花季 〜蒔〜  こんにちは。  僕はNO.1です。  あ、すみません。わかりにくいですよね。  なにぶん、こう呼ばれていた期間のほうが長いもので。  僕の学名は、フシギダネ。  このたび、レッド、という少年の手持ちになることになりました。  正直、わくわくしています。  殻を破ったそのときから、『研究所』という外界と閉ざされた世界で生活していましたから。 「フシギダネ、君に決めた!」  もう慣れてしまったボールの窮屈さから、僕は解き放たれました。少年の声とともに。  白く塗られた壁は、研究所と同じでした。でも、大きく違う点が1つ。  研究員の服は、白一色でした。色、と呼べるものがあったとすれば、自身の緑の肌だけ。  しかしここは違っていたのです。  目の前の少年の服装です。初めて見る色……体の底から湧き上がるような、力強い色の上着を着ています。  今の僕には、その色を表現するだけの技量はないので、このようにしか言えません。 「わー! わー! ほんとのフシギダネだぁ」  少年は感極まった様子で、僕の顔を覗き込みます。  すべての色を混ぜ合わせたような、深い色の目。  僕は驚きました。  研究所ではみんな目に薄い膜を貼っていて、僕の目をこんな風に覗き込んだ人なんていなかったからです。  目を逸らそうかな、と思わなかったわけではありません。  でも、目が逸らせませんでした。  きっと、人との交流が極端に少なかったせいでしょう。  どのような行動が正しくて、どのような行動をしていいのか、判断できるだけの材料がないのです。 「かわいいーね!」  目を逸らせぬまま戸惑う僕に、少年は今まで見たことのない表情で言いました。  いいえ。見たことはあるかもしれません。  しかし、それと同じに考えて、分類してしまうことには少なからず抵抗があったのです。  歪んだ好奇心に満ちた、穢れた微笑などと同じにしてしまうことに。  その微笑は、純粋な好奇心と、僕に対する尊敬とは似つかない、言葉では表せない気持ちで満ちていました。  彼はその不思議な微笑を浮かべたまま、白髪の老人に向き直りました。 「博士。僕、これから旅に出ます! フシギダネ、ありがとうございます!」  体を二つ折りにするように、少年は深々とお辞儀をしました。  博士と呼ばれた白髪の老人は、またも僕の知るどんな笑顔とも違う笑顔を浮かべました。  それは少年に向けられたものでしたが、僕まで温かな気持ちになりました。  僕の知っていることは、極々一握りのものだったんだと、このとき初めて気がつきました。  僕がすべてを知っているなんて、自惚れたことはありませんでしたが、研究所は世界のほんの一部だったんだな、と改めて思いました。 「うむ。では、気をつけるんじゃぞ。それと、そのフシギダネ君の成長過程を観察したいから、定期的に連絡を入れるようにな」  成長過程。  観察。  研究所で使われていた言葉が、どんなに耳に届いても、冷たい感じはしませんでした。  少年が、「はい!」と元気よく返事をしたせいかもしれません。 「行こう! フシギダネ!」  少年の声とともに開け放たれた扉。  その扉の向こうには、見たことのないものしかありませんでした。  そして僕は、たくさんの喜びと期待を胸に、閉ざされた世界から飛び出すのでした。