花季 〜散〜  こんにちは。  4年前からレッドさんと旅をしている、フシギバナです。  レッドさんは、4年前とは随分変わりました。  なんと表現すればいいのでしょう。  僕の体験した『進化』とはまた違う変化です。  徐々に変わっていくというか、気がつくほどの大きな変化はないのです。  でも、相変わらず『赤』い上着を着ていてくれました。 「フシギバナ、里帰りに気分はどうだい?」  レッドさんは僕に笑いかけます。  旅立って4年目の今日、レッドさんは僕をもらったあの場所に行こうと言ってくれました。  僕は里帰りより何より、レッドさんの気持ちがうれしかったので、何度もうなずきました。  4年ぶりに踏む土は、あのときから変わっていないようでした。 「博士に挨拶をしに行こうか」  レッドさんは風に当たりながら言います。  きっと、僕のことも報告しに行くのでしょう。  レッドさんと僕は、いつか歩いた道を歩きました。  しばらく歩くと、建物が見えました。  あの時は、外に出られることがうれしくて振り向きもしませんでしたが、きっとあの建物に博士がいるのでしょう。  レッドさんは建物の扉を叩きます。  少しすると扉が開いて、白髪の老人が出てきました。 「すっかり大きくなったね、レッド君。さ、入りたまえ」  老人は、レッドさんと僕を招きいれました。  廊下は狭いので、僕はレッドさんの後ろについて歩いていきました。  少し歩いて、曲がり角を曲がるとき、レッドさんの顔が見えました。  不思議なことに、いつか見た、暗い表情をしています。ついさっきまで、笑っていてくれたのにです。  レッドさんの表情を気にしながら歩いていくと、ある一室に通されました。  廊下から部屋の中が見えるようにか、壁には大きなガラスがはめ込んでありました。  白タイルの敷かれた床に、白い壁。  広いその部屋の中には、冷たい光を放つ台がありました。近くには、よくわからない機械がたくさん置いてありました。  まるで、『研究所』のようでした。 「フシギバナを、この台に」  博士はレッドさんにそう言います。  レッドさんはうつむいたまま、僕に台の上に乗るよう指示しました。  本当は乗りたくなかったけれど、僕はレッドさんに言われるがままに台の上に乗りました。  台の上に乗ると、博士は僕にいろいろな機械を取り付けました。  機械が取り付け終わると、博士はボタンを押して、部屋から出て行きました。  残されたレッドさんと僕は、機械から聞こえる電子音だけを聞いていました。  その時間はあまり居心地のいいものではありませんでしたが、僕はじっとしていました。  ふいに、レッドさんは口を開きます。 「ごめんね」  レッドさんはうつむいたまま言いました。  あとに続く言葉は、聞きたくありませんでした。でも、機械が邪魔して耳をふさぐことが出来ません。 「君は、『実験体』だったんだ。『人工ポケルス』の」  レッドさんが博士と連絡を取るたびに聞いた『ポケルス』。 「もともとはポケモンの成長を助けるものだけど、いつか治ってしまう。だから、治らないポケルスが作られたんだ。 でも、実際どうなるかなんてわからないから、君は実験で『人工ポケルス』に感染させられたんだ」  いつもの優しさが、微塵も感じられない口調。吐き出すようなその言葉は、僕が嫌いなものばかりでした。  僕は、優しいいつものレッドさんが大好きなのに。 「結果は……こうだ。 『『人工ポケルス』は、ポケモンの成長の妨げとなり、徐々にその体を蝕んでいく。その結果、ポケモンは長くても4年しか生きられない』」  レッドさんに死の宣告をされているということは、すぐに理解できました。  それを受け入れることに、抵抗もありませんでした。  でも。  恐怖ではない気持ちが僕の中にありました。今まで感じたことのない気持ち。  それは、バトルの後のもやもやしたやりきれない気持ちに、似ているような気がしました。  目の前で僕を思って泣いてくれているレッドさん。  レッドさんのことを思えば思うほど、その気持ちは強くなるのです。 「ごめんね」  僕は、レッドさんに笑っていてほしいのに。 「ごめんね」  わがままかもしれません。 「ごめんね」  でも。 「ごめんね」  最期くらい、わがままを許してほしかった――。 「ありがとう」  僕の目が何も映さなくなる前に、レッドさんは笑ってこう言ってくれました。      〜END〜