ポケモンリーグ、それは四年に一度開かれるポケモントレーナー達の祭典。これは、その記念すべき第一回、セキエイ高原大会の決勝を記録した物語である。  数万の観客のざわめきが、ドームには満ちていた。  そのざわめき一つ一つにこれから始まるであろう記念すべき試合に思いを馳せる者達の興奮、期待、予想と言った心が含まれている。それはまるで、今にも噴火しそうな火山の如く、選手控え室に 待機している者達の心を焦がしていた。  「緊張」と言う名の炎で。  観客のざわめきがやけに大きく聞こえてくる。此処、選手控え室には今、赤い帽子をかぶった少年一人座っているだけだ。10歳位の、まだ幼さが残る少年。  彼は自分のベルトから紅白で彩られた球、モンスターボールを一つ開けた。  刹那、白い光と共に現れたのは大きな花を背に背負っている、緑色の体を持つ大柄な生き物。ポケットモンスターと通称される生物の内の一匹、フシギバナ。 「・・・ねぇ、フシギ。君も信じられるかい? 今ボク達が居る所を。」  出てきたフシギバナに少年は語りかける。その顔には緊張と、自分が今おかれている状況に対する困惑がにじんでいる。フシギバナはじっと少年の事を見つめた後、背中から一本のツルを出して自 分を、そして少年のベルトを指した。 「・・・『皆が一緒に居るから大丈夫』、そう言いたいのかい? フシギ。」 「バ〜ナ♪」  フシギはその問いに低いバスの声と共に笑顔で答える。  確かにそうだ。旅立ってからずっと、自分の側には皆が、フシギ達が居た。何回もあったジム戦の時も、ロケット団と対峙した時も、今回のように『ライバル』とバトルした時も。  その事を思い出すと少し、緊張感が和らいだ気がした。 「フシギ、ありがとう。少し楽になったよ。大会の決勝戦、皆で頑張ろうね!」  笑顔を取り戻した主人にフシギが力強く頷く。っと、控え室に測ったようなタイミングで集合のアナウンスが入る。少年はフシギバナをボールに戻すとすぐに待合室を出ていった。  観客のざわめきが次第に大きくなるドームの照明が一斉に消えた。途端、ざわめきが鎮まって行き、ツーンと張り詰めた静寂が訪れる。っと、天井から一条の光が差し込んできた!  その明かりの中に居るのは浮遊している機械に乗った実況アナウンサー男女2人。 『会場の皆! お待たせしました! これより第一回ポケモンリーグ、セキエイ大会決勝戦を始めます!』 『まずは選手入場だ! なんと驚き、決勝を戦う二人は同じ町の出身だぞ! まずは青コーナーから。マサラタウン出身、オーキドー!シゲル〜!!』  男性アナウンサーの絶叫と共にドームの端に照明が点き、そこから爆発パーマの髪を持つ、黒いシャツを着た少年が走ってくる。その表情はいたって平静そのものの様に見える。すぐに実況から 解説が入る。 『名前で気付いた方もいらっしゃるでしょう! そう、彼はかの有名なオーキド博士のご子息です! 今回のリーグでは博士譲りの冷静な戦い方でこの決勝リーグまで勝ち抜いてきました!』  いつの間にか会場の一角に照明が灯され、シゲルがそこに着く。そこがトレーナーの立ち位置のようだ。 『続いて、今日の戦いのもう一人の主役を紹介するわ! 今大会唯一の全ジム制覇者。赤コーナー、マサラタウン出身。火藤サトシ選手ー!』  今度はシゲルが入場した場所の正反対の方向に照明が当たり、そこから赤い帽子をかぶった少年が走ってくる。表情はシゲルと違い、少し緊張しているようだ。  二人が立ち位置に立ったのを合図にして、ドーム全体が唸りをあげた。  バトルフィールドと観客席を分けるかのように美しい光のヴェールが下ろされていく。観客をポケモンの技から保護するシールドだ。それと同時に床の一部が沈み、ドームの上部がゆっくりと開き だす。隙間から陽の光がバトルフィールドを照らし、その全貌をあらわにし始める。  紅白に塗り分けられた円形のフィールド、その中央を真っ二つに横切る深い溝が見て取れる。っと、その溝に水が放水され始めた。間もなく、周りと中央に水を満たす、モンスターボールを象った 専用バトルフィールドが完成した。 「嬉しいぜ。この舞台でお前と戦えるって考えるとさ。」  シゲルがいつもの口調で話しかけてくる。いつも変わらない。冷静で、不敵な口調。でも、サトシには見えていた。シゲルの手が腰のボールを忙しなく弄っているのを。  シゲルでもやっぱり緊張するんだという事を知って、残っていた緊張感が消えた。 「ボクもだよ。それに、本当に自分がこの場所に立っているなんて信じられない。まるで夢を見ているような感じだよ。」  シゲルは意外そうにサトシを見返した。 「珍しいな。てっきりガチガチに緊張しているかと思っていたぜ。」 「今だって緊張しているよ。それは・・・シゲルだってそうでしょ?」  サトシに言い返されたシゲルは苦笑した。まさか、サトシに自分が緊張しているという事を見抜かれるとは正直思っていなかったから。しかし、これで自分も少し楽になった。 「オメェに見抜かれちゃおしまいだな。・・・サトシ、お前は覚えているか? オレ達が旅立ってから今までお前との対戦成績。」  シゲルのいきなりの問いに、キョトンとするサトシ。 「ぇ? え〜っと・・・。」 「・・・覚えていろよ。四勝四敗の五分。そして、今回が九回目のバトルだ。ここまで言えばお前だってこの意味分かるよな?」  ため息の後発せられたシゲルの言葉で、サトシもようやく意味を悟った。つまり、この戦いは・・・ 「ボクとシゲルの最終決着・・・って事だね。」 「あぁ、そうだ。・・・『勝たせてもらう』ぜ。」  シゲルが冷静に言い放つ。すっかり聞き慣れた彼のバトル前の決め台詞。 「ボクも、『絶対に負けない』からね!」  サトシも、バトル前の決め台詞をシゲルに返す。この時、既に二人の心からは『緊張』の二文字は消え去り、ライバルとのポケモンバトルを楽しもう、というトレーナー特有の想いが沸き起こって いた。 『さぁ、二人とも準備は良いかな? 最初のポケモンを選んで構えてね!』  女性アナウンサーの声がスピーカーから流れてくる。  既にシゲルの戦い方も使うポケモンも大体知っている。きっと向こうも同じだろう。しかし、サトシは自分の戦い方を変えるつもりは全く無かった。きっと、シゲルも同じだろう。まずは相手の 動きを止めなきゃならない。  サトシは自分のポケモンの一匹サンダースのサンダが入ったボールを右手に取り、構えた。程無くシゲルの方もポケモンを選び終えたようでボールを構えたのが見える。  観客も静まり、水をうったような静けさがドームの中に満ちていく。その静寂を、男性アナウンサーの叫び声が破る。 『それじゃあ行くぜ! 第一回ポケモンリーグセキエイ大会ファイナルバトル6on6! レディ・・・ゴー!!』  二人のトレーナーの手からそれぞれボールが投げられる。サトシは青いスーパーボール、シゲルは赤いモンスターボール。それぞれのボールから白い光が放たれてそれぞれが二つのポケモンを 形作る。  サトシのボールからは全身トゲで覆われた黄色く、小型のポケモン。シゲルのボールからは逆に巨大な、球に手足を付けた様なポケモン。互いの初手はサンダース対ゴローニャ!  サトシはしまった、と思った。この後シゲルはこちらの出方次第でどうにも攻められる。サンダースのままなら地震。もし、地震を避けようと飛行タイプを出せば岩タイプの攻撃が飛んでくる だろう。  シゲルの出方を注意深くうかがいながら、サトシは腰のベルトからボールを一つ取った。っと、それを見て取ったシゲルはゴローニャに「ロックブラスト」を放たせた! 「サンダ、戻って! オコリ、頼むよ!」  即座にサトシはサンダースを左手のボールに戻し、右手でモンスターボールを投げる。中から現れたのは薄茶色のフサフサした体からいつも怒気を発しているポケモン、オコリザル。  次々とゴローニャの口から放たれる岩の弾をオコリは時に避け、時に拳で砕いていく。ゴローニャが一旦攻撃を休めた時には周りには砕かれた岩が散乱していた。サトシとシゲルが息つく間、 フィールドは一瞬静まり返る。 「戻れ、ゴローニャ!」  先に動いたのはシゲル。ゴローニャをボールに戻し次に出したのはヤシの木のような体に二本の足が生えたポケモン、ナッシー。別名歩く熱帯雨林。 「オコリ、『ちきゅうなげ』!」  オコリはサトシの指示にすばやく反応した。フィールド中央の河を跳び越え、あっと言う間にナッシーの元に到達すると幹の胴体を捕まえて一気に跳び上がる! そのままクルクルと回転を加え、 地面に叩きつけて離脱する。 「相変わらず速い、そしてこの前にも増して強力になったな。だが、相性はこっちに有利なんだぜ! ナッシー、『サイコキネシス』!」 「オコリ、『まもる』で防御!」  シゲルの指示を受けたナッシーの目が光り、一瞬空間が歪んで見える程の衝撃波が放たれる! っが、オコリザルも素晴らしい反応速度で攻撃から身を守った。ここで、両者共に一度ポケモンを ボールに戻し、再び出方をうかがう状態になった。  観客は静まり返っていた。  きっと、この数瞬の攻防に魅入られているんだろう。かく言うオレも、眼下で繰り広げられている高度な戦いを信じられない気分だぜ! たかだか10歳の子供が、今まで見た事無いような素早い バトルを繰り広げているんだからな! ・・・っと、いけねぇ。今は仕事に集中だ。このスゲェ戦いを、テレビの前の皆に届けねぇと! 『・・・こ、これはスゲェ! 両者とも、予選で見せた以上のスピードだ! しかもしかも、両者とも一歩も引いていねぇ! オレ達もこの攻防に実況が追いつかないぜ!』 『私も今、目の前の高度なバトルが信じられません。そして、今言える事はこのバトル、両者とも実力が完全に互角だということです! 実況の私達にも全くこのバトルの結果が見えてきません!』  二人の実況の声が、遅ればせながら会場に響き渡った。後々まで「対極の戦い」と呼ばれ語り継がれる、第一回ポケモンリーグ決勝戦がここに幕を開けた。  再び戦いが始まった瞬間から観客、実況、そしてポケモン協会関係者は再び息を呑むしかなかった。それまで誰も見た事無い戦いが、目の前で繰り広げられている。  もし、サトシのポケモン達を一言で表すならば、『閃光』。オコリザル、スターミー、サンダース、ダグトリオ、そしてドードリオ。そのどれもがとてつもなく素早い。ボールから出た彼らはまさ しく目で追い切れない「閃光」となってフィールドを駆ける。  そして、一方のシゲルのポケモン達を例えるなら『城塞』。ゴローニャ、カイリキー、ラプラス、レアコイルそしてナッシー。攻撃をまるで『城壁』の様に受け止め、跳ね返し、『要塞砲』の 様に強烈な攻撃を放つ。  シゲルのポケモンから「じしん」が、「10まんボルト」が、「クロスチョップ」が乱れ飛ぶ。それらの攻撃がサトシのポケモンを捉え切れず、ドームにぶつかる度に、免震設計が施されたはずの ドームが揺れ、観客を守るバリアが虹色の輝きを放ち、フィールドの一部が十字に砕け散る。  シゲルのポケモンはサトシのポケモンの素早さを前に攻撃を当てられずに倒されていき、サトシのポケモンは動き疲れた所をシゲルのポケモンの強烈な一撃で吹き飛ばされ倒されていく。  それが一時間ほど続いただろうか。相手の抵抗を全て拒絶し、確実に体力を奪い切る氷にサトシのドードリオは閉じ込められる。シゲルのラプラスが放った「ぜったいれいど」の死の冷気がドード リオを捉えたのだ。だが、同時にラプラスも負った「やけど」に体力を奪い切られ、地に伏せった。  二人の手にボールとなって戻される二体のポケモン。これでお互いに残ったポケモンは・・・一体ずつ。  何となく予感はしていたが最後はやっぱりこうなったか・・・。  最後の、使い古されて手垢で汚れたモンスターボールを掴み取りながらシゲルは思った。  初めてアイツと会ったのは確か、マサラタウンの側の森の中。「誰かが危険な森に出入りしている」と言う噂を確かめに強引にお爺ちゃんから借りたヒトカゲと行った時に出会ったのが最初。  あの頃からアイツはポケモンを懐かせるのが上手かった。森のポケモンは皆アイツの友達だったし、旅の途中でバトルした時もアイツのポケモンは皆懐いていた。皆アイツの指示に全力で答えて いるように見えた。  多分、優しいからだろうな。優しさ。それがあいつの強さ。そして弱さ。でもアイツと何度も戦ってるうちに、アイツに変化が出てきた。冷静さ。きっと、オレの影響だろうな。昔のアイツじゃ こんな所じゃ絶対頭真っ白になっていただろうし、オレも緊張しているなんて事気付かなかっただろうな。 「さて・・・最後だな。」  フィールドの向こうでサトシは既にボールを構えている。中に入っているのはシゲルも良く知っているポケモン。シゲルも最後のボールに手を掛けた。一目で使い古されていると判る、手垢で汚れ たモンスターボール。この中に最もシゲルが信頼している相棒が活躍の時を待っていた。サトシ、この勝負『勝たせてもらう』ぞ!  二人から同時に最後のボールが投げられた。所々、今までの攻防で破壊され、抉られ、亀裂が入ったフィールドに互いが最も信頼するポケモンが現れる。  シゲルのボール からは大きな紅い翼で自由に空を駆ける竜、リザードン。サトシのボールからは緑の巨体に大きな、綺麗な花が咲くポケモン、フシギバナ。  すぐに攻撃をしようとしたサトシだったが・・・ 「サトシ。まさかお前、狙っていたのか? この対決を。」 「っへ?」  シゲルの言葉で微妙に拍子抜けした。 「う、ううん。狙ってなんかいないよ。でも・・・懐かしいよね。この対決。あの時は負けちゃったけど、でも今度は負けない。ううん、『負けない』!」  サトシは本当に懐かしそうに、しかし決意を込めて答える。 「そうか・・・。そうだよな。お前みたいな奴がそこまで考えていないか。・・・行くぜ?」  シゲルが再び鋭い目でサトシを睨む。サトシも、その言葉を聞いて戦うトレーナーの目に戻った。フシギバナとリザードンもまた、一旦解けた緊張の緒を締め直す。先に動いたのは・・・シゲル! 「リザードン、『かえんほうしゃ』!」  先手必勝、一撃必殺を確信する光が指示を出したシゲルの目に宿っていた。だが・・・その光はすぐに驚愕の光に変わる。 「っな!?」  確かに目の前に居たはずのフシギバナが・・・消えた!?  リザードンが放った「かえんほうしゃ」が空を切る。  外れた!? いや、正確には・・・ 「フシギ、『ねむりごな』!」  そう、フシギバナはいつの間にかリザードンの真下に来ていたのだ!  フシギバナは、いや、草タイプのポケモンは総じて動きが遅い。それは、草ポケモンは基本的に一箇所に留まって生きるからだ。だから。シゲルはこの時フシギバナの動きを見逃してしまったのだ。  だが、一体? まるで「でんこうせっか」がフシギバナに掛かったかのような・・・!? 「『せんせいのツメ』か!?」  思い当たった、一つの答え。はるか西に住むポケモンの爪から作り出された、一定の確率であらゆるポケモンに神速のスピードを与える道具。  だが気づいた時にはもう遅い。紅き竜は力を失い地に落ちる。そこに次々と打ち込まれる緑の刃。だが、巨大な岩すら両断するその刃も紅き竜を両断するには至らない。  ・・・まだ大丈夫だ。相性上は攻撃も防御もこちらが有利。現に何発か急所に当たって少しずつダメージが溜まっているがまだ大丈夫。問題は・・・時間!  この状況下でも、シゲルは冷静さを失わず、勝利への計算を怠らない。まだ、負けが決まったわけではないのだから。  ようやく・・・ううん。まだ互角じゃない。幾ら眠らせたからって相性の差は簡単に埋まるわけない。  サトシは眠りに囚われ地に墜ちたリザードンを見ながらそう思った。すぐに「はっぱカッター」の指示を出すがどこまで削りきれるかは分からない。  観客から見れば追い詰められているのはシゲルに見えるであろう。何も出来ずに、一方的に攻撃を加えられているのだから。だが、実際に追い詰められていたのはサトシの方。本来ならば最初の 「かえんほうしゃ」でほとんど勝負はついていたのだから。出来るだけ眠っている間にダメージを稼いでおかなければならない。  そして。ようやく、ようやく互角に勝負が出来そうなダメージを与え切った。そう思える所までたどり着く。 「フシギ、『スタンバイ』!」  息も尽かさぬ連続攻撃を放ち続け、攻撃を喰らわずして疲弊した緑の巨体。しかし、『彼女』は自分を信じてくれたトレーナーに応える為に最後の一撃を準備する。  背中に咲く花、葉っぱ、いや。その体全てを使い、周りの日光を吸収、収束して花の中心に溜め込み始めた。  観客達の間にどよめきが走る。  フシギバナが放とうとしている技。それは現在確認されている草タイプの技の中で最大、最強を誇る技、「ソーラービーム」。この大勝負の最後を飾るには確かに相応しい技。だが、それだけ に隙も大きい。エネルギーを溜め込む間全くの無防備になってしまうからだ。 『おぉっと! サトシ選手、ここで勝負に出た! 草タイプ最大の技、「ソーラービーム」だ! シゲル選手のリザードン、果たして眠りから覚める事はできr・・・ん!?』  男性アナウンサーがリザードンの異変を叫ぶ間もなく紅き竜が目を覚ます。今までの痛みゆえか、ボールから出てきた時よりもさらに大きな咆哮が会場に響く! 『此処で、此処でリザードン復活!! サトシ選手、フシギバナは未だに光を溜め込んでいる最中! これにて万事休すか!?』  アナウンサーが叫んだ次の瞬間、フシギバナは紅蓮の炎に包まれた!  やっと、待ちに待った瞬間が訪れた。それは相棒の目覚め。ライバルとの決着。今、この旅を通じて競い合った全てに決着を付ける!  シゲルは万感を込めてリザードンに指示を出す。 「リザードン、『かえんほうしゃ』! 一気に焼き尽くせ!」  もはやフシギバナは動けない。狙いを外す心配はどこにも無い。そして・・・この一撃にも耐え切れないだろう。  竜の口から放たれた紅蓮の炎は緑の巨体を包み込むだけでは飽き足らず、フィールドを横に区切る炎の壁を生じさせるまでになった。確かにその光景はシゲルに、そして観客、実況にもシゲルの 勝利を確信させるには充分な物だ。  「これだけの炎を受けてフシギバナが気絶しないはずは無い。」そんな雰囲気が場を支配していく。既に、観客席からもざわめきの声がチラホラと漏れ始める。  シゲルは勝利を確信して手を挙げようとして・・・何かが視界の隅をかすめた。  ・・・緑?  緑。それは、リザードンの炎には決してありえない色。シゲルが気付いた異変。それは見る見る間に巨大化する! 炎の壁を突き破り、消し飛ばし、一直線にリザードンの口を、眼を貫いた! 『!?』  一瞬で静まり返る会場。その幾千、幾万の視線の先には所々焦げながらも、何とか地に足を着けて立ち続けているフシギバナと、今にも倒れそうなサトシの姿があった。  息が苦しい。眼も痛い。  でも、此処で倒れるわけにはいかなかった。熱い空気を吸い込まないように息を止め、乾く眼で炎の壁に見え隠れするリザードンの姿を追い、サトシは狙いを定める。  「かえんほうしゃ」を浴びせられたフシギももう息も絶え絶えで苦しんでいる。おまけに「やけど」を負ってしまった。もう、次の攻撃には絶対に耐えられない。この一撃で・・・決める!  再び、フシギと共に旅した記憶が頭を過ぎる。初めてのポケモンバトルで負けてしまった日、初めて勝った日、初めてジム戦を戦った日、ガラガラの霊を鎮めた日、ロケット団の首領、サカキを 倒した日。そして、ライバルであるシゲルとの戦いの日々。悔しかった日、嬉しかった日、緊張した日、悲しみ、涙した日、怒りに震えた日。  いろんな日があった。その全ての記憶にフシギは居てくれた。そして、さっきも自分を勇気づけてくれた。もう、言葉は要らない。指示も。  フシギは一瞬ボクの眼を見て頷いた。ボクも頷き返す。  最後の力・・・全ての想いと信頼を込めて。  フシギは震える足に鞭打って、狙いを定める。同時に背中の花から緑の光が溢れ出す。溢れた光は緑の槍と化し、紅蓮の壁を貫いた!  紅蓮の竜が、崩れ落ちた。続いて緑の巨獣とそれを操っていた少年も。会場は爆発せんばかりの歓声に沸いた。シゲルは慌ててサトシの下に駆け寄り、助け起こした。 「ったく、無茶しやがって! ・・・でもお前本当にアレ、計算づくじゃなかったのか?」  ライバルのあまりの無茶さ加減に口調が荒くなってしまった。だが、サトシはこんな状況なのに何時もの口調で、だが咳き込みながら答える。 「・・・計算づくなんかじゃないよ・・・。でも、何となくこんな事になりそうな気が、できる気がしたんだ。」  理屈じゃないな。ポケモンと触れ合い、そこから感じ取る直観力・・・か。 「・・・やっぱりお前らしいよ。」  サトシに肩を貸しながらシゲルは苦笑した。オレにはまだ行けないな、と。悔しさは感じられない。ただ全てを出し切れた、清々しさだけがあった。シゲルはサトシをフィールド中央まで連れて 行くために足を踏み出した。  爆発せんばかりの歓声も、どこか遠くに聞こえた。ただ、シゲルの声だけはしっかりと耳に届いた。勝ったと言う感慨も、あまり沸いてこない。ただただ、何も考えられずにボーっとしているの だけは分かった。  そのままの状態で控え室に戻され、そして表彰式が始まった。何かが、足りない気がした。唐突にそれに気付いた。それは、『皆』の存在。慌ててサトシはボールから『皆』を呼び出した。驚いた 係員が腰を抜かしたが全く気にならなかった。  シゲルは苦笑していたみたいだけど。  ボールから出てきた『皆』を見て、ようやく「優勝できた」と言う実感が沸いた。知らず知らず眼から涙が零れ落ちる。サトシは空を見上げた。丸く、楕円に切り取られた雲ひとつ無い青空の中、 太陽が祝福の光を注いでくれている、そんな風に感じた。