***はじめに*** 本作品は、「死人に口なし」の連作となっています。 「死人に口なし」を読んだ後に読んだ方が、解りやすくなっています ただし、この作品を読まないほうが「死人に口なし」は面白いかもしれません 各チャプターは飛んでいますが、「死人に口なし」のチャプターとリンクする形になっています 長くなりましたが、以上ご了承の上、お読み頂ければ幸いです Chapter.2 俺の目の前には ヒトが倒れていた 今まで、俺の主だったモノ 俺の友人だったモノ 俺の 俺の所為で。 首には大きな傷跡があって 体中にも傷はあって 血の臭いは濃かったけれど 顔を見ると、まだ眠っているようにも見えた それほどに、そのすぐ下に見える傷跡が 非現実的にも見えた だから、いつもこいつが朝、起きない時にそうするように 俺はその青白い頬をぺろと舐めた けれど、その硬い頬は冷たくて ぴくりとも動くことは無かった それを信じたくなくて、俺はもう一度、舐めてみた やっぱり、その肌は冷たくて、硬くて いつものように起きることもなくて 結果が変わることはなかった 何故だろう 何故こんなことになってしまったのだろう 何故時間は戻らないのだろう 何故こいつはここで倒れたままなのだろう 何故俺はあそこでこいつを助けられなかったのだろう 何故俺たちはここにきたのだろう 俺の頭の中ではぐるぐると無意味な問いだけが回って 結局の所、俺があの時、こいつを助けられなかったことが悔しくて それを受け入れられずに、自分に言い訳をしようとしていたのだ 俺には、それだけの力があったはずだった いや、助けられなかった、という時点でその力は無かったのかもしれない。 いずれにせよ、俺は悔しかった 俺の目の前で、こいつを失うことになったのだから 俺は、顔を上げ 眼を閉じた 自分の気持ちを落ち着かせようと、ゆっくりと空気を肺に入れる 冷たい空気も、どこか嘘みたいだ 瞼の裏に写ったのは、あいつとの思い出 ついさっきまでの事 ちっとも、落ち着くことなんてできやしなかった できるわけが無かったのだ 突然に、目の前からその積み重ねが壊されてしまったのだから 俺とこいつが出会う前にも、時間はあったけれど 俺にとって、こいつと出会ってからの時間が無くなったというのは ほとんどそれと同義だった でも、不思議と涙は出なかった なんでだろう こういうときに「泣く」のが、きっと、正しいことだろう それでも、涙はちっともでることは無かった だから、俺は眼を瞑ったままいつまでも考えていた Chapter.0 正直言って、俺は気乗りがしなかったのだ こんな簡単な"任務"とやら、はっきり言えば5年前の俺でも出来た。 5年前の俺は此処に住んでいたのだから それでも森に居るのは悪い気分、というワケでもなかった やはり、ここが俺の生まれた場所だからだろう 俺はこの森であいつと出会い、ここまできた あいつは、あの赤い花を探すためにこの森に来て 俺と出会った つまり、花如きに俺はそれなりに感謝しなくてはいけないらしい 「ヤシオ、ゼラニウムの花が咲いてる」 だからと言って、いちいちそんなことで言って笑うあいつは 俺にその辺を自覚しろとでも言いたいのだろうか なんとなく気分は良くない 俺は少し腹が立ったので、何を男の癖に、という眼で見てやった そして、その良くない気分を益々悪くさせる出来事が起きた 空気の流れの変化 俺はどうやら、そういうのを感ずくことのできる能力があるらしい 嫌な予感 案の定、それは的中する 目の前に現れるのは、緑色の姿 二足歩行の虫 両腕は手の代わりに、大きく鋭い鎌になっている。 俺達の敵となるポケモン、という奴 「ヤシオ…!」 伊達に俺も、こいつと一緒に訓練を受けたわけじゃない こいつの力は、悔しいが俺たちの力を上回っていることはなんとなく解る そういうときに取るべき行動は、まずは逃げること 更に、普通、奴らは人間の傍に居るポケモンを狙う習性がある 一旦二手に分かれて戦う術の無いあいつを逃がす 俺は、こんな奴にやられない自信はあった 俺たちは何も言わずとも、別々な方向に走り始める 緑色の奴は、まんまと迷って一瞬動作が遅れた 俺は、草の中へと飛び込み、其れを抜け、木々の合間を駆ける 俺が森を離れてから大分経ったとは言え、森での動き方を忘れたわけじゃない 足場は多少は悪かったが、何の問題も無かった けれど、少しだけ走って、気づく あの緑色の奴は俺を追って来なかった 撒いたのか? 違う あいつのほうに行ったんだ 最初に奴が現れたときより、数段増す嫌な予感 俺は方向を変えて、地を蹴った 夢中で蹴った 聞こえる叫び声 あいつのものだ 予感は胸を締め付けるほどの重さとなってのしかかる けれど、俺はそれを振り払うように走る 草むらを抜ける 目の前には緑色の姿に赤い色を浴びた、奴 地面へとゆっくり倒れるあいつ 奴は、嘲笑うかのような表情をしているように見えた 俺の中で沸き起こる、何かが抜けていくような感覚 心の中に、ふつふつと湧き上がる熱い感情 頭の中では、俺は俺に冷静になれと言う けれど、こんな光景を見て、なれる筈が無い 俺の目の前で、あいつは奴に切り刻まれた おまけに、あいつの周りには大量の血が飛び散っていた なれというほうが、無茶だった 奴が飛び掛ってくる 俺は、飛び退こうと足に力を込めるが 向こうの方が一瞬早かったようだ 鎌の先端が、横腹辺りを薄く掠め 痛みが走る そんなことを気にしている余裕は無かった 俺は、集中し"力"をイメージする 奴がが飛び掛ってくるが、関係ない 再び、奴の鎌が俺を薙ぎ、今度は右前肩を切り裂こうとした だが、其れよりも先に俺から発せられたその力が、低い音を立てて奴を引き剥がし 勢い良く吹っ飛ばして、その後ろの木へと思い切り叩きつける 間髪入れずに、もう一撃 今度は、血に濡れた鎌を狙って 軋むような音 いびつにその鎌の先が曲がるのが見える 知らずに、歯の奥に力が篭って、ぎり、と鳴っていた そこからは意外なほどあっさりと ぱき とその鎌は折れる 痛覚はあるのだろう 奴は顔を歪め、その場からその羽を鳴らして引く じ、と奴を見る 奴も俺をじっと見返す 俺は、やっと、冷静さを取り戻してきた 今は、奴を追い払うほうが先決だ 早くあいつの状態を確かめなければ 俺は威嚇の心算で、もう一撃 "力"によって奴の近くの太い木の枝を折ってやった 奴は、ゆっくりとさがって ある程度の距離をとったところでやがて、俺に背を向け 森の中に消えていく 無音とも呼べる静けさ 俺は、傍に倒れたあいつに駆け寄る まだ温かい でも、それは今も流れる血のせいだ 血だまりとなるほどの赤い液体が足元を濡らす それが、温かいのだ 俺はどうしていいかわからなかった 今まで、あの敵との戦い方は解ったというのに この目の前のこいつを助ける術はわからなかった Chapter.5 俺は結局の所 何故ここに留まったかというと 俺がこいつから離れても どうしていいかわからなくなっていたからなのだろう 俺は弱かったのだ そして、こいつは、俺の弱さを補ってくれる 俺の心の一つだった 今気づいても遅かった 願うならば、もっと早くに気づきたかった その弱い部分は俺にとって あまりに大きすぎたようだった だから、それが無くなって 俺はどうすることもできなくなってしまったのだ 情けない話だな、と俺は思う だから、俺の目の前でこいつの姿が変わってしまっても それはあんまり関係ないことだった 罪滅ぼしでもない 自分の為なのだろう 俺は結局、自分勝手だったのだ あいつがもし俺に言うとしたら きっと、早く街に帰れとでも言うのではないだろうか それは、解っていた こいつを見ていても、その無くした部分が戻ってくるわけではないという事も また解っていた けれど 俺はそれでも、ダメだった それだけ解っていても ダメだったのだ どうしても どうしても、ダメだったのだ 身体には何かが当たっている感覚はあった けれど、それは冷たくも温かくもない 段々と、眼が霞んでくる いや、これはもう随分前からだ ここはどこだか 俺は誰だか ここでなにをしていたのか よくわからなくなった でも、今となって あいつの存在だけははっきりと認識していた それだけが、俺の目の前に現実的過ぎるほどの感覚として 横たわっていた 俺の目の前に在る物 いつまでも在ると思っていた物 それが無くなって、始めて気づいた 俺の目の前から無くなって、始めて実感した ここまで考えて出した結果がこれか いや、ここまで考えたからこそ、こうなのかもしれない 俺は心の中で笑った 目の前のあいつの姿がにじむ 景色と一緒にごちゃまぜになって この世界と全てが溶けていくようだ 不思議と、周りは静かだった 今日は襲ってくる奴らも居なかった それは、眠るようにやってくる そういえば、眠っていなかった ゆっくりと、身を横たえ 俺は目を閉じた これが夢ならば きっと、醒めれば全てが元通りになっているはずだ 嫌な夢だった だが、良い夢でもあった 少しだけ、終わりが嫌な終わり方になってしまっただけだ 眼が醒めれば、全て ***あとがき*** 衝動、というのはえてして説明できるものではありません そして、それをいくら後悔してもとめることはできませんが なんらかの形では心の中に残ります しかし、それをどうにかするということは、やっぱりできないものだと思います それでは、またよろしくお願いします。