流れ星に乗ってやってくるの 彼らは  この深い藍色の夜空を走る きらめくシューティングスター  それは彼らの乗る 月からの乗り物  ラジオから流れるその歌は、ワタシの一番の好きな歌。  ソプラノの清らかな声が売りの、最近流行りだした歌手の新曲。  この歌のモデルが、ピィだということを知ったのはつい最近のことだった。  そしてこのことを知ってから、ワタシの思いは唯一つ。 「ピィ、いいなぁ〜。ワタシもほしいー」  これ。  そう、ピィがほしくてほしくてほしくてほしくて、たまらない!  15歳のワタシは、もうポケモンを持ってもいい年齢。  なのにどうしてだかワタシは、ポケモンを1匹だって持っていない。  勿論、そんな調子だから、ワタシは家すら出ていない。 「お父さん、ワタシ……」  ある日、ワタシはお父さんに相談を持ちかけてみた。 「メグ、どうしたんだい。改まって。何かおねだりかい?」  チャンス! 「ワタシ、ポケモンが……」 「待て待て待て。当てて見せよう。特徴を3つ、言ってごらん」  お父さんはふふふ、と笑う。  お父さんはワタシが生まれる前はエリートトレーナーで、バトルを挑んでくるトレー ナーをバッサバッサと倒してきたと言っていた。  ポケモンにかけては信用してもいいはずだ。 「えぇとねぇ……。星形でぇ……神秘的でぇ……人気者でぇ……」 「よし、わかった。待っていなさい」  お父さんはにっこり笑って、モンスターボール片手に家を出た。  帰ってくる頃には、憧れのピィちゃんはワタシのポケモン……。  そんな幸せな気持ちで、ワタシはお父さんの帰りを待った。 「はぁ、はぁ。遅くなって申し訳ないね……メグ、これが、君のほしがっていたポケモ ンだよ」  3日ほどして、お父さんは帰ってきた。  お父さんが帰ってこなかった3日間、本当に気が気でなかったけれど、お母さんは 「大丈夫よ」とまったく心配していなかった。  お父さんの手には1個のモンスターボール。  そのモンスターボールをワタシは受け取った。 「……お父さん! ありがとう! 早速出してみるね……!」  初めて、ワタシのポケモンをいうものを持った。  モンスターボールの開閉ボタンを押す。  赤い光が飛び出して……星型を作る。 「わァ……。……?」  なんか、星が大きすぎる気が……。  ピィって0.3mだったはず。  この赤い影はどう小さく見ても1mはある。 「お、お父さん……? なにこれ」  赤い影が晴れた頃、見えたのはピンクのかわいいピィではなく、紫色のごつくて大き く少し怪しいポケモンだった。 「なにって……。スターミーだろう? 星型で(しかも星が二つ)、神秘的で(ナゾポケモン)、 人気者で(強いからトレーナーに人気)……間違ってないだろう?」  お父さんは満面の笑みを浮かべる。  違う、違う違う!  確かにワタシの言った3つの条件を満たしているけれど……普通に考えて、15歳の おしゃれ好きな女の子が、スターミーなんてほしがると思う!? 「どうだ? どうだ? 気に入ったか?」 「ワタシがほしいのはこんなポケモンじゃ……」 《フゥ!!》  ワタシがお父さんに抗議を開始すると、いつの間にか隣にいたスターミーが鳴いた(?)。  電子音のようなその音は、なんとなくだけどワタシに抗議しているようだった。 「ほら、そんなこと言って。スターミーが悲しがってるわよ」  台所で料理をしていたお母さんは、怒るような口調でワタシにそう言った。  なんでなんで!? ワタシ全然悪くないじゃない!  ワタシは被害者よ! 「……仲良くな!」  お父さんは自分の失敗を棚に上げて、お母さんに便乗し出すし、 《フゥ!》  スターミーは気持ちうれしそうに、ワタシに語りかけてくるし……。  ワタシの最初のポケモンが、スターミーなんて本当にもう……信じらんない!  これ以上、調子に乗ったお父さんと、スターミーの肩を持つお母さんと話していたっ て、きっとなんの解決にもならない。  ワタシはスターミーに「おいで」とだけ言って、階段を上った。  スターミーは歩きにくそうな外見とは裏腹に、ピョンピョンとリズミカルに階段を上 ってきた。  ワタシの部屋に招き入れ、ワタシはクッションに、スターミーは座れるのかどうかす らわからないから、クッションをおいておくだけに止めた。  そして、本題に入る。 「アナタはさ、いったい何なの?」  ダメもとで私は聞いてみた。 《フゥ!》  案の定、スターミーは《フゥ!》としか鳴かず、まるで会話は成立しなかった。  これがもっと違う――そう、ピィだったなら――表情から何かしらわかったかもしれない。  しかし相手はスターミーだ。  紫の星を2枚貼り付け、赤いコアを中心に配置しただけの、表情はおろか感情のある なしすらわからないポケモンだ。 「フゥ、としか話せないの?」 《フゥ?》  ワタシのこの問いに、《フゥ?》と答える時点でもう望みはない。  さすがだ、さすが。  ナゾポケモンというだけはある。  こいつはすべてにおいてナゾだ。  ワタシはこいつとわかり合える日は来ないだろう。 「今からあなたにワタシはひどいことを言う」  前置きは、なににおいても重要だ。  スターミーは、コアの辺りから体を折った。  きっと首をかしげたのだろう。 「ワタシは、あなたが要らない」  スターミーはなかなか理解できないようだった。 「あなたを、逃がす」 《フゥ!?》  ここまで単刀直入に言って、ようやくスターミーは理解した。 《フゥ! フゥ!》  スターミーはぶんぶん首を振る。  ワタシの良心は、痛む。  きっと。  スターミーはトレーナーにとても人気のあるポケモンだから、スターミーというポケ モンの遺伝子(あるかどうかは知らないが)に、『捨てられる』ということは登録され ていないんだろう。 「(う、う〜ん)」  ワタシは、悩む。  決心が、揺らぐ。 「……逃がすのは、かわいそうかぁ。あ、じゃあ、なにができるの?」  見た目は変えられない。  こうなったら中身だわ、中身。  強いポケモンなんだもん、技がすごくきれいかもしれない。  スターミーも、なんだかやる気だし。 《フゥゥゥ……》  ムムム、と、スターミーは小さくなる。 《フォッ!》  スターミーは溜めた力を解き放つように、広がる。  三半規管が、波を打つような感覚に襲われる。  無理矢理効果音をつけるならば『みわわわわぁ〜ん』。 「サ、サイコキネシス……?」  くらくらする頭で考えたのは、それ。  さすが、強いポケモン。  威力が違うわ……。 「ちょ……あなた、無理……」 《フゥ!?》  いかにも『がーん!』といった仕草で、スターミーはショックを受ける。 「こう、もうすこし被害の少ない技がいいんだけど……」  スターミーはコクリとうなずく。  はたして、どこまで理解してくれたのだろうか。 《フォ》  すい〜。  右手――というか手前の星型の右上――を自分の前で上向きの弧を描くように動かす。  無数のシャボン玉が飛び交う。 「バブルこうせん? きれい……」  蛍光灯の光がシャボン玉に反射して、七色に輝く。 《フォ》  むん。  両手――手前の星型の右上と左上――をコアの前でクロスさせ、先ほどよりタメ時間 は短いけど、充分溜めたところで、両手を広げる。  金色の星がコアから放たれ、四方に広がる。 「スピードスター……」  七色の輝きを放つシャボン玉と、煌く金色の星が飛び交う。  夢の世界といっても過言ではないその光景は、スターミーに対するすべての印象を塗 り替えた。 《フゥ》  スターミーは心なしか、誇らしげだった。  スターミーは、仕上げに入る。 《フォ!!》  ぴりぴり……  あまり良い予想の出来ない音がする。  そして、ワタシの予想は的中する。 「きゃああああ!? 10万ボルト〜!?」  シャボン玉の膜に走る電流がきれいね……、なんて現実逃避をしてみたけれど、電灯 はショートするわ、コンセントは火を吹くわ、ラジオは爆発するわで、とてもじゃない けど現実逃避している場合じゃない。 「スターミィィィ!!!」 《フゥ!?》  窓の外には、2つの流れ星が重なって流れていった。  スターミーみたいなその星に、願うことは唯一つ。  ワタシのラジオ、直しなさいよぉー!!!