鴻鵠女房(くぐひにやうぼ) (※注一)

※注一 鴻(コウ)はオオトリ、鵠(コク)はハクチョウの意。
 「クグイ」は古語でハクチョウを意味するが、ホウエン地方にハクチョウは分布せず、描写も異なる。あるいは他の大型の水鳥をさすものか。

 

 昔、三代の庄に男有りけり。 ()る時、男、紅鴻鵠(べにくぐひ)の、手傷負ひ、息絶へ絶へに打ち伏したるを見つけ、哀れに思ひ、連れ帰り介抱しければ、やがて傷()え、嬉しげに飛び去りたり。
 (しばら)くの(のち)、男の家に旅の娘立ち寄りたり。 物言へざる娘なりとて、手振り身振りで尋ねければ、身寄り無き者なりとて、娘、()(まま)()の家に身を寄せけり。
 娘、物慣れぬ様子なれども、甲斐甲斐(かひがひ)しく()く働き、まめまめしく仕えたりければ、男憎からず思ひ、夫婦(めおと)となりて、子も(もう)幾年(いくとせ)(なか)(むつ)まじう暮らしたり。
(現代語訳)
 昔、三代の庄に、一人の男が住んでいた。
 あるとき男は、紅鴻鵠(べにくぐい)がけがをして、息絶え絶えに倒れているのを見つけ、かわいそうに思って、連れ帰り、手当てしてやると、やがて傷もなおり、鴻鵠はうれしそうに飛んでいったという。
 しばらくして、男の家に旅の娘が立ち寄った。ものの言えない娘らしかったので、身振り手振りで事情を聞いてみると、どうやら身寄りのない者らしく、娘はそのまま男の家にとどまった。
 娘は、ものなれない様子ではあったが、いっしょうけんめいによく働き、こまごまと仕えたので、男は愛しく思い、夫婦になって、子どもも生まれ、何年も仲むつまじく暮らしていた。
 ()る秋の望月の夜、今宵(こよひ)(こと)(ほか)、月の美しければとて、男、妻の手を引きて月見に(いざな)ひけり。
 女房打ち出でて月を眺むるに、()の時(にはか)に、渡り行く鴻鵠(くぐひ)の群、月の(おもて)に通り行き、その声カウゝゝと冴へ渡り響き来たれば、(たちま)ち女房はらはらと涙を流し嘆息の声を上げたりけり。
 男、初めて()の声を聞きしとて、(いぶか)しみて(かたは)らの妻を見れば、人にはあらじ、一羽の鴻鵠(くぐひ)なりけり。
 男驚愕(おどろ)きて、思はずアゝと声上げたれば、鴻鵠(くぐひ)、己が姿(あら)はれたるに気づき、狼狽(うろた)へ一声鳴きて(にはか)に舞い上がりけり。 男と子等、大いに驚き悲しみて、妻よ母よと呼ばわれば、鴻鵠(くぐひ)(しば)らく名残惜しげに飛び(めぐ)れども、悲しげなる声のみ残し、(つひ)に飛び去りて二度と(かへ)らずといへり。
 ある秋の満月の夜のこと。
 今夜は、特に月が美しいから、と、男は妻の手を引いて月見にさそった。
 女房が外にでて月を眺めていると、そのとき突然、空を飛び渡ってゆく鴻鵠の群れが、月を背景に通り過ぎていき、その声がコウコウと冴え渡って響いてきた。
 すると、とつぜん妻は、はらはらと涙を流し、ため息の声をもらした。
 男は、初めて妻の声を聞いた、と不思議に思って、わきにいた妻を見てみると、それは人ではなく、一羽の鴻鵠であった。
 男は、驚きのあまり、思わず「あっ」と声をあげてしまったので、鴻鵠は、自分の姿が見られてしまっていたことに気づき、あわてふためいて、一声鳴いて舞い上がった。
 男と子どもたちは、とても驚き、悲しんで、妻よ、母よ、と呼びかけたが、鴻鵠は、しばらく名残惜しげに飛び回っていたけれども、ついに、悲しげな声だけを残し、飛び去って、二度と帰っては来なかったという。
 ()の子長じて常人(つねのひと)に変わる所無しと言へども、駆くれば鳥の()ぶが(ごと)く、泳ぐに魚の(ごと)く息長しとなむ。 その子孫代々鴻野(くぐひの)を名乗り(今「コウノ」と訓ずるなり)後々(のちのち)名の有る者()でて、大いに家栄へたりと言ふ。  その子どもたちは、成長しても、どこといって普通の人と変わったところはなかったが、走れば鳥が飛ぶように早く、泳げば魚のように息が長く続いたという。
 その子孫は代々鴻野(くぐひの)を名のり、(原注:今はコウノと読む)後々有名になった者が多く出て、家は大変栄えたということである。
(ミナモシティ・ライブラリー 地域資料室 蔵 ――豊縁(ほうえん)語伝(かたりつたへ)聞書(ききがき) 巻之一」 苧環(おだまき)山人(さんじん) (※注二) 筆―― より引用) ※注二 苧環山人、本名は小田巻源五郎左衛門博世。 ホウエン近世有数の本草学者だが、本著のような民俗学的著作も多い。
 縄帯に粗末な着物で山野を駆け巡り標本を採集したと言う逸話で知られ、ホウエンの南方熊楠との異名を持つ。
 その子孫で、ポケモン研究で有名なオダマキ博士は、この物語における「紅鴻鵠」は、夢幻ポケモンと言われるラティアスではないか、との説を唱えているほか、シンオウ地方に伝わる異類婚姻譚との関連性も指摘している。

 


 

 はい、読みづら〜い文章をごらんいただき、大変お疲れさまでした。(^^;)あとがきです。

 念のため:1 注1の、「鴻鵠」の漢字の意味と音読み、および「くぐい」の意味までは本当ですが、「鴻鵠」を「くぐい」と読ませ、さらにラティアスに当てたのはフィクションです。
 読者の皆様をちょっと引っ掛けてみたかったのと、漢字やひらがなで「羅汀亜須」とか「らていあす」とか(笑)書いても、古文のふんいきにじぇんじぇんあわね〜(笑)という理由で、白鳥の古名である「くぐい」を使わせていただきました。

 念のため:2 なお、作品中の人名・地名などはポケモンのゲームに元をとったフィクションであり、実在の人物・場所とは一切関係ありませんので、全国の「鴻野」さん、「自分はラティアスの子孫だったんじゃ」なんて悩まないように(笑)。

 ・・・言うまでもありませんが、書誌事項から注釈まで全部フィクションですからね(^^;) まあ、詳しい方が見たら、時代とか用法まるでめちゃくちゃな、テキトー古文だとは思いますが、「実際の文献から引用したような雰囲気」は出せたかと思います。注釈なんて大分遊んでますし。(^^;)

 

 実はこの話、以前、某所の「ポケモン世界へのツッコミ」掲示板に出入りしてたときに見た「主人公の謎」(笑)というネタスレから生まれたものです。

 発端は、「主人公は何故、はい、いいえ以外で意思表示ができないのか?」というツッコミだったそうなんですが、他にも、一日中でも走っていられる(笑)脚力や、なんぼでも水にもぐっていられる肺活量などの驚異的な身体能力の他、何故か悪の組織の直接の武力行使が行われない、等の疑問を解決する為の仮説として、「サイボーグ説」とか「半分ポケモン」説が出ていまして、それぞれに「サイボーグだから斜めに歩けないのだ」とか「温泉で服を脱がないのは、地肌がラティアス柄だからだ」など、いろいろな爆笑仮説も出ていました。

 趣味的には「ポケモンの血をひいている」説の方が萌えるので(笑)ワタシもとりあえず設定を考察してみました。

 まずは、「ポケモンの血をひいている」と言っても、紅碧版では両親の設定があるので、「先祖返り」なのではないかと。
 かの陰陽師阿部清明の母は狐だったという伝説もあることだし、きっとホウエンには「ラティアス女房」とかの昔話があるんだ、と(笑)

 これで驚異的な身体能力(笑)は説明できるとして、Y/Nでしか意思表示ができない件に関しては、実は声帯だけはポケモンそのままなので、人間の言葉が不自由なため、(代わりにポケモンにはよく通じてるとか)普段はほとんど「首振り」でコミュニケートしているのだ、とか。で、悪の組織としては、貴重な研究材料を無傷で捕らえたいために、直接攻撃できないのではないか、とか。

 ・・・てな感じで考察してきたら、だんだん妄想がふくらんできて(笑)

 (妄想)・・・外見的特長としては、あの銀色の髪だけでも充分だと思うな〜、自分がポケモンの血をひいている、なんて知らないんだろうなきっと。・・・それを知ってしまって自己のアイデンティティに苦悩する主人公、っていうのも美味しいよね(爆)

 この設定で小説が書きてーっ!(笑) ・・・とかやってたものの、設定をまとめただけで結局挫折(爆) その妄想小説のプロローグ部分、いわば「前日談」として書かれたのがこの物語なわけです。

(で、後日談(?)の設定と断片はこちら

 ちなみに、今回、最後の方にちこっとシンオウの昔話について付け足していますが、この話、そもそもは2003年に書かれたものです(笑)やっと公式設定が追いついてきてくれたということですな(笑)