花季 〜茂〜  こんにちは。  つい先日、『進化』というものを体験したフシギソウです。  レッドさんは約束どおり、僕の進化を博士に報告するそうです。  ポケモンセンターという、僕たちの回復をしてくださる施設にやってきました。  ところで、僕はこのポケモンセンターがあまり好きではありません。  僕がいた研究所と、同じにおいがするからです。  それに、レッドさんとはなれなければならないのが、なんとも言えず寂しい気持ちになるからです。 「フシギソウ? 元気ないね、どうかした?」  きっと、僕は悲しい顔をしていたのでしょう。レッドさんは心配そうに聞いてくださいました。  僕はすぐに「そんなことないよ」と、首を振りました。  レッドさんに迷惑をかけるなんて、僕は堪えられません。  僕に研究所では見えなかったもの、知りえなかったものを教えてくれたレッドさんには、いかなるときでも笑っていてほしいのです。 「そう? いま、博士を呼ぶからね」  レッドさんは出会ったときは違う笑顔――相手をいつくしむ笑顔、とでも言うのでしょうか、温かい視線を投げかけてくれます。  その笑顔は、博士が少年に向けたものとよく似ていました。  レッドさんはポケモンセンターの片隅のパソコンをいじりました。  ピロピロ、という電子音がして、画面に白髪の老人が映ります。 「博士? フシギダネが進化したので連絡しますね」  12度目の連絡は、レッドさんと旅に出た1年目のことでした。  レッドさんも慣れたもので、博士に僕の成長過程を手早く伝えます。  博士は「ふむふむ」とうなずいたり、「なるほど」と感嘆したりと、レッドさんの話を興味深そうに聞いています。  あいにく僕には、2人の会話の内容がよくわかりません。  時折聞こえる『ポケルス』という言葉は、なんとなくですが、意味を知ってはいけない言葉のように聞こえました。 「はい、はい……それではまた……」  レッドさんはパソコンの電源を落とします。  ウィー……ンという機械音が、パソコンの動力をそいでいるように聞こえました。  レッドさんは溜息をつくと、また優しい笑顔にもどって、僕に言いました。 「フシギソウ、用事は終わったよ。回復しようか?」  レッドさんは好意でこう言ってくれたに違いありません。  しかし僕はその言葉を聞くのは嫌でした。  レッドさんと一時も離れたくないのですから。  僕の気持ちを察してか、レッドさんは僕の頭をなでながら言いました。 「大丈夫だよ。このロビーで待っているから。回復の機械から、見えるところにね」  毎回、僕はレッドさんに同じことを言わせてしまいます。  そのたび僕は申し訳ないと思うのですが、同時に僕はレッドさんに大切にしてもらっているんだという、うれしい気持ちになるのです。  僕の入ったボールは、ジョイさんの持つトレイに乗せられ、回復の機械へと入れられます。  回復の機械は、透明な蓋がついているだけなので、ロビーのレッドさんがよく見えました。  しかしレッドさんは、何かを考え込んでいるようでした。  見たことのないほど、暗い顔をしているのです。  しばらくレッドさんを見つめていると、回復終了のメロディが流れました。  レッドさんははっとして、カウンターで僕の入ったボールを受け取ります。 「…………」  レッドさんは先ほどの暗い顔で、ボールの中の僕を見つめていました。  もちろん僕には、こんな暗い顔をする理由なんてわかりません。  レッドさんと一緒にいるのに、僕は悲しくて、寂しくて、どうしようもない気持ちになりました。 「……ああ、ごめんね。フシギソウ、行こうか」  レッドさんは自分の足元に僕を出し、いつもと変わらないペースで歩き始めました。  ただでさえ嫌いないポケモンセンターが、よりいっそう嫌いになりました。