出会い (R-ver.)
〜 a worst contact ? 〜
赤い上着にまとわりつく枯葉やクモの巣を振り払い、進路をふさぎ、帽子を叩き落そうとする枝を払いのけながら、サトルは、藪の中の獣道を走り続けていた。
赤と黒の服の連中――マグマ団を逃すまいと。
ふとしたことから彼は、「煙突山を噴火させ、大地を増やす」という彼らの計画を知った。
それは、あまりにもばからしく、荒唐無稽な計画に思えた。そもそも、そんな力が本当に奴らにあるのかどうかもわからない。
しかし、もしも本当に実行されるような事があれば、大きな被害が出るだろう。おまけに、ほとんどの団員は「暴れられさえすれば、理由などなんでもいい」という、ポケモンを道具としてしか見ていないような、トレーナーの屑と言うのもはばかられる質の悪いごろつきだ。
「悪い奴は殴る」などとは、あまりに単純すぎる正義感だと人は言っただろう。しかし彼には、そんな連中を黙って放置しておくことができず、それ以来、機会のあるたびに遠慮なく叩きのめすことにしていたのだった。
そして今日。
シダケのポケモンセンターで、手持ちを回復のために預け、コンテスト用にメンバーの交換をしていたとき、数人の赤と黒の服−マグマ団の団員が外を通りかかったのだ。ちらりと聞こえた会話では、どうやらここから分散して別行動を取るらしい。
連中のポケモンはそれほど強くない。全員一緒でも蹴散らすのに大した苦労はないだろうが、一人ずつになれば、てんで意気地のない連中だ。「計画」とやらを詳しく聞きだすチャンスかもしれない。
残りのメンバーの回復を待っていたら、機会を逃がしてしまうかもしれない、と思った彼は、回復の済んだ手持ち3体だけを連れ、117番道路方面に向かった団員の後を追って急いで飛び出した。
ところが、先回りをしようと脇道にそれたのがまずかったのか、確かにこちらに向かったはずの団員の姿が見つからない。慌てて藪の中を走る彼の目に、やっと黒と赤の服の後姿が飛び込んできたのは、キンセツの近くまでたどりついたころだった。
(いた!)
彼は足を速め、藪の中から飛び出すと、その黒と赤の服の人影に向かって「待て!! 逃がさないぞ!」と叫んだ。
驚いた様子で振り向いたのは、服と同じ、黒に赤のヘアバンドで白銀の髪をまとめた、彼と同じくらいの年の細身のトレーナーだった。
大体のマグマ団の団員は、見るからに才能もやる気もない、元トレーナー崩れ、脳みそ筋肉な男や崩れた感じの女といった連中がほとんどなものだ。彼は一瞬意外に思ったが、相手が筋肉バカでないのは、それはそれで助かる。
「やい! ここで会ったが百年目、とっととお前らのたくらみを白状しやがれ!」
連中の持っているポケモンは、「マグマ」団だから、という理由でもあるのか、大方がドンメルやバクーダだ。サトルは迷わず「なみのり」を使えるマッスグマを繰り出した。
「行け!オスカル!」
そのトレーナーは、鋭い目つきで不愉快そうに彼をにらむと、腰のベルトからボールをはずし、投げた。
「行け!プルガサリ!」
その声とともに、ボールが開いて現われたのは……ドンメルでもバクーダでもなく、鉄でできた巨大な岩山のようなボスゴドラだった。
(げ!)
彼は一瞬驚いたが、ボスゴドラも岩タイプを持っている。水タイプの「なみのり」は効果抜群のはずだし、あの重たい巨体では回避はまず無理。2発もくらわせてやれば倒せるだろう、と、臆せずマッスグマに指示を出した。
「オスカル!『なみのり』だ!」
周囲の水分が瞬時に凝固し、激しい波となってボスゴドラに迫る。
(よし、避け切れない!) もう一発だ、と思った彼の耳に、相手の声が飛び込んで来た。
「プル! そのまま突っ込め! 『ずつき』!」
(何だって!?)
水を嫌うポケモンなら、とっさに身をかわそうとするはずの水の壁。 しかしボスゴドラは、激しい水しぶきをあげて襲い来る波の壁に向けて突っこみ、そのままの勢いで波の壁を突き抜け、マッスグマに向け突進して来たのだ。
まさか、そのまま突っこんで来るとは思わず、彼もマッスグマも、一瞬反応が遅れる。その遅れが致命的だった。
ボスゴドラの全重量を乗せた頭突きがまともにぶつかり、マッスグマはたまらず吹き飛ぶ。思い切り跳ね飛ばされたマッスグマは、ふらふらと立ち上がろうとしたが、打ち所が悪くて脳震盪でも起こしたのか、またよろよろと倒れてしまった。
「オスカル……!!」
(しまった……!!) 彼は判断の甘さを呪った。マッスグマが倒された今、手持ちは実質もう1体しかいない。 せめて、もう1体、ジュカインかサーナイトを連れてきていれば……!
そんなことを考えている余裕はない。彼は、急いでマッスグマをボールに戻し、唇を噛みながら次のボールを投げた。
「行ってくれ!スキマー!」
ボールから現れたオオスバメは、紺青の翼を閃かせ、すばやく身を翻して上空に翔け上がり、旋回しつつ攻撃のチャンスをうかがう。
相手のトレーナーは、ちらりとボスゴドラの様子を確認したが、引っ込める様子はない。ボールが他にも残っているところを見ると、まだ行けるだろうと読んでいるのか。余裕のある表情が、サトルの口惜しさを掻き立てる。
相性は最悪だ。せめて「がむしゃら」でも覚えさせておけば……と彼は一瞬思ったが、それを断ち切るように首を振った。ダメージを受けるのが前提の技など、仲間に使わせたくはない。
こうなれば、とことんヒット&アウェイで攻めるしかない。スピードならばオオスバメが絶対的に勝るはず。サトルは心を決めた。
「スキマー! 『つばめがえし』!」
オオスバメは翼をひねってくるり、と宙返りしたかと思うと、すさまじい加速の急降下で突っ込んできた。
「プル! ひきつけろ! ……」
当たればでかいだろうが、見るからに鈍重なボスゴドラの攻撃など、喰らってたまるか! そう彼が思った瞬間、相手から意外な指示が放たれた。
「『でんげきは』!」
オオスバメが「つばめがえし」を放つのとほぼ同時に、ボスゴドラの角から電撃がほとばしり、オオスバメが大きくよろめく。
「何ぃっ!!」
必中技を隠し持っていたとは・・・! サトルは歯噛みした。しかし、さすがに特殊攻撃力の低さでは定評のあるボスゴドラの攻撃だった。大きく体勢を崩しただけで、たいしたダメージにはなっていない。
「スキマー!間合いを取れ!『そらをとぶ』だ!……」
「続けて『アイアンテール』!」
間髪を入れずに相手の指示が飛び、体勢をくずしたオオスバメは、ボスゴドラの太い尻尾にぶちあたり、地面に叩き落された。
(……やられた!) 必中の攻撃で落とすことではなく、体勢をくずして足を止め、接近戦に持ち込むというのが相手の作戦だったのだ。
「くっ……! 戻れ!スキマー!」
地面に落ち、弱々しく翼をばたつかせるオオスバメを、彼は急いでボールに戻した。
「さあ! 次のポケモンは?!」
相手は、勝ち誇った笑みを浮かべ、胸を張り腕組みをしながら傲然と彼に問いかけてきた。
「くっそぉ……!」
マッスグマもオオスバメも倒されてしまった。もう彼には「戦えるポケモン」は残されていない。残った1つのボールに手をかけながらも、彼はじりじりと後じさりするばかりだった。
目の前が真白になるほど悔しかった。
ただ負けただけでなく、相手の強さを読みきれなかったこと、その上、よりにもよって、あんな連中の一員に負けたということが、耐え切れないほどに彼の胸をえぐる。
自分からバトルを仕掛けておいて、負けたら逃げ出すなど、恥さらし以外のなにものでもない。しかし、あんなろくでもない連中に負けたとなったら、一体どんな目に会わされることか。まして彼は今までもさんざん奴等の邪魔をしているのだ。
動こうとしない彼に、相手がいぶかしげな顔で口を開こうとした瞬間。耐え難いほどの屈辱を感じながら、彼は悔しげにギリッ、と歯噛みをしたかと思うと、そのまま背を向けて、全速力で逃げ出した。
「……何!?」
相手の驚きは、瞬時に怒りへと変わった。即座にボスゴドラに呼びかける声に、冷たい怒りがこもる。
「プル! あいつを捕まえろ!!」
サトルは、絡みつく枝をはね退けながら、藪の中を必死で逃げ回った。しかし、のろいように見えても、ボスゴドラはさすがに体が大きな分歩幅が違うし、彼が懸命にかき分ける藪も、ほとんど障害にはならない。ゆっくりと、だが着実に彼は追い詰められて行き、相手のトレーナーは悠然とその後を追ってくる。
(ちくしょう!! ……一か八か、こいつを出すしかないのか!!)
追いつかれそうになった彼が投げた、最後のボール。 ……そこから出てきたのは、かわいらしい小さなピカチュウだった。
レベルの差は見るからに歴然としていた。しかし、小さなピカチュウはなんとか主人を守ろうとするかのように、ボスゴドラの足元をちょこちょこと走り回って邪魔をする。ボスゴドラはあまりにも力の差のある相手に当惑しながらも、ピカチュウを無視してサトルにのしのしと迫ってきた。
ついに追い詰められ切羽詰った彼は、一か八かの指示を出した。
「ピチュカ! 『フラフラダンス』!!」
普通ならパッチールなどが使う、混乱系最強の技だ。小さなピカチュウが、ひょこひょこと耳や尻尾を振って奇妙なダンスを始めたかと思うと、ボスゴドラは角や尾を無茶苦茶に振り回し始めた。混乱させる効果をもろに受けたようだ。
(これで、見さかいがなくなって、どっか別のところにでも突進してってくれれば……)
と、彼は願ったが、効果は完全に裏目に出た。ボスゴドラはすさまじい勢いで暴れながら、彼等目掛けて攻撃を始めたのだ。凄まじい咆哮とともに、鋭い角が、重たく太い尻尾が、地響きを上げて襲って来る。
相手のトレーナーもさすがに慌てたのか、呼び戻そうとしているようだが、完璧に混乱してしまった今の状態では、命令にも誘導光にも、まったく気がついていないようだ。
ボスゴドラが無茶苦茶にくりだす頭突きを、サトルはなんとか跳びすさって避けたが、小さなピカチュウは、おびえてしまったのか、地面に貼りついたように立ちすくんで動けない。
彼は慌ててピカチュウを助けようとしたが、暴れるボスゴドラに阻まれ近づくことができない。その目の前で、小さなピカチュウに、スピードはないが、その分凄まじい重みのこもった尻尾の一撃が迫る。
「ピチュカぁーっ!!!」
彼が絶望の悲鳴を上げた瞬間、暴れるボスゴドラの間近に疾風のように飛び込んできたものがあった。
銀髪のトレーナーは、ボスゴドラの懐に飛び込みざま、小さなピカチュウをとっさに抱え上げてかばうように胸に抱き、気合を込めて呼びかけた。
「プル! ……プルガサリ! やめろ!!」
その瞬間、ボスゴドラの視界がかろうじてその主人を捉えた……が、勢いのついた尾は止まらなかった。その体はなぎ払われ、何メートルも吹っ飛ばされて、背中から地面に叩きつけられ、動かなくなった。
サトルは、瞬時の出来事に呆然としていた。
混乱がかろうじて解けたのか、ボスゴドラもまた呆然と立ちすくんでいる。そして、銀髪のトレーナーは、叩きつけられたまま、目を閉じてぐったりと倒れている。まだ腕の中に小さなピカチュウをしっかりと抱いたまま。
やがて、ピカチュウの耳がぴくり、と動いたと思うと、トレーナーの腕の中からぴょっこりと顔を出した。 「ぴぃっ!」と一声上げ、一目散に彼に駆け寄り飛びついて震える小さなピカチュウを抱きとめて、サトルは我に返った。
――恐ろしい事実が、突然サトルに襲い掛かる。
あの連中――マグマ団のごろつき共が、わざわざ他人のポケモンを助けるために危険を冒すはずなどない。
改めてよく見れば、同じ黒と赤の服と言っても、奴等の制服とは違うようだ。
……とんでもない勘違いをしてしまった! 彼は真っ青になった。
あんな攻撃をまともに食らったら、自動車にはねられた位の衝撃を受けるはずだ。真っ当なトレーナーにあるまじき真似をした挙句に、なんの関係もない人間に、重傷を負わせてしまったのか?!
ピカチュウの無事を確認した安心もつかのま、彼は慌てて、正気に戻ったボスゴドラと一緒に、倒れたままのトレーナーに駆け寄った。
ところが、彼が近づこうとしても、ボスゴドラが主人に寄せ付けようとしない。互いに倒れたトレーナーを心配しながらもにらみ合う双方の耳に、かすかなうめき声が届いた。
「……う……」
慌ててボスゴドラが主人に向き直り、心配げにのぞきこむ。
「プル。……大丈夫だよ。」
うっすらと目を開いた銀髪のトレーナーは、ゆっくりと手を上げ、すまなげにすり寄せてくる鼻先をなでた。
それから、さすがにあちこちが痛いのか、顔をしかめたまま、腕をついてそっと上体を起こした。
サトルはうろたえながら声をかけた。
「き、君……大丈夫か?!」
彼とピカチュウの姿が眼に入った瞬間、一瞬安堵の表情が相手の顔によぎったものの、瞬時にそれは猛烈な怒りへと変化した。眉を吊り上げ、サトルをにらみつけ、憤りを叩きつける。
「馬鹿!何をしてる!! もう少しで、その子は大けがをするところだった……!! だいたい……!」
相手が激怒して彼をなじる言葉も、耳に入らなかった。
よかった。 ……なんとか、大怪我だけは、させずにすんだようだ。
震えていた膝から、力が抜けてゆく。彼はそのままへたへたと座り込み、そのまま深く頭を下げた。
「ごめん……。君はあいつらの仲間なんかじゃなかった。君は、危険をかえりみずにオレのピチュカを助けてくれた。それなのに、あんな連中と間違えたりして……。本当に、……本当に、ごめんよ……」
非常識な奴と思っていた相手にあまりにも素直に謝られて、怒りの矛先の持って行きどころがなくなったのだろう、相手は、当惑したようにぷいと視線をそらして言った。
「たとえ混乱してたって、プルは自分のトレーナーを本気で攻撃なんかしない!
……確かに、まともに食らってたら骨の2,3本じゃ済まないところだけど、あれでも止めたんだ。けど、この子は動作が遅いから……」
「ごめん。……オレの勘違いのせいで、君にもし、大けがでもさせてたら……! ……本当にごめん!」
自分が何をしたかを思えば、いくら謝っても、足りることはない。彼は地面に擦り付けるばかりに頭を下げて謝り続けた。
泣き出さんばかりに謝られて、かえって居心地が悪くなってきたのか、相手は彼の謝罪を断ち切るように問いかけてきた。
「それはもういいから……! それより、いったいどういうこと? その、『あんな連中』って一体何?」
サトルは顔を上げた。刺すような相手の視線が痛い。……いったい、どこから話せばいいのだろう。
「『マグマ団』っていうのを知ってるか?」
彼が話し出してまもなく、相手は驚いた表情で彼の話をさえぎった。
なんと、相手もマグマ団、そして敵対しているが似たような組織らしい「アクア団」に遭遇し、対立するはめになっていたのだ。 おまけにそっちの目的は『海を増やす』だと聞いて彼はあきれた。大噴火で陸を増やそう、というマグマ団も相当乱暴だが、アクア団の目的も、とんでもなすぎてさっぱり理解できない。
「その場では、一応敵の敵は味方、という格好になったんだけど、どうもいけすかない連中だと思ったんだ……。似たようなろくでもない団体、ってわけか」
眉根をよせて考え込む相手の表情が、ふといぶかしげに、そして不愉快そうに変わる。
「で、マグマ団に関係が、……ってつまり」
サトルは、口ごもりながら先程からの出来事を説明した。マグマ団を見かけ、あわててわずかな手持ちだけを連れて追ってきたこと。ところが、先回りをしようとして、途中で見失ってしまったこと。
「あわてて探してたら、ちょうど遠くに黒と赤の服が眼に入ったもんだから、てっきりあいつらの一人だと思って……」
話しながら、呆れ返った冷たい視線を浴び、彼は自分のあまりのおっちょこちょい具合に情けなくなった。頭をかきながら、たははは……と、力ない笑いが漏れる。
「妙だとは思ったんだ。……確かに、あんな連中に負けた上に捕まるなんて、悪夢以外の何物でもないだろうけど……」
相手は、物凄く不愉快そうな顔でしばらくこめかみを押さえていたが、やがて長い溜息を1つついて、仕方なさそうに言った。
「そうか……。追い掛け回したりして、悪いことしたね。……ごめん。」
「いやぁ、……大体オレが最初に勘違いをしたのが悪いんだし。本当にごめん。」
どうやら、不承不承にしても、なんとか事情は理解してもらえたらしい。彼は心からほっとした。
「それにしても、」 草の上に腰を下ろしたまま、銀髪のトレーナーは批判するような目を彼に向けた。
「実質たった2匹っていうのは、ちょっと無謀だったんじゃない? ……それは確かに、あの連中ときたらてんで弱いけど」
「いや、マグマ団のやつら、ドンメルとか、炎と地面タイプのやつ持ってることが多いから。そんなにレベルも高くないし、大体はオスカルの『なみのり』でも余裕で一発なんだ。オレの残りのメンバーのうち、草タイプとか電気タイプじゃ相性悪いしな」
「なるほど。でも、あの状態で混乱技はちょっとね。いくら慌ててたにしても、せめて『でんじは』あたりにしとけばよかったのに」
「その、……ピチュカは『でんじは』、覚えてないんだ。ついでに言うと、他の電気技もだけど」
「えぇっ?!」
相手は唖然とした。まさか、『でんじは』どころか、電気技の1つもないピカチュウ、などというものがこの世に存在するとは思わなかったらしい。
「オレ、バトルもだけど、コンテストにも挑戦してるからさ。ピチュカはかわいさコンテスト専用の子なんで、『あまえる』とか、それ用の技しか覚えさせてないんだ。……君は、コンテスト出たことないの?」
相手はこっくりとうなずいた。「今まで、別に興味なかったし」
「コンテストはいいぜー! まあ、オレのピチュカを見てやってよ!」
淡い黄色の小さなピカチュウを、相手はあらためてよく観察し、冷静に感想を述べた。
「……レベルをさしひいても、体格はあまり大きくないし、骨格もきゃしゃだ。バトル向きじゃないな」
やはり、バトル専門のトレーナーには、この子の良さは理解されないのか。一瞬、がっかりしたサトルだったが、続く言葉を聞いて、次の瞬間彼の顔はぱっと明るくなった。
「でも、確かにこの子はきれいだし、すごく可愛い」
小さなピカチュウの毛並みをなでるそのまなざしが、柔らかくなごむ。
ほんの少し、意外な感じがした。
(……さっきから不機嫌そうな怒り顔ばかり見てたけど、こいつ、こんな柔らかい表情もするんだな)
しかし、続く評価に、細かいことなど思わず吹っ飛んだ。
「……ピンとした耳も、ぱっちりしたつぶらな瞳も、すごくかわいらしい。
そして、なんといっても、この毛なみのつや……! よく手入れされてるし、まるで、真珠みたいにしっとりと光ってる。こんなに毛並みのいいポケモンなんて、めったに見かけないね」
自慢のポケモンをほめられてうれしくないトレーナーなど存在しない。サトルはたちまち相好をくずした。
「そうだろぉ〜?! オレ、究極のポロックレシピめざして、苦労したんだぜぇ〜?! やっぱ、ピカチュウはかわいさコンテストだよな〜! ピカチュウはかっこよさコンテスト向きだ、なんて、世の中間違ってるよな!」
もう可愛くてしかたがない、と、ピカチュウにほおずりする、彼のゆるみっぱなしの表情を見て、銀髪のトレーナーは、少々あきれつつも、愉快そうにほほえんだ。もう、すっかり機嫌を直してくれたようだ。それを見て、サトルも気安く話しかける。
「あ! でも、君のボスゴドラも、すんげえ迫力だったぜ!! たくましさ部門コンテストなら、アピールをちょっと練習すれば、今のままでもノーマルランクなんか軽そうだし、磨きをかければ、そうとういいセン行けそうだぜ! なんだったら、ちょっとポロックのレシピでも作ってやろっか?」
相手はほほえみながら首を振り、言った。
「でも、コンテストって結構楽しそうだね。この子なんかどうかな?」
ボールから現れたのはハブネークだった。午後の日差しに、つややかな鱗が瑠璃と金に輝き、真紅の瞳がサトルを見つめる。
「うお!? すげーー!!! ハブネークだ!! 初めて見たーっ!!」
濃紺の鱗に、黄金の環模様、そして真紅の牙と尾。育てもいいせいなのか、図鑑よりはるかにその美しさは印象的だった。
「へえー、かっこいいぃ……!! オレ、ハブネークをじかに見るの初めてだけど、すげぇキレイだし、なかなか強そうじゃーんっ!! ねえ、キミ、ハブネーク余分に持ってたら、あとで交換してくんない?」
OK、と、相手もにっこり笑って快くうなずく。
とんでもない勘違いのせいで、ものすごい迷惑をかけてしまったけれど、こいつとは案外気が合いそうだ。いい友達になれるかも、と彼は思った。
「それじゃ、キンセツの町がすぐ近くだし、ポケセンまで行って一休みしようぜ! 交換もしたいしさ!」
善は急げ、と、早速立ち上がった彼は、相手がもしかしたら怪我をしているかも知れないことを思い出し、手をさしのべながら言った。
「オレ、サトル! サトル・ルビー・モジリ!よろしくな! ……立てるか?」
「大丈夫、……」と答えながら銀髪のトレーナーが立ち上がろうとした瞬間、その身体がふらつき、彼は反射的に手を出して、支えようとした。
それに続いて言いかけた、「……あたしはミオ、」という言葉が耳に入る前に。
そして、図らずも相手の胸のあたりに手をつく格好になってしまったのだった。
「……!!」
「ひょえっ?!」
2人とも凍りついた、次の瞬間。
サトルは慌てて手をひっこめ、後ろに飛びすさって、引きつった笑顔のまま冷や汗を流しながら後じさりをはじめた。
「キミ、……キミは、……」
彼は、自分の不注意を呪った。ゆったりした、体形が隠れてわかりにくい服装だったとはいえ、気づかなかったなんて・・・!
無言のまま、ゆっくりと銀髪のトレーナー……ミオは顔をあげた。猫のような吊り加減の目が、今は完璧に吊り上がって彼をにらみつける。その表情は、今にも爆発しそうな険悪さだ。
「……『あたし』って、……『ミオ』って、……」 細い襟首、きゃしゃな肩、そして、あの感触は…… 「…… ぷに、って……」
「……!」 ミオの頬にさっと紅がさし、拳がぎゅっ、と握り締められて震える。
「……キミ、女の子だったのかーっ!?!」
ばきっ、という乾いた音が、117番道路にひびきわたった。
風のうわさでは、その日の夕方、キンセツのポケモンセンターに、キノガッサの胞子とラグラージのマッドショットの泥にまみれ、ボロボロになった少年が、ボスゴドラに背負われてかつぎこまれたとか、紅と黒の服の少女に蹴り込まれたとかいうことだが、……それはまた、別の話。