幼馴染のコトノハは、ある日を境に窓から僕たちを見ているばかり。 一緒に遊ぼうと誘ったけど、コトノハは首を横に振るばかり。 お父さんに聞いたら、病気になってしまったと言っていた。 僕は毎日コトノハのお家にお見舞いに行った。 学校のある日も、休みの日も、雨の日も雪の日も。 いつも一緒に遊んた友達は僕をからかうけど、ちっとも気にはならなかった。 だって、僕はコトノハの事が大好きだから。 ポケモントレーナーになれる歳にようやくなった。 でも、コトノハの病気はまだ治らない。 どうしようか考えたけど、直ぐに答えは出た。僕はコトノハのことが大好きだ。 だから……この町に残る事にした。 それでも、いつかコトノハの病気が治ったら旅立つつもりだ。 その時のために、僕はコトノハと会うとき以外は町の周りや、少し先の町ぐらいまで足を向けて力をつけることにした。 それに、幸いにもこの町の近くには珍しい…未だに解明されていないダンジョンがあった。 深いところまで行かなければ、いい練習場所になるだろう。 僕は初めに選ぶ三タイプのポケモンよりも、お父さんにもらったタマゴから生まれた「ハッサム」を選んだ。 あまり詳しくないポケモンよりも、一緒に暮らしてきたハッサムのほうが息が合うような気がしたから。 コトノハの病気が少し良くなってきた。 今では近くの公園まで歩いていけるくらいだ。 僕はコトノハに、旅に出ることを告げるために彼女の家に向かった。 コトノハは少し寂しそうな顔をしたけど、最後には笑って「いってらっしゃい」っていってくれた。そして、コトノハは自分の首にいつも掛けていた、月の石を模ったペンダントを僕にくれた。「自分は一緒に行けないから、その代わりに」と。 僕はその笑顔に、一流のトレーナーになる事を誓って町を出た。 二年後、たまたま町の近くまで来た時にコトノハのことが気になったから少し寄っていこうと思って、近道の洞窟を通っていく事にした。 しかし、運の悪い事に、途中でロケット団と遭遇してしまった。 やつ等は珍しいポケモンを手に入れるために、この洞窟を爆破すると言っている。僕はそれをやめさせるために、ロケット団に勝負を仕掛けた。 相手は五人組で、それぞれ二体ずつだしてきた。僕は六匹全て出して対抗する。木の実や傷薬などを使って何とか最後の一人もやっつけるが。僕のほうはハッサム以外の五体は瀕死の状態だ。 僕も戦闘の最中に、ロケット団のスターミーが放ったスピードスターを受けてボロボロだ。だが、町は近い。辿りつけさえすれば何とかなるだろう。 ようやく町に着いたとき。ちょうどトモダチと出くわした。 向こうは僕の姿をみて、驚いた表情を見せた。 久しぶりに会ったトモダチがボロボロの姿になっているのを見れば、そうなるかもしれない…。 僕は「大丈夫」と片手をひらひらさせ、平気である事をアピールした。そして変わりに、コトノハのことを聞いてみる。 僕は急いでコトノハの家に向かった。 先ほどのトモダチの言葉が脳裏に甦る。 一週間前からコトノハの容態は急変し、今では生死の境をさまよっているという。 久々に見るコトノハの家を見つけ、直ぐに彼女の部屋の扉を上げる。そこには、コトノハのお母さんと、お医者さん。 そして…… 目はうつろになり、やせ細ったコトノハの姿がそこには在った。 「先生、どうすればコトノハの病気は治るんですか?」 先生に聞くと、コトノハの病気は正確にはポケモンの毒の影響らしいという事が分かった。むかしコトノハが苦しんだ病気は完治している。 今のコトノハは、野生のポケモンから受けた毒の影響をうけていて、もともと体の弱かったその体には解毒剤の使用すら危なく、むしろ死を招くという事だ。 僕は、初めて頭の中が真っ暗になった。 何も出来ない。 大好きな子のために、何も出来ない。 彼女が衰弱して、苦しみながら死んでいくのを見ている事しか出来ない。  何がポケモントレーナーだ。そんなものになろうとしなければ、コトノハの近くにいてあげれば、僕が守って上げられたかもしれないのに…。 と、そこに、先生の携帯に連絡が入った。 内容は、体の弱い人でも使える解毒剤が見つかったとの事だった。 僕たちはその連絡に希望が見えた気もしたが、話には続きがあった。 近くの洞窟で、その薬を運んでいる最中にロケット団と遭遇してしまい、今も追われているとの事だった。 そのクスリは試験薬らしく、サンプルはその助手が持っている分しかない。 しかも、コトノハの容態は悪くなるばかりで一刻をあらそう。 僕はハッサムを連れて急いで問題の洞窟へと向かった。 あの時ちゃんとあいつ等をやっつけてさえいれば……そんな考えが頭の中に現れては消えていった。 洞窟に到着した時、先ほどのロケット団のリーダーと、一体のニドキングが一人のメガネを掛けた男を襲っていた。その男は体中から血を流し、服は所々やぶけ、レンズも割れている。 男は、「助けて…もう…渡すから…っ…たすけ……」 そんな事をつぶやきながら、胸元に抱いていた鞄を渡そうとする。 ―――あれはっ!! クスリの入った鞄っ!? 「ハッサムっ!! メタルクロー!!」 傍らにいたハッサムは高速で飛び出し、ロケット団に向かってかっ飛んでいく。 鈍く空を切る音と共に、ニドキングの尻尾がハッサムの進行方向にむけて勢いよく振られる。 まるで車同士がぶつかったような音を発しながらハッサムが吹き飛ぶ。 ロケット団の男は僕の方に顔を向けると、驚いた表情の次に、苦虫を噛み潰したような顔をした。先ほど五人がかりで挑んで返り討ちにあった相手が目の前にいるのだ、無理も無い。 しかし、ころころと表情を変えるように、今度は余裕の表情を僕に向ける。 先ほどは出さなかった、たぶん切り札だと思うニドキングがそうさせるのか…。 ハッサムが起き上がる。ダメージは少ない。まだいける。 メガネを掛けた男はそのまま気を失って倒れている。 鞄を抱えたまま。 まずは、こいつを倒さないと…無事にクスリを送り届ける自信がない。 「ハッサム、 剣の舞」 相棒はその声にあわせて、己の攻撃力を上げる為に技を繰り出す。 ハッサムの周囲に六本の剣が現れ、地面に浮かび上がった魔方陣の上に突き刺さる。 それらは地面を切り裂きながらハッサムの下へと集まると、薄っすらと陽炎のように消えた。 この洞窟はそれほど丈夫ではない。先ほどの戦闘でも随分と荒らしたせいか、所々に亀裂が見える。 出来る限り短時間で勝負をつけなくちゃ崩落するかもしれない……。 ロケット団はニドキングに指示を出したのか、その巨体が猛烈な勢いで突っ込んでくる。 「ハッサム、メタルクロー!!」 先ほどはレベルの違いを見せ付けられたが、コチラも負けられない理由がある。 なんとしても、あのクスリを……。 だが、コチラの攻撃は一向に当たらない。変わりに向こうの超弩級の攻撃は確実にハッサムの体力を減らしていく。 その攻撃の余波は僕にもおよび、何度も吹き飛ばされては起き上がる。 「……」 少し、めまいがする。 先の戦い、そして今の戦い…自分も血を流しすぎたのか、周りの音が聞こえなくなってきた。 それでも、ハッサムは僕の思いに答えてその体にムチを打って頑張ってくれている。 だが……そのハッサムも、ニドキングの地球投げをうけて、動かなくなった。 同時に、僕の体も地面に倒れ付した。 体が寒い。 それに、なんだか…眠い。 コトノハ、ごめん。 僕には、君を……。 目の前が真っ暗になる直前に、紐の千切れた、コトノハのペンダントが落ちてきた。 感情が、溢れた。 「あ、――――っが、あ゛」 起たなくちゃ……! このペンダントのおかげでここまでやってこれた! 今まで、彼女に守ってもらったんだ! なら、僕だって、一つでも彼女に返さないと…!! 方膝をついて何とか前を見る。 すでに体は死に体だ。呼吸なんてものはしていない。 それでも、五感はクリアに。自分の最後の…時間を燃やし続ける。 同時に、相棒の体が起き上がる。体は傷だらけで、ハネは所々千切れているが、それでもニドキングに鋭い死線を向ける。 ロケット団もニドキングも僕たちに気づき、拾おうとしていた鞄から手を離し、ニドキングに指示を出しているようだ。 僕にはその声がはっきりと聞こえた。 「だいもんじで焼き殺せ」 ハッサムははがね、むしタイプ。 まともに喰らえばひとたまりも無い。 ニドキングはそのアギトを開口させ、その中に炎系において最大級の攻撃を構えている。 「やれ!!」 ロケット団の声と同時に、煉獄の業火が放たれる。 僕とハッサムはその業火を前に、覚悟を決める。 残された道など、ボロボロの僕たちにそう多くない。 一瞬は永遠へ……。 僕達の、最後の戦いだ!! 「ハッサム!!」 僕たちは二人で一つ。お互いが何を感じ、何を考えているかなど百も承知だ。 ハッサムは両足を地面に大きく開いて、指示を待つ。 何を言われるか分かっているはずなのに、それでも、少年の声を待っているのだ。 「こらえろ!!」 その叫びは業火に掻き消されながらも、確かにハッサムに届いた。真紅の体は淡い光を発しながら、最後の命の光を具現する。 業火が衝突する瞬間、ハッサムは両の手をクロスさせ、だいもんじをその身に受ける。 威力に押され、轍を地面に作りながらもハッサムはこらえる。 外皮は所々はげてゆき、 一部は煙を発しながら融解していく。 それでも眼の輝きだけは更に増していく。 解かっているのだ。 自身にとっても、青年にとっても、もう先はない事を。 だからこそ、己は最後まで力を出し尽くす。 それが、多くのものを与えてくれた、青年に対して返す事の出来る、たった一つのことだから。 ロケット団とニドキングは驚きを隠せない。 なぜ、死に底無いのあいつらが耐えられるのか。 なぜ、さっさと燃え尽きないのか。 なぜ、こんなガキに本気になっているのか。 なぜ、こんな…。 なぜ、なぜ、なぜ…!? このガキにやられた後、自分はどうしようか迷った。 五人がかりでただのガキに負けたとあっては自分はただではすまない。何か、何か無いのか、汚名を晴らせるようなものは…。 そこへ、大事そうなものを抱えてバイクで走っていく男を見た時に思った。 アレほど大事そうに抱えているという事は、この汚名を晴らせるほどのものかもしれない……。 そして、気づけばまたこのガキと戦っている。 コイツは何なんだ? コイツがでてこなければ、全てがうまく行ったんだ。…全てが!! それなのにーーーー!! だいもんじの勢いが弱まっていく。 同時に、少年とハッサムにとってのラストチャンス。 真紅の体はすでになく、黒ずんだ肢体。 眼から光はきえていた。 だが、それでもハッサムは立っている。 少年の言葉を待っているのだ。 「ハッサム!!」 眼に光が戻る。煙が出ていた体からは風が吹き荒れ、力をためている。ボロボロの羽根は全開に、砕けそうな足を開く。 一瞬の静寂。 「起死回生!!」 スピードは初速からトップギア。 すでにその勢いは人間にとっても、ポケモンにとっても知覚外。 ハッサムは赤熱の砲弾となってニドキングにその腕(カイナ)を叩きつける! 雷が落ちたかのような爆音を発しながら、ニドキングは洞窟の壁面に激突し、大穴をあける。 そして、その巨体は動く事は無かった。 絶命した事すら気づかずに逝っただろう。 洞窟はそろそろ限界だ。もう、所々が崩壊し、落盤も時間の問題かも知れない。 「早く、クスリを…彼女の元に……」 ロケット団は人間のものとは思えない奇声をあげて逃げていく。 しかし、再び戻ってきたかと思うと、逆の出口へと走っていく。 後ろからは、赤い帽子をかぶってピカチュウをつれた自分と同じくらいの少年と、その仲間と思われる者達がロケット団を追っていくのが見えた。 ロケット団は近くに止めてあった乗り物に乗ってスピードを上げて逃げていく。 メガネの男が乗ってきたものだろうか…。 ピカチュウはロケット団の乗った乗り物に電撃を加え、爆発させた。 きっとその少年は知らなかったのだろう。 この洞窟がそんなわずかな衝撃で崩れるほど、崩壊寸前だったことを。 少年たちは急いで逃げていく。 ロケット団はその中でも一番大きな青年に担がれて出口へと向かっていった。 天井からの、岩が落ちてくる量が増えてくる。 洞窟がゆれる大きさがだんだん強くなる。 まだ、自分の体には時間が残されていると思ったけど、どうやら、この箱庭のほうが終わる時間が早いらしい。 僕はもう、ここが崩れる前に逃げるほどのじかんは……。 「ハッサム」 ニドキングを吹き飛ばした時の姿勢そのままに立っていた相棒を呼ぶ。 しかしその体はもう、いつ壊れても不思議ではない状態だった。 それでも、体を引きずって僕のそばまで来てくれた。 「ハッサム。 これが………僕の、最後の指示だ」 そういって、近くに倒れていた男が持っていた鞄から、薬を取り出す。 男はもう、息をしていなかった。 「これを、あの子に……コトノハに、とどけてくれ」 薬の入った試験管をハッサムに渡す。 ハッサムは僕の事を見つめた後、コチラが安心するように力強く頷いてくれた。 「たのんだぞ、ハッサム。 今まで、ありがとう……さようなら」 ハッサムは出口へと向けて歩いていく。 その足どりはふらふらとしたものだったが、しっかりと進んでいた。 町へと向かう。出口に向かって。 崩れていく。自分の周りの世界が…。 それでも、大好きなコトノハが助かるなら……助かるなら。 「うっ、ううぅ、 ひっぐっ、 ……ことのはぁ、 あいたいよぅ。 ぅぅ、死にたくないよぅ」 大きな音をたてて、箱庭の空が落ちてくる。 それは、少年がこぼした、生まれて最初で最後の、魂の慟哭だった。 ボロボロのハッサムは、途中、町の者たちの奇異の視線で見られながら、コトノハの家へと進んでいく。 洞窟が崩壊した事を確かめに行く待ち人たちにぶつかりながらも、ハッサムはその歩みをやめる事は無い。 玄関の扉をたたく音を聞いてコトノハの母親が出てくる。 そこで、コトノハの母は息をのんで、数瞬の後に、涙を流した。 そこには、もう動く事は無い、娘の好きだった少年のポケモンと、娘が助かる可能性を持った唯一のクスリが、そのクローに優しくはさまれていた。 四日後、コトノハは……奇跡的に回復し、目を覚ました。                                  FIN