――そろそろ夕食にしようか。

 早めに調査を終えた私は火を焚いてお湯をわかしはじめた。 湯をわかすといっても料理をつくるというわけでもなく、このカップめんにそそぐためなのだが。
 世の中便利になったもので、大量のカップ麺やインスタント食品もボールひとつで簡単に持ち歩ける。 これはモンスターボールを応用したどこぞの製品なのだそうだが、くわしいことはよく知らない。 何はともあれこいつのおかげでたとえ山で遭難したとしても火と水さえあれば食べ物には困らない。

 ちいさなやかんがぐつぐつと音を立て、湯気を吹いた。湯が湧いたようだ。 私は用意したカップ麺二つのうち一つに湯をそそぎ、蓋をした。 蓋のわずかな隙間からおいしそうなにおいが漂う。 あとは三分待つだけ。

 え? なぜカップ麺が二つあるのかって?

 それは私のほかに食べるのがいるからだ。 もうひとつのほうはそいつが来てから湯をかけることにする。

 三分が経過した。 カップメンの蓋を開けるとおいしそうなにおいがわっと広がる。 私はカップを持ち上げ麺をすすりはじめた。

 それにしても今日は遅いな。
 湯が冷めないうちにくるといいけれども。




わたほうしのゆくえ




 三日ほど前のことだ。

 私はこの地方のポケモンおよび植物の分布を調べるためにこのフィールドにはいった。 この地方の山林はすっかり荒れてしまって、住んでいるポケモンも数えるほどの種類である。
 なぜそのようなところに来ているのかといえば、 最近、ポケモン学会のほうで森を再生させようという動きがあって、 くわしく調査に乗り出すことになったのだ。 私はこの地区の担当になってこうして調査をしているというわけだ。 ある区画ごとに見かけたポケモンや植物なんかをカウントして歩いている。
 …とは言ったものの、どこへ行っても同じような植物ばかり。 赤くはだけた大地に数種類の同じような草がまばらに生え、ときたま低木が顔を覗かせる程度である。 生物層が単純とでも言おうか。
 たまに音がして振り向いても目にはいるのはコラッタやオニスズメなどありふれた種類ばかり。 ポケモンがいるだけマシというものなんだろうが…。
 せっかく調査しにきたのだから、何か珍しい種類を見たいものだ。 ポケモンでも、植物でもいいから。 こんな荒地にそれを求めるのは贅沢だろうか。


 そろそろ日が落ちる。

 私は昨日となんら代わり映えのしない結果をノートに記入し一息ついていた。 小腹がすいたのでリュックのボールから、おやつのチョコレートを取り出して口の中へとほうりこむ。 口の中に広がる甘さを味わいながら自分の前に広がる風景を眺めていた。かわりばえのしない風景を。
 残り少なくなったチョコレート味わいながら、私はそろそろテントをはる場所を探さなければならないと考え始めた。 適当な場所はないだろうかと物色しはじめたそのときだった。私の目の中に見慣れないものが映った。

 ――あれは何だろう?

 私はその正体を確かめようとすっくと立ち上がって、その見慣れないものにかけよった。
 私の目に映ったその見慣れないもの、それは一輪の花だった。

 日はいよいよその姿を山の向こうに隠し始め、目の前に広がる風景はは色を失いかけていた。
 だが私はさらに観察を続けた。夕闇で色こそさだかではないが、確かに花だ。 しかもこれまでの調査では見たことのない種類である。 これでも植物にはけっこう詳しいつもりなのだが種類がわからない。
 花の大きさ、花びらの数、形、おしべやめしべの数、葉の形、茎の長さ、太さ…私の脳内図鑑の中には記載されていない種類のように思えた。
今は暗いから種類がわからないだけかもしれないが…。明日、明るくなってからじっくり調べようか。 そろそろテントをはらなければならないし。
 私はそう思いなおし、立ちあがった。
 するとどういことだろう、私が立ち上がって先を見ると、今自分が観察していた花がそこにも咲いているではないか。
 私はもう一つの花のほうにかけよった。やはり同じ種類だ。 さらに先を見る。するとまた花があった。同じように私はかけよる。さらに先を見る。 今度はその花が二つ咲いている。さらに近づくと今度はその先に今度は三つ……。

 花の数は増え続けた。 四つ、五つ…、十、二十…ついに数えるのがめんどくさくなった。
 私はまるで花に誘われるように、花が多くなる方向へ、花が多くなる方向へと歩き続けた。 花はついに一本の道のようになり、登り坂になった。 私はその示す方向のままにいつのまにか小高い丘を登りきった。 するとにわかに強い風が吹いて、何かが私の目に入ったのだった。 目に痛みを感じた私は、顔を手でおおって目をこする。 ほどなくして目の痛みがとれ、私は丘から見える風景を一望した。
 そこには、いままでの調査からは信じられない光景が広がっていた。

 丘の下の、私の目の前に広がった風景、それは一面の花畑だった。
 この荒地の中に広大な花畑が広がっていたのだ。








 虫の鳴く声が聞こえる。 空を見上げれば満天の星。 都会では決して見ることの出来ない空だ。
 私は花畑の近くに適当な場所を見つけ、そこにテントをはった。 いいかげん夕食にしようと火を焚いて、小さなやかんに水を入れて火にかけた。 私は沸騰を待つ間、図鑑のページをめくりながら思索にふけった。 炎の放つ光が図鑑に描かれた植物ををゆらゆらと照らす。

 ――この花の生態は、形態こそまるで違うがタンポポに似ている。
 あの後、花畑にあるものも観察してみたがいろいろな形態があることがわかった。 この花は花の時が終わると冠毛(※わた毛)のついた種をつくるのだ。 それらは風に乗って運ばれる。 夕刻、私の目にはいったのはこの花の種だったのだ。
 それにしても、この花はなんなんだ。 持参した図鑑にも載っていないなんてよほどめずらしい種類なのか。

 そんなことを考えているうちに、やかんはぐつぐつと音を立て始め、ゆげを吹いた。 それに気が付いた私は持参したボールから、インスタントのワンタンスープやら、カップ麺やらを取り出して、 やかんを火から取り上げ二つカップにお湯をそそぎ蓋をした。 蓋のわずかな隙間から湯気がもれておいしそうなにおいが伝わってくる。 私はカップ麺の待ち時間にも図鑑のページをめくり続ける。
 種類はわからなくても私の知っている植物との共通点はないものか。 それが発見できれば分類上どの位置に属するのかわかるかもしれない。 私は今日見た花と記載された植物との共通点探しをはじめた。
 そのときだった。

 ガサッ

 私の前方、たき火の向こう側から音がした。
 私はびくっとしてページをめくる手を止め、炎の向こう側の何かに目を凝らす。 私が身構えたそのとき、植物を掻き分ける音から、地面を踏む足音に変わった。 その足音はだんだんとこっちへ近づいてくる。
 音源である足が闇の中から現れてほのおに照らされて映ったかと思うとすぐに全体像が姿を現した。

 炎に照らされたそいつは高さが一メートルほど。 二足歩行で片手に骨を持っていた。 その顔を覆うのは硬そうな頭蓋骨。 ほのおがゆらゆらとそれを揺らしている。

「めずらしいな、ガラガラじゃないか!」

 図鑑で無意味に顔をガードしていた私は図鑑を下ろして声を上げた。
 今回の調査でははじめて見るポケモンだ。 こんなところに生息しているなんて。 ガラガラのほうはこっちを警戒する様子もなく、じっとこちらを見つめている。
 焚き火を挟んで一人と一匹はしばし向かい合った。
 そして、以外なポケモンに会えた興奮と、少々の緊張を遮ったのは私の腹の虫だった。

「いけないいけない。すっかり忘れていた」

 私はカップ麺とワンタンスープの蓋を開いた。おいしそうなにおいがわっと広がる。
 普通ならすぐに気がつきそうなものだが、 食べごろのインスタント食品を目の前にした空腹の私はそこでやっと理解した。 ははぁ、そういうことか。

「よかったらおひとつどうぞ」

 私は自分の目の前にある二つのカップを見比べて、 ワンタンスープのカップのほうを持ち上げ立ち上ると、対峙者の目の前にわざとらしく置いてみせた。

「熱いから気をつけろよ」

 自分の持ち場に戻って、残ったカップ麺をずるずるすすりながら、上目遣いに向こう様子を観察した。
 ガラガラはその場に座り込んで骨を傍らに置くと、ワンタンスープのカップを持ち上げた。 湯気をフーフーと吹いて冷ましている。
 なかなか器用なやつだ。以前にこういうものを食べた経験があるのだろうか。
 ガラガラは適度に冷めたのを確認すると少しずつ中身をすすりはじめた。
 私はいつのまにかカップメンを食べるのを忘れ、すっかりそいつの観察に夢中になってしまっていた。
 ガラガラは中身をすべて口に入れ飲み込むと、カップを地面に置き、かわりに骨を手に持って闇の中へと消えていった。


 ――カラカラ、ガラガラの一族は、死に分かれた母親の骨をかぶっているのだという。

 といってもこれは古くから伝わる言い伝えであって、科学的には正しくない。 なぜなら発見されたすべてのカラカラ、ガラガラが骨をかぶっているからだ。 もし生まれたカラカラが母親の骨をかぶってそれが発見されるのなら、彼らは一生に一匹しか子どもを生まないことになる。
 単為生殖ならいざ知らず、オスメスがあるポケモンがそんなライフサイクルを営んでいたらとっくに滅んでいるはずだ。 あの骨は生まれながらにして持っている体の一部なのだ。
 それはとうの昔にカラカラがタマゴから生まれた瞬間を観察したことで立証されている。

 カラカラ、ガラガラの言い伝えはこれにとどまらない。 ガラガラたちには彼らだけの墓があるのだという。 もちろん学会でそんな発表は聞いたことがないし、科学的にも正しくはない。 そんなところがあるなら誰かがとっくに発見しているはずだ。
 あの骨を使う文化と外見のせいなのか彼らには不思議な話が多いのだ。

 そういえば、そういうポケモンの伝承を研究する学問もあるんだっけ。 もっともそれは私の守備範囲外なのだが…

 ガラガラが去った闇の中を見つめながら、そんなことを考えていたら再び私の腹の虫が鳴いた。
 ああ、そういえばまだろくに食べていなかったっけ。 私は食事を再開しようとカップ麺を見た。 私はそこで手の中のカップ麺がすっかりのびている事にはじめて気が付いたのだった。



 オニスズメがぎゃあぎゃあと鳴いている。
 もう起きる時間だと目覚ましも鳴った。

 テントの中、眠い目をこすりながら、固形のクッキーの栄養食とパックのジュースを摂取し、 私はさっそく昨日見つけた花の観察へと向かった。 予定していた調査の時間に入る前に観察しておこうと思ったのだ。
 なにしろ昨日は暗くてちゃんと見えなかったから、昇った太陽の下できちんと実物を見ておきたい。
 テントの中からアーボのようにはいずり出た私はさっそく花畑へ向かった。

 ――やっぱり見たことのない花だ。
 冠毛をつけた種をつけた株こそタンポポそっくりなのだが花の形も葉の形もまるで別物だ。 花の色は赤、ピンク、白…またその間の色といった感じで色の濃さが何通りかあるようだ。 私は簡単にスケッチをして、持ってきたデジカメで花や花畑を撮影、標本用に花を数本失敬した。 後々種類を調べるのに必要になるだろうから。

 いい天気だ。花たちは太陽の光をあび、空にむかって花びらを開いている。 ふと風が吹くとわた毛をつけた種が吹き上がる。 太陽の光に吸い込まれるように舞い上がっていく。

 おおっと、いけない。
 そろそろ予定していた調査の時間だ。行かなければ。

 私は花畑を横目に見ながら予定の場所へと歩きはじめた。
 赤、ピンク、白…そしてわた毛をつけた株…それらのたくさんの花で構成された風景が横切っていく。
 ずうっと先を見るとその中に一点、なぜか茶色い部分があった。
 何かと思ってよく目を凝らしてみると、昨晩夕食を共にした相手が、ガラガラが花畑の中でのんきに居眠りをしているところであった。
 なぁんだ、どこに行ったかと思えばこんなところにいたのか。それにしても気楽なもんだ。

 ちょっとうらやましいなぁと思いつつ私はフィールドへと足を進めた。








 調査を終えたのは日が傾いたころだった。
 が、距離が離れていたせいだろう。テントに戻ったとき、あたりはすっかり暗くなっていた。

 私は夕食の準備をはじめた。 いつものように火を焚き、お湯を沸かす。 夕食のメニューはやっぱりカップメンだ。 昨日食べ損ねたワンタンスープも用意した。さらにもうひとつ、カップメンを控えておいた。
 お湯が沸いたので、カップに注ぐ。蓋のわずかな隙間からいいにおいが流れてくる。

 ガサッ

 予想通りというか、狙い通りというかぬおいがしてしばらくたたないうちにあのガラガラはやってきた。 焚き火で場所を、においで食事時間を察知するのだろう。
 ガラガラは焚き火の前までくると、座り込んで傍らに骨を置いた。 私は待っていたとばかりに立ち上がって、 控えていたカップ麺と食べるためのフォークをガラガラの目の前に置き、お湯をそそいでやった。
 来るまでお湯をかけないでいたのとフォークを用意したのにはちょっとしたもくろみがあった。 すなわち、指定時間まで待てるか。 そしてフォークが使えるか私は試したのである。 ちょっといじわるだっただろうか。
 が、そんな私の心配をよそに、目の前のガラガラはきっちり所定の時間まで待ったと思うと器用にフォークを使ってカップ麺をたいらげてしまった。
 なんてやつだ、と私は感心した。骨を使う文化をもつポケモンだ。フォークを使うくらい朝飯前というわけか。


――カラカラ、ガラガラたちは、死に分かれた母親の骨をかぶっているのだという。

――カラカラ、ガラガラたちには、彼らだけの墓があるのだという。

こんな伝承があるけれど、 インスタント食品の所定時間がわかるとか、 フォークを使ってカップ麺を食べられるとかに変えたほうがいいんじゃないか。


 私はそんなことを考えながら、満腹になって花畑のほうへ去っていくガラガラを見送った。
 花畑か…、そういえばあの花のこともほとんどわかっていないな。 また植物図鑑でも開いてみようか? だが、私はまぶたが重いことに気が付いた。 連日の調査で疲れているのだろう。
 夕食の残骸を片付けて、今日のところはさっさと寝ることにした。




 太陽が再び昇った。

 私は今日も調査予定地に行くために花畑の横を歩いていた。 赤や白、ピンクの名前のわからない花の花畑を横目に見ながら進む。
 昨日と同じように花畑のずっと先を見ると昨日と同じようにその中に茶色い点があった。 昨日と同じようにガラガラは居眠りをしている。 今日も食べに来るつもりなのだろうか。
 私は内心、夕刻を楽しみにして今日のフィールドへと向かった。


 早足で歩きながら私は思った。
 今日はもっと早めに帰ってこよう、と。








 ――そろそろ夕食にしようか。

 早めに調査を終えた私は火を焚いてお湯をわかしはじめた。 湯をわかすといっても料理をつくるというわけでもなく、このカップめんにそそぐためなのだが。
 世の中便利になったもので、大量のカップ麺やインスタント食品もボールひとつで簡単に持ち歩ける。 これはモンスターボールを応用したどこぞの製品なのだそうだが、くわしいことはよく知らない。 何はともあれこいつのおかげでたとえ山で遭難したとしても火と水さえあれば食べ物には困らない。

 ちいさなやかんがぐつぐつと音を立て、湯気を吹いた。湯が湧いたようだ。 私は用意したカップ麺二つのうち一つに湯をそそぎ、蓋をした。 蓋のわずかな隙間からおいしそうなにおいが漂う。 あとは三分待つだけ。

 え? なぜカップ麺が二つあるのかって?

 それは私のほかに食べるのがいるからだ。 もうひとつのほうはそいつが来てから湯をかけることにする。

 三分が経過した。 カップメンの蓋を開けるとおいしそうなにおいがわっと広がる。 私はカップを持ち上げ麺をすすりはじめた。

 それにしても今日は遅いな。
 いつもならお湯をいれるとすぐ気が付いてくるのだけど。
 今日はやけにゆっくりだ。
 お湯が冷めないうちに来るといいのだが。




 ……

 …

 目の前の炎はもう長いことゆらゆらと揺れている。 気が付けば私はカップ麺を半分以上食べてしまっていた。

 おかしい。
 いままでならにおいがすればやってきたはずなのに。

 今日はどうしたことだろう?
 インスタント食品に飽きてしまったのだろうか?
 それとも私が調査をしている間に別のどこかへ行ってしまったのだろうか?

 私はさびしくなりそして不安になった。
 そしてガラガラが寝ていた場所へ行ってみることにした。


 日が沈みかけた花畑を私は走った。そしてガラガラの姿を探した。花畑の中に浮かぶ茶色い点を捜し求めた。
 走るたびに花の種が舞い上がる。あたりを見ます。そしてまた走る――ふと私は足を止める。花の中にうずもれた茶色い点を、私の待ち人を見つけることができたからだ。
 そいつは朝と同じように花畑の中で眠っていた。私はガラガラの近くに歩み寄りながら声をかけた。

「どうしたんだい、今日は食べに来ないのかい」

 ガラガラには聞こえていない様子だった。
私は花を掻き分けさらに歩み寄った。とうとうガラガラの目の前までやってきた。

 そして、気が付いた。

 ガラガラは目を閉じて、たしかに眠っていた。
 ただしその眠りは決して覚めない眠りであったのだ。
 私はもう二度と、その目が開かないことを知ったのだ。 私が触れたその体は硬く、そして冷たくなっていた。


 ――カラカラ、ガラガラたちは、死に分かれた母親の骨をかぶっているのだという。
 これは科学的には正しくない。

 ――カラカラ、ガラガラたちには、彼らだけの墓があるのだという。
 これも科学的には正しくない。

 ――けれどこいつはインスタント食品の所定時間がわかり、フォークを使ってカップ麺を食べることができた。 これは私が見ていたのだから確かだ。


 花畑に強い風が吹いた。 風でわた毛ついたの種が舞い上げられ夕日の向こうに飛んでいく。 沈みかけた太陽の光に吸い込まれるように。

 私は花畑の中に穴を掘って夕食の相手を埋葬した。
あのときは薄暗かったから、あのときは遠目に見ていたから気が付かなかったが、今改めてよく観察してみればずいぶんと年をとっている。
 頭蓋骨に刻まれた傷、使い込まれた骨……それらがこのポケモンの歳月を物語っていた。

 こいつは死期を悟っていたのだろうか。
 死に場所としてここを選んだのだろうか。

「こういう場所で死ねるなら、それはそれで幸せなのかもしれないな」

 穴を掘り終わって花と共に亡骸を穴に納めた。
 お湯がそそがれなかったもうひとつカップ麺の中身を取り出して、それも一緒に入れることにした。

「これは餞別だ」


 風がいつまでも吹いて花畑は波打っていた。 花畑が波打つごとにわた毛をつけた種が飛んでいく。 彼らは風に飛ばされてどこへゆくのだろうか。


 ほどなくして調査の全日程を終え、私はこの地を後にした。





 あれから調査のために様々な地に赴いたものだ。
 調査地の数だけ思い出があるが、あの日の出来事が一番印象深い。

 ――今になって思う。
 私はあのころガラガラたちの墓は科学的に正しくないと思っていた。 でも今は……、あの場所こそがガラガラたちの墓だったのではと思う。
 あの荒地に突如現れた花畑……あの花々は彼らの亡骸を養分にして咲き誇っていたのではないのか。 彼らは死期を悟るとあの場所で最期を過ごすのではないだろうか。  科学的に正しくないと思っていたのは今まで見つけた者が誰もいなかったからだ。

 ――カラカラ、ガラガラたちは、死に分かれた母親の骨をかぶっているのだという。
 これは科学的には正しくない。

 ――カラカラ、ガラガラたちには、彼らだけの墓があるのだという。
 いままで誰も見たものはいなかった。けれど私は見たのだ。

 ――そして彼らの中には、インスタント食品の所定時間がわかりフォークを使ってカップ麺を食べることができるやつがいる。
 私が出会ったガラガラはそういうやつだった。


 私は数年後に再びあの地を訪れたのだが、あの花畑を、彼らの墓をたずねることはついにできなかった。
 あるはずの場所を何度も探した。それなのに見つからないのだ。
 それでは私が見た花畑は幻だったのだろうか。いいや、私が見たのは幻なんかじゃない。 あのときとったスケッチ、デジカメのデータ、そして花畑から失敬した数本の標本、 すべて手元に残っているのだから。


 ああ、そういえばこの花の名前がわかったよ。
 この花にはね、名前がないんだ。
 新種だったんだよ。





-fin-





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