花季 〜咲〜  こんにちは。  もう随分と前、2度目の『進化』をした、フシギバナです。  背中で蕾んでいた花が開いたとき、レッドさんが自分のことのように喜んでくれたことを、今でも鮮明に覚えています。  背中に咲いたこの花は、レッドさんの愛用している上着の色と同じでした。  レッドさんはこの色を『赤』、と呼んでいました。  レッドさんはこんなことも言っていました。『その色は、僕の名前の由来なんだよ』、と。  僕はこの話を聞いたとき、自分の背中に咲いた花が、とても誇らしいものに思えてなりませんでした。  レッドさんの色を自分がまとえるなんて、とても名誉なことに思えたからです。 「フシギバナ? どうかしたのかい?」  僕がスキップをするようにリズムをとりながら歩いていると、レッドさんは困ったような笑顔を浮かべて聞きました。  このごろよく見るようになった、レッドさんの表情です。  緩やかな曲線を描いた眉毛をへの字にして、問いかけるように笑うのです。  僕は、なんでもないよと首を振りました。  これもまた、いつもの僕の対応です。 「しっかりついてくるんだよ」  レッドさんと僕はいつも並んで歩いています。  だから、すぐにレッドさんはトレーナーだとわかります。  当然、歩いていてバトルを仕掛けられる事だってあります。 「お手合わせ願います!」  例によって、今日もトレーナーに勝負を仕掛けられました。  そしていつものように、レッドさんは「いいですよ」と、鷹揚に勝負を受けるのでした。 「いけ! ヒトカゲ!」  まだ旅に出て間もないのでしょう。  不慣れな動作でボールを投げました。  地面についたボールから飛び出たのは、二足歩行の、レッドさんの色と少し違う色をしたポケモンでした。尻尾に火がついているのに、気にしている様子はありません。 「フシギバナ、いけるかい?」  レッドさんは僕に笑いかけます。  僕はもちろん、と力強くうなずきました。  二足歩行のポケモンの前に、四本足で歩み寄ります。 「! 草ポケモン。よおし、一撃で決めよう! ヒトカゲ、にほんばれ!」  トレーナーは、自分のポケモンに指示を出します。  突然、穏やかな日差しで照らしていた太陽が、カッと照り付けました。  地面からは湯気がのぼっています。  僕にとっては、それほど嫌なものではありませんでしたが、レッドさんとトレーナーは、汗を滴らせていました。 「さ、炎の威力が上がったところで……」  トレーナーは新たに指示を出そうとします。  しかし、レッドさんはそれより早く言うのです。 「ソーラービーム」  日差しが強ければ、充電時間は要りません。  僕はレッドさんの指示通り、背中の花からソーラービームを打ち出しました。  太陽の日差しを帯びたその光線は、二足歩行のポケモンに当たります。  僕はこの瞬間、いつも胸を痛めるのです。  しかし、レッドさんは言います。  『全力で向かってくる相手に情けをかけるのは、とても失礼なことだよ』、と。  だから僕は力の限り、技を放つのです。 「ヒトカゲ!」  トレーナーはポケモンに駆け寄って、抱き上げます。  そのとき、僕の中にはもやもやしたやりきれない気持ちが生まれます。  でも、抱き上げられたポケモンを見ると、その気持ちはすぐに立ち消えていきます。  この気持ちはなんなのでしょう? 「フシギバナ、よくやった」  こうしてバトルに勝利すると、レッドさんは相手に背を向けて、僕だけに聞こえるようにそっと囁きます。  でも、その声はいつもより少し低くて、暗いものでした。  僕は褒められているはずなのに、とても哀しくて謝りたくなるのです。 「行こう」  レッドさんは歩き出します。  僕はその隣を歩きます。  バトルは、好きでも嫌いでも、どっちでもありません。  でも、もしレッドさんが喜んでくれるなら、大好きです。