窓から差し込む光がやけにまぶしかったから、少女は目を覚ました。 少女はベッドから飛び出して、外の風景を見る。

 彼女の目に飛び込んできたのは白、どこまでも続く白。
 窓の外には白い世界が広がっていた。




白い足音



「昨日の夜はずいぶん冷えたみたいだからねぇ…だから雪になったのね」

 少女の母親は朝食の食器を下げながらそんなことを言っていたが、 そんなことはもはや少女の耳には入っていなかった。

「いってきます!」

 少女はいつのまにかマフラーとてぶくろを身に着けて、長靴をはいていた。 勢いよく扉を開けて、待ちきれないとばかりに家を飛び出した。玄関には、扉が閉まる音だけが残った。


 白い世界を少女は走った。
 足元がズボズボと音を立てる。
 走っていくうちに勢いあまって何回か転んでしまった。
 それでも、たとえ雪まみれになろうとも少女は走り続けた。


 走るのにつかれて、少女は進む速度を緩めた。
 ふとうしろを振り返ると、白い世界の中に小さな点が続いている。 自分がいままで走ってきた足跡だった。
 もう、どこからスタートしたのかはわからない。 いつのまにか自分の家は見えなくなっていた。


 少女が木を揺らすと木につもっていた雪が落ちた。 それは自分の頭の上にも落ちたが、雪が落ちるのがおもしろくて、 目の前にある木の下に次々と移動しては、次から次へと雪を落とした。


 木をゆすりながら雪の中を進んでいくうちに今度は雪の中に自分のものでない足跡を見つけた。
 その足跡は細くて木の枝のような形をしていた。 先が2つに分かれた枝の形だった。
 その足跡を少女は追ってみたが、少しして途切れてしまった。

「きっとポッポの足跡ね」

 足跡が途切れてしまったのはここから飛び立ったからに違いない。


 さらに進むと彼女は別の足跡に遭遇した。
 足跡は彼女のものより小さくて、足の指は三本。 今度は空を飛ばない種類のようだ。追いかけていけば会えるだろうか。
 彼女は進路を変え、その足跡を追った。 すると足跡の中に時々、大きな丸い跡が混じっていることがわかった。自分と同じように転んだのだろうか?
 最初はそう思ったのだが、どうやらそうではないらしいことがわかった。

「そうか、オタチだ!」

 このときどき現れるこの丸い跡はしっぽで立ち上がった時の跡に違いない。
 謎を解いた少女はさらに足跡の追跡を続けた。


 少女が足跡を追っていくうちにオタチの足跡がつくった道を何かの足跡が横切っているのが見えた。 足跡の道がお互いにクロスしている。
 少女が近寄ってみるとその足跡はどうやら何種類かあるようだった。
 そのうちの一つは自分と似た形をしていたが自分より大きかった。 そしてそのまわりに小さな足跡がいくつもついていた。
 一つは小さなまるいかんじの足跡、もうひとつはそれより細長い足跡、もうひとつの足跡には指が三種類があった。

「もしかして!」

 彼らが何者なのか察した少女は、その足跡がつくった道を走り出した。


 少女は走り始めてからまもなくして、彼らに追いつくことに成功した。 どうやらあの場所を通ってきたばかりだったらしい。
 ほうら! やっぱりそうだった!
 少女は雪の中を進む一人と三匹にむかって声を張り上げた。

「ウツギ博士!」

 一人と三匹がいっせいに振り向いた。
 少女にむかって三匹のポケモン、チコリータ、ヒノアラシ、ワニノコがかけよってきた。

「せっかくだからこの子たちと遊んでおいで」

 ウツギ博士はそう言った。
 少女と三匹は白い世界に飛び出した。
 一人と三匹は雪の中を駆け、木の雪を落とし、雪の玉を投げて遊んだ。
 白い世界に一人と三匹の足跡が刻まれていく。


 ひととおり遊んで、ひとやすみすることにした。
 雪の中に倒れこんで空を見上げる。空の色の中に自分が吐く白い息が見える。 そんな自分の息をぼうっと見つめていたら、

「ワニャ!」

 ワニノコが自分を呼んでいる声が聞こえた。

「なに? どうしたの?」

 少女は起き上がりワニノコに問いかける。
 するとワニノコが雪の中を走り出した。少女はワニノコの後を追いかけた。
 ワニノコはすこしばかりの距離を走るとチコリータとヒノアラシが待っているところで足を止めた。

「ワニャ!」

 ワニノコはここだとばかりに声を上げた。
 三匹の視線の先には彼らとは別の足跡があった。



「う〜ん…」

 足跡を見つめながら一人と三匹は首をかしげた。
 これはいったい誰なんだろう?
 その足跡の指は三本。 少女は自分の足の大きさと比べてみたが自分より大きかった。 ポッポでもない、オタチでもない。自分の知っている限りを考えてみたがその誰でもなかった。
 そこで少女はある提案をした。

「きっと、ウツギ博士なら知ってるよ」



「う〜ん、これはむずかしいなぁ」

一人と三匹に呼び出されたウツギ博士は足跡とにらめっこしながら顔をしかめた。

「ロコンやデルビルにしてはずいぶん大きいし… いや、仮に進化系のキュウコンやヘルガーだとしても大きいな」

「…かといってウインディにしては細い感じだし…うーん」

 ポケモン博士のウツギ博士にもわからないらしい。

「大人にもわからないことってあるんだね」

と、少女は言った。

「そりゃそうだよ。 世の中には我々の知らないことがたくさんある。 ポケモンの事だってわかっていないことのほうが多いんだ」

と、ウツギ博士。

「めったにすがたを現さなくて研究が進んでいない未知のポケモンもたくさんいるんだよ。 伝説のポケモンとか幻のポケモンとか言われてるのがそれだ」

 少女は博士の様子をじっと見る。 その謎の足跡を見つめる博士の目はなぜかとても真剣だった。 博士は足跡を食い入るように見つめながら、しばらくして、

「…もしかしたら、これは北風の足跡かもしれないね」

と、言った。

「北風?」

 少女はキョトンして博士に聞いた。

「そう、北風」
「風の足跡なの? 風に足なんて生えてるの?」

 少女は再び問う。

「そうだよ。北風には足が生えてるんだ」

 と、ウツギ博士。

「この足跡を追いかけていけば会えるかな」
「むずかしいだろうね。北風の足はとても速いらしいから」
「じゃあ、いつか会えるかな」
「運がよければ会えるかもしれないね」

 ウツギ博士は立ち上がると足跡の続く遥か遠くを仰ぎ見てそう言った。
 それは、広い世界に想いをはせているようだった。

「さ、そろそろ行こう。お昼の時間だよ。きみのお母さんも待ってるよ」

 少女はそこですっかりお腹がへっていることに気が付いた。
 ウツギ博士は三匹をつれ歩き出す。


 ――この足跡を追いかけていけば会えるかな


 少女は白い世界に刻まれた足跡を目で追いかけた。
 足跡は白い世界の向こうへ、広い世界のむこうへ、どこまでも、どこまでも続いていた。






-fin-





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