動くのが遅いボクを、いつもゴールドは自分の肩に乗せてくれた  だけど、イーブイの攻撃への反応が、そのせいで一瞬遅れてしまった  それなのに、ゴールドはボクを、自分が危ないのに守ろうとしている  いつも迷惑ばかりかけているボクを……  指を振るが失敗して、トレーナーとのポケモン勝負に負けてしまったり  病気のミルタンクのために集めた木の実を、ボクが全部食べてしまったり  うたたねしていたら、川に転がり落ちて溺れそうになってしまったり  それでもゴールドはボクを信じて、一緒にいてくれた  だから…… 『今度はボクが、ゴールドを助けるんだ!!』  激しい光とともに、トゲピーの身体を包んでいた殻がはじけ飛んだ。  次の瞬間、彗星のように降ってきたそれは、ゴールドを背に受け止めると、一気に空高く舞い上がった。  ……まるで、白く輝く天使が、絶望の夜を引き裂くかのように。 -------------------------------------------------------------------------------- □あかね色の夜明け□ 第四話 --------------------------------------------------------------------------------  目の前が真っ暗で……  それに、まるで浮いているような……  いけない!! トゲピーは大丈夫か?  ……あれ?……温かい…… 「チョキチョキッ?」  誰……?  だんだん目が見えるようになり、視界がはっきりしてくる。  雪よりも白い何かが目の前に。俺の方をのぞき込んでるこれは? 「チョキチョキッ?」 「……トゲピー? 無事か……いや、トゲチック?!……飛んでる?」 「チョキッ」  あまりの状況の変化に、しばらくゴールドはまるで夢の中にいたかのような、成り行きが把握できない状態だった。  ひょっとして本当に夢ではないかとさえ考えたりもした。  ふと空を見上げると、すでに雪は止み、雲の切れ目から、星空がのぞいていた。  大都会の真ん中から見たとは思えないほど、きれいに輝いている星空だった。  コガネシティの危機も、自分がロケット団と戦っている最中であることさえも忘れてしまうくらいに。  だがもちろん、忘れるわけにはいかない。  こうしている間にも、街の人々が、そしてあのイーブイが苦しんでいるのだ。 「よし、行こうぜ。今度こそ」 「チョキッ」  お互いの息を合わせ、破られた壁面から、ゴールドとトゲチックは再びラジオ塔の中へと飛び込んでいった。  ところが中には化け物の気配は全くなく、待っていたのは、 可愛らしい姿でうなり声を上げているイーブイと、頭をかかえている研究員だった。 「ばかな、強化電波が……私のイーブイが……」 「……電波はこいつの電磁波で遮断している。おまえらの力は所詮その程度か」  左から声が聞こえた。目をやると、電磁波を放射しているレアコイルと、赤髪の少年の姿があった。  当然だな。と付け足して、少年はレアコイルに指示を出した。  10万ボルトが、呆然としている研究員のリモコンをはじき飛ばした。  その衝撃に研究員の身体も飛ばされ、壁にたたきつけられて昏倒した。 「イーブイ、良かった……」  ゴールドはイーブイを抱え上げた。見たところは普通のイーブイで、命に別状もないようだ。 「さあ、いま逃がしてやるからな」  だがイーブイはゴールドの腕の中でじたばたと暴れ、腕からすり抜けた。  そして、はぐれ研究員の元に駆け寄ると、気絶している研究員に何度も鳴きかけたのだ。  トゲチックが飛び出して、「チョキ」とイーブイに呼びかけた。 「キュイ」と鳴き、イーブイは首を振った。  その反応を見た赤髪の少年はレアコイルに攻撃をさせようとした。  それを制して、ゴールドは傷の癒えたポポッコを飛ばし、綿胞子でイーブイと研究員の動きを封じた。 「ロケット団を潰すのは俺だと言ったはずだ」  突き飛ばそうとする少年の腕をかわして、ゴールドが言い返した。 「このラジオ塔の解放は、俺が街の人たちに頼まれたんだ」  ゴールドはその少年を知っていた。何度か戦ったことさえもあった。  少年はシルバーと名乗っていた。  恵まれた人間は未来と才能ある者の支援をするべきとの考えから、 ワカバタウンのウツギ研究所を始め各地で盗みや奪取行為を繰り返してきたという。  もっともウツギ研究所の窮状を知った彼は、奪ったポケモンを後にこっそりと返してきたらしいのだが。  そしてシルバーはロケット団を無能の集まりと言い、嫌っていた。  クズどもが群れて手当たり次第に犯罪を起こす組織だと。  ゴールドがおまえとやっていることは同じだと言っても、彼は違うと言い張っていた。 「口で言っても分からないようだな」 「ああ、分からないさ。やるか?」  今にもつかみ合いを始めそうな二人の様子を見て、トゲチックがうろたえだした。  そのとき、ロケット団員の下っ端が階段を降りてきた。 「シンタロウ様、セット完了しました。これより試運転に入ります」  その姿を見たゴールドが、すかさず綿胞子で下っ端の動きを止めさせる。 「フフ……。いよいよ、始まるぞ」  綿胞子に埋もれた研究員が言うのとほぼ同時に、辺りの、コガネシティの空気が少しずつ変わっていった。  目には見えない、感覚的な何がが変わったのだ。 「良かったねヘルガー。あのおばあさんがお薬作れる人で」  クサイハナとブルーの介抱をしながら、クリスが言った。  薬を飲んだポケモン達は当分安静が必要であるが、ウイルスによる発作が起きないくらいには回復していった。  クリスが万能粉を渡した老婆は、普段は地下通路に店を出しているカンポー屋の店主だった。  老婆は小一時間ほどで万能粉の分析を終えると、同じとは言えなくても、それに近い薬の調合を始めたのだ。 「ついに動き出してしまった!」  突然、地下通路の入り口付近にいた人々が、叫びながら次々と奥の方に駆け込んできた。  地下通路中に悲鳴が渦を巻き、いたるところで大混乱が起こった。  状況を飲み込めないクリスが目の前にいた男に尋ねた。 「なに、何が起こっているんですか?」 「間に合わなかった。ポケモンを狂わせる電波がついに……」  クリスは人混みをかき分けて外の様子を目にした。  ポケモン達が次々と震え、狂ったように咆吼を上げ、暴れだしていくのを。  ポケモンの、そして人々の表情が、恐怖と絶望に沈んでいく。  その様子を見て、そして彼女が見た街の惨状を思い出して、クリスの中にロケット団への憎しみが沸き上がってきた。  けれど、自分にできることは…… 「グルルル……」  そのとき、クリスの心情を察したかのように、ヘルガーがうなり、外へと駆け出した。その後を追ってクリスも走る。 「ヘルガー、あなた平気なの?」  ヘルガーは無言のまま、さらにスピードを上げた。 「そっか」  あなたはロケット団にいたんだものね。クリスは口には出さず、そう理解した。  詳しい事情は分からないが、ヘルガーがまともに動けるだけで心強かった。  突然苦しみだし、暴れ始めたストライクをボールに戻すと、ツクシはラジオ塔を飛び出して空を見上げた。  目で見ることはできないが、何か異様なことが起こっているのだけは直感で理解できた。  そのとき、ヘルガーとそれを追う少女が、ツクシの横を駆け抜け、声をかける間もなく階段を上がっていった。  ツクシも後を追おうかと考えたが、激しく震えているモンスターボールに目をやって思いとどまった。  ツクシはラジオ塔を見上げ、祈るようにつぶやいた。 「……無事でいてよ。ゴールド」 「あかん、アスカちゃん!!」  アカネが叫んだ瞬間、局長が隠し持っていたボールを開き、 現れたサワムラーが左手でアスカの手首をがっしりと掴んだ。  おとなしくして隙をうかがっていた局長が、突然アスカを人質に取ったのだ。 「さあ、ピッピをモンスターボールに納めて渡せ。さもなくば……」 「卑怯やで!」  局長が獲物をいたぶるような、にやついた笑いを浮かべた。 「何とでも言うがいい。どうするのかね? ピッピを寄こすのか、メガトンパンチで友達の顔が潰されるのを黙って見ているのか」  アカネの背筋に冷たい物が走った。  蹴り技が得意とは言え、格闘ポケモンであるサワムラーは、腕の力もそこそこに強いのだ。 「だめっ、ピッピを渡しちゃ」 「黙れっ!!」  局長の気迫と、サワムラーの殺気に、アスカは口をつぐんだ。  アカネが局長を睨み付けた。化粧美人が台無しだなと局長がうそぶく。 「さあ、どうするのかね」 「うちが……、うちが行くさかい。せやからピッピとアスカには手を出さんといて」 「ピ!!」 「アカネちゃん!!」 「ハハハハ……。ポケモンも友達も選べす、自らの身を差し出そうとはな」  局長は大笑いを始めた。勝利と、相手を虐げることの満足に酔った邪悪な笑い。  アカネは、局長のやり方に底知れぬほどの怒りを感じながら、一歩、また一歩と局長に近づいていく。  局長の元にアカネがたどり着く寸前で、局長の「やれ」という言葉とともに、 アスカとピッピにサワムラーのなぎ倒すようなまわし蹴りが炸裂し、一人と一匹は床に倒れた。  続いてサワムラーはアカネにも胃液を戻しそうな一撃を見舞った。  局長がそう言う男だと言うことは分かっていた。  それでも、そうしないわけにはいかなかったのだ。 倒されながらも意識をかろうじて保っているアカネの眼に、ゆっくりとサワムラーの足が向かってくるのが見えた。  そのとき、アカネの後ろから赤い光線がほとばしり、サワムラーを吹き飛ばした。 「サイケ光線だと。馬鹿な、まだ動けるポケモンがいたのか」 「エーフィ……誰んや?」  突如として現れたエーフィは、アカネに駆け寄ると、首を少し下げた。  よろよろと立ち上がったアカネは、その首筋を見て目を丸くした。 「その傷……あんたマサキさんの。マサキさん来とるんか。無事やったんかぁ」  エーフィはアカネに「フィ」と答えると、サワムラーの正面に向き合った。  そしてアカネの方を振り向いてもう一度鳴いた。手伝えとでも言うかのように。 「よし、やったるでぇ」  アカネが笑いかけた。コガネに戻ってから、初めて見せた笑顔だった。 「フフフ……、どうだ、この電波を受けては戦うどころではあるまい」  身体を束縛されながらも悪態をつく研究員を黙らせようとしたゴールドは、 ポポッコが激しく悶えている様子を見て、出そうとしていた指示をやめた。 「電磁波全開。うち消せ」  必死に電磁波のバリアを張っているレアコイルも、電波を防ぎきれないのか、少しずつ震え始めていた。 「くっ、出力が足りない」 「チョキチョキッ」  そのとき、トゲチックがゴールド達の前に立って、鳴き声とともに手を振った。  すると見る見るうちに薄い光の膜……神秘のベールが二人の周りの空間を覆っていった。  と、震えていたレアコイルやポポッコが元の、いつもの様子を取り戻した。 「神秘の守り……。すごいぞトゲチック」 「……助けられたな。おまえはともかく、そのトゲチックはなかなかやる」 「チョキチョキ!」  二人の方を向いて、トゲチックが嬉しそうに鳴いた。 「やはり来たか」  階段を上がってきた二人を待ち構えていた男幹部が、にやりと笑ってモンスターボールのスイッチを押すと、 光とともに、ピンクと水色の、光沢を持つボディのポケモンが姿を現した。  そのアヒルのような外見からはあまり強そうという印象は受けない。むしろ愛嬌のある姿とさえ言える。 「我らが技術力の粋を集め作り出したポケモン、ポリゴン2だ。どうあがいても貴様らに勝ち目はない。 おとなしく降伏するか、灼かれて塵になれ!!」  ゴールドとシルバーはポリゴン2と部屋の様子を見渡してささやきあった。 「ラジオ塔の解放など勝手にしろ。ただし、俺の邪魔はするな」 「分かった。とにかく一気に決めるぞ」  シルバーがレアコイルに、10万ボルトを放たせた。  一方ゴールドは怪電波を発する送信機と、コガネシティ全体を監視する装置のスイッチを探そうとした。  だが、どこにある物が何なのかがさっぱり理解できない。 「テクスチャー2……耐電モードニ移行シマス」  中華鍋をスチールウールで擦ったような金属的な声がすると同時に、 10万ボルトの激しい放電がポリゴン2に炸裂した。  ちらりとその方向に目をやったゴールドは愕然とした。10万ボルトが受け流され、 電流がそのまま床へと吸い込まれていく。 「き、効いてない……」  幹部は満足そうにうなずくと、二人の少年に指を向けた。 「いけ、ポリゴン2」 「ターゲット、ロック」  声とともに、赤い光で次々と少年達とそのポケモンが照らされていく。 「しまった。来るぞポポッコ、トゲチック。避けろっ!」 「レアコイル、リフレクター!!」  二人の声が響くのと同時に、「トライアタック」とポリゴン2が無機質な声を出した。  瞬く間にポリゴン2の尾の部分にエネルギーが溜まり、 眩しく輝きだしたそれはロックオンされた標的に向かって撃ち出された。  ……刹那、轟音ととも起こった激しい爆発に、二人とポケモン達が包み込まれていった。