ここは森でもなく、海でもなく、草原でもなく、ましてや室内でもなんでもない。  ここがどこだか知っているのは、たった一匹のポケモンだけだ。  この、『さなぎたちの宴』を計画したポケモンだけ。    さなぎたちの宴 「みなさん、ようこそお越しくださいました。このたびはまことにお日柄もよく、絶好 の『さなぎ日和』。湿度は高すぎず低すぎず、日光は草木にさえぎられ殻を焼くことも ございません」  主催者であるトランセルが、宴の席で挨拶をした。 「おいおいトランセル。そんな堅苦しい挨拶なんてやめよう。これまで一度も開かれな かった『さなぎたちの宴』を企画してくれたことを、ワタシたちは心から祝福している のだから」  コクーンはトランセルを促すように、労いの言葉をかける。 「そうですよ。招待状が来たときのうれしさといったら……言葉で表せたものじゃない のですよ」  白い糸にくるまったカラサリスが穏やかな視線を投げかける。  トランセルは照れて身を硬くした。 「こいつってば、照れて硬くなっているよ。たしかに、『かたくなる』はワタシたちの 特権だ」  コクーンは黒い瞳をかすかに閉じ、こくーんとうなずく。 「コイキングがはねるのと同じくらい、ね」  カラサリスもコクーンに同意するように微笑む。 「なぁ、カラサリス」  今の今まで無口だったマユルドが、ぶっきらぼうに言った。 「サナギラスの連中も来ているようだが……」  カラサリスは後ろに目をやって、ブルーグレイのその姿を映す。 「そのようですね。彼も……呼んだのですか?」  カラサリスは不思議そうにトランセルを見た。 「ええ。彼もまた、華々しい次の進化を待つ者……サナギ、ラスなのですから」  トランセルは大仰に言った。 「いや、区切りはサナ、ギラスだと思うのだが……」  マユルドは主催者に聞こえないように囁いた。 「さなぎポケモンなのかそうでないのか……。そんなことは問題ではないのです。あの コモルーさんも、呼ばれるにふさわしい方ですよ。むしろ、彼を呼べたことを誇りに思 います」  トランセルはまた違う方向を示し、すっかりやわらかくなった胸を張った。  コモルーの、白く硬い殻に覆われた体から伸びた黒い四本足が、どことなく場に合っ ていなかった。 「もうすでに自力歩行できてるのだが……」  マユルドは囁いたつもりだったが、今度はトランセルの耳にも届いたようだ。  小さく息をつき、垂れた目をいつもより大きく開いた。 「いいえ、動ける動けないは問題ではないのです。わずかな希望も叶うと信じていたか ら、あの立派な翼を持つことが叶ったというではありませんか。  翼を、力を、美を、信じ、待ち続け、耐え忍ぶ者こそ、『さなぎ』と呼ぶにふさわし いのです」  トランセルの熱弁に、さすがのマユルドもサナギラスとコモルーに微笑みを送らずに はいられなかった。 「すばらしいですね。そのような方々と肩を並べ、この席に着けることを誇らしく思い ますよ」  カラサリスは大切なものを扱うように、そっとそう述べた。 「耐え忍ぶ者、か……。そういえば、トランセル。なんでも、特別なゲストがいるそう ではないか」  事前にそのことを聞いていたコクーンは、トランセルにたずねた。  トランセルは「ええ」とうなずき、奥に目を向け呼びかける。 「紹介します。我らが大先輩・ヌケニンさんです」  宙にストライプが走り、そこに抜け殻が浮かび上がる。  その抜け殻こそ、特別なゲスト・ヌケニンである。 「ほう、彼が……」  感心したようにコクーンはうなずく。 「何年も土の中に耐え忍び、『さなぎ』を凌駕した彼がこの宴の主役にふさわしい方で しょう?」  トランセルはこれから始まる『耐え忍ぶ日々』と、殻を破り飛び立つその日を予期し て、静かに微笑むのだった。   〜END〜