>  これは、十五歳の少年が、チャリンコ(自転車)で大陸横断に挑戦した物語。 >  少年の名前は、マダラ。 >  旅の目的は、大陸横断ともう一つ。どちらかというとこちらのほうが主。 >  ―――ポケモンの卵の孵化である。 > > > >  チリンチリ〜ン♪ > >  チャリンコのベルが鳴る。道行く人は、後ろから来るチャリンコに気付いて道を開ける。 > > 「くっはぁ〜♪ いいねいいね。チャリンコサイコー♪ >  おまえもそう思うだろ? タマゴ!」 > >  マダラの背負うナップサックには、まだ見ぬ未知のポケモンの卵。 >  名前が安直過ぎるのはさておき、マダラ少年はうれしそうに卵に声をかける。 >  ところでこのポケモンの卵、よく見れば、あちこちに何か書かれている。 >  それは、「少年ガンバ!(古い)」であったり、 > 「元気な子が生まれるといいでちゅね〜(なぜに赤ちゃん言葉か)」であったりと、 > 千差万別。「夜露死苦(死語か?)」とも書かれている。 >  なぜなら、マダラ少年は、行く先々で卵に一筆書いてもらうようにしているからだ。 >  さながら旅色紙のように。 > > > >  さて、そんな風に大切に大切にされている卵。 >  その卵に、前代未聞、空前絶後の大ピンチが訪れることを、誰が予知できようか。 >  無論、マダラ少年と卵に予知はできない。 > > 「おいタマゴ。オレはここらで野宿にするが、オレが寝ている間に食べられるなよ〜」 > >  不吉なおやすみ代わりの挨拶。 >  卵が思わず身震いしたのも知らずに、マダラ少年は寝袋にもぐりこむ。 >  若葉の芽吹く新緑の森に良く目立つ、蛍光色の青い寝袋だ。 >  枕元には大切な大切な卵。 >  他に手持ちポケモンのいない彼にとって、その卵はかけがえのないものだった。 >  大好きな人から託されたもの、というのも一役かっている。 >  ちなみに、大陸横断の力強い助っ人、炎を連想させる赤いチャリンコも、 > その人からもらったものである。 >  つまり、もらい物で旅をしているとも取れる。 >  が、マダラ少年は恐ろしく必死なので、そこはあえて触れないでおこう。 >  そもそもこの、「大好きな人」とは……。 > >  ……話を戻して。 >  偶然なのか、必然なのか、『その時』は、マダラ少年が寝付いてからやってきた。 > >  カタカタカタ……カタカタカタ…… > >  卵の孵化である。 >  長年(?)旅色紙として油性ペンのコショコショ攻撃に堪えてきた卵。 >  今こそその仕返しをすべき時……と、思ったかどうかは定かではないが、 > とにかく、卵はナップサックの中で、孵化の時を迎えていた。 >  ナップサックの中で、卵はカタカタとゆれ続ける。 >  何の因果か因縁か、あまりに必死に卵はゆれ続けたために、 > 卵はナップサックごと転がり移動を始める。 >  最初はゆっくりとした動きだった。 >  このころならば、マダラ少年が見事その転がりをとめることができただろう。 >  物体の運動を侮ってはいけない。 >  なだらかな坂道であるこの森の道。 >  ナップサックに入っているとはいえ、球体である卵は加速し、斜面を転がっていく。 > >  カタカタ! カタカタ! > >  さっきまでのゆれ方とは明らかに違う、動揺を隠せない卵のゆれ。 > > 「! タマゴ!」 > >  マダラ少年が気付いたのか!? > > 「しょこのポッポに食われんらろ〜」 > >  ……ただの寝言だった。 > >  どんどんマダラ少年から遠ざかっていく卵。 >  ああ! その先はがけだ! >  卵、生まれてもいないのに人生最大のピンチ! > >  しぱぁーんっ! > >  少し、ほんの少しだけ反り返っていたがけのふち。 >  スキーのジャンプ台よろしく、卵は大空高く飛び上がった。 >  三日月をバックに飛び上がった卵は、神々しくも後光がさしていた。 >  ……などといっている場合ではない。 >  木に登るのはたやすくとも、降りることが難しいように、 > 飛び上がることはたやすくとも、着地は非常に難しい。 > >  ひゅう〜……ごしゃ。 > >  低い不吉な音が、森の中で上がり、すぐに立ち消えとなった。 > > 「きゅう〜……」 > >  卵の着地地点には、それほど損傷のない卵と、 > 淡い色をした、どこかあどけないポケモンがいた。