「リザードン」  隣を歩くブルーの足が、不意に止まった。  俺も歩くのを止めて振り返った。 「今日、このチャンピオンロードに来た理由、わかるか?」  なにを言うんだろう、ブルーは。  そんなこと、ここに来る前に何度となく聞かされた。  「もっと強い相手と、本気のバトルをするため」、「もっと自分を高めるため」。  それ以外に、このチャンピオンロードに挑む理由なんてあるものだろうか。 「……わかっているって顔してるな。実は、おまえにまだ話していなことがある」  そういうとブルーはカバンの中から、見たことのないモンスターボール――上が紫 で、下は通常のモンスターボール同様白色――を取り出した。 「これはマスターボール。どんなポケモンでも捕まえられるという、究極のモンスター ボールだ」  ブルーの真剣な表情が、それが冗談や嘘でないことを物語っている。 「俺には、野望がある。伝説と謳われる、あるポケモンを捕まえることだ」  伝説。  その一言に、いったいどのくらいの思いが詰まっているのか、俺には見当もつかな い。 「そのポケモンは……今、このチャンピオンロードの奥地にいるといわれている」  ブルーの目は、チャンピオンロードのはるか向こうを見ているみたいだった。  俺もつられてブルーと同じ方向を見た。  ブルーは、今なにを見ているんだろう。  俺と戦い、そのポケモンをゲットした瞬間だろうか。  そのポケモンを初めてその目に焼き付ける瞬間だろうか。  それとも……。 「ついて来てくれるか? リザードン」  ブルーはこちらに視線を送ることなく言った。  でも俺は、ブルーには俺じゃなくてそのポケモンを見ていてほしかったから、ちょう ど良かった。  チャンピオンロードを歩いていくとか、そんなまどろっこしいこと、今のブルーにさ せたくはない。  当たり前だと返す代わりに、ブルーの身体を持ち上げて飛んだ。  赤く輝くある一点を見つけるのに、そうそう時間はかからなかった。 「ありがとう、リザードン」  露骨な岩場に俺たちは舞い降りた。  炎に強い俺ですらめまいがするような、強烈な暑さの中、ブルーは身じろき一つせず、まっすぐと前を見ていた。  そうか。  あれが。  なんて美しいんだろう。  なんて神々しいんだろう。  鳥のまとう炎は、太陽から奪ってきたかのような鮮やかなオレンジ。  あたりに煌くのは、その炎から飛び火したであろう無数の天然のカンテラ。  一目で、それが“伝説”であることがわかる。 「ファイヤー……。捕まえに来た……!」  聞いたことのない、嬉々としたブルーの声。 「リザードン、さあ、行ってくれ!」  俺は、これを待っていたんだ。  初めて会ったときに見た、研ぎ澄まされた鋭利な輝き。  俺はきっと、ブルーと戦うために生まれてきたんだ……! 「きりさく!」  振り下ろした爪は、さっきまでファイヤーが降り立っていた地面につきたてられた。 「上だ!」  俺は確認無しで飛び上がる。  二度目の切り裂くも、やはり宙を斬った。 「リザードン、尻尾だ!」  一回転する勢いで、尻尾を振り切る。  刹那、ファイヤーと目が合う。  上空から見下ろすよな姿勢のファイヤーは、くちばしから炎がこぼれていた。 「……! リザードン、避けろ!!」  ブルーの指示が聞こえた。  でも、その指示には従えっこなかった。  ファイヤーの真下にいる俺の、さらに真下。  そこには、ブルーがいるのだから。 「リザードン!」  尻尾でファイヤーを撃った俺は、真下に控えるブルーの姿を、しっかりと見た。  震えるほどに握り締めた両手、右手にはマスターボール。  一撃は加えられた。  あとは、ブルーの仕事なんだ。  背中が熱い。  このまま溶かされてしまいそうな、尋常じゃない暑さだ。  でも、いい。  俺はブルーと充分戦えたんだから―― 「よかった……。なんとか、生きてるな?」  あ、あれ?  なんでブルーが?  しかも俺、生きてるって……。 「ああ、ファイヤーは、捕まえられなかったよ」  捕まえられなかった? どうして……。  マスターボールは、どんなポケモンだって捕まえられるって言っていたのに……。  いや、マスターボールのことはこの際いいんだ。  それよりも、どうしてブルーは笑っているんだ?  それも、ファイヤーに逃げられているのに、本当に、満ち足りた笑顔で……。 「俺は、ファイヤーを捕まえることを夢見てると、ずっと思っていた。でも、違ったん だ」  ブルーの手が、オレの肩に置かれた。 「ファイヤーと戦う“相棒”がほしかったんだ」  俺のそばに、投げられた様子のないマスターボールと、げんきのかけらの破片が落ち ているのを見たとき、嬉しいのに涙がこみ上げてきた。      〜END〜