おこるな ?? が くるぞ
かなしむな ?? が ちかづいてくるぞ
よろこぶこと たのしむこと あたりまえの せいかつ
それが しあわせ
そうすれば ???サマ の しゅくふくがある

「シンオウしんわ」より





●第七話「とおい はなび」





 思い出した。すべてを。
 この場所が何処であるのか。自分が何者であるのか。
 自分がポケモントレーナーであること。どんなポケモン達がいっしょにいて、どのように彼らと共に呼吸をし、どうやって戦ってきたのかを。傍らにいる女性トレーナーが誰なのかを。
 そして、自分が成さなくてはならないことを。

 青年が記憶の回復を伝えるとシロナは大いに喜んだ。
 最も、試合の流れが変わったあたりからそうではないかと思っていたらしいが。


「いきますよ!」
 ノガミが六つのモンスターボールを一斉に投げる。次々と赤い光が立って、様々な形のポケモンの姿が形成されてゆく。そして、そのポケモン達はスタジアムの中央で構えているある一匹のポケモンに向かって突進していく。
「リーフストームから、噛み砕く!」
 先鋒はハヤシガメ。背中を守る鎧の上から生えた樹木から無数の葉が刃となって舞い散り、ターゲットの方向に吸い込まれるように飛んでいく。その先にいるのは両腕にヒレの刃を持ったドラゴンポケモン。彼女はキッとハヤシガメを睨みつけた。
 嵐の日の豪雨のように葉が身体を叩く。走りこんできたハヤシガメが彼女の腕に噛み付いた。が、軽々と彼女はそれを払ってみせる。ハヤシガメの身体が吹っ飛んだ。
「次!」
 とノガミが叫ぶ。スタジアムに複数映る影の一つが大きな影に向かって飛び掛る。だが、その影もすぐに吹っ飛んだ。チッ、とノガミが舌打ちする。


「ノガミさん、ポケモンは持っていらっしゃらないんですか」
 立会いを依頼してきた青年が、次にノガミにぶつけてきた質問はそんな内容だった。
「……持っていたら、なんなんですか」
 不機嫌そうに答えた後、ノガミはしまったと思った。わざわざ答える必要もなかっただろうに。気がつけば、すっかり青年のペースに乗せられていたのだ。答えを聞いた瞬間、青年がにんまりと笑ったのが見えた。
「それなら決まりだ。立会いの時はノガミさんのポケモンみんな連れて」
「アオバさん、」
 思わずノガミは青年の言葉を遮る。
「なんです?」
「それって、もはや立会いとは言いませんよね?」
「似たようなものじゃないですか」
「全然違いますよ! あなた、私のポケモン相手にバトルの予行をするつもりでしょ!」
「……だめ、ですか?」
 と、青年はこの世の終わりのような残念そうな顔をして聞いてきた。
「う……っ」
 と、ノガミは一瞬動揺するが、
「そ、そんな顔に騙されませんよ! だいたいポケモンリーグで上位の人のポケモンの相手が、私のポケモンに務まるわけがないでしょ! シロナさんかカイトさんに頼めばいいじゃないですか」
「シロナはだめです」
「なんでです?」
「これから当たる相手なんですよ。わざわざ今から手のうち明かすわけにはいかないでしょ」
「カイトさんは?」
「ああ、カイトもだめです」
「なぜ」
「去年負けた後、自分のポケモンと一緒に会場の屋台のメニュー全制覇だと言って、食べ歩きツアーを敢行していました。バトルを見る以外は閉幕までそうやっていました。たぶん今年もそうなるでしょう」
「………………」
「そういう訳だからノガミさん、俺にはあなたしか頼る人がいないのです……」
 ぽん、ノガミの両肩をつかんで青年は、デパートの屋上でトレーナーに飲み物をねだるポケモンのような眼差しを向けてきた。
「自分のポケモン同士でやってもいいけど、パターンが知れていて。どうしてもそうじゃないポケモンとやっておきたいんですよ」
「ですから、相手になりませんよ。僕のポケモンなんて……」
 気持ち悪い人だな、と思いながらノガミは目線を逸らし、そう答えた。
「そりゃ、普通に勝負したらそうかもしれませんが」
 と、青年が言う。キラリとノガミの眼鏡が光った。この野郎、自分で言いやがった。
「でも、たとえば、ノガミさんのポケモン六匹でガブリエルを袋叩きとかだったらどうです? 予行の方法は何も正規の対戦方法によらなくてもいいんだし」
 やはりこいつは人をバカにしている、とノガミは思う。
 しかしまぁ、モノは考えようだ。たしかに六匹でかかればいかにリーグ上位トレーナーのポケモンと言えど、一匹くらい戦闘不能にできるかもしれない。不本意な形式ではあるが実力者と一戦交えてみるのも一興ではないか。
「…………、…………わかりました。では回復が終わったら連絡しますから」
 渋々とノガミは了承した。
 けれど内心、自分の心の動きに少し驚いていた。現役を退いてからほとんどバトルをしたがらなかった彼にとって、それは思わぬ心境の変化だった。もしかしたら、試合を見て元現役トレーナーの血が騒いだのかもしれなかった。
 ……最も、単純に青年の挑発に乗ってしまったとも言えるのだが。
「それよりアオバさん、早く手を放してください」
「どうしてです?」
「後ろに立っているシロナさんが、さっきからずっと変な目で見ているからです」
「…………」


 ガブリエルに、三匹の影が同時に飛び掛かった。一匹が技でガブリエルの動きを止め、残りの二匹が挟み撃ちにする。
 小賢しい! とばかりに彼女は咆哮を上げた。
「砂嵐」
 と、青年が唱えると、彼女を中心にして砂を伴った竜巻が沸き起こり、ポケモン達を弾き飛ばす。残りは一匹。
 青年はノガミの方向を見る。ノガミの足元には六つのボールが落ちている。うち五つはすでに殻で、中身がなくなったパールルみたいにパカッと口をあけて転がっている。その中に一つ。まだ開いていないボールがあった。半球が青い色のボールだった。通常のモンスターボールの捕獲性能を一段階向上させたその機械球の名は、スーパーボール。
 突然そのボールのボタンが赤く点滅したかと思うと、形を形成しきる前に砂嵐にむかって一直線に飛び出した。ずっと息を殺して、この機を待っていたようだった。
 青年とそのポケモンが、最後のポケモンが飛び込んだ先に目を凝らすが姿が見えない。
「コクヨウ、ドラゴンクロー」
 ノガミが指示を出す。
 突然、ガブリエルの背後からノガミのポケモンが現れ、彼女の背中を切り裂いた。
 すながくれ。砂嵐の中で姿を隠し、回避率を上げるポケモンの特性の一つ。ガブリエルと同じ特性を持つポケモンの一撃。
「特性が同じなら小さいほうが捕捉するのは困難となる」
 ガブリエルが振り向いたとき、ポケモンの姿はすでになかった。すると今度は横から一撃が放たれる。
「嵐を止めろ、ガブリエル!」
 青年がそう指示して、彼女は嵐を止める。
 が、砂が収まりきらないうちに別の所から竜巻が巻き起こった。
「そちらが止めたならこちらで、起こせばいいだけのことです。コクヨウ!」
 また一撃が入る。
 一方的な相手の攻撃に、ガブリエルはイライラした様子を見せる。
「熱くなるな、ガブ」
 青年が冷静に彼女をなだめる。
「雨乞いだ」
 ガブリエルの表情がすっと軽くなる。落ち着きを取り戻したのが見てとれた。ガブリエルが空に向かって咆哮する。
「くそ、そんな技まで!」
「すながくれ同士になったら、体格のいいほうが不利。以前、これにしてやられたことがありましてね。もっとも相手が水ポケモンなんかを隠し持っていると墓穴を掘りますが」
 雲が現れる。空気中の水分を吸ってみるみるうちに成長していく。ほどなくして、雨粒がスタジアムを濡らしはじめた。さきほどまで舞っていた砂は、雨に吸収され、みるみる視界が開けていく。雨で濡らされた地面はもう砂を巻き上げない。ポケモンの姿があらわになる。
 それはガブリアスによく似た、デフォルメして縮めたようなポケモンだった。爪が一本しかなく、両腕に鎌のようなヒレのようなものを生やしている。頭に生えた妙な形の突起もそっくりだ。
「ガバイトか」
 と、青年が呟いた。
 ガバイト。それはガブリアスの一段階前の姿だ。ノガミの持つそれは通常のガバイトよりは少し黒っぽい色をしている。おそらくコクヨウと言う名前はそこからきているのだろう。
 ガバイトはその姿があらわになっても戦意を失わなかった。低く唸り声を上げ、その目には確かな闘志が宿っていた。
 相手が自分の進化系だろうが構わない。むしろ、最後まで姿を見せなかったのは、邪魔者がいなくなった後、自分の同族とサシで勝負する気だったからのように思えた。
 たいしたヤツだ、と青年は感心した。すぐさまガブリエルに攻撃の指示を出す。経験上知っていた。こういうやつは力をもって戦闘不能にすることでしか止まらない。
「逆鱗」
 青年がその単語を口にすると、ガブリエルの眼がカッと燃えた。そうかと思うと、瞬く間にガバイトまで距離を詰める。
 何かが発火するような音がスタジアムに響き渡って、勝負は決した。


「バッジを集めて回っていた頃、たまたまテレビのリーグで見たガブリアスに憧れましてね、なんとか生息地を調べ出してフカマルを捕まえに行ったんです。けど、なかなか見つからなくて」
「なかなか会えないんですよね」
「もう諦めて帰ろうかなというときに、洞窟のもう一つの入り口を見つけまして」
「フカマルのトレーナーなら誰でも通る道ですよね、それ」
「そうなんですよね、誰も本当の生息地を教えてくれないんですよ」
「この種を持つための通過儀式、なんですよね」
 自動販売機で買ったサイコソーダがやけにうまく感じる。こんな感覚はひさしぶりだとノガミは思った。彼が座っているベンチの隣には青年が腰掛け、うまそうにミックスオレをすすっていた。
「ねぇ、ノガミさん、なんでトレーナーやめちゃったんです?」
 すっかりリラックスしきっていたところで、彼は青年の奇襲を食らった。
「……なんで、そんなことを聞きたがるんです?」
 こいつ空気が読めないんじゃないか、と思いつつ、ノガミが問い返す。
「どうしてって、聞いてみたかったからですよ」
 と、青年が答えた。
 やはり空気が読めないようだ、とノガミは思う。
「……限界を、感じたからですよ。バッジを八つ集めたはいいけど毎年予選を通過できなくてね」
 けして気分のよい問いではなかった。彼はさも平静そうに、不機嫌さを隠すようにそう答えた。
「それで、ポケモン協会の職員になった?」
「そう、トレーナーには見切りをつけて、ね。それが何か?」
 表情を出さないようにしながら、彼は続けた。目の前の青年といい、上司といい、どうして皆そのことにばかり触れたがるのだ? もう、たくさんなのに。
「うーん……なんていうかノガミさん、まだまだ行ける気がするんですよね。発展途上っていうか。特にコクヨウなんか」
 やっぱりこいつとはソリが合わないらしい、とノガミは思った。
「たとえば、ノガミさんがポケモンを厳しくあしらって、他の手持ちに見放されたとしても、彼だけは文句言わないでついてきてくれますよ」
「私、そんなにスパルタに見えますか」
「例え、ですよ」
 と、青年は言った。悪気がないのはわかっていた。だが。
 ノガミはぐっと奥歯を噛んだ。お前みたいに、自分が欲しかったものをみんな持っているお前なんかに、何がわかるというのだ。
「私達の成長は、バッジを八つとった時点で止まったんです。決して、次のリーグが巡ってくるまで遊んでいたわけじゃない。次こそは予選を通過するんだって賢明に努力した。けれど、何度やっても結果は同じ。成績が上がることは決してなかった。それどころか、一般に時期だろうと言われる段階に来ても、それを過ぎても、ついにコクヨウ達が進化することはなかったんです」
 そういえば、という表情を青年が浮かべた。ノガミの使ってくるポケモンの中で二段階の進化をするポケモン達、ハヤシガメもガバイトも最初の進化を経験しているだけなのだ。
「それで見切りをつけたと?」
「越えられない壁があるんです。ポケモン不孝なトレーナーだと思っているんでしょう? 僕はあなたのようにご立派なトレーナーにはなれなかった」
 投げ捨てるように彼は言った。それは青年へのあてつけを含んでいたが、けしてそれだけの言葉でもなかった。
「そんなことありませんよ。世の中にはもっとポケモン不孝なトレーナーがたくさんいる。自分の手持ちのことを忘れちゃったり、手放したりするトレーナーがね。それはポケモンを強くしてやれれば理想なのかもしれない。でも一番重要なのは一緒にいてやることだと俺は思います。あなたは現役を退いた今だって、ずっと一緒にいるじゃないですか」
「どうですかね。今日みたいな機会がなかったらボックスに預けっぱなしだったかもしれませんよ」
「それは嘘ですね。ハヤシガメの葉のみずみずしさも、ガバイトの鱗の輝きも、ボックスに預けているだけじゃ維持できやしない」
 青年がすぐさま切り返してきて、ノガミはそれ以上悪態をつけなくなる。
「喜ぶこと、楽しむこと、当たり前の生活。それが幸せ」
「なんですか、それ?」
「シンオウ神話の一節です。なかなか深いと思いませんか? 本当に大切なものはきっと身近なところにある。リーグの成績なんておまけみたいなものです」
 青年は言った。彼は膝に乗せたサンダースを撫でてやる。その足元や傍らに、彼のガブリアスや他のポケモン達が寝そべり、寝息を立てていた。
「あなたに言われても説得力ありませんよ。御託はたくさんです」
 と、ノガミは答えた。
 ……嫌いだ、お前なんか。
 ああ、どうして。どうして自分のとなりにいるのが、ミモリアオバという青年ではなく僕自身でないのだろうか。
 不意に、青年の膝の上のサンダースが片耳をぴくっと上げた。そして、立ち上がると、ノガミに向かって吠え立て始めた。そのあまりの剣幕に怖気づいて、彼は後ずさりする。気持ちを読まれたのか。それにしたってそんなに怒らなくてもいいじゃないか。
 さらに、サンダースにつられて青年の他のポケモン達までもが騒ぎ始めた。あるものは同じように吠え立て、あるものはバサバサと落ち着きなく飛び回り、あるものは鼻息を荒くして地面を蹴る。ガブリアスの咆哮がスタジアムに響き渡り、ハッサムがものすごい形相で睨みつけてきて、ノガミは心底震え上がった。
「落ち着いてください! ノガミさんにじゃないですよ」
 サンダースをなだめながら青年が言った。
「その、野生のポケモンがこっちを見ていたみたいで……」
「え、野生ポケモン!?」
「おいラミエル、そんなに毛を逆立てると痛いじゃないか! お前たちもいい加減鎮まれ。これ以上吼えるならボールに戻すからな!」
 青年がそう言うと、キュウンとサンダースが鳴いて、耳を垂れると悲しそうな顔をした。彼らは不満そうだったが、渋々と騒ぐのをやめていき、そこでやっと落ち着きを取り戻したノガミはポケモン達の吠え立てた方向を見た。が、すでに野生ポケモンの姿は見当たらなかった。
「これだけ訓練の入ったポケモンがあんなに吼えるなんて……。一体何がいたんですか」
 と、ノガミが尋ねたが、すぐに姿を隠してしまってよくわからなかったようなことを青年は言った。彼は、よしよしいい子だ、怒鳴ったりしてごめんよ、などとと言って、自分の周りに集まったポケモン達を撫でてやる。ガブリアスが青年にかぶりつくのが見えた。
「ノガミさん、お騒がせしてすみませんでした」
 ガブリアスに噛み付かれながら、青年が謝罪する。
 きっと、これが信頼関係なのだと思う。
 だが、一方でノガミはこうも思った。こいつは自分の欲しいものをすべて手に入れているのだと。こんなにも持つ者は持たぬ者を惨めにする。強者のポケモンはそれを持たぬトレーナーの嫉妬を掻き立てる、と。
 そしてタイミング悪く、青年はさきほどまで話していたことについて話題を軌道修正してきた。
「そうだ。さっきの続きなんですがね、ノガミさんにぜひ聞いて欲しい話があるんですよ。俺の祖母の昔話なんですけど」
 こいつは本当に空気が読めないらしい、とノガミは思う。
 一方、青年もノガミがあまりに不機嫌そうな顔をしているので、一瞬躊躇した様子を見せた。が、結局彼は構わずに話を始めてしまった。
「初日にシロナが言ったと思うけれど、俺の祖母は四天王キクノの姉妹にあたるのです」
 と、前置きする。
「俺はこういう髪型でしょう。よく男のくせにと言われるし、シロナにもキザだと言われるんですけどね、俺の髪を結んでいるこれ、祖母から貰ったものなんですよ。幸運をもたらすお守りだと言っていました」


「ヒマそうだな、シロナ」
 屋台の並ぶ通りを彷徨うシロナに、声をかけたのはカイトだった。口のまわりをソースらしきもので汚して、手にはイカ焼きを持っていた。 傍らのエンペルトも同じようにイカを持って、嘴を汚している。皇帝ポケモンの威厳も何もあったものではない。
「そういうあなたも相当ヒマそうだけど」
 と、シロナが言うと、一回戦でアオバに負けちまったからな、とカイトが答えた。
「おまえさんは勝ったんだろう?」
「ええ、お陰様で。というかアオバと当たるまでは負けられないのよ」
「当たるまで、じゃなくてアオバに勝つまで、だろ?」
「そうね、そうとも言うわ。あわよくば、そのまま優勝といきたいわね」
 ふふっ、とシロナが笑う。
「ところで、アオバは? 一緒じゃないのか」
「調整中よ。今までの遅れを取り戻すんだって。記憶が戻った途端、これよ」
「記憶が戻った? 記憶喪失ってマジだったの?」
「そうよ、大変だったんだから。だから、あなたにはお礼を言わなくちゃいけないわね。あなたとの試合中に戻ったのよ」
「おいおい、俺ってそういう役回りなのか?」
 と、カイトは損したなぁといった感じをあらわにした。
「そうだ、ちょうどよかったわ。ちょっと付き合って欲しいんだけど」
 突然、シロナが思いついたように言った。
「付き合う? あんたが付き合っているのはアオバじゃなかったのか」
「ちょっと! そういう意味の付き合うじゃないわよ! だいたいアオバとはそういう関係じゃないんだからね!」
 カイトがちょっとつっつくとシロナは簡単に予想通りの反応をしてくる。わかりやすいなぁと、彼は思った。
「そうじゃなくて……もう少しで、リオ達の回復が済むのよ。あなたにはバトルの練習相手になって欲しいの。アオバが調整しているっていうのにこっちも負けてられないじゃない」
「まぁな、でも俺でいいわけ?」
「あなたアオバに負けて悔しくないの? ここで私の相手になって、それで私がアオバに勝ったなら間接的にしろ勝ったってことになるわ」
「……なんかその理屈、無理やりじゃない?」
「いいじゃない。食べ歩きもたいがいにして少しは運動したほうがいいわよ。そのほうが後の食事がおいしくなるわ」
「…………ふーむ、それもそうかぁ」
 そう言うと、イカ焼きを一気に平らげる。一緒になってエンペルトもそれを平らげた。どうやらその気になったらしい。
「わかった、その話乗るよ。イワトビもリベンジ決めたいってさ」
「ありがと。さっそく、スタジアム使用の手続きしをないとね、一緒にきてくれる?」
「ああ」
 そうして、おそらくは利害が一致した二人はスタジアムに向けて歩き出した。
「でもさぁ、シロナ。お前、本当にアオバと付き合う気ないわけ?」
 道中、カイトはそんな質問をぶつけてくる。
「ちょっと、なんでさっきからその話題ばっかりなのよ!」
「だって、お前アオバのことさ、」
「それ以上は言わないで」
「素直じゃないな」
「うるさいわね。私だって、その時がきたら、ちゃんと……」
「その時?」
「アオバに勝った時よ」
 顔を真っ赤にして彼女は答えた。そして、こう言った。
 ――私ね、決めているの。その時までは勝負に集中する。でも準決勝で勝ったら、準決勝で彼に勝てたら、気持ちを伝えるの。
 それを聞いたカイトは「そっか」と言って、それ以上は何も言わなかった。


「彼女は、遅咲きのトレーナーだった」
 と、青年は語った。
「若い頃の祖母は姉のキクノに比べると極端に出来が悪くてね、顔はそっくりなのに、バトルの成績はてんで正反対。とうとう比べられるのに耐えかねて、シンオウを出て行っちゃったんです」
「……それはまた思い切りましたね。シンオウを出てどこに行かれたんですか」
 と、ノガミが冷めた調子で言った。そっけない反応ではあったが、まったく話を聞く気がないわけでもないらしかった。
「カントーです」
 と、青年が答える。
「自分を誰も知らない土地にいって、ようやく彼女は姉妹の呪縛から解放された。カントーの大学に通い、結婚して出産もした。その間も細々とトレーナーを続けながら、ね。そうして、子どもも大きくなって旅立っていって」
「それで?」
「それからです。手隙になって、彼女はさらに本格的なトレーナー修行をはじめた。そして、おおよそ若いとはいえない年齢から急に強くなったんです。彼女は勝ちに勝ちまくり、ついにカントーの四天王に上り詰めた」
「……つまり、姉妹そろって四天王になっちゃった訳ですか。あなたのお婆様がそこまで変わった理由はなんだったのでしょう?」
 そうノガミが問うと、青年は待っていたとばかりに続ける。
「祖母が言うには、ある日突然、自分が四天王になっているのをはっきりとイメージしたのだそうです」
「イメージした……?」
 彼にとっては意外な回答だったらしく、ノガミは詳細を尋ねる。
「そう、それはもうリアルに」
 と、青年は答えた。
「彼女が好んで使用するのはゴーストタイプでね、もしかしたら、祖母の見た『それ』は彼女のゲンガーが見せた幻か何かだったのかもしれない。ほら、あいつらってそういうものを見せるのが得意でしょう」
「ゴーストポケモンでその手の話をしたらきりがありませんね」
「でも祖母は、それを本気にした」
 青年は言った。今までのどんな語りよりも強調して答えた。
「……それで、四天王になったと?」
「そうです」
 青年が肯定する。確信を持って。
「全部とは言いませんが、ゴーストが使う技は精神的に来るものなんじゃないでしょうか。ダメージを受けた相手がダメージを受けたと思うから、ダメージを受けるのです」
「受けたと思うから……ですか」
「たとえば、幻覚。見えている本人には、たしかに見えているんです。脳がそう自覚しているんです。となると、ノーマル属性にゴースト技がほとんど効かないのはこのあたりに関係があるのかもしれない。ノーマルという属性が精神に作用しているとすれば……」
 すると、はぁ、とノガミがため息をつく。
「それはまた大胆な仮説ですね。研究者の道に進まれたほうがよかったのでは?」
 と、嫌味を言った。
「俺が思うに、あなたは早い段階で負けすぎたのです。だから勝つ自分を、自分のポケモン本来の強さをイメージできないでいる」
 と、青年も負けずに答える。が、
「……その話が本当だとしても、私とあなたのお婆様は違いますよ」
 と、ノガミは言った。
「想像するんですよ、ノガミさん。スタジアムに続く階段を。長い長い廊下を渡り終えて、そこを一歩、また一歩登っていく。扉を開くと、歓声が聞こえてくる――――俺はこう思うのです。表彰台に立つ自分を最後までイメージし続けることができた者、信じ続けられる者がチャンピオンになれるのだと」
「…………」
 ノガミはしばらく青年を見つめて黙っていたが、最後に一言、ぼそりと言った。
 そんな人、いるんでしょうか、と。
「これで俺の話は終わりです。長々と変な話をしてすみませんでした。別に忘れても構わないけれど、心の片隅にでも置いておいてくれるなら嬉しいです」
「…………考えておきますよ」
 青年がしんみりした口調で言うので、ノガミは思わずそんな答えを返す。それに対して青年は、
「ありがとう」
 と、礼を述べた。


 トーナメントは二回戦へと移行する。一人の勝者と一人の敗者を出して。上に一段上がるごとに半分のトレーナーが消えていく。その中で青年は、上へと上がっていく。
 彼の持つガブリエルを筆頭とした強靭なポケモン達、そこに冷静な青年の指示が加われば、鬼に金棒だった。そうそう勝てるものなどいはしない。
 二回戦を終えて三回戦進出。彼は確実に駒を進める。そこにはもう、かつての頼りない青年の姿はなくなっていた。

 試合が終わる。その日はすでに夜になっていた。勝者を祝福するかのように花火が夜空に咲き誇る。
「アオバさん、僕は花火が嫌いです」
 夜の調整中、夜空に咲く花火を見ながら、ノガミはそんなことを言った。
「どうして?」
 と青年が尋ねると、
「儚いじゃないですか。まるで敗れ去っていくトレーナーの夢のようだ。僕はこの仕事についてチャンピオンになれないトレーナー達をたくさん見てきました。かつての僕がそうだったように。花火が一つ消えるたびに夢が一つ消える。僕にはそんな風に見えるんです」
 彼は損な性格だな、と青年は思う。けれど、そんなセリフを吐くノガミの気持ちを否定できずにいる自分に気がついた。いつからだろう、と回想する。
 だがすぐに、ああ、あの時だと青年は目星をつけた。初日の屋台で、予選落ちしたトレーナーの言葉を聞いたあの時。
 パン、と花火が上がる。花火の下にあの時屋台から見えた観覧車が見えた。
「でも、どんなに強いチャンピオンだっていつかは誰かに負けるんですよ。観覧車が上に登ってもいつかは降りてくるみたいに。誰だっていつか観覧車から降りなくちゃいけない。それって、他のチャンピオンになれなかったトレーナーとどう違うのでしょうか」
 いつのまにか青年はそんな言葉を呟いていた。
「だったら、なんでみんなチャンピオンなんかになりたがるんでしょうか。いつか誰かに負けるためだとしたら空しすぎやしませんか」
 と、ノガミが問う。
「それには二通りの答え方ができます。夢っていうのはそういうものなんです、と答えることもできるし、いつか誰かに負けるためという風に答えることも出来る。どう考えるかは……」
「アオバさん、それって、負けたいんですか。勝ちたいんですか?」
「そりゃあ勝ちたいに決まってるじゃないですか」
 と青年は言った。
「そういえば、」
 急に思いついたようにノガミが話題を振る。
「勝つの負けるのって言ったら、シロナさんはどうなんです。最近見かけませんけど」
「ああ、あいつはあいつでトレーニングしているんでしょう」
「そんなもんなんですか」
「そんなもんですよ。今頃ガブリエル対策でも立てているんじゃないですか」
 そう言って、青年はハハハ、と笑った。ノガミはその答えにあまり満足しなかったらしく、
「シロナさんってアオバさんの何なんです? どう思っているのですか、彼女のこと」
 と、少々突っ込んだ質問をしてみる。
「なに、って」
 青年が少々言葉を詰まらせる。そして、しばらく考え込んで、
「あいつはライバルです。今大会で最もてこずる相手だと思っています」
 と、答えた。
「……それだけ、ですか?」
「それだけですよ。他に何があるって言うんです?」
「……そんなこと言ってると、そのうちカイトさんあたりに取られちゃいますよ」
 と、ノガミが言うと、ああそれが聞きたかったのね、と察したらしく
「大丈夫、それはない」
 と答えてみせた。
「あなたのそういう自信過剰なところが嫌いだ」
 ノガミは呆れたように言った。

 三回戦、青年はさらに駒を進めた。シロナも負けてはいなかった。的確な指示で、対戦相手のポケモン達を次々に攻略していった。去年よりずいぶんキレが増したように思える。
 カワハラがトーナメント表に書き込んだ赤い線が、伸びて近づいていった。

「ねぇ、ノガミさん、ガブリエル使ってみません?」
 そんな頃、青年が突然、そんな提案をしてきた。
「なんなんですか、今度は」
「僕が残りのメンバーで挑む。ノガミさんとガブリエルでそれを迎え撃つ。ガバイトを持っているあなたなら、勝手はわかるでしょ」
「今度は何を企んでいるんですか」
「いや、実際にガブリアスを使ったらその、いいイメージが沸くんじゃないかと……」
「まさかあなた、私がガブリアスを使ったら、コクヨウが進化すると思っているんじゃ」
 あ、ばれた? という表情を青年が浮かべ、やっぱりという感じでノガミがため息をつく。
「でも、やるだけならタダでしょう。僕としても相手がガブリエルをどう見るかというところを試す目的があるんです。対戦相手の目線で見てみたいんですよ。言うなればシロナの目線でね」
 と青年は切り返した。
「そういえば、さっき結果が出たみたいです」
 ノガミは思い出したように告げた。
「勝ちましたよ、彼女」

 四回戦が終わる。二人の線はさらに近づいた。
 ステージは五回戦へと移ってゆく。

 ポケモン達をボールに収め、シロナは控え室のソファーに座っていた。さすがに、試合数が少なくなってきているためか控え室のテレビは、リーグに関係でない番組も映し出すようになった。今やっているのはシンオウ旅紀行なる旅行番組だ。
 心は静かだった。そう、テレビ画面に映る湖の水面のように静かだ。
『えー、私は今リッシ湖のほとりのホテルに来ております。ここに新しくできたレストランは、なんとポケモンバトルが楽しめるレストランで、湖の風景と食事を楽しみながら――』
 そこまでアナウンサーが言うと、突然テレビがぷっつりと切れた。
 彼女が何事かと思って振り返ると、そこにテレビのリモコンを持ったアオバが立っている。
「よお、ひさしぶり」
 と、青年は言った。
 いきなりテレビの電源を切られて、シロナは少々むっとしたが、それはひさびさに見た青年の姿の前に掻き消えてしまった。
 一回戦が終わってからろくに会っていなかった。もちろんお互いがそのようにしていたのもあるのだが、たまに見かける青年はいつも何かを考え込んでいて、話しかけようとしたら、決まってノガミがやってきて、さっさと調整に向かってしまい、タイミングを逃しっぱなしだった。これが本来あるべき関係なのかもしれない、と彼女は思ったが、避けられているようにも感じて少し不安になっていた。だから、
 ――五回戦もとい準々決勝が終わったら、外でゆっくり話さないか。
 そんな誘いがその場で青年のほうからあって、シロナの胸は躍った。

 ポケモンリーグ、それは祭である。
 観客はずっとバトルばかりを観戦しているわけではない。食べ、飲み、歌い、買い物をし、祭を満喫する。それを満足させるため屋台はもちろんのこと様々な店が並び、花火が打ちあがり、アミューズメント施設が建造され、フル稼働する。
 五回戦に勝利し、待ち合わせの場所についたシロナを、少し前に勝ち上がった青年は待っていた。
「勝ったな」
 と、開口一番に彼が言って
「うん」
 と、シロナが返事をする。二人は歩き出した。
 屋台で適当に腹ごしらえをすると、今度は様々なグッズの並ぶ露店を見て回る。あるときはフカマルのぬいぐるみを見つけ、ガブちゃんだ、似てねぇよなどと言い合い、通行人が連れているリオルを見つけてはしゃいだりした。
 次に見つけたのはアクセサリーの店、ポケモンの耳や尻尾、模様をモチーフにした髪飾りなどが並んでいた。その中に黒いかんざしのようなものを青年が発見する。
「なぁこれ、ルカリオの耳の下の突起に似てないか」
 と、青年が尋ねると、
「でもラインが入っているじゃない、きっとブラッキーがモデルよ」
 と、シロナが答えた。
「でもこれを二対にして使うと……」
「………………」
 そう言って今度は、それを重ねてみせる。
 彼がずいぶんムキになって頑張るので、彼女は、ハイハイそうね、ルカリオね、と同意した。
 するとどういうわけか、青年はルカリオだと主張するそれをレジに持っていき、会計を済ませる。そんなものを買ってどうするのよ、と言うシロナに
「はい」
 と、手渡した。
「……いらないわよ」
「いいじゃん、準決勝進出祝い」
 紙袋を押し付ける。
「誰も頼んでない」
 ちょっと、頬を赤く染めながらシロナが言う。
「どういう風の吹き回し? ……今日のあなた、ヘンよ」
「そうか? だって、連日のバトルで賞金もずいぶん入ったし……とにかく、渡したからな」
 そういって、青年は方向転換すると早足ですたすたと歩いて行ってしまった。返品を受け付けるつもりはないようだ。
「…………」
 押し付けられた紙袋をしばし見つめた後、シロナは青年の後を追う。いくつもの露店と灯りが作るトンネルを抜け、二人は歩いていく。夜空にはパン、パンと花火の上がる音が響いていた。突然、青年の足が止まる。
「今度はなんなのよ」
 と、シロナが尋ねると、
「ねぇシロナ、あれ乗らない?」
 と夜空を指差して青年が言った。 
 花火が上がる夜空を仰いで彼が提案したのは、初日の夜に屋台から見た観覧車だった。

「しばらくぶりだな、こうしてゆっくり話すのは」
 彼らは窓に映るガラス張りの夜空を背景に、対になってゴンドラの椅子に腰掛けている。
「予選ではずいぶん世話になったのに、何の礼もせず悪かった」
 改まって青年はそう言った。でもガブ達をちゃんとかまってやりたくてと、続ける。
 ああ、もしかしてさっきの謎のプレゼントはそういう意味だったのかしら、などとシロナは思案した。
「仕方ないわよ。あんな状態だったんだもの。それに今はトーナメント中、調整は必要よ」
 と、答えた。
「ああ、そうだな」
 と、青年が返す。
 そんな会話をする二人を乗せて、ゆっくりゆっくりとゴンドラが登っていく。
「いよいよ準決勝だな。俺かシロナ、どちらか勝ったほうが夜の決勝に進む」
「そ、そうだね」
 夜空に花が咲く。青年がいつになく真剣な表情で話すので、彼女は少し緊張した様子だった。
「……言っとくが、手加減はしないからな」
「あ、当たり前じゃない、そんなの!」
 顔を赤く染めてシロナが叫ぶ。
 夜空に花が咲いては消え、また打ちあがる。その後に続いて音が響いてくる。
「ここまで来るのに長いようで短かったような気がするな。いずれにせよ、表彰台に足を掛けられるところまでは来たわけだ。あとはどの位置に立てるか、それが問題だ」
 冷たいガラスの壁に触れて、夜空を覗き込むように青年は言った。
「ねえ、どうしたの、アオバ。やっぱり今日のあなたヘンよ」
 と、シロナは言う。
 すると青年はシロナのほうに向き直って、
「なぁシロナ、お前はどうしてチャンピオンになりたいんだ?」
 と、問うた。
「え、どうしてって…………」
「どんなに強いチャンピオンでも、いつかは負けるときが来る。その座を誰かに譲るときが来る。観覧車に乗って高いところに行ってみても、いつかは下り始める。いつかは観覧車から降りなくちゃいけないのに」
「たしかに、それは……そうだけど」
「いつか誰かに負けるためにチャンピオンが存在するのだとしたら、空しすぎると思わないか? だったら、どうして皆チャンピオンなんかになりたがるんだろう?」
 突然、青年がそんなことを言い出すので、彼女は驚いた。おおよそ彼らしくない発言だと思った。いや、倒すべきライバルにそんなことを言って欲しくはなかったのかもしれない。
「やっぱり今日のあなたヘンよ。記憶が戻って、知恵熱でも起こしたんじゃないの?」
「……そうかもしれないな」
「ちょっとは否定しなさいよ」
 シロナが突っ込む。
「実は、これと同じことをある人が言ってきてね」
 と、青年が答えた。
「それ、ノガミさんでしょ」
「よくわかったな」
「あなたこの数日、ノガミさんくらいにしか会ってないもの。あの人なら言いそうだわ」
「おいおい、それはノガミさん傷つくんじゃないかな……」
 だが、完全否定もできず、青年は苦笑いする。それから彼は、ノガミのポケモンとバトルをしたこと、どんなことを話して、何を思ったのかそんなことのもろもろを彼女に語った。彼女はそれを黙って聞いていた。
 観覧車が上がっていく。もうすぐ頂上が近かった。
「………………イメージしたからよ」
 突然、シロナは言った。
「え?」
「私がチャンピオンになりたい理由。幼いころ、おばあちゃんに連れていってもらってポケモンリーグを見たの。それで、いつか私も自分のポケモンを連れて、この舞台に立つんだって、表彰台に上がるんだって想像したわ。その後に、いつか自分がどうなるかなんて知らない。けれど、そのとき確信したの。私のあるべき場所はここだって」
「…………それだけ?」
「それだけよ」
「……そうか」
 青年は夜空を仰ぐ。また一つ、花火が上がって消えた。
 花火が一つ消えるたびに、誰かの夢が消えていくと言った者がいた。誰もが望んだとおりに生きられるわけじゃない。望んだとおりになれるわけじゃない、勝ち残れるわけじゃない。
 けれど、もし――
「それじゃあ、」と、青年は言いかけて、一度止める。
 次に自分が彼女に問うであろう、その問いの答え。青年にはもうわかっていたからだ。
 だが、だからこそ、はっきりと聞きたいと彼は思った。もう一度口に出す。
「それじゃあ、その時のイメージは今でも変わっていないんだね?」
 青年は問うた。
 そして、彼女はただ一言、こう答えた。
「当たり前じゃない」と。
 それを聞いた青年の口元がフッと笑う。
 観覧車は頂上に達し、瞬間、下りに入った。花火の音が耳に響いている。
「なぁシロナ、大事な話があるんだ」
 突然、青年はそんなことを切り出した。
「えっ……?」
「シロナに聞きたいことがあるんだ。どう思っているか」
 真剣な顔で青年は尋ねる。
「どう思っているって……?」
 どうって、どういうことだろう。突然の彼の言葉に彼女は激しく動揺した。
「ちょ、ちょっと待って!」
 まだ心の準備ができてない、と言うようにシロナが青年を制止する。だが、青年はそれを受け入れる様子もなく
「やはりこういうのは君の気持ちをちゃんと汲んで、その上で……だな」
 などと言うので、彼女はさらに動揺する。
「ちょ、ちょっと待ってアオバ、そういうことは準決勝が終わってから……!」
「その、どう思うよ? 俺の………………ポケモンのことなんだけどさ」
「……………………は?」
「いや、だからその、ガブとかラミエルとかさ、お前、ああいうポケモン好みか?」
「………………、……」
 一瞬後、青年は選ぶ言葉を間違えたと後悔した。
 係員によると、廻る観覧車のゴンドラの一つが激しく揺れた気がしたという。
 問題のゴンドラが下に戻ってきた時、男女が何やら言い争っていたらしい。特に女のほうがおかんむりで「バカ! アオバのバカ! バカバカバカ!」などと喚いていた。そして
「私はあんたなんかに絶対負けないんだからッ!!」
 というようなことを叫んで、止める男をふりほどいて走り去っていったのだという。

「じゃあお前はさ、俺にどうしろって言うんだよ」
 一人残された青年が呟いた。記憶が戻ってからもうずっと考え続けていたことがあった。

 夜空に花が咲く。花火の音が耳に響いている。ばらばらと響いてやがて消える。花が咲いて、咲いては散っていく。





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