ホウエン地方の、南方。 今は噴火もなければ煙も上げていない火山島。 その火口にある、白い壁の建物が町全体を覆う、風光明媚な街。 ──ルネシティ。 そんな街の一角。 邸宅の、一室。 「ささやかな幸せについて」 かちっ かちっ 時計の音が、時を静かに刻む。 朝。 目が覚める。 自慢じゃないが、俺は目覚まし時計が無くても朝、起きたいと思った時間ぴったりの時間におきる。 だから、現役時代の頃も試合とか、そういった約束事とかに遅刻した事は一度も無い。 なんか、自慢になってしまった。 ゆっくりと、身を起こす。 辺りは、未だ暗い。 と、言っても此処は火山の旧火口にあるから、火が昇るのが他の街と比べて少し、というか、かなり遅いのだ。 もともと、比較的緯度の低い場所だから一日中日が入らない、なんてことは中々無いけど、それでも冬は昼前ぐらいにならないと太陽が見えない。 まぁ、そのお陰で夏は日陰が多いから、一日が割と涼しいし、冬は温暖な気候もあって冷え込まないから、なかなか過ごしやすい土地なのだけれど。 ベッドから出て、座る。 外を見れば、もう日は昇って居るのか、窓から見える空に丸い青空が見える。 足元にはエーフィ…カヤも起き始めたようで、お気に入りのクッションから立ち上がり、前足をぐぐ、と伸ばして背伸びをして居る。 二本に分かれた尻尾の動きとか、耳の動きとか、未だ少し眠たげな澄んだ色の目とか。 そういうの"だけ"は、可愛らしい。 見た目だけで実際の性格はとても偉そうなわけで。 いや、見た目も起きた直後だからであって、普段は物腰とか態度とかも偉そうなんだけれど。 こちらの考えてる事を察したらしい。 寝起きでただでさえ眠たげに半開きな眼をものすごい細めて不快感を表してる。 知らん。 本当のことは本当なのだから仕方がないじゃないか、と目線で返す。 向こうも、更なる抗議の目で見返してくる。 朝は稀にこんな事がある。 お互い、起きたばかりは機嫌が悪い様子だから、なのだろう。 別にこの程度は日常茶飯事というか、慣れっこというか、 もう6年以上も付き合ってると割と相手の考えてる事なんて様子で解るし、 恐らく向こうも"心を読む"なんてエスパーポケモン特有の能力を使わなくたって、こっちの考えてる事を解ってるんじゃないだろうか。 だから、大したことじゃあないので安心して欲しい。 大きな欠伸を一つして、俺も背伸びをする。 あたりは薄暗いから、明かりを点けないと何も見えない。 ベッドサイドにあるランプに光を点けて、のろのろとクローゼットの方へと向かい寝巻きを脱いでさっさと服に着替える。 一人暮らしで、一日別に何もする事が無いとは言っても寝巻きのまま一日を過ごすとか、そういうのはあんまり好きじゃない。 同居人…というか、同居ポケが居るわけだし、一日中家に居たんでは身体がなまってしまうから、割と外に出る事も多いし。 と言うか、ここまで色々と長々と言っておいてすっかり忘れていた。 俺の名前は、シラクモ サヤト。 ホウエンリーグでも優勝した事があって、トレーナーとしては割と有名な方だと思う。 うん。さらりと言ったが、自慢じゃないぞ。自慢じゃ。 重要なのは、その後直ぐに色々あってバトルするのが嫌になって、トレーナーなんて止めてしまった、ってことなわけだけれど。 若干15にして俺も色々あったわけだ。 色々。 その話をすると色々とくらーい話になるし、朝っぱらからそんな事を思い出したくもない。 とりあえず、俺は今ポケモンリーグ実行委員会だとか、なんだったか、おえらさんの組織にありがたくもバックアップしてもらい、 こんな立派な家に住まわせてもらってるんだけど。 誰かが根回しをしてくれたんだろうけれど、ありがたい。 …その"誰か"は大体予想つくわけだけだが。 兎に角、衣食住(生活費は、現役時代の賞金が残っているし、なぜか年金まで出る)をしっかりとさせていただいてるだけでありがたいもんだ。 かなり優雅な隠居生活だと思う。 こんな若さで、と言うかも知れないけれどまだ、色々と心の整理がついてないんだから仕方がない。 …いや、だから色々とあったんだってば。 ちなみに、俺は今年で二十歳、な訳だ。 やっと酒が飲める年齢。 そんなことはどうでもいいが。 さて。なんだかんだと言って、着替えて、洗面台へと行く。 一人で暮らすにはちょっと大きすぎるほどの家。 洗面所も結構大きい。 大きな鏡に、顔が映る。 俺って美形。 …はいはい、冗談です。 邪口を捻って、水を出し。 バシャバシャと顔を洗う。 火山灰質の土を通ってこの街の外輪から沸く水は、まさにおいしい水。 水道も、それを利用しているから水は美味しい。 そして、冷たくて気持ちがいい。 歯を磨いて、髪を整えて。 その間、横で前足で顔を洗ったり、毛繕いをしていたカヤも、俺が動けばついてくる。 保護者気分、なんだろう。 どっちが保護者なんだか。 何処へ行くかと言えば、朝ごはんを食べるべく、ダイニングへと行く。 家は平屋建てだ。 このルネの街の家の慣習…つまり、白い石の壁を使った、真っ白な家。 割と掃除が大変だったりするわけだけれど。 ダイニングには、何人か…ああ、いや。何匹か、か。 長年一緒に過ごしているものだから、もう動物って感じじゃない。 家族っていうか兄弟っていうか、まぁそれに近い物な訳だ。 一部、向こうはなんかもっと別な感情抱いてるけど。 今居るのは、オーダイルのスイランと、キュウコンのヒアイ。 …そして。 「セーンカークー、くん。」 ちょっと調子をつけて、呼んで見る。 後ろをじと、と振り向けば、黒い姿。 何も無い空間に、ふっと姿が現れる。 ゲンガーのセンカクだ。 いつも何かろくでもない事をすべく、隙を狙っている。 そんなセンカクに、いつも冷たく、そして優しく、予防線の笑みを浮かべてあげる俺は正しい。 手には、皿に乗っけられた美味しそうなトーストが乗せられている。 焼きすぎず、焼かなさすぎず。 少し表面が硬くなってるが、まだ茶色くはならない状態が好きだ。 つまり、合格。 「うん、宜しい。」 なんて言って、笑って其れを受け取ると少し古い感じの木の机の方へ行き、椅子に座り黄金色のキレイハナ印ハチミツをつけて食べる。 近くのお店で売っている、天然酵母使用の食パンはふんわり柔らかくて美味しい。 ハチミツも、爽やかな香りが鼻を抜けて甘さがサッと広がり、じんわりと口の中で残る。 朝の至福の時だ。 そんな事を考えてると、トロピウスのカリンが、器用に口にお盆を咥えてフルーツミルクを持ってきてくれる。 俺は、ありがとう、と言う風に笑ってカリンの頭を撫でてやって。 ごくりとフルーツミルク一気飲み。 朝はやはりこれに限る。 仄かな南国のフルーツの味と、牛乳のハーモニー。たまらない。 この家は、俺のほかはポケモンが暮らしてるから、割とポケモンが道具を使えるように設計してある。 まぁ、さすがポケモン協会が提供しただけある、と言う感じか。 だから、口で操作したり、って事も簡単に出来る。 皆頭がいいのだ、割と。 俺が食べてる間に、皆は何をして居るかといえば、朝は大抵果物とか食べてる。 カヤなんかは、割とトーストも好きみたいだ。 ちなみに、センカクは、リンゴが割と好きらしい。 というか、リンゴしか食べない。 …なんか、どっかで聞いた事あるな。 ああ、ポケモンフードでいい、と言うけれど、ポケモンフードはどうも餌っぽくていけない。 不味くは無いらしいから偶にある忙しいときなんかはそれで済ましてもらうこともあるけれど。 つまり俺は割りと放任っていうか、結構好き勝手に食べさせたり暮らさせたりしてるわけだ。 勿論、俺と一緒に食と住を提供してるのだから、働いては貰ってるけど。 や、家事とか、だ。別にそんな労働をさせてるわけじゃあない。 うん。断じて決して。 そんな訳で、朝食が終われば、後片付け。 でも、水仕事っていうか皿洗いとかは流石に出来るのは俺とセンカクがやるか、カヤが頑張るかしかない。 ま、出来る仕事は分担ってわけだ。 ので、今日は俺がやる。 その間に、他の皆は、掃除と洗濯。 ああ…忘れていたが、ヒアイだけが少し心配なのだが。 確か、洗濯のはずなんだが…とりあえず、洗濯機を回すだけだから… 『キュォォンッ!!!』 …なんかやったらしい。 色々と、溜息が出てくる。 アイツだけは、いまだにあの天然というか、どっか一列から三列ぐらい他の奴とズレてる所為で、要領が悪いって言うか、 別にそれ自体は悪いことじゃないんだが、なんていうか、よく… 行ってみれば、案の定。 丁度、斜めドラムの洗濯機に入り込んで出られなくなってる。 …九本の尻尾が洗濯機の淵から出て、焦って居るのかわさわさと動かされていて、ちょっと大変な状況だ。 俺は構わず、一本を掴んで引きずり出してやる。 なんか、また別な悲鳴が聞こえてきたが、俺の所為じゃない。 ヒアイは、引っ張った部分をさすりながら俺を涙眼で見上げてる。 俺の所為じゃないぞ、アホなお前がいけないんだと目で諭す。 時にはこういう鬼の心も必用だ。 掃除と洗濯が終わり、大体10時ぐらい。 この時間になると、周りも大体明るくなって、少し高台にあるウチの窓を見れば、白い家並みが太陽を反射している。 何時もは、中途半端な時間だからみんなを連れて外に出るんだけれど、ちょっと今日は遠出してピクニックでもしようと、お弁当作りをはじめる。 これだけ人数…というか、匹数がいるから量を作るのも大変だ。 ここはやはりおにぎりだろうか。あと、ダシ巻き卵と、果物をいくつか。 飲み物にお茶のポットも欠かせない。 とりあえず、この家族…まぁ、家族と言うべきなのだろうから、家族としておくと──の中でまともな飯を作れるのが、俺だけなので、 必然的に昼と夜は俺が作る事になる。 料理自体は嫌いじゃないしいいのだけれど、割と献立は困る。 俺だって同じ物を食べたいわけじゃないし、皆だって好みはバラバラだ。 それは、食べないという選択肢は与えないから、食べさせるんだけれど。 兎に角、準備が終わって、お弁当などを包めば、出発だ。 「皆〜、集れ〜」 俺が料理をしてる間は、流石に皆おとなしく…と言うわけでもないけど、思い思いに待っている。 だから、俺が呼んでやらねばならない。 皆がそろそろと出てくる。 大抵、こういうのはカヤが早い。 と言うか、俺に大抵ついて回ってるから当然といえば当然だけど。 次にスイランだ。 …彼女…まぁ、彼女なのだけれど…は、まぁ、アレだ。 その話はまた別にしよう。 で、後の二人をカリンがせかす形で出てくる。 今日もそんな感じだった。 「はいはい、集ったなー。今日は、海の方に行くから。おやつは300円まで。バナナはおやつには含まれられません。んじゃ、荷物もってー行くぞー。」 ノリは小学生の低学年か、幼稚園生と同じノリだ。 皆を引き連れて、ちょっとデカい庭を抜けて、玄関を出る。 ううん、今日もいい日和だ。 隣にすんで居るおばあさんが、俺たちをみて、あらあら、皆さんおそろいで。お出かけかしら?気をつけてね、なんて声かけてくる。 勿論俺は愛想よく笑い、ありがとうございます、とかいってちゃんと返す。 お隣とのお付き合いは大事だ。 偶に留守なんかするときは、皆を見てもらえるしな。 そーいった意味では、子供と同じような感覚でもある。 しっかりはして居るんだけれど。 ルネの街は坂道が多い。 だから、割と皆足腰が強くなると思うんだけど、俺もこの町に来て体重は増えてない。 この街の生活は子供の頃、アサギに済んでいた頃が嘘みたいだ。 人もポケモンも穏やかでとても静かで。 基本的に、外界との交流があんまりないから、皆優しい。 狭い街ではないのだけれど、誰々と言われれば大体あああの人だな、となる。 俺は、この街が結構気に入ってるのだけれど。 俺が階段を降りて歩けば、皆もそれについて俺の回りを付かず離れず。 カヤとスイランが横を歩き、センカクはふわふわと飛んで、なんか隙あらば悪戯をしようとする。 俺の前だけだから助かると言えば助かるが、中々大変だ。 カリンも、センカクを止めるべく手を焼く… というか、葉を焼くというか。 彼女の胃はかなり荒れてるのじゃないだろうか。 最近、少しだけ首の果物とか、葉っぱにみずみずしさが足りないような気がしてすこし心配だ。 ヒアイは、とりあえず尻尾が絡まらないように、そしてこの階段ばかりの道をコケないように歩くので精一杯のようだからあまり余裕はなさそうだ。 ちなみに、スイランは執拗に俺の方へと近寄ろうとする。 …どういうことかっていうとなぜか俺のことが好きらしい。 うん。つまり、アレだ。乙女なのだ、彼女は。 ワニノコの頃はまだ可愛いモンだった。 昔はよくあまがみなんぞをして、遊んでやったんだが今やると俺の体が危ない。 どっかがなくなると思う。 こーしてみると、なかなかどうして凄く個性的なメンバーだ。 それでも、一番古いカヤではもう7年、新しいメンバーのヒアイでも5年だ。 皆、昔ともあんまり変わらない。 ポケモンは飼い主に似ると言うが、そうでもないしな。 とりあえず、もう少し似て欲しいっていうか、落ち着いてほしいってのはあるけど。 そんな風に、階段を降りていけば、やがて海岸が見えてくる。 海岸、と言っても波があるわけでもなく、一見すると湖のように波一つ無い。 この海の底はこの周りの海に通じてるから、この水は塩からくて海と言えるのだけれど、其れを除くとちょっと珍しいかもしれない。 海の島のようなところには、ルネのジムがある。 なんでこんな街にジムがあるかはしらないが、水ポケモンの使い手であるミクリという奴がそうらしい。 俺がこの街に始めてきて、ジムに挑戦したときはその師匠のアダンという人だった。 それ以上は…つまり、戦いって奴の部分は思い出したくはないが。 ま、兎に角その海岸の小さな白い砂浜へと下りる。 シートを広げて荷物を置いて。 「はいはい。んじゃ、皆解散。あんま遠くには行かないように。」 そういえば、各々わー、とか言いながら散らばっていく。 カリンとスイランは仲良く水辺に行き、水浴びのような事をしに行く。 女の子…まぁ一応女の子なのだが、あの二人はどうやら仲がいいようだ。 バシャバシャと水を掛け合って遊んでいる。 まぁ、こう言うときはカリンにも羽を、というか葉を伸ばしてもらわないとな。 スイランが、俺を呼ぶような目つきで見てるが、とりあえず理不尽な被害を被りそうなのでやめておいた。 ヒアイは、近くにあった岩場を歩き水辺に行って水面を覗く。 ドジというか天然というか、なのだが、好奇心は強い。 覗き込んで、泳ぐコイキングなどを見ている。 …その後ろから、センカクが行く。 何しようとするか、大体予想つくぞ。 予想をするまでもなく、センカクは、とん、とヒアイの背中を押した。 ばしゃん、と言う水しぶきが上がる。 深くなかったのか、全くの無事だったようだが、バシャバシャと水しぶきが上がっている。 何かに落ちるのは今日で二度目だが、今回も溺れもしないのにもがいているようだ。 センカクがやりすぎたかな、と言う風にふわふわと近づいてサイコキネシスみたいな物で彼を引き上げる。 まぁ、多分この後喧嘩が始るのだろうけれど、どちらにしろ最後までヒアイはやられっぱなしだから目を離しておこう。 一方、カヤはと言うと俺の横で丸まって寝ている。 妙に年寄り染みた奴だ。 …カヤが顔を上げてこっちを見る。 ああ、はいはい、スミマセンでした。 寝てるのではなく、ゆっくりと考え事をして居る、だそうだ。 なんとも難しい奴だが。 昔は…つまり、俺がこいつと会った時は、もっとこいつは可愛い奴だった。 普段の様子は今と変わらないんだが。 かなり前…俺がまだトレーナーやって、旅してる頃、だが。 夜にはぐれて30分ぐらい森の中を… そろそろ視線が痛くなってきた。 それにしても、なんでこんなにスレてしまったのだろう。 …解ったって。そんな怖い顔で睨むな。 「ふぅ──…」 俺はカヤを無視してシートに寝転がり、丸い空を見上げる。 カヤはなんだか釈然としない表情だったが。 …とても心地よい。 吹き降ろしの風が吹いてくる。 時折、みんなのわいわいやっている声が聞こえる。 本当にいい日和だ。 そんな風に、時間が過ぎていく。 昼頃になると、皆集って俺の作ったお弁当タイムだ。 つまり、尤も騒がしくなる時間だ。 「あーはいはい。ヒアイ、そんながっつかなくてもおにぎりは逃げないから。ほら、そんないそぐから喉詰まらせる。ちょと、スイラン、半分こて…まあいいけど …はいはい、センカク、リンゴの種ご飯の中に仕込もうとしなくていいから。ああ、カリン、悪いなぁ、ホント。つーかカヤ、梅干嫌いだからって出すな。避けるな。ちゃんと食え。」 皆、絶対に何かをしでかしくれるから中々ゆっくりと食べられやしない。 まぁ、楽しいからいいんだけど。 しかし、止めたり注意したりする身にもなってほしいと時たま思う。 そんな感じの騒がしい昼ご飯が終われば、昼寝の時間だ。 いや、俺だけだが。 寝る子は育つんだぞ? …ごほん、これだけ気持ちのいい日和だと、眠くもなってくる。 皆はまた遊びに散らばったが、カヤとカリンが危ないところは止めるだろうし、大丈夫だろう。 暫し、夢の中へと。 ──… 「ふぁぁぁ、っと…」 感じからして、2時間ぐらいか。 起き上がる。明るいが、もう、丸い空の中に太陽は見えない。 緩い風が、通り抜ける。 海の真ん中でコイキングが跳ねた。 相変わらず、皆は遊んでいる。 俺は幸せだ。 こんな楽しい生活、させてもらってるのだから。 そんな事を思えば、自然と顔がほころんでくる。 隣のカヤも少しだけ笑ったような気がした。 「さって、そろそろ帰るぞー!」 俺が一声かければ、皆名残惜しい、と言った感じで集って、その場の後片付けをして、 来た道を帰る。 今度は、上り坂なので割と大変だ。 ゆっくりと階段を昇っていく。 帰り道。振り返る。 だが、皆はあれだけ遊んでいた割にはまだ元気が残っている様子だ。 先ほどまでの事を思い出しているのか、皆は笑いあって話などをしている。 その内容は、俺にはわからないけれど、一つだけなんとなく解る。 皆もまた、楽しいと思ってくれてるのだろうと思う。 ──ありがたいことだ。 改めて、思う。 俺たちが家につく頃には空はオレンジ色になっていて、町は大分暗くなっていた。 皆には、庭先のホースで塩水とか、汚れを落としてもらう。 その間に、俺は夕飯の用意をする。 今日は、炊き込みご飯と、秋刀魚の焼き身。 それから、蕪の煮付けだな。あとは味噌汁。 とんとんとん、包丁刻む音。 ちょっとすればカリンとスイランがやってきて、手伝ってくれる。 他の三匹は、リビングでテレビでもみてるんだろうか。 音が聞こえてくる。 手早く調理し、ご飯炊いて。 最初の頃よりかは大分慣れて、これくらいならもう本物の主婦にだって負けないはずだ。 …うーん、俺って結構いい嫁になれるかも。 いや、婿か。もっとも、まだまだそんなつもりさらさら無いけど。 定収入ないし。 ささっと出来上がれば、皆の為の平皿と、自分の分を盛り、机へと持って行く。 尤も、半分は地面だけれど。 「いっただっきまーす」 夕食が始った頃には、あたりは真っ暗になっていた。 …流石に、今日は疲れたか、夕食のときは皆黙々と食べている。 まぁつまり、いつもは、もう少しうるさいわけだ。 料理のほうはといえば、秋刀魚は、油が乗っていて美味しかった。 炊き込みご飯も、シイタケを始めとしていい感じの味。 味噌汁も、今日も美味くできた。 皆も満足してくれている様子だ。 こういうのも、料理を作るときの楽しみの一つだと俺は思う。 まぁ、偶に失敗することもあるが、それはご愛嬌だ。 食べ終われば片づけをする(今日はセンカクの番だった)。 そして、お風呂にさっさと入る。 やはり、お風呂はいい。 皆と居るのも楽しいが、一人で居るときは割と少ないから、こういうときにゆっくりとするしかない。 家が広いのは、掃除するのも移動するのも結構面倒なのだが、唯一相応にデカイ浴槽はゆっくりとできる。 湯の中で、足を伸ばして手を伸ばして軽く背伸び。 今日も、いい日だった。 口まで浸かる。 お湯の中で、俺は眼を瞑って。 こういう日が、何時までも続けばいいのに。 そう願わずにいられない。 昔だったら、考えられなかった日常だ。 あの頃は、ただ強くなることを考えていた。 思えば、いろいろと皆にも無理させていたような気がする。 …その所為で──… ああ、いや、止めておこう。 俺は、ちょっと嫌な方向の思考へと頭がしていたので、首を振って、お風呂から出る。 あのことは、思い出さなくてもいいことだ。 ──もう、気にしても仕方がないこと、な筈だ。 俺は自分に言い聞かせて、お風呂を上がる。 皆はお風呂なんぞは入らない。 …いや、勿論水浴びとかはするんだけれども。 その頃には、皆眠い時間のようで、自分の寝室へと戻っていた。 無意味に家が広いから、一応一匹一部屋、と言う感じなのだ。 その部屋はそれぞれ、勝手にコーディネート、と言うべきかなんなのか、カスタマイズされていたけれど。 皆が部屋に戻った頃、俺はリビングに残って一匹残っていたカヤの横でテレビを見たり、本を読んだりする。 で、自分の部屋に戻って寝るのが、大体11時ごろ。 俺は、結構早寝早起きだからな。 それに、早く明日を見られるような気がする。 そのためにも、今日はもう寝よう。 今日も、長い一日だった。 俺は、寝床でいつもそんな事を考える。 そして、明日もまた頑張ろうと。 日々、大変な日常だが、充実していると思う。 俺はまた少しだけ笑うと、ベッドの横のマットで座ったカヤが、俺の事を見上げていた。 俺はカヤの頭を軽く撫でて灯りを消して眠りに就く。 また、明日を迎えるために。