──クリスマスなんて嫌いだ。  バイト先のレストランは、夜中までたくさんのカップルで大賑わいだった。  おかげで僕は午前様。体力を使い果たして、ふらふらと家路をたどる。  腕の中には、余り物の大きなケーキ。  店長ありがとう。でも少し虚しい。  灰色の空を見上げると、白い塊が無造作に舞い踊っている。  ご丁寧に、ホワイトクリスマスときたもんだ。寒い。  うちはストーブが壊れていて、暖房がこたつしかないというのに。  家の鍵を開け、すぐさまこたつに潜り込む。  そういえば、うちには某最新鋭次世代ゲーム機があったっけ。  ふと、「某最新鋭次世代ゲーム機の消費電力はストーブ並」という煽り文句を思い出して、僕は考えた。  あれを点ければ、もう少しは暖かくなるだろう。  スイッチを入れる。すべての音が消える。灯りも消える。  ブレーカーが落ちたんだ。なんでこんなの買ったんだろう僕のバカ。  ブレーカーを元に戻し、震えながらこたつに戻る。  押し入れの隙間から姿をのぞかせているゲームボーイカラーに、何気なく手をのばして、電源を入れてみる。  もう何年も触っていないけれど、何のソフトを挿していたかな。  Nintendoのロゴの後に、ポケットモンスター金のタイトル。ちょっと懐かしい。  データはどうなっていただろうと、ボタンを押してみたものの、  次の画面には、「さいしょからはじめる」と「せっていをかえる」の選択しかなかった。  ……セーブ消えちゃったんだ。  ゲームボーイをこたつの上に放り出して、寝転がろうとしたそのとき、  どさっ  玄関の外で、何かが倒れたような音がした。  雪の重みでひさしが落ちたのだろうか。  僕はジャンパーを羽織って、ゆっくりと扉をあけてみる。  そこに……玄関灯の下に、女の子が倒れていた。  僕と同じくらい、いや、それより少し若いような。  長いポニーテールの上から、ニットの帽子をかぶって、  纏ったロングコートの下からは、ブーツの先がわずかに見えている。  行き倒れ?  でも、どうしてこんなところに。  救急車を呼ばなくちゃ。  僕はあわてて家の中に引き返そうとした。が  こんなところに放っておいたら、それこそ凍えてしまうかもしれない。と思い直した。 「おーい、起きろ。寝たら死ぬぞー」  本当に死んでいたらどうしよう。頭の片隅でそんな心配をしながら、僕はその娘の肩を揺すった。  なんだかいい匂いがする。優しくて、少し刺激的なハーブの香りのような……  まもなく、女の子の身体がぴくっと動いた。 「ん、ええっ?」  小さく声を出して、その娘はむくりと顔をあげた。  みずみずしく潤った唇、思わず息を呑んでしまうくらいのきれいな瞳。  その視線が僕の顔を見つめ、それから辺りを見回して、また僕に向き直った。 「……ケンイチ?」  え? 今僕の名前を呼んだ?  記憶を探ってみたけれど、この娘は知り合いにいないし、会ったこともない。  首を捻る僕の前で、その娘はさっと起きあがると、 「ケンイチ、会いたかった!」  ……ぎゅっと僕に抱きついたんだ。  ちょっと待って。いや、待たなくてもいいけれど、君、 「……誰?」 やっとのことで口に出した僕に、その娘は嬉々として答えた。 「私はミントだよ。チコリータのミント」  チコリータって、ポケモンの?  そういえば、ポケモン金で僕が選んだのはチコリータで、ミントってニックネームを付けていたはず。 「まさか……」 「うんっ。ケンイチに会いたくて来たんだ」  そう言うと、その娘は「くしゅん」と小さなくしゃみをした。  馬鹿な、と僕は思ったけれど、この娘が嘘を並べているようにも見えなかった。  それに、なんらかの電波を受信している人だとしても、こんなところにいたら風邪をひいてしまうだろう。  盗られて困る物もないので、とりあえず僕はこの娘──ミントを家に入れることにした。 「何飲みたい?」 「ミックスオレ」  間髪入れずに、ミントが返答した。 「……ごめん、ミックスオレはないんだ」 「えーっ。ケンイチはいつもミックスオレくれてたじゃない」  僕はちょっと申し訳なくなった。  それは……コストパフォーマンスのいい回復薬として、なので。 「ねえ、ミント……」 「なあに?」  僕は思いきって訊いてみた。 「ホウオウを捕まえるときに投げたボール、覚えてる?」 「ラブラブボールだよね。ハイパーボール、スーパーボール、モンスターボール、ヘビーボール、全部投げちゃったから」  眠りや麻痺にさせる技が使えてればなぁ……。とミントは付け加えた。  間違いない。ここにいるミントは、僕のチコリータだ。 「ケンイチ、あーん」  こたつに置かれたケーキを、ミントは小さく切ってからフォークに刺し、僕の口へと運んでくれた。  それはどう見ても恋人同士のような仕草なのに、とても自然で。  まるで、以前からミントが僕にそうしてくれていたかのように。  僕も同じようにケーキを切って、ミントの口へと運んだ。  おいしいね、と微笑むミント。うん、おいしい、と返す僕。  ちょっと恥ずかしかったけれど、すぐに気にならなくなった。  出会ったばかりのはずなのに、ずっと昔から一緒だった気がした。  再びミントがケーキをフォークで運ぶ。だが、僕の口の寸前で千切れて滑り落ちる。 「あっ」  重力に引かれゆくケーキを、横から口で受け止めるミント。物凄い反射神経だ。  しかし、その勢いが残ったまま、ミントが顔を上げようとして、  ──僕とミントの唇が重なり合った。  いや、顔の他の部分も盛大にぶつかったのだが。鼻とか、痛い。 「ご、ごめんっ」  狼狽して謝るミントに、僕はぶんぶんと首を横に振った。言葉にならない。 「ねえ……、ケンイチ」  少し不安げに、ミントが僕の顔を覗き込んだ。 「もう一度、いい?」 「ケーキ? いいよ、お願い」  そう答えた僕に、ううん。とミントは首を振った。 「キスしたい」  一瞬で頭の中が混乱したまま、僕は右手の人差し指を自分の顔に向け、首をかしげる。  ミントが黙って頷く。僕もそのまま頷いた。  壊れそうなくらいの細い肩に、ゆっくりと腕を回して。  一度っきりの、軽いキスだったけれど。とても長い間だったのは気のせいだろうか。  頬を染めたまま離れたミントが、クスっと笑う。 「メリークリスマス」。  僕も照れながら笑い返す。 「メリークリスマス」  それからミントといろいろな話をした。  見たことのないホウエンやシンオウの話に、ミントは目を輝かせながら聞き入っていた。  でも僕にとっては、そんなことはどうでもよかった。  これからは僕のいるこの世界で、一緒に生きることができるんだから。  次第に眠さに耐えられなくなってきた僕が、ばったりとこたつに突っ伏した。 「もうっ、まだ起きていてよ」  ぎゅうっと、ミントが僕のほっぺたを強く引っ張る。  悪戯っぽい表情だけど、ちょっと寂しそうに。  そのたびに僕ははっとして顔を上げるんだけど、やがてそのままうつらうつらと……  目が覚めると、ちょうどこたつの上のゲームボーイが視界に入った。  手を伸ばしてみる。電源スイッチが入りっぱなし、何も映っていない灰色の画面。  ……そうか、昨晩からほったらかして、電池が切れたんだ。  納得して起きあがる。ミントも寝てしまったんだろうか。  僕はあたりを見回した。……あれ、いない? 「ミント!?」  僕は何度も呼びかけた。けれでも彼女の姿はどこにも見当たらない。  涙声になりかけたそのとき、こたつの上に置かれた、メモ帳の切れ端が目に留まった。 「ありがとう」  読み上げたその文字は、まるで溶けるように、そのままにじんで消えてしまった。  あとには彼女の香りだけが、僕の鼻の奥にうっすらと残っていた。 ---------------------------------------------------------------  あとがき あぁ恥ずかしい。書いててとにかく恥ずかしい。うぎゃぁ ボケダンの逆バージョンみたいな感じの話と、 これでもかってくらい甘々ラブな話と、 ちょっと切なくなるような不思議な話と、 クリスマスな話を書こうとした結果できあがりました。 ダイパの神話も潜在意識に影響及ぼしていたかも。 「小説はどこまでギャルゲーに近づけるか」というテーマのもとに、 ケンイチとミントの名前を読者とパートナーの名前に変えられるようにして、 ドリーム小説の形で公開しようとしたのですが、諸事情により没となりました。 最初の一行は「※男性向き。独り身推奨。擬人化要素あり。キスまで。」で、 タイトルは「クリスマスプレゼント 〜チコリータから君へ〜」だったのです。本来は。 そんな目的で書いていたので、ストーリーが急展開になってます。 昔、作者紹介で、性的描写について「どこまででも。書くのも読むのも人の勝手」とか書いておきながら、キス止まりです。あっはっは。 別にぼかしながらそれ以上書けないわけではないですけどね。恥ずかしいからやっぱり無理だ。 ---------------------------------------------------------------  ──その夜  僕はACアダプターをゲームボーイに差し込んで、電源を入れた。  ゲーム屋の奥に、奇跡的に売れ残っていたものを買ってきたんだ。  どさっ  玄関の外で、何かが倒れたような音がした。 「ミント?」  僕は寒さもそっちのけで、一気に扉を開け放った。  そこに……どことなく表情の読めない女性が立っていた。  僕と同じくらい、いや、それより少し上くらいの年頃。 「……ケンイチ?」  うん。と答えると、すぐさま彼女が大声を上げた。 「みんな、ケンイチがいたぞ!」  途端に僕の眼前に現れる、彼女と同じ服を纏った無数の人間達。  100人、200人……いや、もっと多い。  その誰もが、ぎょろっとした瞳で、じっと僕を睨み付けていた。  そういえば、ミントを育てるために、アンノーンを780匹倒したんだっけ……