「突っ走るのもいいけど、気をつけろよ。それはお前の最大の短所だからな。そこを気をつければお前は大丈夫だからさ。」 まさか、アレが最後の言葉になるなんて思わなかった。あの時で会うのが最後だとわかっていたら、 分かっていたら、あんなこと、言わなかったのに…。 「言われなくても分かってる!いっつも人のことけなして、それでもあたしの彼氏なの?本当は別れたいんじゃないの? もうついてこないで!あたしの前には姿を見せないで!」 同じことを何度も繰り返して言うあいつに妙に腹が立って、ついあんなこと言ってさっさと帰っちゃって…。 港に行った時に謝ろうと思ったとき、すでに彼はこの世にいなかったなんて、あたしは全く知らなかった。 別れてすぐに、泥酔運転のトラックが、彼の命を消してしまってたなんて…、そんなこと…、そんなことは全然想像もできなかった。 あたしは渚(なぎさ)。クチバシティに住む14歳のポケモンコーディネーター。名前もそこそこ知られてるくらいかな。 本当なら今頃は、タマムシシティで行われているはずのポケモンコンテストに出ていたはずだった。 でも、それはできなかった。なぜなら、数日前、ポケモントレーナーであるあたしの彼、輝治(こうじ)が亡くなっていたから。 輝治はポケモンリーグカントウ大会で優勝するくらいのレベルの高いトレーナーだった。 年はあたしの4つ上の18歳で、外見は四天王のワタルに似ていて、内面はすごく優しい好青年だった。 あたしがコンテストに敗れて泣いてた時にさりげなく声をかけてくれたことがきっかけで付き合っていた。外見の派手っぽいところとは違い、プライドとかそういうことを気にしてなくて、あたしがどれだけわがままを言っても優しく接してくれた。 だけど、あたしはそんな彼の心からのアドバイスに限っては重荷に感じる事が多くて、それであんな一方的な喧嘩をしてしまった。 あんなことがなければ、今頃はホウエン地方で行われるリーグ優勝者によるトーナメントバトル大会に行っている筈だった。 でも、あの事故で彼も、そして彼のポケモンたちも……。 あたしは何をする気にもならず、そして彼と一緒にいた時間が多いクチバにいることが耐えられず、ヤマブキシティまでやってきていた。 ヤマブキシティにも彼やあたしの知り合いがいるけど、多分今日はコンテストを見に行っていていないと思う。 そんな時、一週間前に通った時には何もなかったはずの場所に、小さなお店があった。看板もなく、何が売っているかも書いていなくて、 はっきり言ってかなり怪しい感じがした。でも、あたしの今の気分にはちょうどいい気がした。 癒してくれるとかじゃなくて、誰のいなさそうなお店ほど、本当に人がいなくて、一人でいられるような気がしたから。 カラカラ〜ン♪ 中に入ってみると、そこは丸いテーブル一つと、椅子が4つあるだけだった。椅子は壁の隅に多く積まれてもいたけど。 そしてメニューのようなものと、小さなカウンターが奥のほうに見えた。入り口からは死角だったみたい。 ??:「あらっ、お客さんかしら?」 あたしが中を見回していると、Jウンターの奥のドアが開いて、藍色の髪の長い、色の白い女性が出てきた。 渚:「あの、いえ…」 ??:「お座りなさい。あなたはお客さんだから入れたの。」 女性はよく分からないようなことを言って、あたしを座らせた。 ??:「双葉(ふたば)、客か?」 そして、あたしがどうしようかと思っていたら、再び声がして、背丈が150cmくらいのジムリーダーのハヤトさんに目が似ている 少年がやってきた。 双葉:「ええ、頼むわよ、大河(たいが)。」 大河:「ああ、悪いけど君、そこに座ってメニューを見てよ。そうすればここがどこか、分かるはずだよ。」 少年はあたしに対し、年上のような感じで言った。 ムカッとしたけど、やっぱりお店に入ったんだし、何かしなきゃいけないのかもしれない。 きっと何か頼めばいいと思い、あたしはメニューを見た。 そして。 渚:「えっ…」 大河:「そういうことだからさ、どうする?まぁ、ここに来たことも入れたことも理解できてないよね?」 あたしはうなずいた。 大河:「それじゃ説明するよ。ここは実際は存在しない場所なんだ。そしてここに来ること、ここを見つけられること、 ここを訪れることができるのは、今どうしてもしたいっていう気持ちや過去の過ちを取り返したい気持ちがかなり強い状態の人 だけなんだ。」 渚:「知ってます。噂で一度、聞いたことがあって。単純じゃなくて、精神的、肉体的に強い願いを持ったものが訪れられる、 2つの願いを叶えるためにある喫茶店っていう噂。」 いわゆる都市伝説のことだった。あたしが聞いたのは数年前のことで、当たり前だけど見たこともなくて、本当に存在していないって、 ずっと思ってた。 まさか、本当に存在してたなんて…。 大河:「そう、それがここさ。で、願いは2つ。何でもって言うけど、一度叶えたものは取り返しがつかないし、まだ願いが残っていれば 取り消すことはできるけど、それによって君に幸せも不幸も降りかからせてしまうからね。そして。」 渚:「え?」 大河:「2つの願いを叶え終わったら、その分の代金を召集しに行くからね。それじゃ、一つ目の願いはここで言ってね。」 代金?どんなのかなぁ。でも、あたしは輝治が生き返るならいい。 渚:「一つ目の願いは、輝治を生き返らせ…」 あたしはそう言おうとした。でも、突然目の前に置かれた紅茶が破裂して、願いを言うことができなかった。 大河:「あのさ、メニューをもう一度読んだほうがいいぞ。」 渚:「えっ?」 あたしは呆然としながらその言葉通りの行動をした。すると、 ”叶えられる願いのうち、死者を蘇らせることに関する願いに関しては叶えることができない。 そしてその願いを叶えようとすれば、願いを持つものにランダムで不幸が襲う。” と書かれていた。 不幸…このカップの弁償か、お茶が飲めなかったことかも。 でも、 渚:「そんな…それじゃ、願いがあっても意味ないじゃない!」 あたしはつい大声を上げていた。 大河:「いや、蘇らせること関係が無理なだけで、形を変えれば願いを叶えるのは可能だぞ。 それじゃ、カップの代金を代金にプラスしておくからな。…全く、これで願い叶える前に死んだ奴もいるし、 どうしてこういう奴しかいないんだよ。」 大河という少年はそう言いながら奥に行ってしまい、あたしとカウンターの双葉さんだけが残った。 双葉:「ごめんなさいね、大河はああいう人だから。それで、彼はなぜ死んでしまったのかしら?」 双葉さんが突然聞いてきた。あたしは思い出すのが嫌だったけど、何故か話してしまっていた。 渚:「あたしと一時的に離れ離れになるところで、あたしがコンテストに出るはずだったから、アドバイスをしてくれたみたいだったんだけど、 あたしには欠点を並べなれてるようにしか聞いてなくて、それで一人で怒って帰っちゃったんです。そしたら、あたしを追いかける途中で、 酔払い運転のトラックに撥ねられて。彼のポケモンもボールがトラックの重みでつぶれたときにその衝撃で。 あたしがあの時、あんなことを言ってなかったら…」 双葉:「そう、それなら、あなたの一つ目の願いは決まったわね?」 渚:「あ…はい。あたしの一つ目の願い、それは、あの時に、あたしが最後の言葉を言われた時まで、時間を戻して!」 すると、突然目の前がぼやけ始めていて…。 輝治:「渚、渚、おい、どうかしたのか?」 渚:「えっ?」 あたしは気づくと、公園にいた。あの日と同じ時間。携帯で見ると確かにあの日で、輝治が目の前にいた。 輝治:「いきなりぼんやりし始めて、大丈夫か?俺がいない間、お前、一人で大丈夫か?やっぱりついていようか?」 輝治はあの日のままだった。 あたしは、久しぶりに聞いた輝治の声に喜びを隠せなくて、嬉しさがにじみ溢れそうでしょうがなかった。 それに、あたしは涙が出そうになったけど、それだけは堪え、 渚:「大丈夫だよ。輝治が言った事も分かってる。あたしはあたしらしく、精一杯頑張るよ。アドバイス、ありがとう。」 満面の笑みで答えた。 その横をトラックが通っていった。 あの問題のトラックが。 でも、あたしはそんなことに見向きをせず、一時の別れをしていた。もう別れることなんてないもん。 輝治とはまた明日会えるし、これからも一緒だよね。 それから別れ際に、あのトラックが民家に突っ込んだ状況を見て、思わずぶるっと身震いした。 もしかしたら、輝治がああなったいたのかもしれないから。 過去に戻れてよかったと思った。 そして次の日。あたしはクチバの港にやってきた。 輝治:「よお!」 渚:「おはよ、輝治。頑張ってね。」 輝治:「分かった。行って優勝してくるよ。これが終われば当分ヒマだし、お前と一緒に旅行したいな。 リーグの関係上、最近デート途中で中断してただろ?」 渚:「いいの?」 輝治:「ああ。俺はお前が好きだから、ここで離れてもそれ以降はずっと一緒にいような。」 渚:「うん!」 あたしはお互いを抱きしめて、いってらっしゃいのキスをして、一時の別れを告げた。 お互いが共にバトルで、コンテストで頑張ってくる誓いを果たして。 そして、船が見えなくなるまで見送り、それからその足で、あたしはタマムシシティに向かった。 渚:「あ〜あ、願いって言っても残りの1つはどうしようかな。もう使う必要もなさそうだし…輝治と永遠に結ばれるようにとでも、頼もうかな?…う〜ん、まぁ、いいか。」 あたしは今日のコンテストで出すプクリンを出し、様子を見ながら、色々と話しかけながら、会場に向かっていた。 途中、電気屋の近くであわただしい号外を見かけたけど、あたしは嬉しさいっぱいにそこを通り過ぎていて、何が起きたかは全く知らなかった。 美香:「ヤッホ〜、渚。久しぶり、元気そうじゃん。」 コンテスト会場に入り、受付を済ませると、そこにはコンテストの常連の美香(みか)と菜々美(ななみ)がいた。色んなところを旅していて、 よく新聞やニュースで聞く異世界から来た人、らしいけど。 でも、全然そんな感じじゃなくて、普通の人だったけどね。 菜々美:「渚ちゃん、今日はいい表情ね。」 渚:「うん。だって、輝治もホウエンで頑張ってるんだよ。あたしもここで頑張らなきゃ。」 あたしが元気にそういったとき、いきなり二人の表情が思いっきり曇った。 渚:「あれっ?あたし、変なこと言った?」 あたしが聞くと、美香が恐る恐る聞いてきた。 美香:「それって、あの、今日の朝、クチバからホウエンに向かった船?ホエルオーをモチーフにしてる…」 渚:「そうよ、あたしの彼氏が乗ってて、明日ホウエン地方で行われるマスターバトル大会に出るの。 …その船がどうかしたの?」 あたしは嫌な予感がしたけど、でも、聞いてみた。 菜々美:「あの船が出港してからここに来るまで、全くニュースを知らないの?ニュースでけっこう報道されてたけど。」 渚:「うん。…何かあったの?」 美香:「…実はね…」 美香は恐る恐ると言う感じで話してくれた。 渚:「え…」 あたしはプクリンのボールを落としていた。 船が…輝治が…!?                                         双葉:「結局人の命は儚いものね。」 大河:「そうだな。」 あのお店には双葉と大河がいた。 そして新聞が広がり、そこには、 ”ホエルオー号、爆弾テロにより沈没!乗客の避難活動を手伝ったカントウリーグチャンピオン、沈没と共に没!” と、書かれていた。 大河:「多分、あいつまた来るぜ。」 双葉:「そうね。…来たわ。ここに向かってる。この店の存在を示しておくわ。今の状況だと彼女は入れないから。」 大河:「そうだな。ここに来れるのは決まった奴とあいつらだけだしな。」 双葉:「ええ。」 双葉はこの店に向かって走ってくる彼女の気を感じていた。 そして、彼女の後ろを走ってくるあと二人の少女の気も。 双葉:「懐かしいわね。あの子達に会うのは。こっちの世界に来て会うことになるとは思ってもいなかったわ。大河、ここはあたしが引き受けるから、あの二人のこと、お願いね。」 大河:「ああ。」 そして大河の姿が消えると同時に、渚が飛び込んできた。                                         双葉:「いらっしゃい。あなたが来ることは分かっていたわ。」 あたしは入るなり、その言葉を言われ、ムカッとした。 渚:「どうして2度も彼の死を受け取らなきゃいけないのよ!彼がああなるって分かっていたら、あたしは、 あんな願い事をしなかったのに。あんなつらい思いをまたするなんて…そんな…」 双葉:「人の死を遅らせることができただけで、実際、彼が死ぬことは決まっていたの。元々人間の死は、寿命は決められていたの。寿命をそれ以上長引かせようとしても、最後には多少のタイムラグがあるだけで、その人に死は様々な形で訪れてしまうのよ。 でも、彼は多少の心残りがあったかもしれないけど、前よりはマシだと思うわ。」 渚:「マシ?死んだことがマシなの?!」 双葉:「いいえ、彼はトラックで亡くなったときは、あなたに対する思いで死ぬに死に切れない状態だったはずよ。現に魂は天にも地にも召されずに彷徨っていたわ。 でも、今度は違うの。乗客の命を助けようとして、自分を犠牲にしてまで他人を助けようとしたの。そしてそれを終えたとき、 沈没に巻き込まれてしまった。でも、あなたやバトルに対する心残りはあったとしても、彼だけが死んだのよ。 彼のポケモンはまだ生きているわ。」 渚:「そんな、魂とかのことなんて分かるわけないじゃん!勝手なことを言わないでよ。…でも…あたしは…。…お願い、もう一回時間を戻して!爆弾テロを防げば…彼は死なないでしょ! あたしは彼とずっと一緒に…」 あたしは涙が出てきて言葉が続かなくなった。 そんな時だった。 ??:「それで、また大事な人の死を見ることに、感じることになっても、渚は平気なの?3回も嫌な思いをしていたいわけ?」 はっとして振り向くと、美香と菜々美がメガホンと弓矢を持って立っていた。 そして妙にボロボロの姿になって、いくつかの小さな火傷を負っている大河の姿も。 双葉:「あらら、その様子じゃ止められなかったのね、大河。というより、 派手にやられたようね。 久しぶりね、美香ちゃんと菜々美ちゃん。」 美香:「双葉さん、久しぶり。」 菜々美:「お久しぶりです。今はこの世界で行っていたんですね、願いを叶える仕事。」 双葉:「ええ。」 どうやら美香と菜々美は知り合いらしかった。この世界ってことは、この人たちも違う世界の人なんだ…。 でも、それよりもはっとしたことは、あたしは時間を戻しても、彼が死ぬことに立ち会わなければならないってこと。 だったら、本当の別れを言いたい。一時の別れじゃなくて、本当の別れ。それでなら、これからも乗り越えられる。 泣いてるだけの人生を送らなくても済む。 双葉:「どうやら、美香ちゃんの言葉で決心がついたようね。」 渚:「はい、あたしの2つ目の、最後の願いは…あの港に着いた時の時間に戻してほしいってことです。」 そう言ったとき、再びあたしの視界はぼやけた。そして、気づいた時、あたしはクチバの港にいた。 数時間後。 あたしは船に一緒に乗ることを輝治に伝えていた。 輝治:「俺がいないと淋しいからって、コンテストに出るのをやめて応援に来るとは思わなかったな。」 渚:「いいじゃん。あたし、輝治のことが好きだもの。ずっと一緒にいたいもの。一時の別れは嫌だし、ずっとそばにいられた方があたしは幸せだよ。」 輝治:「あははは、お前らしいな。」 それからあたしは船のチケットを手に入れて、輝治と一緒に行くことを伝え、輝治と一緒に船に乗っていた。                                         双葉:「今頃、まだ事故は起きてないから、一時の平和を過ごしているでしょうね。」 美香:「そうだね。」 菜々美:「…渚ちゃん、大丈夫かなぁ?」 大河:「大丈夫だろ。あいつの寿命はここでは尽きない。それは決まってる。」 美香:「神属(しんぞく)の狛犬(こまいぬ)君が言うと、さすがに納得ね。あんたさ、あたしたちの寿命もどうせ知ってるんでしょ?」 大河:「ああ、知りたいか?知りたいだろ?教えてほしいか?」 菜々美:「…馬鹿。簡単に言えないって決まってるくせに、どうして言いたがるのよ。ま、あたしは聞く気ないし。 全く、それでよく神様のお膝元に…。 …あ、そろそろね。美香、あたしたちはコンテストに行きましょ。」 美香:「そうだね、双葉さん、またね。渚のこと、よろしく。」 双葉:「ええ、またどこかの街で会いましょうね。」 二人が出て行くと、双葉は笑っていた。 双葉:「一つだけ違うのよね、大河はもう狛犬じゃないのに。」 大河:「確かにな。」 双葉が振り返ると、そこには大きなウインディに似た姿の狛犬のようで狛犬ではない神秘的な生き物がいた。                                         平和な時間が破られたのは、爆発が起きたのは、本当に突然だった。 パニックが起きる中であたしは輝治と一緒に、避難活動を手伝った。 そして後はあたしたちのような避難活動を行っている人が非難すればいい状態になった。 どうして輝治があたしをすぐに先に船に乗せなかったかと言えば、それはこの船には保育園の遠足で乗っている子が 混ざっていたから。 多分、あたしが輝治でも、そうしたかもしれない。 避難活動を手伝う輝治は今まで見ていたときよりもりりしくて、強い、そして心温かい存在に感じた。 輝治:「よし、これで最後だな。渚、俺たちも行くぞ。」 渚:「ええ。」 あたしと輝治はゴムボートが待機されている場所に向かった。 でも、あたしたちは突然の激しい船の傾きと共に近くの部屋に入ってしまい、出られなくなり、船はそのまま沈没した。 あれから5時間が経過した。 船も水圧でかなりギシギシ言っている。もうすぐで別れなのかもしれない。ついそんなことさえも考えてしまいかける。 輝治:「渚、ゴメンな。俺がもう少ししっかりしていれば、お前を巻き込まずに済んだのに。」 輝治は自分のせいであたしがとんでもない目に遭ったと悔やんでいた。でも、それはあたしが知ってて望んだこと。 このことは言わないけど、あたしは輝治を励まし続けていた。 渚:「そんなことないよ。あたしが勝手についてきたんだもの。」 輝治:「でも…」 と、輝治が何かを見つけた。それを輝治は何度も覗き込み、確認していた。 でも、あたしはそれが何か、全く知らなかった。 渚:「輝治、これは?何が見つかったの?」 輝治:「ちょっとな。渚、ちょっとここに入ってくれないか?」 渚:「え、…うん。」 あたしがちょっと不安な気持ちでその部屋に入ると、輝治はすぐにドアを閉めてしまった。 渚:「ちょっ、輝治!」 輝治:「渚、約束を守れなくてゴメン。お前は脱出して、俺の分も渚が生きてくれ!」 渚:「そんな…輝治も一緒に入ってよ!」 輝治:「悪い、そこは一人用だ。それに残ってる燃料では二人は無理なんだ。俺はお前が好きだから、お前に生き残ってほしい!」 あたしはそう言われて、ようやく、入ったのが何か分かった。 脱出救命用のタンクの中だった。 そして、あと数分で発射してしまう。 結局あたしは生きていて、輝治は死んでしまうのね。本当の別れがこんな形になるなんて…。 渚:「輝治、…あたし、本当は分かってたよ。こうなること。」 輝治:「渚?」 あたしは願いの店のことを話した。 でも、輝治は怒らなくて、悲しい顔もしなくて、あたしに笑いかけていた。 輝治:「寿命のタイムログ…俺の運命か。そうか、それならしょうがないか。」 渚:「ゴメンね、隠していて。あたし、本当に輝治のことが好きだったから!最後まで一緒にいたかったから!」 輝治:「分かっているよ。渚は俺に一途だったからな。渚、俺の分までしっかり生きてくれよ。 3度も俺と、俺の死に目と会って悲しんだ分、強く生きてくれよ。俺は、お前と最後まで一緒にいられて本当によかったからな。」 と、発射のカウントダウンが始まった。 渚:「輝治!」 輝治:「渚、元気でな。幸せになれよ。」 輝治の背後の方でガラスが割れ、大量の海水が入ってくるのが見えた。 渚:「輝治!あたし、頑張るからね。」 その時、あたしは今まで付き合っていた時にも見たことのなかった、最高の笑顔を、これで輝治は死んじゃうのに、 全てを受け入れたような笑みを見た。それは一瞬の出来事だったけど、長い時間に感じられた。輝治は飛び込んできた膨大な水に飲み込まれそうになっても、その笑顔をひきつらせず、ずっとあたしに笑いかけてくれた。 そして、輝治が飲み込まれる! そんな時に救命機器は沈没船から飛び立った。 あたしはそれに乗って海上まで出たが、それからのことは覚えていない。大きなガーディみたいな生き物があたしを岸まで運ぶ夢を見ただけで、 それは夢だと思うけど、いつの間にかあたしは海岸にいて、救助隊に発見された。 数日後、あたしの家に双葉さんが訪れた。 渚:「あ、どうも。」 双葉:「大変だったわね。新聞や雑誌に色々と書かれてたでしょ?」 渚:「ええ。でも、あたし、大丈夫でした。」 奇跡の生還とか、助かりたいから恋人を犠牲にしたとか、色々なことを言われたけど、いつの間にかそのニュースや噂はなくなっていて、普通の生活がまた始まっていた。 双葉:「その様子だと、本当の別れができたみたいね。初めて会ったときと違って、顔に悲しみが感じられないの。」 渚:「だって、あたしが悲しんでると、輝治が天国で困っちゃうじゃないですか。あたしは強く生きるんだから。」 双葉:「そうね。それじゃ、代金を貰うわね。」 渚:「あ、おいくらですか?あたし、十分なお金はないから、足りなかったら働いてでも返します。」 そう決めていた。 でも、違った。 双葉:「代金はお金じゃないの。元々お金を貰って願いを叶えたりはしない。代金というものは、あなたの心の一部よ。」 渚:「えっ?」 と、双葉さんの髪から2つの束が膨れ上がって伸び、それは蛇、アーボとハブネークのような姿をした蛇に変わっていた。 そしてあたしの目の前にまで伸びていた。あたしは驚きと恐怖で固まっていた。 双葉:「それでは今回の願い、過去への逆流に対する代金を頂くことにします。それと、今のあたしの姿や、あのお店での記憶、大河のことも、あの店で美香ちゃんたちに会ったこともすべて、代金を頂いた時、代金を受け取ると共に頂くことにします。 あなたにはもう、あのお店に来ること自体、不可能ですし、来るべき人じゃないですから。幸せに行きなさい。さようなら。」 あたしはその言葉と共に、2匹の蛇を目の前数ミリのところで見た。 そして気を失った。 双葉:「うふふ、ご馳走様でした。頑張りなさいね、これからも。あなたはもう一人じゃないから。あなたのそばにはずっと…。」 双葉が帰った後、数時間が経ち、ようやく渚は目を覚ました。 渚:「あれっ?あたし、どうしてこんなところで寝てたのかな?」 誰かが訪ねてきたような状態の部屋の中だけど、そんな記憶がない。 渚:「気のせいだよね。輝治の分まで強く生きなきゃ!プクリン、今度のコンテスト、頑張るわよ!」 プクリン:「プック〜!」 そんな彼女の様子を窓の外で誰かが見ていたが、いつの間にかふっと姿を消していた。 それは輝治だったのかもしれないが、渚も、そして外を歩いていた何人もの人も、誰一人気づかないことだった。 双葉:「ただいま。」 大河:「よぉ、どうだったんだ?」 双葉:「久しぶりに、幸せになってくれたわ。最近訪ねてくる人は、願いの掛け間違い続きでみんな不幸だったけど、 彼女は幸せになるわ。」 大河:「それで、何をもらったんだ?」 双葉:「久しぶりにご馳走だったわ。彼女から貰ったのは2度、彼の死に目に遭ったときの記憶よ。渚ちゃんは、 あの沈没事件に巻き込まれて、その時に彼と永遠の別れをしたっていう記憶になっているわ。」 大河:「そっか。そりゃ、ご馳走だな。俺たち妖怪にとって、人間の記憶やマイナスのエネルギーはご馳走ものだからな。」 双葉:「今は妖怪じゃなくて、あたしもあなたもポケモンだけどね。」 と、誰かがこの店にやってくるのを感じた。 双葉:「新しいお客さんね。」 大河:「そのようだな。」 双葉:「うふふ、今度はどうなるのかしらね?」 大河:「さあな。人の生き方なんて、俺たちには知ったこっちゃないけど、これが俺たち神族妖怪にとっての宿命だからな。」 そしてまた一人、願いを叶えるために、このお店を訪れた。 訪れたものが最後にどうなるか、それは誰も知らない。 そんなことがまた、どこかの街の中で続く。 そして、それは永遠に。