地下通路の外は暗く、雪が降り始めていた。  とても大都会の真ん中とは思えないほど、あたりは静まりかえっている。  建物の陰に隠れながら、ゴールドとツクシが通りの様子を伺っていた。  そこでは街の人々の言うとおりに、ロケット団員が見張りをしていた。 「……〈峰打ち〉」  ツクシの合図で飛び出したストライクが、瞬く間にロケット団員と、その傍らのブーバーに打撃を加える。  彼らは何が起きたか分からないまま、がっくりと両膝をついて地面に崩れ落ちた。  これで3箇所目。もうラジオ塔まで見張りはいないな、とゴールドは考えた。  地下通路の外の会話は全てロケット団に筒抜けになっている。  だからここでは、二人とも声を発するわけには行かなかったのだが……。 「……うかつだったよ」  突然ツクシが言葉を出したのでゴールドは目を丸くした。  大慌てで「喋るな」とジェスチャーを送るゴールドに、軽く微笑んでツクシが続けた。 「足あとが残ってる。ほら」  二人の後ろには、大きさも形もロケット団員の者とは異なる足跡が、薄く積もった雪の上にくっきりと残っていた。  ハッとするゴールドに、ツクシが言った。 「急ごう。このままだと取り囲まれる」 -------------------------------------------------------------------------------- □あかね色の夜明け□ 第二話 --------------------------------------------------------------------------------  50mほど先に、ガラス張りの、両開きの扉が見えた。  そこは、コガネの西側にそびえ立つラジオ塔。周囲の建物には明かり一つ見えない中で、  煌々と明かりを灯しているその様子は、いかにも異様な雰囲気を感じさせた。  その前に伸びる道を走りながら、ゴールドはモンスターボールを開けた。 「サンドパン、転がる!!」  サンドパンは四つ足で駆け出すと、そのままのスピードで身体を丸めて、ラジオ塔の扉に飛び込んだ。  ガラスの扉が粉々になって散り、内壁に大きな亀裂を入れてサンドパンは動きを止めた。 「何事だ!」  突然の襲撃に驚いてサンドパンに近づいたロケット団員達に、破られた扉から飛び込んだポポッコが、 息をつく間も与えず大量の綿胞子を浴びせかけた。  ロケット団員達は傍に控えていたアーボックとともに、 降り積もる綿胞子を振り払うことができず、身動きを封じられてしまった。 「いたぞ、あのガキどもだ」 「上に行かせるな。つまみ出せ」  二匹に遅れて飛び込んできたゴールドが後ろを振り向くと、大 勢のロケット団員がこちらに向かって走ってくるのが目に入った。 「ツクシ、早く。このままじゃ挟み撃ちだ」 「ゴールドは先に行って。僕がここでくい止める。ストライク!」  ツクシはゴールドに背中を向け、ストライクが空中で剣の舞いを始めた。  頼むと言い残して、ゴールドは上の階へと続く階段を駆け上がっていった。  ツクシは考えていた。いくらストライクの動きが素早いとはいえ、 この人数を相手に斬り込んだら必ず隙ができてしまう。  それなら……  追いかけてきたロケット団員の一人が言った。 「いいか、一斉に取り押さえろ」 「かまいたち!!」  剣の舞によって威力を高められた二つの鎌が作り出す風と真空が、ストライクを中心に渦を巻き、 それは扉があった場所いっぱいにまで広がった。  かまいたちはラジオ塔内部への視界を完全に閉ざした。近づいてきたロケット団員達が、 渦に巻き込まれないようにあわてて退く。 「この結界は、誰一人ここを通しはしないよ」  風の向こうに、ツクシの声が聞こえた。 「ほんまやな? 局長がウイルスをコガネ中のネットワークにばらまいたゆうんは」  灯りのほとんどない地下通路の奥を進みながら、アカネが確かめるようにアスカに尋ねた。 「うん、みんなのポケモンは局長がロケット団に配らせている薬でかろうじて生きてるけど、 もし逆らえば薬の配給を止められちゃう。そうなったら……」  住民が必死に収集した情報によれば、ラジオ局の局長がばらまいたウイルスは、 元々はロケット団がポケモンを強化するために作り出したウイルスを破壊用に作り替えたもので、 ネットワークを通じてポケモンに感染し、体内の自律機構をわずかに狂わせるものであった。 元々ポケモンは他の生物と比べて体内のエネルギー量が大きいため、 少し調節が狂っただけでも重大な異変を引き起こしてしまうのだ。 「……許されへん。絶対に」  そう言うと、アカネは唇をかみしめた。  一年前のこと、ラジオ局の局長は裏金を使ってコガネの自治に大きな影響力を持つようになり、 新時代のネットワーク構築を掲げて、モバイル計画を強引に押し進めた。  そして、局長の計画によって作られたモバイル・ジムのために、 アカネが当時リーダーをしていたシティジムは廃止に追い込まれたのだ。 一部の情報によるとモバイル・ジムでは、外部からの通信干渉によるイカサマが行われ、 挑戦者から多額の賞金をだまし取っていたと言われている。  その仇敵がまたしても卑劣な手段で、コガネシティの全てを支配しようとしている……。  いくつもの角を曲がり、二人は管理室と書かれた扉の前にたどり着いた。  その中は、ほぼ自動の機械によって、コガネシティ全域のネットワークを管理している場所であった。  隙間から中を覗くと、その奥の椅子にラジオ局の局長が腰掛けていた。  見た目はどこにでもいそうな、人当たりの良い太り気味の中年男性。  ……しかしその実態はロケット団と共謀し、己の欲望のためにコガネシティを悪夢に陥れた邪悪の化身。  鍵がかかっていないのを確認すると、アカネは扉を一気に開け、一人で部屋の中へと入っていった。  物音に気づいた局長が腰掛けたままの状態で、ゆっくりとアカネの方を振り向いた。 「久しぶりやな、局長」 「君は……、用済みの元ジムリーダーだったかね? まだ生きていたとは驚きだ」  憎々しげに呼びかけたアカネに、局長があざけるような返事を返し、続けた。 「ノックも無しに何の用かな。お得意のメロメロで儂を魅了しに来たのかね?」 「ちゃうで……。あんたに贈りもんがあるんやっ!!」  アカネがボールからピッピを出してプレゼントの一撃を放とうとするのと同時に、 局長もリングマに攻撃を受け止める構えをとらせた。  リングマが太い右腕で、ピッピが投げつけた箱をはじき飛ばした。  箱が激しく爆発するとともに煙がもうもうと部屋の中に立ちこめ、やがて、二人の視界はその煙に呑まれていった。 「今よ!!」  そのとき、身体を低くして局長に近づいていたアスカが、 ふらつきながらも隣で同じ姿勢をとっているドーブルに言った。  ドーブルがその長い尾で、残された力を振り絞って空中に描いた軌跡から鋭い角が現れ、 それは局長をめがけて撃ち出された。  局長がリングマに指示を出す間もなく、角ドリルは狙い違わず局長の左胸に突き刺さったかのように見えた。  局長は一瞬大きく目を見開いて、しかし次の瞬間には体勢を立て直し、睨め付けるような眼をアスカに向けた。 「フフ……、さすがに、危なかったな」 「どうして!? 確かに……」 「アホな……」  局長は左胸のポケットから曲がった、金色に輝く板のようなものを取り出した。  それは、角ドリルの直撃によってへし折られた、お守り小判だった。