながら、その大きな目を細め、ミュウツーを見つめた。

「だから、もう、ツーは気にすることないんだ」

「……そう、なのか」

「うん」

「……私は、責任があると、思って」

「うん」

「私のエゴで、コピーたちを作り出してしまって、私は」

「わかってる」

「もう、気にしなくて、いいと……?」

「そうだよ、ツー」

 吐き出すようなミュウツーの言葉を、ひとつひとつミュウは受け止める。

「だから、ぼく言ったでしょう?ツーは自由なんだって」

 ミュウは、ふわりと浮き上がり、ミュウツーの頭を優しく撫でた。


「自由、おめでと、ツー」


 ミュウツーが目を伏せると、一粒の涙が落ち、ミュウツーを真の意味で開放した。
 次に目を開いた時に瞳に移る世界はきっと、色鮮やかな、自由の世界。



――――――――――――――


 【きのみ】


「ツーは、どれがいい?」

 そう言ってミュウが差し出したのは、五つの木の実。
 クラボ、カゴ、モモン、チーゴ、そしてナナシの実。

「……どれでもいいが」

「えー」

 ミュウツーの答えに、なぜかミュウは不満そうだ。

「クラボはからくて、カゴはしぶくて、モモンはあまくて、
 チーゴはにがくて、ナナシはすっぱいんだよ」

 ひとつひとつの木の実を丁寧に説明して、ミュウはもう一度聞く。

「どれがいい?」

「……だから、どれでもいい」

「えー」

 やっぱり、ミュウツーの答えにミュウは不満そうだ。

「すきなあじとか、ないの?」

「……あまり考えたことはないな」

「そっか。わからないのか」

 ミュウは何か納得したように頷くと、木の実をミュウツーを交互に見ながら、 少し考えた後、赤くて小さなクラボの実をひとつ、ミュウツーに差し出した。

「はい、これ、口に入れて」

 言われるまま、ミュウツーはクラボの実を受け取り、ぱくりと一口で口に含む。

「ゆっくり食べてね」

「…………わかった」

 もぐもぐと、ミュウの言うとおりにゆっくり噛んでいる。
 ちょっとして、ミュウツーは眉間に皺をよせた。

「どう?」

「……ぴりぴりする」

「それが、『からい』っていうあじ」

 ミュウツーが食べ終わるのを見計らって、次はこれね、とミュウが差し出したのは 青色がさわやかな、手のひらにおさまる大きさのカゴの実。

「ちょっとかたいけど、かじってね」

「ああ」

 固い皮に苦労しながらかじっているミュウツー。
 もくもくと食べ続け、きれいに平らげた。

「それが、『しぶい』っていうあじ」

 じゃあ今度は、とピンク色が美しいモモンの実を差し出される。
 受け取ると、持ったところが少し歪み、ミュウツーの手に果汁がついた。

「やわらかいから、気をつけて」

「……そういうことは渡す前に言って欲しかったが」

 小さく文句を言いながら、ミュウツーはモモンの実をちびちびとかじる。
 ……が、半分ほど食べたところで、ミュウにつき返してしまった。

「いらないの?」

「……これは苦手だ」

「ふうん。じゃあ、ぼくが食べようっと」

 残りの半分を一口で食べると、口をもごもごとさせながらミュウは言う。

「さっきのが、『あまい』」

 ぼくはあまいの好きなのになあ、と呟きつつ、ミュウは鮮やかな水色が綺麗な チーゴの実をとって差し出した。
 今回は途中で残すようなこともなく、ミュウツーはちゃんと平らげる。

「それが、『にがい』」

 最後の木の実は、黄色がまぶしいナナシの実。

「これでぜんぶだね。はい」

 何も言わずに受け取ってかじるミュウツー。
 しかし、今度は3分の一ほど食べたところで、やめてしまう。

「今のが、『すっぱい』だよ」

 返されたそれをミュウが食べて、それで木の実は全部なくなった。


「ねえツー、ちゃんとぜんぶあじわった?」

「……ああ」

「じゃあ、もういっかいね」

 いつのまに用意したのだろう、ミュウツーの前に、五つの木の実が並んでいた。
 クラボ、カゴ、モモン、チーゴ、そしてナナシの実。
 どの木の実も、自己主張するようにお互いの色彩を競っている。

「ツーは、どれがいい?」

 どこか楽しげなミュウの言葉に、ミュウツーは返事を返さなかった。
 言葉のかわりに、手を伸ばす。



 その日、ミュウツーは、自分が渋いものと苦いものが好きなのだと理解した。
 あと、甘いものと酸っぱいものが苦手なのだということも。



――――――――――――――


 【なかま】


「みてみて、ツー!ハネッコたちのむれ!すっごぉい!」

「ああ……百匹程度、といったところか。移動中だな」

「どこにいくのかなー。ついていこうかなー」

「これから寒くなるし、南の土地に行くのだろう。
 私たちは南から来たのだから、ついていっても元の場所に戻るだけだぞ」

「……もっと、はしゃいでもいいのにー」

「……そういうのは、私のキャラではない」

「それもそうか」

 視界を埋め尽くすほどの数で空を横切る、大移動真っ最中のハネッコの群れ。
 その群れの真っ只中を通りぬけながら楽しそうな声を出すミュウとは裏腹に あくまで冷静そのもので分析するミュウツーに、ミュウは呆れたような声を出したが、 すぐに気をとりなおして、ハネッコたちを相手にじゃれはじめた。

「なかまがたくさんいると、いいよね」

「……ミュウは、いつも一匹でいるな」

「そう?」

「お前の仲間は、見たことがない」

「だって、ほとんどいないし」

 ミュウツーの言葉に、ミュウは、ハネッコの一匹と手を取り合ってダンスを踊るように くるくると回りながら、いつものように底抜けにお気楽な声で言う。

「むかしはいたような気もするけど」

「……昔」

「うーん、でもすごくむかしのことだから、もうおぼえてないや。
 あははっ、くすぐったいっ」

 ハネッコの葉っぱで頬をくすぐられて、ミュウは笑う。
 その声に、暗いところはかけらも見つけられなかった。

「……仲間を恋しく思ったりは、しないのか?」

「ツーは、さびしいんだ」

 ハネッコとじゃれたままのミュウにずばりと言われて、ミュウツーは黙り込んだ。
 自分でもよくわかっていなかった感情を、見抜かれてしまったから。

「コピーを作ったのも、ジョーイさんをつれていったのも、さびしかったから?」

「…………」

「そうなんだ」

 ハネッコを開放して見送ったミュウは、ミュウツーに向き直った。

「ねえツー、ツーは、なかまがほしいの?」

「……ミュウは、欲しくないのか。仲間が」

 質問に質問で返されたが、ミュウツーのその言葉は、確かな肯定の言葉だった。
 たったひとりで生まれ、生きた者の、心の空洞。
 いつのまにか、ハネッコの群れも通り過ぎて、その場にいるのは二匹だけ。

「ほしいとおもったときもあったよ。ぼくだって、いきものだもの。
 ずうっとひとりでいきるのは楽だけど、さむいから」

「……『あった』?」

 微妙な過去形の含みを感じ取ったミュウツーが聞き返すと、ミュウは頷く。

「ツーに会ってからは、おもったことはないよ」

「……!?」

 完全に予想外だった言葉をぶつけられ、ミュウツーはひるんだ。
 ミュウはそんな反応に首をかしげて、言葉を続ける。

「だって、ツーとぼくは、なかまでしょ?」

「……ッ」

 そっとミュウツーの手に触れて、自分のと見比べる。
 大きさも形も違う、ふたつの手のひら。

「すがたはちがうけど、おんなじ」

 けれど、それは間違いなく同じもの。
 ミュウツーは何も言わないまま、ミュウと自分の手を見つめていた。

「だからさ、ぼくにはツーがいるし、ツーにもぼくがいるよ」

 ミュウは笑う。


「ねえツー、つぎはどこにいっしょに行こうか?」



――――――――――――――


 【へんげ】


「ミュウ?」

 ミュウツーが声をかけても、ミュウの返事はなかった。

「……ミュウ?」

 ちょっと目を放した隙に、ミュウの姿が草原にまぎれて消えてしまった。
 ミュウツーはため息をつき、草原をふわりと飛んで移動し始める。

 目の前の草原に散らばるのは、無数のポケモンたち。
 何匹ものコラッタが走り、空をポッポの群れが飛ぶ。キレイハナたちが踊り、 遠くに見える木にはエテボースとエイパムの親子が仲良さそうに身を寄せ合う。
 さまざまな鳴き声、足音、気配。
 あまりにも多いそれら。

 しかし、ミュウツーは目の前を横切っていくジグザグマの群れの中の一匹を 正確に見つけ、捕らえ、尻尾を掴んで持ち上げた。

「何の冗談だ?」

「きゅう、きゅうーっ?」

 ミュウツーの言葉に、こっちが何の冗談だとばかりに抗議の鳴き声を上げて じたばたするジグザグマに、ミュウツーはふんと鼻で笑って言った。

「とぼけるのはやめたらどうだ、ミュウ」

「……ばれてたか」

 暴れるのをやめて、大人しくなるジグザグマ。
 見た目こそ違うが、送られてきたテレパシーは間違いなくミュウのもの。

 ミュウツーが尻尾を放すと、ミュウはくるりときれいに着地して、 へんしんを解いた。
 それまで心配そうにミュウの様子を窺っていたジグザグマたちの群れは、 己と同じものだと思っていたものの姿が突然変わったことに驚き、慌てて逃げていく。

 それを見送ってから、ミュウはミュウツーに向き直った。

「いままでばれたことなかったのに、よくわかったねー」

 ほら、あのジグザグマたちもぼくのこと群れの一員だと思ってたんだよ、と 不思議そうにミュウが言うと、ミュウツーはかすかに笑った。

「お前がどんな姿になっていようと、私には正確に見分ける自信がある」

「え?」

 きょとんとしたミュウの頭を、ミュウツーは撫でる。

「私とお前は、仲間なのだろう?」

 ぽかんとしたミュウの顔。
 それはみるみるうちに、輝く笑顔に変わった。






2007.11.4 Misty