あるポケモン一家の物語

 

 「パパぁ〜!! もう、あさだよぉ! おひさま、とっくにのぼってるよ!」

 娘のアマミが、ねぼけまなこの俺の体にぽん!と飛び乗ってきた。 ぱっちりした瞳をキラキラさせて、尻尾を振り回しながら、腹の毛皮の上でぽんぽんとびはねている。

 「・・・わかったわかった! いま起きるから、・・・」

 「おきないと、まきついちゃうもん! えーい、きゅ!」

 「こらこらこら!巻きつくな! ・・・くすぐっちまうぞ〜!! こちょこちょ〜」

 「きゃ〜! パパ、おててがあるからって、ずる〜い!!」 

 「はっはっは。 ・・・ほ〜れ、高い高い。」

 俺は後足で立ち上がると、アマミを首に巻いたまま、巣穴の外へ出た。 外では、女房のナハが、鱗を光らせ、日光で体を温めながら、牙と尻尾の手入れをしていたが、俺の格好を見て、目を細めて言った。

 「アマミ、パパ起こしてきてくれたのかい? いい子だねぇ。」

 「・・・おい、ナハ。 その『パパ』っての、いい加減やめろ。 ・・・尻尾がかゆくならぁ!」

 「いいじゃないか、その方が『父ちゃん』よか洒落てるしさ。 それより、アンタ、そろそろ餌獲り、頼んだよ。 アマミは、あたしが見てるから。」

 「ああ。 じゃ、行ってくるか。 ・・アマミ、いい子でおるすばんしてるんだぞ。」

 俺は、アマミをナハに渡し、前足でくるくるとなでつけて顔を洗うと、巣穴の脇の木で前足の爪を鋭く研ぎ、縄張りであるちょっとした丘の小道の順回路を走り始めた。 餌探しと、・・・何よりも、他のザングースの侵入を絶対に防ぐために。

 そう、俺はザングースのナゴ。 そして俺の女房と子供はハブネークだ。 普通なら不倶戴天の敵同士、人間いわく、「先祖代々の宿敵で、戦いの記憶が体中の細胞に刻み込まれている」って話だ。

 それなのに、俺たちが仲良くしていて、子供までいる、なんて他のザングースに知れたら、一体何て言われる事やら。 だから俺は、なるべくナハたちが他の奴に姿を見られないように、縄張りにちょっとでも足を踏み入れた奴は、片っ端から雄雌問わず叩き出すことにしている。 おかげで俺は近所では「ザン嫌い」で通っちまってるようだ。

 ・・・とは言っても、こないだ迷いこんできた、毛づやのいい 別嬪(べっぴん)は惜しかったかなぁ・・・
 なんて、そんなことを、ふと考えちまうこともある。

 もともと俺だって、ハブネークと一緒に暮らすなんて、考えてもみなかった。 毛並みなんか真っ白でふっさふっさのいい女を女房にして、ふわふわの毛球みたいな赤ん坊を育てるはずだったのに、どこで間違っちまったやら。 俺は、餌を探しながら、ふと、あいつ・・・ナハとの出会いを思い出していた。

 

 その日俺は、縄張りにしょっちゅうちょっかいをかけて来やがる、隣の奴をコテンパンにのし、ついでに縄張りの境界の木の実を、戦利品としてたらふくいただいてきたところだった。 上機嫌で自分の巣穴にもどる前に、水場に向かった俺は、ハブネークの臭いを嗅ぎつけた。
 思わず唸り声がもれる。 後足で立ち上がり、爪を剥き出して身構え、慎重に進んで行くと、小川のほとりに、1匹のハブネークが倒れていた。

 このへんにはザングースが多いから、ハブネークはあまり見かけない。 どうやら、それを知らずに迷いこんできて、どっかのザングースに手ひどくやられたんだろう。 死んではいなかったが、全身傷だらけで、息も絶え絶えのようだった。
 そいつは俺に気づくと、必死でもがいて、鎌首と尻尾を持ち上げて身構えようとしたが、もうそんな力も残っていなかったのか、がっくりと頭を下げ、観念したように眼を閉じた。

 もしもあの時、俺が不機嫌だったり、腹が減ってたりしたら、あいつは一巻の終わりだったろう。 でも、たまたまそうじゃあなかったんだ。
 文字通り瀕死のハブネークに、とどめを刺すのは簡単なことだったが、俺は見逃してやることにした。 大体、凶暴で無茶苦茶強いハブネークと、正々堂々戦ってノシてやった、とかってんなら自慢にもなるだろうが、ズタボロでいまにも死にそうな奴にとどめだけ刺したって、自慢にも何もなるもんじゃねえしな。

 俺は、そいつを放っとくことにして、その場から立ち去りかけたが、そこで、ふっ、と気になった。
 この水場は、他のザングースの縄張りとの境にある。 もしかしたら他の奴が来るかもわかりゃしない。 ・・・俺がせっかく見逃してやったのに、他の奴にやられる、ってのも面白くない話じゃねえか。

 「・・・おい、お前。」

 振り向いて、そのハブネークに話しかけると、そいつはうっすらと目を開いて、ぼんやりとこちらを見た。

 「そこの大きな岩の陰のところに、やぶで入り口が隠れた穴がある。 そこに入ってろ。 そうすりゃ、なんとか見つからずに済むだろ。」

 そいつは、一瞬驚いたように眼を見張り、信じられないものでも見るように俺を見つめた。

 「ここは、他の奴も来んだよ! ・・・死にたくなかったら、そこに隠れてろ。」

 そいつが、なんとか身を起こし、ずるずると文字通り体を引きずって岩陰に隠れるのを見届けて、俺は巣穴に帰った。

 

 それからしばらくたった頃だ。 俺の縄張りを乗っ取ろうと、流れ者のザングースが、殴り込みをかけて来やがった。 なんとか撃退はしたものの、結構手強い奴で、俺も脚に深手を負い、その傷が後で腫れ上がって、動けなくなっちまった。
 飲まず食わずで何日も巣穴に横になってた時は、本当に苦しかったぜ。 あの木の実がなかったら、俺はあの世行きだったかもな。 ・・・そう、俺が寝てる間に「だれか」が、巣穴の入り口に木の実を置いてったんだ。 ハブネークの臭いのする「だれか」が。

 何日かたって、やっと脚が治って動けるようになり、俺が水場に降りていくと、そこにあのハブネークがいて、日ざしに鱗を金と瑠璃色にきらめかせながら、静かに水を飲んでいた。

 俺は、反射的に立ち上がって爪をむき出したものの、・・・そのまま動きを止めた。

 ・・そういや、いままで、こんな風にハブネークを見たことって無かったな。 ・・・あんがい、鱗ってのも、それはそれで、綺麗なもんなんじゃないか・・・?

 ハブネークが俺に気づき、こちらをふりむいた。 ・・・俺は、爪を引っ込めると、前足をついて、ゆっくりと水場に降りていった。

 

 水辺に降りると、そいつが遠慮がちに話しかけてきた。

 「・・脚は、もういいのかい?」

 「ああ。 ・・・とりあえず、礼を言わせてもらうぜ。」

 ハブネークの表情が、ふっ、と緩んだ。

 「よかった。 出てく前に、恩返しができて。」

 「・・・出てく?」

 「いつまでも、ザングースの縄張りの中にごろごろしてるわけにもいかないし。 なんとか動けるくらいには、傷も治ってきたしね。」

 その瞬間、ふっと俺の口をついて出てきたのは、
 「好きなだけ、いりゃいいだろ。」という言葉だった。

 そいつ以上に、自分でも驚きながら、・・・あらぬ方に目をそらし、俺は、言い訳めいたセリフをぼそぼそと口に出した。

 「・・・たとえ、ハブネークだろうが、恩義を受けた奴を中途半端で叩き出した、とか言われたりしたら、ザングースがすたるからな・・・!!」

 「・・でも、ここは他のザングースも来るんだろ? あんたの縄張りに、ハブネークがのうのうとしてる、なんて知れたら・・」

 「うるせえな! ここは俺の縄張りだ! 何をどうしようが、俺の勝手だろ!!
  ・・・見つかるのが嫌だ、ってんなら、水は少ないが、奥のほうにも水場があるから、そっちを使やいいだろ。 ・・・付いて来い!」

 藪を押し分けながら歩いていくと、後ろから付いてきたそいつが言った。
 「そういや、まだ、名前聞いてなかったね。 ・・・アタシの名前はナハ。 あんたは?」

 「・・似たような名前だな。」 俺は、思わず笑い出した。 「俺はナゴだ。 ・・・なんだか、妙な縁があるのかも知れねぇな。」

 

 妙な縁とやらは、本当にあったらしい。
 それから、いつのまにか、俺たちはいい仲になって、娘のアマミも生まれた。 ・・・何の因果なんだか、なんてことを考えながら、餌をくわえて巣穴に戻ってくると、ナハが血相を変えて飛び出して来た。

 「アンタ!!大変! アマミがいないんだよ!!」

 「何だと!!」

 「昼寝さして、良く寝てると思って、ちょっとアタシも、うとうとしたあいだに、いなくなってたんだよ! どうしよう、もし、縄張りの外にでも出ちまったら・・・!」

 俺はぞっとして、全身の毛が逆立った。アマミはまだ小さくて、ろくに牙も生えそろってない。 ほかのザングースにでも出会ったら、1発でそいつの晩飯決定だ。

 「ナハ! お前は東の方から回れ! 俺は西の方から当たってみる!」

 駆け出した俺は、縄張りをぐるりと回って行ったが、アマミはどこにも見つからない。 あせりながら走っていくと、ついに、縄張りをほとんど一周したあたりで、何かが争っている気配を聞きつけた。

 急いでそちらにすっ飛んで行くと、ちょうどナハと一匹のザングースがにらみあっているところだったが、アマミをかばって動きがとれず、強力な尻尾が使えないナハは、じりじりと追いつめられていた。

 「俺の縄張りで、勝手なことしてんじゃねェッ!!!」
 とっさに叫びながら飛び込み、相手の爪をはじき飛ばした俺は、相手の顔を見て驚いた。

 「テメェは・・・!」
 そいつは、いつだったか殴り込みをかけてきた流れ者だった。
 「また、叩き出されに来やがったか!!!」

 「・・・ヘッ! そいつぁ、こちらのセリフよ! 今度こそ、おめぇをぶっ倒して、この縄張りは俺のもんだ!」

 ナハに目だけで(逃げろ!)と合図を送り、俺はそいつと取っ組み合いを始めた。

 最初は俺が優勢で、連続斬りで、そいつの毛皮をボロボロにしてやり、勝った!と思ったところが、そいつがやぶれかぶれで繰り出した、切り裂く攻撃が、前にやられた古傷をえぐり、俺は激痛に思わず目がくらみ、ぶざまにひっくり返った。
 あっという間に形勢は逆転し、痛みに起きあがれない俺は、倒れたまま、防戦するのが精一杯の状態に追い込まれた。

 (このまま、負けちまうのか・・)そんな考えが脳裏をかすめた瞬間、鋭い刃が俺の頭上で宙を切った!
 アマミを藪の中に隠して戻ってきたナハの、ポイズンテールだった!

 「とっとと逃げときゃいいものを、何考えてやがんだ!! この、ボケハブ!!」

 ポイズンテールを、ギリギリ飛びすさって避けた流れ者が、怒りの声を投げつけ、避けざまの爪の一撃がナハを襲う。
 避けきれなかったナハの首筋から幾枚もの鱗が剥がれ、舞い散ったのが目に入った瞬間、脚の痛みは、噴き上がった怒りに消し飛んだ!

 「俺の女房に、手を出すんじゃねぇぇぇっ!!!」

 猛烈な勢いで起き上がりざま突進して、全身の力を込めたブレイククローをくらわせる! 攻撃をまともにくらい、奴は、木に叩きつけられた。

 「・・・な、な、何だとぉ〜! にょ、女房って、そんなアホな・・・」

 「ハブネークが女房で悪いかーっ!!! ・・・もう一丁、くらえ!」
 あっけにとられ、呆然とするそいつに、俺がブレイククローをくらわすのと一緒に、ナハがポイズンテールを叩き込み、流れ者はひとたまりもなく吹っ飛んだ。

 結局そいつは、ぶざまに吹っ飛ばされ、気力もくじけたんだろう、ほうほうのていで逃げていった。 ・・・まあ、奴もザングースのはしくれだ。 毒は効かないはずだし、死にゃしないだろうが、しばらくは来る気にはならねえだろう。

 「おととい来やがれー!!  ・・・ナハ、大丈夫か?」

 「ちょいと鱗が剥がれただけだよ、大したことないさ。 ・・・アンタこそ、大丈夫かい?」

 「・・・結構痛てぇが、何とかな。 それより、アマミは?!」

 言い終わらないうちに、アマミが、隠れていた藪から飛び出して、飛びついてきた。
 「うぇーん!! こわかったよぉ〜!」

 「外は、おっかねえ奴がいっぱいいるんだからな! こんど、勝手に外に出たら、おしり・・・じゃねぇ、しっぽペンペンだぞ!!」

 「ぐすん、・・・パパ、ごめんなさいぃ〜。」

 「・・・よしよし。 もう、家に帰るぞ。」

 

 巣穴への帰り道、眠ってしまったアマミを背中に乗せたナハが、そっと俺に話しかけてきた。

 「・・・とうとう、他のザングースに、アタシたちの事、バレちまったね。 ・・・どうしよう、アンタ?」

 「・・・フン!!」
 俺は鼻を鳴らし、牙をむきだして笑いながらうそぶいた。

 「他のザングースの事なんぞ、もう、知るもんか! ・・・ここは、俺の縄張りだ! 俺の好きにするのさ!」

 そう、ふさふさ毛皮じゃなかろうが、鱗に覆われてようが、お前たちこそが俺の大事な家族なんだ。 ・・たとえ、どんなふっさふっさの別嬪を連れてこられたって、絶対、取り替えてなんかやるもんかい!

 

-END-


−THANKS−

 この物語は、サトチのオリジナルですが、hukumi様のザンハブご一家に着想を得、また、そちらのご一家のお名前を使用させていただいております。 あらためて御礼申し上げます。