ポケモンXD 虚空の刃 延々と続く砂の大地を、太陽が容赦なく照らす。 風が吹けば舞い上がる砂が視界を覆い、止めばその分体感温度を上昇させる。 そんなオーレ地方ならではの過酷な状況の中、リュウトは少しスピードを抑えてスクーターを走らせていた。 座席の後ろでは真鍮色に輝く繊細な毛並みを持つ四つ足のポケモン―かみなりポケモンのサンダースが、 リュウトの背中にしがみつくようにして乗っていた。 オーレ地方にはびこる悪の組織、シャドー。 彼らによって心を奪われ、戦うためだけの道具のようにされてしまったポケモン達、 通称ダークポケモンをシャドーの手からスナッチする―取り戻す為に、 リュウトはこの砂漠の地方を旅して回っている。 その左腕に光るスナッチマシンが、 正義の為にポケモンをトレーナーから奪うことを許された、スナッチャーの証である。 この日もフェナスシティで聞いたシャドーの情報を確かめるため、 一路北西はエクロ峡谷の方面まで足を伸ばしているところであった。 その割に、少々ゆっくりめに進んでいるのには、 単に背中の相棒が振り落とされないようにしているだけではなかったのである。 「コニー、何か見えたら教えてね」 「キュウン」 リュウトの言葉に、コニーと呼ばれたサンダースはひと鳴きして返事を返し、今一度左右を順に見渡した。 相変わらず砂と岩ばかりの変化に乏しい風景が広がっている。 この警戒気味の走行のワケは、フェナスシティで耳にした、シャドーとは別のひとつの噂にあった。 『…ほう、ここから北西に向かうとな? あの辺りには最近、凶暴な野生のポケモンが住み着いて、通りかかる人にいきなり攻撃を仕掛けてくると聞く。 お前さんも巻き込まれんように注意しなされ』 そんな話を、街にいた老人に聞いたのだった。 かつてはこの厳しい環境から、野生のポケモンが全く生息していないとまで言われていたオーレ地方であったが、 数年前になってついに、いくつかの場所で野生で暮らしているポケモン達がいる事が分かり、 それからというもの地方全域でポケモンが住み易い環境づくりに取り組んでいると聞く。 だが、そんな野生ポケモンが人間を襲うというのは喜べたものじゃない。 なので突然襲われた時のため、普段スクーターによる移動中は ボールの中にしまっているコニーを外に出して、いつでも迎撃態勢に入れるようにしているのだ。 …とはいえ、慣れないスクーターの振動と強い日差しで、コニーも少し疲れているようだった。 「大丈夫、コニー?」 きゅーん、と答える声もいつもより元気がない。 一度ボールに戻そうかと考えていると、 ちょうどいいタイミングで左前方に大きな岩場が見えてきたので、一旦そこで休もうと進路を若干ずらした。 すると、 「!?」 額の汗を拭おうとして自然に上へと視線が向いた時、何かが空でぎらりと光り、リュウトは思わず目を閉じた。 しかし一瞬の後再び空を見上げた時には、変わらずよく晴れた空が広がっているだけ。 その僅かな時間の間に起きた一連の出来事に、リュウトが小声で「なんだろ、今の…?」と呟いた時、 今度は後ろのコニーが、さっきまでとはうってかわって鋭い声をあげた。 「キュゥウン!」 「わっ!コニー?どうしたの?」 岩場の近くを運転しているためさすがに振り向く事はできず、バックミラーで後ろの様子を確認する。 と、そこに盛んに鳴き声をあげているコニーともうひとつ、その視線の先に別の影があった。 大きく翼を広げ滑空する、銀色の身体を持った大型の鳥ポケモン―エアームドである。 その鋼でできた翼が太陽の光を反射しているのに気付き、 さっきの光の正体がこのエアームドであったことを悟った。 その時、リュウト達の少し後方を飛んでいたそのエアームドが急に大きく旋回し、バックミラーから姿を消した。 リュウトは思わずその方向を目で追う。 すると、エアームドは翼を高速で羽ばたかせ、こちらへ向かって真空波のようなものを放ってきた。 「ぅわあ!」 リュウトは急いでハンドルを切り、真空波をよける。 目標を失った真空波は地面に到達すると同時に勢いよく水柱ならぬ砂柱を上げた。 一方のエアームドは、もう次の攻撃態勢に入っている。 リュウトは、あのエアームドこそが噂の人を襲う野生ポケモンなのだと確信した。 スッ…と、再びエアームドが滑るような旋回を見せる。 「来る…!コニー、あいつを牽制して!10万ボルト!」 その指示に、しっかりとリュウトの背中にしがみついていたコニーは、上空のエアームドを見上げた。 美しい体毛が針のように逆立っているのは相手を威嚇している印で、サンダースという種の特徴である。 その針がぱちぱちと音を鳴らしたかと思うと、それを合図にコニーの身体から電撃が矢のように放射された。 エアームドはさすがに驚いたのか、攻撃をやめ、一気に上昇して10万ボルトをかわす。 その結果、リュウト達と距離をあけることになった。 「今のうちに…っ!」 リュウトは一番近くにある大きな岩の日陰になっている場所にスクーターを止めると、 急いで飛び降りてさっきの場所に戻った。 コニーもそれに続き、走るリュウトを追い越して前に出る。 エアームドの方は完璧にこちらを攻撃対象と決定したのか、 真上をぐるぐると旋回しながら、一人と一匹を見下ろしていた。 「あーあ……結局巻き込まれちゃったか…」 思わず苦笑を浮かべるリュウト。 関わるつもりは無かったのだが、あのエアームドの様子を見るに、簡単には逃げられそうもない。 なにしろ相手はその気になれば時速300キロのスピードで飛べるポケモンだ。 やがてエアームドは旋回をやめ、身体を傾けながら急降下してきた。 「…気をつけて!」 「キュン!」 コニーも体毛を逆立たせて身構える。 エアームドはまるで墜落するのかと思う程、どんどん地面に近づいてくる。 どうやら、さっきの真空波―エアカッターのような飛び道具ではなく、直接攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。 ギュオン! 地面すれすれで一度強く羽ばたき、舞い起こる風が唸り声のような音をたてる。 運動神経には自信のあるリュウトは、 こちらへ突っ込んでくるエアームドをぎりぎりまで引きつけてかわすつもりだった。 と、突然リュウトの左側頭部に装着された小さな機械が、少し振動するのを感じた。 リュウトは思わず硬直しまう。 「え…反応してる…!?これって…」 「キュウッ!」 一瞬思考が停止し、動けなくなってしまっていたリュウトを、 それに気付いたコニーが思いっきり体当たりして押し倒した。 するとその僅かに上、リュウトの髪の毛を一本持っていきそうな勢いでエアームドの鋼の翼が通り過ぎていった。 リュウトとコニーはもみくちゃになりながら、砂の上を数メートル転がった。 「けほっ、けほっ……コニー、大丈夫!?」 「キュ、キュウン!」 「あ…ゴメン、つい足が止まっちゃって…」 しっかりしろ、と言っているかのように抗議の鳴き声をあげるコニーの頭をなでながら、 リュウトは再び空を見やった。空振りした翼をゆっくりと動かし、悔しそうにこちらを睨んでいる。 そんなエアームドの様子を確認しながら、リュウトはさっき反応を示した側頭部の機械を作動させた。 小さな四角いレンズのような物が電子音と共に飛び出し、リュウトの目を覆う。 この機械は「オーラサーチャー」と呼ばれる物で、 普通のポケモンとダークポケモンとを判別する為の道具である。 というのも、ダークポケモンは心を奪われているために無差別に人やポケモンを襲ったり、 攻撃以外の指示を聞かなかったりなどの行動の特徴こそあれど、 外見は普通のポケモンと全く変わらないのである。 しかし実は、ダークポケモンは例外無く、不可視のオーラを常に体外へ放出しているのである。 オーラサーチャーはそのオーラの波動をキャッチし、 濃い紫色の靄のような形で目に見えるようにするマシンなのだ。 さて、問題のこのエアームドだが、 レンズを通して見たその姿は、紛れも無く見覚えのある闇のオーラをまとっていた。 「そんな……野生のダークポケモンだって…?」 リュウトは困惑した。 シャドーの連中がダークポケモンを作っているのは、 彼ら自身がオーレ地方を制圧するための武器として使う為である。 なのでダークポケモンはシャドーの戦闘員や、 もしくはデータを取る為に利用されているトレーナーに連れられているのが当たり前で、 誰にも縛られないはずの野生のものがダークポケモンとなることなどあり得ないはずなのである。 …もっとも、ポケモンの心を蔑ろにして、戦闘道具とする事自体が、あってはならないことなのだが。 「キァァァアアアッ!」 エアームドの甲高い声でリュウトは我に返った。 原因がなんであれ、あのポケモンがダーク化しているのは間違いなさそうだ。 正直ただの凶暴な野生ポケモンなら、 とっとと逃げてしまうという選択肢もあったのだが、相手がダークポケモンとあってはそうはいかない。 リュウトはぐっと拳を握り、気を引き締めた。 「とにかく、一度捕まえてみないと…!頼むよコニー!10万ボルト!」 コニーは素早く反応すると、再び青空へ電撃を吐き出した。 文字通り青天の霹靂といったところだが、エアームドはそれを難なく避ける。 そしてお返しと言わんばかりに、エアカッターを二発連続で放ってきた。 「右に跳んで!」 そう叫びつつ、リュウトは自分自身にも牙を剥く風の刃を、今度はうまくかわした。 「…速いな、このエアカッター…。……あれ?」 そういえば、とリュウトの頭にひとつの疑問が生じた。 ダークポケモンの行動におけるもうひとつの特徴に、 ダークポケモン特有の技、通称「ダーク技」を使用するというものがある。 それは例の闇のオーラを攻撃のエネルギーに変換して放つと言われているもので、 どれも凄まじい威力を持つ代わりに、使うポケモンにとっては大きな負担となる危険な技であるが、 あのエアームドは先程から、ダーク技を使う素振りを少しも見せていない。 リュウトは念のため、もう一度オーラサーチャーを通してエアームドの姿を見てみた。 すると、さっきはダークオーラの存在そのものの驚きが勝っていた為に気がつかなかったのだが、 その量自体は普段リュウトが相手にしてきたダークポケモン達と比べてかなり少ない。 それはちょうど、ダークポケモンを連れ歩いたり、研究所のリライブホールという施設を使った結果、 心の扉を開きかけている段階の様子によく似ていた。 「ほとんど治りかけてる……いや、最初から完全にダーク化されていなかった? …まさか、改造される途中で逃げ出したのかな?」 考えてみればこの岩場を通ったそもそもの理由である噂は、 シャドーの工場らしき建物がこの近くにあるらしいというものである。 そこから逃げて来たポケモンがいるのなら、このあたりをうろついていても不思議はない。 そんなことも考えながら、上空のエアームドを見つめる。 オーラサーチャーを通さずとも、リュウトにはその姿がとても苦しそうに見えた。 そのエアームドが、再び急降下しながら突っ込んで来る。 「鋼の翼かっ…!コニー、ジャンプでよけて!」 コニーはぐっと砂を踏みしめ、エアームドが地面ギリギリまで到達するのを待って跳び上がった。 結果、厄介な鳥ポケモンを相手に上を取ったことになる。 「よし!今だ、10万ボルトっ!」 空中で攻撃体勢に入るコニー。 その身体の表面を静電気が走るパチパチという音が聞こえる。 しかしそこでエアームドが予想外の動きを見せた。 地面を舐めるように滑空していたエアームドが、 ふいに空中へと逃げたコニーを見上げたかと思うと、いきなり地面を強烈に叩くように翼を動かし、 なんとその一回の羽ばたきだけで軌道修正し、攻撃の矛先を空に…コニーに向けた。 「なっ……!」 エアームドは一気に加速し、コニーに接近する。 いくら素早さ自慢のコニーといえど、翼を持たずして空中で自由に動き、攻撃をかわすことは出来ない。 銀色に輝く刃物のような翼が、もうそこまで迫って来ていた。 バチバチバチっ! リュウトは思わず目を閉じてしまっていたため、その閃光を見ることは無かった。 間一髪、コニーの放電が間に合ったのである。 ゆっくりと目を開けたリュウトは、翼に電撃を受けたことで攻撃が大きく逸れ、 コニーを捉えきることが出来ずに空高く舞い上がったエアームドと、 何とか命拾いし、着地するコニーの姿を見た。 「ふぅ……よかった…」 と胸を撫で下ろすリュウトの向こう側で、 エアームドがまたしても急降下して……今度こそ力尽きて墜落した。 「って、よくないし!エアームド!」 「キュウン!」 慌ててエアームドの側に駆け寄るリュウトとコニー。 砂の上に横たわるエアームドは、今まで相当な無茶をしていたのか、息も絶え絶えの痛ましい状態だった。 「…大丈夫かな……うん、とにかく一度ボールに…」 そう言いながら、リュウトがウエストポーチからモンスターボールを取り出した途端、 エアームドの目の色が変わった。 「キァァアアアッ!」 「わっ!?」 無理な体勢からの攻撃に思わずリュウトは尻餅をつく。 放たれたエアカッターはリュウトの右手を掠め、そこの握られていたボールを数十メートルほど吹っ飛ばした。 リュウトは、呆然としながら、右手をさすった。 「エ、エアームド……」 緩慢とした動きで立ち上がったエアームドは、しかし再び宙に舞うことはなかった。 翼へのダメージがまだ抜けていないのかもしれない。 ただ、敵意に満ちた鋭い目つきで、リュウトのことを睨みつけていた。 その様子に、リュウトはさっきの仮説が当たっていることを確信した。 「…やっぱりそうか。キミはシャドーのところから逃げ出して来たんだね。 だから…人間に捕まるのが怖いのか。また酷い目に遭わされるから…」 通りかかる人間を片っ端から襲っていたのは、 単にダーク化の名残というだけではなかったのかもしれない。 「キュウ」 ザッザッと砂を踏む音がして、コニーがリュウトの横について座った。 いつの間に取りに行っていたのか、さっきのモンスターボールをくわえている。 それを目にした途端また表情を硬くしたエアームドを見て、 リュウトはそれ以上ボールを使うのをやめ、ウエストポーチに戻した。 「大丈夫、落ち着いて。ボクは敵じゃない。キミを助けて…」 「キァアアッ!」 リュウトが一歩近づいた瞬間、エアームドは威嚇するように鳴き、なんとか翼を羽ばたかせて飛び上がった。 が、さっきまでのような高度は出せておらず、その表情も、何か痛みを耐えているような感があった。 リュウトは慌てて走り、エアームドのほぼ真下につく。 「やめるんだエアームド!あんまり無理をしちゃ…」 「キアッ、キアァァア!」 その声もあのダーク化の片鱗、闇のオーラに遮られているのか、エアームドには届かなかった。 エアームドはこちらに背を向け… 地上にいるリュウトにはどのみちお腹しか見えてないのだが…岩場の方に飛び去ろうとした。 「ま、待ってよ!…駄目か…けど放っとくわけにはいかない!」 リュウトは仕方なくモンスターボールを手に取った。もちろんそれは捕獲用ではない。 エアームドの視界に入るようわざと山なりに投げたボールは見事な放物線を描き、地上に落ちる。 そして同時に目映い光とともに、コニーより少し大きめの身体と大きな耳、 そしてコニーに負けない美しさの毛並みを持つ猫型のポケモン、エネコロロが姿を見せた。 こんな状況下にあってもエネコロロは余裕たっぷりの表情で、 その整ったスタイルを見せつけるようにその場でくるりと一回転し、ポーズを決めてみせた。 この茶目っ気たっぷりな部分は、もとの持ち主の影響かもしれない。 「ステフォン!あいつを止めて!」 「ねぇーっ!」 エネコロロのステフォンは少し走ってエアームドの近くまでいくと、下から呼び止めるように鳴き声をあげた。 それに反応したのかエアームドは空中で止まり、ステフォンを見下ろした。 今度は声がしっかり届いているようだ。 「今なら…!ステフォン、歌うんだ!」 ほんの一瞬、風が止まり、辺りは無音状態になった。 そしてそれを破るように、ステフォンの歌声が響いた。 か細いながらもよく通るステフォンの声は、空高く昇り、 そこにいたエアームドにも、優しく包み込むようにして届いた。 エアームドははじめ困惑したような表情でキョロキョロと辺りを見回していたが、 次第に翼を動かすスピードが遅くなり、鋼鉄の身体は少しずつ降下を始めた。 そして、最早虚ろだった瞳が完全に閉じられると、 その瞬間支えを失ったかのようにすとんと地面に落ちてしまった。 「ねぇえ♪」 ご清聴ありがとうございました、と言わんばかりにステフォンはぺこりとおじぎをする。 その様子に苦笑しながらも、リュウトはコニーと一緒にエアームドの元へ歩み寄った。 すーすーと寝息を立てているその姿には さすがに頑丈な身体をしているのか目立つ外傷は無く、リュウトを安心させた。 「…ゴメンよ。ボクがなんとかして助けてあげるから、今はゆっくりおやすみ」 今は閉じられたエアームドの目を見て、リュウトは微笑んだ。 ……気がついた時には、 陽の光からは完全に隔離された無機質な鉄の壁に囲まれた部屋の、さらに巨大なガラス管の中にいた。 足と翼には拘束具が装着され、まともに動くこともままならなかった。 唯一動いた口からどれだけ声をあげようと、 室内で何やら機械のキーボードを叩いていた白衣の人間達がこちらを見やることは無かった。 どうにか脱出しようともがくうちに、 自分以外にも同じように透明な壁の中に閉じ込められたポケモン達がいることに気付く。 ”よし、始めろ” 白衣の男の声とともに、自分のすぐ隣のガラス管の中にいたポケモンの頭部に、 何本ものケーブルにぶら下がった鉄の帽子みたいなものが被せられる。 そして次の瞬間、帽子についた電球がピコピコと光り、真っ黒い電流がポケモンを包み込んだ。 苦しそうに、激しく暴れるポケモン。 しかしその動きは徐々に鈍くなり、瞳は焦点を無くし、その奥に邪悪な炎が灯る。 その様子に、側で見ていた自分は恐怖を感じ、その倍ぐらいの怒りを覚えた。 ”次はそのエアームドだ” そのポケモンの抵抗が完全に止まった頃、白衣の男が声を発する。 別の男がレバーを引くと、自分の頭上にも同じ帽子が降りて来た。 そして。精神が吹っ飛びそうな衝撃を頭の中にぶつけられ、思わず悲鳴をあげた。 だが、決して目は閉じなかった。ぎりぎりのところで意思を保ち続けた。 再び自由に空を駆けたいと願い必死に広げようとした翼が、拘束具を軋ませる音が聞こえた。 そして。 …………… 「キアァァアアアッ!」 「ぅわっ!?おっ、落ち着いて!」 エアームドが大きな翼をばさばさと動かすのを、リュウトは必死になって押さえ込んだ。 「目が覚めたんだね、よかった。大丈夫、…大丈夫だよ。だからもう少しおとなしくしててもらえるかな?」 エアームドは暴れるのをやめ、状況を確認するためか、首だけを動かして辺りを見回した。 リュウトの言葉を聞き入れたというよりは、まだ頭が混乱しているのだろう。 眠ってしまったエアームドを、リュウト達が協力して岩の陰になっているところまで運んできたところである。 その自然の休息所は砂漠のど真ん中にしてはそれなりに涼しく、 エネコロロのステフォンなんかは停めたスクーターの隣ですっかりお昼寝モードに入っていた。 もう一匹、コニーはというと、仕方ないとはいえ エアームドに攻撃を加えてしまった負い目を感じているのか、少し離れたところでこちらを見ていた。 ふと、エアームドは何か気持ちいい香りに包まれているのを感じた。 リュウトが何やら化粧水のような物を使ってエアームドの身体をマッサージしているのである。 …マッサージといってもこの鋼鉄の身体なので、ただ優しく撫でているだけなのだが。 この化粧水はコロンと呼ばれる物で、ポケモンの気持ちを落ち着かせ、リラックスさせる効果がある。 それがダークポケモンが心を取り戻すきっかけを作る効果があるので、 リュウトは常にいくつか持ち歩いているのである。 砂地の上に置かれた小さな薄紫のビンのラベルには、マタドガスのイラストが描かれていた。 一見コロンとどくガスポケモンのマタドガスではイメージが全く釣り合わないような気がするが、 実はマタドガスが放出するガスは特殊な技術で最大限まで薄めることで、上質な香水の原料になるのだ。 エアームドはまだリュウト達に対し警戒心を解いてはいなかったのだが、どうしても抵抗する気になれなかった。 どこか身体の部分を動かそうとすると、そこを何か温かい物が包み込み、すっと力が抜けてしまうのである。 いつしかエアームドは完全に安心し落ち着いた状態となり、目を閉じてリュウトに身体を委ねていた。 「ふー……こんなものかな……?」 リュウトは小さな声で呟くと、エアームドから手を離し、オーラサーチャーを稼働させてみた。 レンズ越しに見るエアームドの姿は、もうどこにでもいる野生のポケモンそのもので、 さっきまでエアームドを苦しめていた紫色のオーラは跡形も無く消えていた。 本来ダークポケモンの心の扉を完全に開け放つには、 リライブセレモニーという儀式のようなものが必要になるのだが、 やはり完全な改造を免れていたからか、この様子ならばちゃんとした手順を踏まずとも大丈夫そうだった。 リュウトは安心し、コロンケースを片付けようとした。と、 「……ん?」 ふと視線を感じて顔を上げると、先程まで眠っていたはずのステフォンが、 同じように顔を上げてこちらをじっと見つめていた。 その表情は何か物欲しそうな感じに見える。 その様子でステフォンの考えていることを見抜いたリュウトは、こう声をかけた。 「こっち来なよ、ステフォン。キミにもコロンマッサージやってあげるから」 ひょいひょい、と手招きしてみる。するとステフォンは興味が無いとでも言うように、ぷいと顔を背けた。 しかし、ステフォンの尻尾はピンと空に向かって立っており、それがステフォンが興味津々である証拠だった。 しばらく待ってみると案の定、ゆっくりとまたこちらに視線を戻してくる。リュウトは思わず苦笑した。 「ほーら、遠慮しなくていいからさ」 それでもしばらく躊躇っていたステフォンだったが、誘惑に打ち勝つ事は出来なかったらしい。 とうとう立ち上がると、飛び跳ねるようにしてこちらに近づき、 すっかり寝息をたてているエアームドの隣にちょこんと座った。 「もう、最初から来ればいいのに。素直じゃないなぁ」 そういいつつ、リュウトは別のコロンをケースから取り出す。 今度はロゼリアのイラストがラベルに描かれ、蓋を開けると辺りにバラの香りが広がった。 ステフォンは嬉しそうに一声鳴いた。 実はステフォンも元はダークポケモンで、 その頃から心を取り戻すきっかけとしてよくコロンマッサージをやっていたのだった。 このバラの香りのコロンは、その時からのステフォンのお気に入りである。 「ぅにゅうぅぅぅん」 気持ち良さそうな、と言うより気の抜けるような鳴き声を発しながら、ステフォンは大きく伸びをした。 すると、 「キュウゥッ!」 それとは対照的に、コニーの興奮したような声が岩の向こうから聴こえた。 そういえば気がつかなかったが、コニーの姿がさっきまでいた場所から消えている。 リュウトは立ち上がって、軽く辺りを見回した。 「…ステフォン、ちょっとエアームドのこと看てて」 「…ねー?」 そう言い残すと、リュウトは声のする方へと歩き出した。 いきなり頼み事をされたステフォンは、はじめは首を傾げていたが、 珍しく素直に、横たわる鋼の身体の横に腰をおろした。 エアームドの顔にさっと影が落ちる。銀色の翼が、ぴくんと僅かに動いた。 「キュン、キュゥーン」 「コニー、どこー?」 どうやら向こうもリュウトのことを呼んでいるようで、 次第に鳴き声をあげる頻度が上がってきた。リュウトはその声を頼りに歩みを進めて行く。 そして、ひときわ大きな岩の脇を通り抜けたところで、 「ぅわぁ……!」 リュウトは立ち止まり、感嘆の声をあげた。 さっきまでいた場所よりも少し広い、開けた広場のような場所。 ここも壁のようにそそり立つ岩が、灼熱の太陽を遮り、日陰を作っている。 その真ん中で、十数匹のナックラーに囲まれたコニーが、困ったように立ち尽くしていた。 「キューン…」 「すごいな…全部野生のポケモン?」 リュウトが歩み寄ると、突然現れた見知らぬ人間に警戒しているのか、 ナックラー達は見た目以上に素早い動きで、数歩後ずさった。 ようやく解放されたコニーが、ホッとしたようにリュウトの足下につく。 オーレ地方は、そのほとんどが砂漠地帯という過酷な環境にあるからか、野生ポケモンの生息数が極端に少ない。 今でこそこのように、一部の場所で野生を見かけるようになったものの、 五年程前まではどこを探してもその姿すら見えず、各地の店でモンスターボールが売られていない程だった。 リュウトの住む研究所は、数少ない森の近くにあったため以前からそれなりの数はいたのだが、 砂漠の真っただ中でこれだけの数の野生ポケモンをいっぺんに見たのは初めてだった。 「そっかぁ…、この辺は過ごしやすそうだもんね」 そう言ってリュウトは、日陰を生み出している巨大な岩壁を見上げた。 ナックラーはもともと乾燥に強い種族ではある。 しかしこの岩壁はナックラー達を太陽光線だけでなく、外敵からも守ってくれているに違いなかった。 すると、 「キィァアアッ!」 背後で甲高い声が聞こえ、リュウトは思わず耳を塞いだ。 まさか本当に外敵がやってきたのかとパニックになる少年を飛び越えて、 銀の輝きを持った鳥が、砂煙を巻き上げながらその場に降り立った。 「エアームド!?」 目の前に現れたのは、間違いなくさっきの、ダークポケモンになりかけていたエアームドだった。 その鋭い目つきで、こちらに一瞥をくれる。 「え…あ、よかった、大丈夫そうだね、うん」 とりあえずは、その姿に安心するリュウト。すると、 「ガァウ!」 「えっ?」 突然ナックラーの群れが一塊になり、こちらに向かって一斉に大きな声で鳴き始めた。 これは明らかに威嚇をしている。 しかしよく見ていると、正確にはこちらに、ではなくエアームドに、と言った方が良さそうだ。 現にさっきまでは警戒はしていたようだが、ここまで顕著ではなかった。 「ガゥ、ガウガァウ!」 「ちょっ、どうしたのさ!」 「キュゥゥン!」 リュウトやコニーがなんとか落ち着かせようとするも、彼らは聞く耳を持たない。 一方のエアームドの方も、別段何かやりかえす素振りも無く、 ただじっと拒絶の声に聞き入っているようだった。 その様子に、リュウトは首を傾げる。 「……エア」 カン! 何か言おうと口を開こうとしたとき、何かがエアームドの身体に当たり、乾いた金属音が響いた。 「あれは…」 未だ威嚇を続けるナックラー達の声の中、リュウトが向けた視線の先。 岩に隠れるようにして、浅緑をした影が見えた。 …二匹のヨーギラスが、拳大の石をエアームドに向かって投げつけていた。 カン! カン! 決して緩い速度ではないのだが、それでも鋼の装甲は厚く、投げられた石はその身体に弾かれ、地面に落ちた。 それでもエアームドは抵抗しようとしなかった。 反撃どころか、飛んでくる石を避けようとも、翼で払おうともせず、ただなすがままに立ち尽くしていた。 その瞳だけは、自分のことを敵視しているのであろうポケモン達に向けられていたが。 そこへ、置いてきぼりを喰らったステフォンがようやく駆けつけ、 エアームドに抗議しようとしたが、その口をリュウトの手が覆った。 「エアームド……どうして…」 ただ銅像のようにそこに立っているだけのエアームドに歩み寄ろうとするリュウトの側に、またひとつ石が転がった。 「やめなよ!かわいそうだろ!」 思わず声を荒げたリュウトの姿に、ヨーギラスも少し萎縮し、石を持った手を下げた。 ナックラーもまだ数匹低い唸り声をあげているのがいるが、とりあえずは静かになった。 リュウトは銀色の背中に手を置き、それでも翼ひとつ動かさないエアームドに話しかけた。 「…どうなってるんだよ。おんなじとこに棲んでるポケモン同士じゃない。仲良くしなよ」 「キアゥゥ……」 リュウトが初めて耳にする、エアームドの弱々しい声。 その表情はなんとも辛そうで、それを見たリュウトの表情も曇る。 「ほら、キミ達も!このエアームドは他の場所から来たのかもしれないけど、 そんな追い出すようなことしなくてもいいでしょ!?」 しかしナックラーもヨーギラスも、その場から一歩も近づこうとしない。 この警戒の仕方は、すこし異常だった。 もしかしたら、半分ダーク化していたエアームドが苦し紛れに攻撃していたのは、 旅の人間だけではなかったのかもしれない。 「……エアームド。キミはもう大丈夫だからね。 今までみたいに苦しまなくてもいいし、時間が経てばきっと皆もわかってくれるよ」 「…キァッ!?」 そう言ってリュウトは思い切ってエアームドの背中を強く押してみた。 よろめくように少し前進するエアームド。 結果正面に固まっていたナックラー達に近づくことになったのだが、 ナックラー達の方はそれを許さず一気に後ろの岩壁ぎりぎりまで後退し、 何匹かは穴を掘って地中に隠れてしまった。 「ありゃ……相当嫌われてるね、キミ」 「キアァーゥ」 「…ねぇ、辛かったら、住処を別の場所にしてもいいんじゃない? それにほら、この近くにシャドーの施設があるらしいから、見つかったらまた危険な目に…」 言い終わる前に、エアームドは首を横に振った。 そして、離れた場所でこちらを睨んでいるポケモン達の方へと視線を向ける。 その瞳から、何か決意のようなものをリュウトは感じ取った。 「あ…そっか。それだから、キミはここに残りたいんだね」 「キアッ」 ――ここで暮らすポケモン達を守るために。 自分より背の高い頭を励ますように撫でてやる。エアームドが迷いの無い目で頷いた、その時。 ぴくん。 物音に敏感なコニーの耳が跳ねるように動いた。 ステフォンも何かを感じ取っているのか、しきりに首を振って辺りを見回す。 そしてエアームドは、一瞬思い詰めたような顔でどこかを見据えたかと思うと、 鋭い声をあげながら大きな翼を羽ばたかせ、空中へと飛び上がった。 足下の砂が放射状に吹き飛び、リュウトの赤茶色の髪が強く後ろになびいた。 「けほっ……な、何……?」 「キアアァァアッ!」 リュウトの疑問に雄叫びで応えつつ、岩を飛び越え向こう側に消えてゆく。 その姿を追って、リュウトも二匹のポケモンを連れて走った。 「…もしかして、ホントに奴らが?」 「おおぅ、いるじゃねーか」 まず聞こえたのは、聞き覚えのない男の声だった。 今にも飛び出そうとしていたリュウトは反射的に足を止め、 岩の壁から少しだけ顔を出し、声のする方に目を向けた。 「お前だろ?この辺に棲んでるやたら強いエアームドってのは」 短い金髪を持った、がっしりした体格の男が、同じくごつい印象を受ける黒いバイクに跨がって、 今まさにそこへ着地した銀色の鳥を品定めするように見つめていた。 それに対しエアームドは質問に応えるでもなく、訝しげに男を見つめ返していたが。 「…おとなしくしてろよ。今俺が捕まえてやるからな」 そう言って男がモンスターボールを取り出した瞬間、エアームドの表情が変わった。 先程のコロンマッサージの効果か、リュウトの時のようにいきなり攻撃に出るようなことこそ無かったが、 微かに聞こえる唸り声からは、明らかな怒りが感じられた。 リュウトは思わず、バイクの男の前に飛び出した。 「ま、待った!」 「……んん?」 突然現れたリュウトに驚いたのか、男は目を見開いてこちらを見た。そして問う。 「なんだお前?…まさか、このエアームドの持ち主か?」 「いや……そうじゃないけど」 「なら邪魔すんな。今からこいつを…」 「このエアームドは!」 男がエアームドに視線を戻そうとしたが、リュウトはそれを妨げるように声を張り上げた。 「…ちょっと前まで悪い人間に捕まって、ひどいことをされていたんです。 それでやっと解放されてここに…。だから、そっとしておいてあげてくれませんか?」 「出来ねぇな。俺はこいつが欲しい」 必死の訴えだったが、男にそう一蹴された。グッ、と拳を握りしめる。 しかしいくら事情があるとはいえ、このエアームドが今野生のポケモンである以上、 それを捕まえようとするトレーナーは何も悪くない。 見たところシャドーとの関係も無さそうだ。 これ以上の抗議の言葉も見つからず、リュウトは渋々ながら引き下がろうとした。 しかし、男の次の言葉が、それを遮った。 「そいつの事情なんか知ったことか。俺は強いポケモンさえ手に入ればそれでいーんだよ」 「なっ……」 男の言葉には、シャドーの連中と同じ『ポケモン=戦闘道具』という考えが含まれているように感じた。 このエアームドのことを少しも考えていないという態度が。 …この男は詳しいことを知らないので、仕方ないと言えばそうなのだが。 しかしどうにかこのエアームドを守ってあげたいと思う気持ちが強かったリュウトは、 ほとんど考えること無く言葉を紡いでいた。 「…なら……それなら、ボクとこのエアームドを賭けて勝負しましょう。 丁度ボクも、こいつを捕まえたいと思っていたところなんです」 勝負。トレーナー同士でのこの言葉は、もちろんポケモンバトルのことを指す。 無論捕まえたいというのは嘘だ。 だが、そうでもしないとこの男は無理矢理にでもエアームドを捕獲にかかるかもしれない。 足下で、コニーが不安そうに小さく鳴いた。 男は少しの間顎に手を当てて考え込んでいたが、 やがてフン、と小馬鹿にしたように笑ってリュウトの提案を受け入れた。 「よし、乗った。けど、後悔すんなよ?」 男は少し辺りを見回したあと、 「…ここじゃ少し狭いな。ついてこい」 バイクを押しながら一人先に歩いていった。どうやら場所を変えるらしい。 リュウトは、先程から静かに経緯を見守っていたエアームドに近づくと、小声で言った。 「…ボクにはキミを捕まえるつもりはないからね。 だから…ボクがあの人と戦っている間に一度ここを離れなよ。そうすればあの人もきっと諦める…」 バサッ! 話を終えるより早く、エアームドは大きく羽ばたいて空に飛び上がった。 そのまま逃げるつもりなのかとも思ったが、 少し旋回した後、エアームドは近くの背の高い岩のてっぺんに止まった。 どうやらそこから、バトルの一部始終を見届けるつもりらしい。 「…信用されてる…のかな?」 リュウトは苦笑し、仲間達の入ったウエストポーチに無意識に触れた。 「このガリハン様に喧嘩を売ったこと、後悔させてやるぜ!」 そう名乗った金髪男は、先程と微妙に矛盾するようなことを言い放った。 バトルフィールドは、さっきのナックラー達の住処やリュウトがスクーターを停めた場所から 数十メートル離れた、一面の砂の上だった。 とはいえ、辺りの砂漠に比べると多少地面は固い。 ふと斜め後ろを見上げると、灼熱の太陽の下、じっとこちらを見つめる鎧鳥の姿があった。 「オラ、ガキ!何よそ見してやがる!」 そう怒鳴られ、慌ててリュウトは視線を前に戻した。 ガリハンはにやりと笑い、手にしたモンスターボールを宙に投げた――ふたつ。 「いくぜ!」 オーレ地方では他の地方と異なり、二対二のダブルバトルが主流である。 それ故ダブルバトルを極めんとするトレーナーは、よくオーレ地方に修行しに訪れるという話も聞く。 この男も当たり前のようにポケモンを二体…カメックスとバクフーンを、 砂のフィールドに繰り出した。どちらもなかなかの大型ポケモンである。 先程『…ここじゃ少し狭いな』とガリハンが言ったワケが分かった。 明らかにされた対戦相手を目の前に、リュウトはすぐ側に控えるコニーと目を合わせた。 ちなみに、エネコロロのステフォンは今はボールに戻してある。 「…頼むよ」 「キュウゥン!」 元気よくひと鳴きして、真鍮色の身体がフィールドに躍り出た。 そしてもう1体、コニーの相棒となるポケモンをリュウトは送り出す。 「いけっ、ケビン!」 投げ上げたボールは空中で弾け、中から現れたポケモンがコニーの横に着地した。 背中には皮膚が硬質化してできた棘が剣山のようにびっしりと生え、手足にも長く鋭い爪を持っている。 その手で油断無くファイティングポーズをとり、ジャッ、と短く鳴いた。 「サンダースとサンドパンか…うまいこと弱点突く奴出してきやがって」 水タイプ相手に電気タイプ、そして炎タイプ相手に地面タイプ。 ガリハンは舌打ちしたが、それほど動じていないように見える。 もっとも、相性だけで勝敗が決まる訳ではないことぐらい、リュウトも理解していた。 まあいい、とガリハンはびしっとリュウト側の二匹のポケモンを指差し、そしてほとんど叫ぶように指示を出した。 「やっちまえ!カメックス、ハイドロポンプ!バクフーンは破壊光線だ!」 ガシャン、と音をたてて、カメックスの双肩のキャノン砲がこちらを向いた。 そして次の瞬間、轟音とともに水の塊がそこから発射され、 さらにそれを追うようにバクフーンの口からオレンジ色の光線が射ち出される。 命中すればひととまりのない、いきなりの大技だったが、リュウトは慌てること無く二匹に言った。 「かわせっ!」 コニーとケビンは一度目を合わせ、コクリと頷くと、ぴったりのタイミングで鏡のように左右に分かれて跳んだ。 その中央部分に、相手の技は着弾し、凄まじい爆発が起こる。 襲いかかる突風と砂煙に、リュウトは思わず左腕で目を覆った。 エアームドの身体のような銀色に輝くスナッチマシンに、細かな砂がうっすらと被さる。 しかしリュウトは、次の指示を送ることだけは忘れなかった。 「コニー、走れ!電光石火!」 砂煙が収まると同時に、コニーが相手へ向かって猛スピードで走り出した。 広いフィールドはこちらにとっても好都合だった。 相手のポケモンが力自慢だというのなら――それは先程の攻撃で証明されたが――こちらの武器はスピード。 縦横無尽に走り回り、相手を翻弄するのだ。 サンダースは素早さが高いことで有名なポケモンである。 コニーもその例に漏れない、 いや、そんじょそこらのサンダースではかなわない程の脚力で、足場の悪い砂地をもろともせずに疾駆する。 その先には、もう一体を庇うように前に出た、甲羅の装甲を持つ巨体。 「フン、カメックス!爆裂パンチで向かいうて!」 ガリハンの指示が飛び、カメックスは拳を引いて迫ってくるコニーが懐に飛び込んでくるのを待とうとし、 その時には既にコニーは攻撃の射程圏内に到達していた。 カメックスはそのまま強烈な一撃をコニーの背中に打ち下ろし… 「…コニー、方向転換!」 「なっ!?」 その前に、コニーは突然ブレーキをかけたかと思うと、ぴったり90度左に曲がり、 カメックスに背を向けた。予想外の行動にカメックスは目を見開くが、 「クソっ、逃がすな!」 その声に反応し、見た目にそぐわない機敏な動きでコニーのがらあきの背中へ飛びかかる。 ところがそれを待っていたリュウトは、うっすらと笑みを浮かべた。 「今だ!相手の顔に砂かけ!」 コニーは走るスピードは緩めずに、後ろ足を強く蹴り上げて足下の砂を思い切りカメックスの顔面にぶちまけた。 目をやられたのか、カメックスは苦しそうに目を擦っている。 ガリハンは焦るあまり、なにやってるんだ早くなんとかしろと、指示になっていない指示を早口でまくしたてた。 リュウトはその隙を突く。 「……よし。…突っ込め!」 コニーの巻き上げた砂埃を突き破って、ケビンがバクフーンの目の前に飛び出した。 「捨て身タックルっ!」 見事にリュウトの狙い通りだった。 一連のコニーの動きは、 大技・破壊光線を放った反動で動けないバクフーンからカメックスを引き離すための囮に過ぎなかったのである。 バクフーンのがら空きのボディに、ケビンの渾身のタックルが入った。 向こうのパワーにも引けを取らない強烈な一撃だったのだが、 それでもバクフーンは砂上を滑るように後ずさっただけで、地から足を離すことは無かった。 「持ちこたえた…!?」 「へっ、やられっぱなしじゃ面白くねぇな!」 ガリハンは腕を横に振るって叫ぶ。 「反撃だバクフーン!…大文字!」 バクフーンは大きくのけぞるように勢いをつけ、口から巨大な火の玉を吐き出した。 直接攻撃を喰らわせた直後であるため、それをかわすことが出来る程、 ケビンとの距離は開いていない。その為ケビンは咄嗟にくるりと身体を丸め、防御態勢をとった。 紅蓮の弾丸はトゲトゲのボールのような姿になったケビンを包み込み、炎の花を咲かせた。 「ケビン!」 「キュゥン!」 パートナーのコニーも思わず駆け寄ろうとするが、それは後ろからのカメックスの砲撃によって阻まれた。 砂かけの効果が残っている為命中はしそうになかったが、威嚇射撃には十分だった。 ドォォオオンッ!! さすがのケビンも炎の勢いを受けきることが出来ず、爆発音とともに後方へと吹き飛ばされる。 バクフーンの半分にも満たない体重のケビンは簡単に宙を舞い、一瞬の後に地面へと落下して砂埃を上げた。 結果相手と間合いを取ったケビンの横に、コニーも慌てて戻る。 「…ケビン、まだ大丈夫?」 「おらぁ、ボサっとしてる暇はねぇぜ!カメックス、もう一発ハイドロポンプ!」 「!」 相手の容赦ない畳み掛けるような攻撃に、リュウトは僅かに焦りの表情を見せる。 しかしポケモン達の方は冷静に迫り来る水流をうまく避けた。 「ジャッ!」 ケビンがちらりとリュウトの方を振り向き、落ち着けと言わんばかりに鳴いた。 その様子を見てリュウトは少し冷静さを取り戻すと同時に、ケビンがまだ戦えることを悟った。 ふぅ、と大きく息を吐き、正面を見据える。 そこにはリュウトの信頼する相棒達の後ろ姿があった。 「よし!こっちからもいくよ!コニー、ゴメンだけど少しの間目を閉じて、我慢しててね」 そう言うとリュウトは、首にかけてあったゴーグルを目に装着した。 「ケビン、砂嵐だ!」 ごぅっ ケビンが腕を振り下ろすと同時に、フィールドにつむじ風が吹き荒れ、 それは地面の砂を巻き上げて巨大な砂の竜巻を形作った。 あっという間にお互いの視界が砂色一色に染まる。 「な、なにぃ!」 目の前が塗りつぶされる直前にリュウトの顔を見て、リュウトが何故ゴーグルをしたのか、 その理由を把握したのと同時に、ガリハンは顔を腕で覆う羽目になった。 既にリュウトやサンダース達、その後ろに佇んでいたエアームドはもちろん、 自分のポケモンであるカメックスとバクフーンの姿さえもうっすらとしか見えない。 しかしこのまま何もせずにいるだけでは、 この状況下で唯一自由に動けるポケモン…地面タイプを持つ術者のサンドパンの攻撃を喰らってしまうことになる。 ところが、ガリハンは何か思いついたようににやりと笑った。そして砂嵐に負けないよう大声を出す。 「…舐めるなよ。とびっきりの大技を見せてやるぜ。バクフーン!」 指示をもらったバクフーンの耳がぴくんと跳ねる。そして、両腕を交差させた。 「この鬱陶しい砂をぶっ飛ばしちまえ!」 「ジャッ!」 リュウトの指示に応え、砂嵐の中に姿を消したケビンを見送り、リュウトはじっとしているコニーの方へ向き直った。 「いい?コニーは、これが収まったら…」 と言っている途中、ゴーグルの向こう側で何か紅い光が生まれるのが見えた。 そしてそれが何かを認識するよりも早く、 くぐもった爆音と共にケビンが起こしたものよりも数倍の威力を持った爆風がリュウト達を襲った。 コニーはしっかりと地面を踏みしめて耐え、 リュウトはゴーグルの存在を忘れ、飛んでくる砂から両腕で顔を守る。 結局、その爆風は砂嵐を完全に吹き飛ばしてしまった。 突然の青空に呆然としながら、リュウトはゴーグルを外した。 「な、何が…!?」 バクフーンは体毛を擦り合わせることで発生する静電気と口から吐き出す炎を利用して、 凄まじい爆風を巻き起こすという荒技を持っている。 ガリハンはそれを使って、視界を塞ぐ砂嵐を消し去ったのだ。 「へっ、もらったぜ!いけっ、お前ら!」 ガリハンは勢いよくサンダースのコニーを指差した。 彼の二匹のポケモンも、それに呼応し、相手陣営へ向けて走り出す。 しかし、それを迎え撃つべくリュウトが指示を出したのは、 相手の標的となっているコニーではなく、もう一匹の仲間の方だった。 「……出てこい、ケビン!」 「なっ!?」 その言葉にガリハンは初めて、サンドパンのケビンの姿がフィールド上から消えていることに気付く。 そして、それは遅すぎた。 ごばあぁあっ! 『穴を掘る』を使って地面に身を隠していたケビンがバクフーンのすぐ足下から砂をかき分けながら飛び出し、 その勢いのままアッパーカットのような振りで鋭い爪の一撃をお見舞いした。 捨て身タックルの時とは違い完全な不意打ちとなった攻撃は今度こそ、バクフーンの身体を宙に浮かせた。 そのまま体勢を整えることも出来ずに背中から砂の上に落ちた。 「バクフーンっ!?」 ガリハン、そして戦いのパートナーであるカメックスもが足を止め、思わず倒れたバクフーンをかえり見る。 しかし仲間を気にかけたその行為が、新たな隙を生む。 「トドメだっ!必殺、10万ボルトぉぉ!」 「キュゥウっ!」 ビシッと逆立った体毛から聞こえるバチバチという音は、 体内から発生する微弱な電気を攻撃用に増幅させている証拠。 コニーは走りながらエネルギー充填を終え、一筋の閃光を放つ。 それは見事にカメックスを捉えた。 いくら防御力が高くとも、弱点を突く攻撃をまともに受けてはただでは済まない。 カメックスは苦しそうに大きく身体を仰け反らせ、地に膝をついた。 「よっし!」 リュウトは小さくガッツポーズを見せ、振り返って岩の上にいるエアームドを見上げる。 …ところが、勝利を確信するにはまだ早かった。 相手のカメックスが、残された力を振り絞り、カッと目を見開く。 「…ヘッ、油断したな…。ブッ飛ばせカメックス!ミラーコートだ!」 「!!」 カメックスの身体が不思議な色の輝きを見せた。 …いや、カメックス自身が輝きを放っているというより、 輝く薄い膜のようなものに覆われたと言うべきか、 とにかくそれにより電撃は弾かれ、光の矢となってコニーへと跳ね返ってきた。 バシィィッ! 「コニー!」 この類の技は、受けた攻撃が強力である程、返す力も倍増するものである。 巧みに弱点を突いた攻撃だったのだが、それを逆手に取られた。 派手に反撃を喰らい、よろめくコニー。今ので相当なダメージを受けたらしい。 一方のガリハンの方は、カメックスだけでなく、なんとバクフーンまでもが既に立ち上がっていた。 たいした精神力である。 二対二の戦い。無論、どちらか一体を失ってしまえば、戦況は圧倒的不利となる。 お互い、そのことはよく分かっていた。 「先にあのサンダースを潰せ!バクフーン破壊光線!」 「させないっ!ケビン、捨て身タックルだ!」 力強く地面を蹴り、ケビンが突撃する。 こちらも大文字によるダメージが残っているはずなのだが、少しもそんな素振りを見せない。 必殺の光線が放たれるより僅かに早く、ケビンの技が決まった。 ドォン! その直後、バクフーンの破壊光線が発射される。 しかしケビンのタックルでバクフーンがバランスを崩したため、狙いは大きく逸れた。 頭上を猛スピードで通過した光線をリュウトは思わず目で追い、そしてハッとなって叫んだ。 何故ならその直線上には… 「……危ない、エアームド!」 一瞬の後、巨大な爆発音が耳に届いてきた。 咄嗟に目を閉じてしまっていたリュウトが恐る恐るまぶたを上げるとそこには、 蒼い空によく映える、銀色のシルエットがあった。 もちろんその翼で、自分の力で飛んでいる。どうやら直撃する寸前に、うまく飛び上がってかわしたようだ。 破壊光線はさらにその向こう側に位置していた岩壁に着弾したらしい。 白い煙の向こうに、岩壁の大部分が崩落してしまっているのがうっすらと見えた。 「よかっ……」 「キァァアアっ!」 エアームドが突然、その崩れた岩壁の方を向いて叫んだ。 リュウトはその声に何か緊迫した様子を感じる気がした。 「ど、どしたの…?」 困惑するリュウトだったが、ふとひとつの事実が脳裏を掠めた。 あそこは、今は雲のような白煙に包まれている岩壁のあった場所は…その下は。 「キァアア!」 「そ…か。さっきの……ポケモン達の住処が!」 ごっそりと崩れ落ちてしまった岩の巨壁。 その崩れ落ちた部分が、その真下の砂地、 ナックラーやヨーギラスが群生していたポケスポットを埋め尽くしているであろうことは、簡単に想像出来た。 エアームドはパニックを起こしているのか、鳴きながら空中をぐるぐる旋回しているばかりである。 リュウトは迷わず走り出した。対戦相手に背を向けて。 「お、おいっ!?」 ガリハンの驚いた声を尻目に、コニーも素早く後を追う。 事情を知らないケビンは困ったように首を傾げていたが、結局トレーナーを追ってバトルフィールドを離れた。 「な、どーゆーことだよ!?試合放棄ってか!?」 両手でメガホンを作り叫ぶガリハン。 リュウトはその声に対し、走りながら首だけをそちらへ向け、凛とした声で言い放った。 「放棄じゃない!僕はやるべきことをやるため…ポケモン達を救うために戻るだけだ!」 その言葉は上空のエアームドにも届いたらしく、驚いたように空中で静止し、走るリュウトを見下ろした。 「……はぁー!?…んじゃあ、エアームドは俺が捕まえてもいーんだなぁーっ!?」 ガリハンは再び叫んだが、既にリュウトは点在する大岩の向こうへと姿を消していた。 ぽかんとした表情で、頭を掻きむしる。側に控えるカメックスとバクフーンも、互いに顔を見合わせた。 「…っだよ、意味わかんねぇ……まぁいいか。これで邪魔者はいなくなったわけだしな。おい!エアームド!」 呼びかけに、エアームドは振り返る。それを見てガリハンはほくそ笑んだ。 エアームドの険しい表情には気付いていない。 「へっ、今から捕まえてやるからな。大人しくしてろよ」 そう言って懐からモンスターボールを取り出した途端、エアームドの目つきは更に鋭さを増した。 ピンと空気が張りつめた感覚に、さすがのガリハンも少したじろぐ。 「んだよその目は!ちっ…行けっ、カメックス!バクフーン!」 ポケモンを捕まえるのに、まず相手をバトルで弱らせるのは基本中の基本。 エアームドを攻撃しようと、二匹のポケモンが前に出た瞬間…… キァァァアアアアァッ! 威圧感を秘めた甲高い声が、周囲に響いた。 その迫力にカメックス達は思わず身を震え上がらせ、 情けない後ろ姿を見せながらいそいそとガリハンの側まで戻ってくると、 「お、おい!お前等…」 トレーナーの静止も聞かず、自ら彼の腰についたボールの中へ戻っていってしまった。 「ぐぅっ…『吠える』だと……!くそっ、こうなりゃ!」 手に持っていた捕獲用のボールを強く握りしめ、上空の相手に当たるよう大きく振りかぶる。 しかしそれが投げ出されるよりも早く、エアームドが行動をおこした。 空を切り裂くかのような動きとともに放たれる疾風の刃が、遠慮無しにガリハンに襲いかかる。 ドォオンッ! 「ぅあぁ!?」 咄嗟に後ろに下がったその爪先を削り取るかのようにエアカッターは砂漠に突き刺さった。 ほぼ零距離からの衝撃をまともに受け、ガリハンは堪えきれずに尻餅をつく。 その際に彼の手からこぼれ落ちたモンスターボールに次弾が命中し、 丈夫に造られているはずの赤と白の表面に大きな亀裂を走らせた。 「キァアアア!」 「………」 エアームドは翼を翻し、反対方向へ…先程崩れた岩の方へと、鳴き声を上げながら飛んでいった。 ガリハンは地面にへたり込んだまま、何も言えずに、ただ見送ることしか出来なかった。 「やっぱり……っ!」 リュウトの想像通り、さっきまで野生のナックラー達が集まっていた場所は、 まるでポケモンの技『岩雪崩』を受けたかのように、 上から崩れ落ちてきたたくさんの岩によって埋め尽くされていた。 まだうっすらと砂煙が漂っている。 リュウトは岩の山に手をつけると、しっかり付いて来てくれた二匹に向かって言った。 「みんな生き埋めになっちゃってるかもしれない…。コニー!ケビン!これどけるの手伝って!」 リュウト達は揃って大量に積もった岩に飛びつき、ナックラー達の救出作業に入った。 ケビンはその鋭い爪を活かして大きめの岩を次々と砕き、 あまり力のないコニーも、穴を掘るような動作で懸命に小さな石を掻き分けていく。 リュウトも汗びっしょりになりながら、岩をひとつずつ確実にどかしていった。そして、 「!」 開始から数分が経過した頃、ついに足下でガタンと音が鳴り、岩が微かに揺れる。 それに気付いたリュウトは音がした場所の岩を両手で抱え上げた。 すると、その隙間からナックラーが一匹よじ登ってきた。 咄嗟に地面にでも潜ったのか、岩の直撃は受けていないようで、怪我をしている様子は無い。 混乱している様子ですっかり様変わりしてしまった自らの住処を見渡し、「がぁー…?」と不安げに鳴いた。 「大丈夫?待っててね、他の仲間もすぐに……」 「キュゥン!」 コニーの鋭い声がリュウトの耳に入った。 上を見上げているその視線を追って、リュウトは、崩れ残りの岩が自分めがけて落下しているのに気付いた。 リュウトは注意力を欠いていたことを悔やむのはひとまず後回しにして、 素早くナックラーを抱え上げ、そこから飛び退こうとする。 しかしごろごろした岩に足を取られ、その場に転倒してしまった。 「しまっ…」 ケビンが急いで落ちてくる岩に飛びかかろうとするが、到底間に合わない。 見る間に大きさを増す岩が、嫌に非現実的に見えた。 リュウトはスナッチマシンを壊す覚悟で…いや、怪我を負うのも厭わない覚悟で、 ナックラーを右腕に抱え、左腕で身体を庇った。 ばこおおぉんっ! …轟く破壊音、そして一瞬の静寂。 予想に反して、目を閉じたリュウトに降ってきたのは、 小さな石粒のようなものぐらいで、これっぽっちの衝撃も無かった。 「キァアアァッ!」 「……エアームド!」 銀色の鳥が岩の上に降り立ち、大きく翼を広げてみせた。 どうやら鋼の翼の一撃で、岩がリュウト達を押しつぶす前に粉々に粉砕してくれたらしい。 にも関わらずエアームドの翼は傷一つ無く美しい光沢を保っている。鎧鳥ポケモンの名は伊達じゃない。 リュウトの呼びかけに答えるように頷いたエアームドを、ナックラーの純粋そうな瞳がじっと見つめていた。 「…ありがとう!さ、みんなを助けよう!」 「キァアッ!」 リュウト達は岩どかしを再開した。 エアームドが加わったことで、そのペースは格段に上がる。 必死になって「仲間」を助けようとするエアームドの表情は、真摯そのものだった。 程なくして、エアームドが首をねじ込んでずらした岩の下から、 小柄なナックラーと、それを守るように背中に覆い被さったヨーギラスが姿を現した。 突然差し込む太陽の光と、すぐ側に立っているエアームドの姿に驚きびくっと震える二匹だったが、 「キァァーゥ」 「ガウ……」 エアームドの思った以上に優しげな声に少し警戒心が削がれたのか、 おっかなびっくりといった感じでヨーギラスがナックラーを引っ張り上げながら無事生還した。 その様子を見て、リュウトは嬉しそうに微笑んだ。 全員の姿を確認出来た頃には、既に陽は傾き始め、 崩れた岩はスペース確保のため隅に寄せられ、あの金髪男の姿もどこかへ消えていた。 元の静けさを取り戻したポケスポットに、スクーターの規則的なエンジン音が反響する。 「…よかったね、エアームド」 「キィアァーゥ」 エアームドの側には、数匹のナックラー達が群がっていた。 エアームドの背中によじ登ろうとしているやつまでいる…と思ったら、 さっきのヨーギラスに庇われていた小柄のナックラーだった。 どうやら皆、助けてもらったことに感動し、完全に仲間と認めたようである。 それはあの二匹のヨーギラスも同様で、気安く近寄ったりはしないものの、 最初とは全く違う目つきでエアームドを見つめていた。 「それじゃあ、元気で。もしここに奴らが来るようなことがあったら、キミがちゃんと守ってあげなよ」 「キュゥン!」 リュウトは勢いよくスクーターを発進させた。 タイヤが跳ね上げた砂埃が背中にくっついたコニーに被さり、コニーはぷいと顔を背けた。 スクーターはぐんぐんと加速し、 ポケモン達の姿や、その住処である元・岩壁がみるみるうちに小さくなっていく。 まだ顔にかかった砂が気になるのか、顔をしきりに振っているコニーに、リュウトは声をかけた。 「ははっ、大丈夫?コニー」 「きゅーん」 「……ポケモンって、強いんだね」 コニーが首を傾げるのが、背中からの感触で分かった。 「あいつはほら、強い意志が備わってるから、多分ずっと強いままでいられるよ。…仲間を守るために」 すると、 キアァァアアア! 知らない者が聴くと何かの何かのブレーキ音のような、 しかしもう聴き慣れた甲高い鳴き声が、後方から聴こえてきた。リュウトは首を回して背後の空を見上げる。 リュウト達を見送る、蒼をバックに浮かび上がる翼を広げたシルエット。 その鋼の身体に跳ね返された陽光が、一番星のように煌めいていた。 END