ふと目を覚ましたら、信じられない光景があった。  目の前に、靄とも霧ともつかない何かが広がっている。  ここは、どこだ。  捨てられた心  昨日は確かに寝室でねたはずだ。間違いない。  でも、ここは寝室ではない。  それどころか、家でもなく、僕のすんでいる町でもなかった。  地面の冷たさが肌に伝わる。このへんな黒い気体は一体なんだ。  体に毒ではないならいいが。   兎に角あるいて見ることにしよう。何か分かるだろう。    数十分後、僕の予感は見事に的中した。  町が見えてきた。  しかし、何だってこの世界は何もかもがモノクロで出来ているんだろう。  木も、空も、建物も、遠くの方に見える山々も、みんな白・黒・灰色。  その上店は全て閉まっていた。  望みも尽きたか・・・  と思っていたが、そうではないらしい。  一軒の店から、この世界には似つかわしくない黄金の光が漏れていたからな。  とりあえず店の前まできてみる。「DOLL SHOP」と書かれた看板がドアに付いていたから、人形屋なんだろうな。  ドアを開けると、「カランコロン」とベルが鳴った。  するとそこは、さっきまでの世界が信じられないほどのきらびやかな空間だった。  壁一面に並んだ棚の中、上にはたくさんの人形やぬいぐるみたち。  アンティ―クド―ルはもちろん、フランス人形やテディベア、赤ちゃんが使うようなアヒルのぬいぐるみ。  「ん?」  夢中になって周りを見回していると、何かが心に引っかかった。  ふと見ると、そこには1つのテディベア。  ベ―ジュの生地、首に巻かれた赤いリボン、そして黒々とした瞳。  ぬいぐるみに興味があるわけではないのに、なぜかその前で立ち止まってしまった。  そのままじっとみていると、  「気に入った?」  と声がした。  おどろいて後ろをみると、小さな女の子が一人。  「かわいいでしょ、それ」    別段かわいいものではなかったのだが、女の子を見ていると違うとは言えず、  「あ・・・ああ・・・」  僕は曖昧な返事をした。  「ね、他のぬいぐるみや人形もかわいいでしょ」  「・・・・・ああ・・・・」  「こんなにかわいいのに、捨てるなんてひどいね」  「・・・・・・え?」  「ここにいる子たちはね、みんな捨てられたの」  「・・・・・・・・・」  「捨てられたらね、ここにくるの」  「・・・・・・・・・」  「でね、新月の晩になったらね」  「・・・・・・・・・」  「捨てた人のとこに、もどっていくの」  「・・・・・・・・・」  「何をしに行くかわかる?」  「・・・・・・・・・え?」      「しかえし」  その子が微笑んだ。  すると、  まわりにあるぬいぐるみや人形たちが――  ぬいぐるみたちは、チャックのような金の裂けた口、赤く光る目の黒いものに。  人形たちは、黒く縁取られた目の、一本の角が生えた紺色のものに。  「ほら、みんな、行ってらっしゃい」  少女が言う。  そして、  僕のもとに・・・・  一匹の黒いものがやってきて・・・・  その目が赤く輝いたとき・・・・    僕の意識が、途絶えた。  ・・・・・・・  ・・・・・・・・・  体が、動かない・・・・・・・・  「思い出した?」  ・・・僕の頭に、ある景色が浮かぶ。  ・・・ベ―ジュの生地、首に巻かれた赤いリボン、そして黒々とした瞳。  ・・・テディベアを、必要としなくなって、捨てている、僕の姿―    終