「……さっきの借りは返したぞ」  シルバーの額からは汗が噴き出していた。 「まかせるなんて言ってる場合じゃないな」  二人の後ろでは床がめくれ、天井と壁がきれいに無くなっていた。  リフレクターが張られていなかったら、二人とも壁と一緒の運命をたどっていただろうか。  ゴールドは恐怖にへたり込みそうになりながらも、必死に勇気を奮い起こし、サンドパンを出して切り裂くを指示した。 「接近しての攻撃なら……効くか……」 「牽制しろ、レアコイル、フラッシュ」  男幹部は状況を楽しむかのように薄笑いを浮かべ、二人の様子を眺めている。  眩い光の中、鋼モードニ移行シマスとの声が聞こえた。  サンドパンは何度もポリゴン2を鋭い爪で切りつけたが、ポリゴン2には傷一つ負わせられない。  そのとき、階段を駆け上がってきたヘルガーがポリゴン2に火炎放射を浴びせかけた。  そのすぐ後ろには少女の姿があった。貫くような眼差しで炎の先を見つめている。  ポリゴン2の表情が、灼熱の炎の中で一瞬歪んだように見えた。 -------------------------------------------------------------------------------- □あかね色の夜明け□ 第五話 -------------------------------------------------------------------------------- 「おいあんた、何しに来たんだ? 危険だから早く逃げるんだ!」 「あんたじゃない。あたしはクリス。ロケット団を追い出しに来たのよ」  突然現れた少女に驚いたゴールドが階段を指さして怒鳴ると、クリスは大声で言い返した。  ゴールドは一瞬戸惑ったが、目的が同じだと分かると、うなずいてポリゴン2の方を向き直った。  火炎放射が効いたのか、ポリゴン2は全身が黒く煤け、水蒸気を吹き出していた。  だが、男幹部は余裕顔で「ふふっ」と口元に笑いを浮かべている。 「何人来たところで同じ事だ。ポリゴン2、自己再生」 「……ソンショウリツ31パーセント、ジコサイセイ開始シマス」  男幹部の言葉を受けたポリゴン2が青白い光を放ち、みるみるうちにその傷がふさがってしまう。 「そんな……」 「ダメだ。このままでは」  クリスとゴールドは息を荒くして言った。 「テクスチャー2は属性バリアーか。解除できないなら、さっきのように複数の攻撃で突破するのみだな」  シルバーが平然と考察を述べた。しかし、その顔には苦渋の表情が浮かんでいる。  クリスが頭をかかえてぼやいた。 「……こんなとき、マサキさんがいてくれたら」 「マサキがいてくれたら……。あの人なら何か分かるかもな。でも今は電話さえも通じないんだ」  ゴールドが繰り返して呻いた。ふと、あの人は無事なんだろうかという思いが頭の中をよぎる。  突然、ところでと前置きして、その様子を見ていた男幹部がゴールド達に語りかけた。 「我々はおまえ達を高く評価している。とは言え、仲間になる気などはないだろう」  当然だ、と三人はそれぞれ言い返した。 「この街の人間も強情でな、我々の支配を良しとせず、地下に隠れて抵抗を続けている……」  幹部がロケット団について長々と話すのを、三人は黙って聞いていた。  新しい秩序を構築するためにコガネシティを制圧したこと。  抵抗をしたところでジョウトはもうじきロケット団の手に落ちるだろうこと。  無駄な争いに予算と勢力を割きたくはないこと……。  そして、おまえ達からコガネシティの住民達を説得してくれないか?、と聞かれたところで ゴールドとシルバーは即座に言い返した。 「断る。おまえらの手伝いなんてするものか」 「俺が望むのは、貴様らロケット団の消滅だ。協力をする気などはない」  クリスは何も答えなかった。時間を稼いで、ポリゴン2を倒す方法を考えようとしたのだ。  そうか……、と、男幹部が目を光らせる。 「我らの野望の実現に妨げとなるならば、全て始末する。おまえ達も、この街の者もな」  男幹部が手元のダイヤルを回した。部屋中のスピーカーから、恐慌状態の人々と、ポケモンの悲鳴が溢れてくる。 「ふざけんなっ!」  男幹部の挑発に、ゴールドが叫び、トゲチックと共に空中へと飛び上がった。 〈あいつを倒すのが無理なら、ここにある機械を壊して電波を止めるしかない〉  一方クリスは、ポリゴン2を見ながらつぶやいた。 「……あれなら、いけるかも」 「サイコキネシスや!」  アカネの言葉を受けて、エーフィがサイコキネシスを撃ちだした。  しかし、局長の「見切れ」との声とともに、あっさりとその攻撃は避けられてしまった。 「かわされた! エーフィ、反撃がくるでっ」  局長の指示の下、サワムラーはもの凄い早さで回し蹴りと跳び蹴りを放ってきた。  しかもその足はバネのように長く伸び、前後左右あらゆる方向から襲いかかってくるのだ。  エーフィは次々と蹴りをかわすが、少しずつ後方へと追いつめられていく。 「避ける方向が見破られとるんか!?後ろから蹴りが回り込んでくるで。気ぃ付けぇ」  エーフィが後ろからの回し蹴りを避けたそのとき、サワムラーが左手で何かを投げつけた。  エーフィがうめいて、その表情が苦しそうに歪んだ。 「しもた、泥かけや。しっかりせいエーフィ」  エーフィの視界が泥でふさがれ、拭き取る間もなく、サワムラーが次々とエーフィに蹴りを浴びせかける。  反撃が止まり、動きの鈍ったエーフィに、強烈な無数のキックが見舞われれていく。  自身も激痛によろめきながら、アカネはどうにかして状況を打開しようと考えてた。  と、一瞬頭の中に閃光がひらめき、アカネは叫んでいた。 「そやっ、自己暗示や!」  その声に答え、「フィ」と鳴いてエーフィは精神を集中させると、泥に覆われた目を開いた。  そして再びサイコキネシスの嵐を放っていく。  しかし、撃ち出されたサイコキネシスは、すべて紙一重でかわされ、むなしく空を切った。  それと同時に、サワムラーが決め技の飛び膝蹴りを放とうと飛び上がった。 「今やっ!」  エーフィの渾身の力を込めたロケット頭突きが、空中からの飛び膝蹴りをくぐり抜けて サワムラーに直撃した。  アカネはサイコキネシスを連発させながら、サワムラーを誘導していたのだ。  サワムラーの身体がどうと床に倒れ、勝負が決まったかのように見えた。  ……だが、サワムラーは、最後の気力で立ち上がった。 「こ、こらえおったわ。あかん、来るで」  互いに最後の、全ての力を振り絞った一撃を見舞った。  サワムラーの起死回生と呼ばれる決死の攻撃と、至近距離から放たれたエーフィのサイケ光線。  そして一瞬の後、二匹のポケモンと、かろうじて立っていたアカネは力尽きてそのまま床へと崩れ落ちた。 「よくやった、サワムラー」  局長はそう言うと、エーフィに近づいていった。動けないうちに、自ら止めを刺そうというのだ。 「そこまでやな」  その声に、局長は顔色を変えた。見ると、部屋の入り口にはマサキの姿があった。 「もうあきらめや。あんさんのばらまきよったウイルスも、薬でもって治療されとる」 「……おのれ! ならば今、この即死性ポケルスを、ジョウト全域のネットワークに送り込んでくれる」  局長が右手に手のひらに収まるほどのスイッチを握りしめた。その場の空気が凍り付く。  アカネはかろうじて意識があったが、もはや身体を動かすことが出来なかった。  体力の限界まで戦ったエーフィも、2.3歩ほど歩いて崩れ落ちた。  局長がボタンを押そうとした瞬間だった。アスカが決死の表情を浮かべて局長の右腕に飛びついた。  バランスを崩して、もつれ合いながら二人が倒れるとともに、スイッチが局長の手元を離れ、床に転がっていく。  それに手を伸ばした局長の前に、マサキが立ちふさがった。  マサキはスイッチを拾うと、倒れている二人に目をやった。 「ありがとな、アスカはんも、アカネはんも……」 「マサキ、ワシと手を組まないか。金なら好きなだけ手にはいるし、ポケモンの研究も思いのままだぞ」  マサキは局長の手を踏みつけた。局長が悲鳴を上げる。 「アホが。人の作った転送システム悪用しよって」 「そ……、そんなことは、これから手に入る物に比べたら些細な事でしかないのだぞ」  局長がそれでもなお、マサキに呼びかけようとする。  マサキは、はぁ、と息をついて、独り言のように話し始めた。 「わいな、あんさんのおかげで172時間不眠不休で、11回倒れて、38回血ぃ吐いたんよ。 そんときにいろんな幻覚見てもうてなぁ。昔遭った事故とか思い出してもうて、 もうあかんかなぁ、なんて思ったりしとったんや……」 「この話は、おまえのために……」 「……なによりな、妹の誕生日を祝ってやれへんかったんや。どないしてくれんねん!」  マサキは全く耳を貸さず、局長の頭を踏みつけた。  局長は「ぐっ」と一言うめくと、白目を見開いてそのまま意識を失った。 「油断のならないガキだ」  男幹部が忌々しげに吐き捨て、反応のなくなった受信機を殴った。  ガシャン、と派手な音を立てて、受信機が床に落ちる。 「戻ってくれ……トゲチック」  ゴールドは奥歯を噛みしめた。ポリゴン2を攻撃すると見せかけて部屋の機器類に空中から突っ込み、 いくつかの機械を止めることができたものの、ポリゴン2の放ったサイコウエーブが炸裂し、 トゲチックの身体はボロボロに傷付いていた。  しかも、相手のポリゴン2には全くダメージがなく、まだ多くの機械は動いている。  手のうちが知られてしまった以上、サンドパンで二回目の攻撃を仕掛けても、今度は防がれてしまうだろう。  もはや打つ手はないのか……。口にこそ出さなかったが、絶望と焦りが、ゴールドの心の奥を覆い尽くそうとしていた。 「あたしに考えがあるの。援護して」  そのとき、二人の少年にそれだけ言い残し、クリスがヘルガーとともに横に飛び出した。  ポリゴン2の死角から攻撃するつもりだろうか。 「あの女、勝手なことを……ゴールド、持ちポケを全部出せ」 「分かった。サンドパン、地割れでポリゴン2を止めろ」  もとより地割れに落ちる事なんて狙っていない。クリスから気をそらせて、反応を鈍らせるためだ。 「テクスチャー2……耐地モードニ移行シマス」  ポリゴン2が空中に浮かび、地割れはむなしく周りの机や椅子を飲み込んでいった。 「だが、いい判断だ。分散すれば全員が攻撃を受けるのは避けられる。そして、その全員で……、ニューラ、袋叩き」  シャーッというニューラの声とともに、ニューラとトゲチックがポリゴン2に同時に飛びかかった。  さらにレアコイルが10万ボルトで、ポポッコは綿胞子で攻撃を加える。  一斉攻撃に対しては有効にバリアを張れないポリゴン2が、数カ所に傷を受けた。 「こざかしい。自己再生してトライアタックで消し去ってやれ」  男幹部の声とともに、ポリゴン2が床に降り、自己再生しようとした瞬間だった。 「ヘルガー、アイアンテールっ!!」  ポリゴン2の斜め後ろに回り込んでいたクリスが叫び、 ヘルガーが矢のように尖った尾の先を、ポリゴン2の後頭部に突き刺した。  ポリゴン2は一瞬動きを止め、しかし何事もなかったかのように自己再生を始めた。  男幹部がにやりとクリスに目を向けた。 「残念だったな、普通のポケモンならそれで息絶えただろうが」 「そうね。でも……」  突如ポリゴン2が震えだした。  そして目の前の相手に打ち出すはずだったトライアタックのエネルギーが、自らのしっぽのあたりで暴発した。 「馬鹿な、ポリゴン2が。貴様……、いったい何を」  クリスはポケットからフィルムケースのような物を取り出すと、親指と人差し指で挟んでつまみ上げた。 「あなたたちがばらまいたウイルスで苦しんでいたクサイハナの蜜を、ヘルガーの尻尾に塗っておいたのよ。 自己再生なんてしたからよく回ったでしょうね」  ポリゴン2は命令に忠実に、激しく震えながらも何度かトライアタックを放とうとした。  しかし暴発を繰り返しているうちに状態がどんどん悪化していき、 最後には黒煙をぶすぶすと吹き上げ、動かなくなった。 「も、戻れ、ポリゴン2」  男幹部が狼狽して声を上げた。勝ち目はないと判断したのか、スーツのポケットから笛を取り出して下を向いた。 「これまでか。ひとまず撤退だ」  男幹部がそれを吹くと、どこからかピジョットが飛んできて、窓の外に止まった。  男幹部がその足に掴まろうとしたそのとき、シルバーが落ち着いた、しかし殺気だった声で言った。 「逃げて見ろ。電磁砲で撃ち落とされたければな」  ピジョットに照準を合わせ、バチバチと放電の準備をしているレアコイルの姿を見て、男幹部が顔色を失った。 「無駄な抵抗はやめて電波を止めろ」 「助かりたければロケット団を解散すると宣言するんだな」  ゴールドとシルバーを交互に見渡し、男幹部は歯ぎしりを始めた。やがて、観念したのか絞り出すように言葉を発した。 「お、おのれ……くそ……わかった」  幹部は手元のスイッチを切り、マイクに向かって話し始めた。 『………ロケット団の諸君。我々の計画は終了した。現時刻をもってロケット団の解散を宣言する。 総員ただちにポケモンを回収して投降せよ。繰り返す………』  その瞬間、街全体が人々の歓声に沸きかえった。  まだ暗い街に次々と明かりが戻り、ある者は満面の笑顔で解放を喜び、ある者は目に涙さえ浮かべていた。  見上げた紺色の空には雲一つなく、東の方角がわずかに深い赤色に染まり始めていた。  あかね色の夜明けとともに、コガネシティは悪夢から開放されたのだ。  ………そして………  若者達の新しい世界が幕を開け、3ヶ月が過ぎたある日の夕方のこと。 「おじいちゃーん、お兄ちゃーん、神様のお使いが現れたんだってー」  元気な声とともに、小さな女の子とブラッキーが新聞を持って部屋に飛び込んできた。 「なんじゃね、それは」  不思議そうに老人が女の子に尋ねた。女の子は新聞を広げて読もうとしたが、 「えーとね。あれ、なんて読むんだろ?」 「見せてみなさい。これはな……」 「うん。『……昨日の夜、暗やみのほらあなで、尻尾に人面を持つキリンリキが発見された。 目撃情報によればその尻尾は人間の男性のような顔をしており、人語を話したという証言もある。 キキョウシティの住民は神の使いとしてこのキリンリキを祭ることに………』」  そこまで言って、女の子は首を傾げた。 「……ねぇお兄ちゃん。どうして笑ってるの?」