2月14日。 日本でのみ、これが毎年、女の子の一般行事として行われている。 言わずと知れた「バレンタインデー」である。 このイベントは、現実世界でもポケモン世界でも毎年行われている。 次元も時間も違う世界同士なのだが、この年に限って、現実世界とポケモン世界のバレンタインデーが偶然にも 重なろうとしていた。 今回の物語ではそんなバレンタインデーの時に起きた出来事が綴られています。 番外編 バレンタインデーの悪夢 2月7日。 高校2年の俺にとって、またこのイベントが始まるんだなと感じる日だった。 翼:「いつからだったかな…、あいつと出会ったのが小3で…、小6からだったな。」 両親はこの次期に限り普段よりも会社が忙しくなるから会社の近くにホテルを取っていていない。 兄貴はアメリカ留学を続けている。 だからちょうど家には俺一人の状態になるから、あいつが家に来て、1週間だけ泊まっていくのも別に気にする事ではない。 そんな時、あいつが、哲也が訪ねて来た。 哲也:「今年も頼むな。」 翼:「いいって、お前の家は今だけ地獄になるだろ?」 哲也:「悪い、この埋め合わせは必ずするからさ。」 バレンタインデーの一週間前になると、哲也の住む家では桜笠、光沢、来美先輩と舞さんが、毎年チョコレート作りに熱心に なるのだ。今回はどうやらキレイハナがそこに参入したらしい。アレも一応♀だからなぁ。 哲也:「さて、翼、夕食はあるか?」 翼:「…夕食も目当てか?」 哲也:「悪い、そういうことなんだ。」 翼:「はぁ…、もう始まったのか。」 哲也以外の女性陣は、チョコ作りに始まると同時に夕食作りを忘れ、夕食が出来上がったチョコレート関係のお菓子を並べるのだ。 中には失敗作もあるらしい。 初めてのときもこんな感じだった。 5年前の事だった…。 まだ兄貴もいて、母さんたちも家にいるときの話だった。 夜の8時にインターホンが鳴り、 母さん:「翼、哲也君がいらしたんだけど…」 と言いながら部屋に入ってきたのだ。 翼:「えっ?哲也が?」 母さん:「そうなのよ、泣いてるみたいなんだけど、話を聞いてあげてくれないかしら?」 玄関に行ってみると、そこには今は絶対に予想できないくらいに泣きじゃくって、しかも手当たり次第に適当に荷物を持ってきたような 哲也が立っていたのだ。 翼:「て、哲也?」 哲也:「翼、一生のお願いだ!泊めてくれ!」 翼:「…えっ?」 そして俺は、哲也の家での状況を知ったのだ。 哲也:「去年までは別に気にしてなかったんだ。作ってるのも来美姉と久美だけだったから。」 あの後、風呂上りの兄貴が哲也をなぐさめてくれたおかげでようやく落ち着いた哲也が、夕食を食べながら話してくれた。 哲也:「今年になってから蓮華が作り出したんだけど、蓮華のサポートをしてた舞さんがハマって、気づいたら夕食の時間、 とっくに過ぎてたんだ。それで作ったチョコがそのまま夕食に出て、俺も我慢してたんだけど…」 流石に哲也でも、3日も続いたうえ、初心者の失敗作を食べさせられて家出を決意したらしい。 哲也の言った光景はこのようなものだった。 来美:「哲也、ゴメンね、3日連続で。」 久美:「明日からはおいしいものを作るから。今日もチョコで我慢してね。」 舞:「明日は哲也の大好物のハンバーグを作るわよ。」 来美姉も、久美も、舞さんもこう言って俺をなだめてくれたけど、流石に3日連続はきつい。 おかげで虫歯にもなりかけたし、ニキビができてきた。 体にも不調があるし、やめてほしいけど、頑張ってる来美姉や久美を見るとそんな事は言えなかった。 ただ、唯一言えるのがいた。 哲也:「蓮華、悪いけどそれだけは食べないから。」 目の前にあるのは真っ赤などろっとした物体がはみでていて、かたつむりの角がたくさん生えたいびつな形の赤茶色の 物体だった。前に見に行った断層の赤土みたいで食べれそうにも見えない。 蓮華:「どうしてなの?食べてよ!」 哲也:「嫌だ!こんなもん食べたくないよ。」 俺はそれを手で払った。 手で払われたそれは、投げ捨てられるかのように舞い、床に落ちた。 哲也:「蓮華の作るのは下手糞だから食べたくない!それに不味いよ!ちゃんと味見したのかよ!」 蓮華:「味見しなくてもおいしくできたもん!ひどいよ!哲兄、絶対に食べさせるから!」 蓮華が飛びかかってきたけど、体格の違う俺は蓮華をすぐに押さえつけ、それをゴミ箱に捨てようとした。 でも、いきなり体に何かが巻きついた。 それは蓮華の手から出ていて、植物の蔓のようだった。 蓮華:「無理やりでも食べさせるんだから!あたしの愛情、頑張って作ったんだよ!分かってよ!」 逃げようにも逃げられず、俺は蓮華の蔓で体を締め付けられ、動けなくなったところで、それを口に押し込まれた。 哲也:「うぐっ…うぅぅぅぅ…がはっ!」 俺は口にそれを押し込められたけど、それを吐き出した。 哲也:「何すんだよ!こんなゴミを食わせるなよ!」 蓮華:「ゴミじゃないもん!あたしが作ったチョコだもん!」 蓮華は覚えたばかりの草に力で攻撃をしてきた。 それで俺は風を起こしてそれを払いのけたけど、勢い余って来美姉と久美の作ったものも飛んで砕けて、最後には 食べ物を粗末にするなって散々怒られた。 それで俺なんかいなくてもいいんだって思って、適当に持って飛び出して…。 そして行くあてがなく、気づいたらここに来ていたらしい。 翼:「よく我慢したな。」 哲也:「我慢なんてもんじゃない。アレは拷問だ。蓮華は覚えたての蔓で口に入れてくるんだ。」 翼:「それで兄弟げんかに発展して、失敗作チョコをぶちまけて、結果的にお前が飛び出したわけか。」 哲也:「…(コクン)…(グスン!)」 聞いている限り、否は桜笠にあるんだけど、これで哲也を突き放すのは流石に可哀相であり、俺は親に頼み、兄貴に協力してもらって 哲也を一週間だけ預かってくれるようにしてもらったのだ。 哲也は泊めてもらえると分かると、ようやく泣くのをやめたが、次の日は泣きすぎたから顔を腫らしてしまっていた。 アレから5年経ったのか…。 2年目からは普通に家で宣言も無しで泊まりに来るようになったけど。 哲也:「翼は今年はどうするんだ?」 翼:「ああ、どうすっかなぁ。」 美香が彼女になったものの、俺と哲也は学年ではかなりもてるらしく、玲奈と清香が言うにはバレンタインデーでは チョコは持ち帰られないくらい来るんじゃないかと言っていた。 去年も去年でかなりあり、去年は兄貴に迎えに来てもらったけど、その兄貴は今はいないし…。 哲也:「なぁ、あっちに逃げないか?」 翼:「あっちって…ああ、あっちか。」 俺たちは哲也の考えにより、ポケモン世界で過ごす事に決めた。 その頃。 台所の一角では、キレイハナのミューズと蓮華がチョコ作りをしていた。 だが、材料の中にはありえないものがあるが、あえて久美たちは何も言わないように決めていた。 ミューズ:「えっと、これを大匙、そっちは小匙で…、あ、これも入れてみようっと。」 そんな時にミューズが掴んだのは、真っ赤な調味料だった。 蓮華:「ミューズ、それケチャップとタバスコだよ。」 ミューズ:「あ、本当だ。…まぁ、いいか。」 蓮華とミューズの新たな共通点がここに見つかった。 料理音痴だ。ただし、味見をしないだけであり、味音痴というわけではない。 蓮華:「いいね。カラフルになるし。…あ、でも哲兄には悪評だったよ。」 ミューズ:「えっ?入れた事あるの?蓮華。」 蓮華:「うん、初めて作った時。投げ捨てるから、口にねじ込んだらゴミ箱に押し込むんだもん、覚えたての草の力で 攻撃したら本気で能力使ってきて兄弟喧嘩だよ。妹の作ったものが食べられないのって聞いたら、下手糞って言い続けて、 あたしすごくムカついた。」 ミューズ:「あ、分かるよ。あたしも手作り馬鹿にされたらムカつくもん。」 哲也が聞いたら再び怒り出しそうなことを言う蓮華にミューズは同調していた。 そんな二人を横目に作るのが久美と来美だった。 二人を見守る保護者である舞さんは、今日に限っては仕事があって出張中であり、帰ってくるのは明日だったりした。 それに、舞さんはチョコ作りからマフラー編みに変えていたんだったりする。 久美:「さてと、誰にあげようかなぁ。」 来美:「そうよね、作ったのはいいけど哲也に義理で上げて、海斗君(後輩)に義理であげるだけだもん。」 二人には彼氏がいない。 いや、久美は空手部の主将という彼氏がいたのだが、海外留学により離れ離れになっていた。 そして来美の方は秋一という彼氏がいたのだが、彼も海外留学で離れ離れの状態だった。 久美:「哲也にあげるしかないし…、あ、今年はこうしない?」 来美:「えっ?…そうね、蓮華ちゃん、ちょっとストップ!」 蓮華:「ん?何?」 久美:「哲也には、チョコ尽くしはやめて、別のものをあげようよ。」 蓮華:「別のもの?」 来美:「実は…」 来美と久美がふとあることを考え、蓮華とキレイハナはそれにすぐに乗った。 そして蓮華は涼治に、ミューズはピジョット(哲也のポケモン)にあげるチョコを作ると同時に、その作戦に乗りかかることを 決めた。 まさか、それがおもいっきり悪夢になることを哲也は全く気づいていない。 そして当日。 哲也と翼は健人、清香、海斗、玲奈に学校を休む事を前日のうちに伝え、蓮華たちも学校に行ったのを見計らい、ゲートの前に立った。 翼:「今日はちょっと平和な日々を過ごせそうだな。」 哲也:「そうだな、それにしても、妙だな。」 翼:「何がだ?」 哲也:「チョコの匂いがしないんだ。この時期はここでは臭いくらいに匂うのに。」 翼:「換気でもしたんだろ、さあ、行こうぜ。」 俺たちはゲートを潜った。 ナナ:「あら、珍しいわね。二人してどうかしたの?」 翼:「ちょっとな。」 ナナ:「まぁいいけど。あのさ、ちょっと来てくれないかしら?」 哲也:「えっ?」 俺たちがナナについていくと、台所に連れてかれた。 嫌な予感がして俺と翼は顔を見合わせていた。 ナナ:「今日はバレンタインデーなのよ。これ、義理チョコ代わりに食べてくれない?」 嫌な予感はした。 でも、俺たちの目の前にあったのは、ちゃんとカスタードクリームと思われるクリームで包まれ、ラズベリーが乗せられた カスタードケーキだった。しかも、6分の1に切ってみたが、中もしっかりとしたスポンジで作られていた。 翼:「うまそうだな。」 哲也:「ナナも誰かにあげるのか。」 ナナ:「ええ、あたしは二人が食べ終わったら、ホウエンにいる彼氏のところに行くの。今日は逃がさないんだから。」 ナナは嬉しそうに言ったが、ちょっと待て。 哲也:「逃がさないって?」 ナナ:「ああ、彼氏がね、あたしがケーキを持っていくと逃げるのよ。あたしが料理得意なのを知ってるって言うのに、 何故か四天王のワタルさんや、彼女がいなくて寂しがってるニビのタケシ君でさえも逃げるのよね。食べたら癖になるのかしら?」 ・・・背中を冷や汗が伝っていくような、そんな気がした。 まさか、ナナの料理はうまくても、お菓子に限ってはど下手なんじゃないか・・・? 俺はふと下がろうと思ったが、透明な壁があるようで下がる事ができない。 ナナは妙な笑顔で俺たちを見ているし、逃さないってこういうことなのか…。 翼:「ここは腹をくくるしかないぞ、哲也。」 翼は既にあきらめているようだった。 翼:「それにしても、このカスタードケーキはおいしそうだな。」 翼はあえて表情に出やすいからか、おいしそうと言ってナナを喜ばせておこうと思ったらしいが…。 ナナ:「それ、チョコレートケーキなんだけど?」 ナナの言葉は翼と俺に対して、最大の爆弾を落っことしていた。 哲也:「どうすればこんな色になるんだ?」 ナナ:「えっ?お菓子作りの本とレシピを読んで作ったわよ。ハナダのカスミちゃんにも教えてもらったし、ムサシさんにも ルミカちゃんにも聞いたうえで作ったレシピで作ったから間違いないわ!」 そのレシピが間違ってるんじゃ…。 俺たちはのどの元まで出掛かっていたこの言葉を何とか押し戻した。 ナナ:「早く食べてよ。」 ナナはなかなか食べないからか俺たちに甘い声を出してねだっていた。 しょうがなく、俺たちは一口それを食べたが、 哲也:「…(不味いし、何だろう、この感触、スポンジじゃない…)」 翼:「…(これラズベリーじゃなくてクラボの実だ…人知を超えすぎた味だな…)」 流石に固まるしかないものだった。 ナナ:「どう?おいしい?」 翼:「あ、ああ、ユニークな味だね。」 ナナ:「でしょ!味見しなかったけどやっぱりいいものができたのね。よかった!もっと食べて!」 俺は意識的に翼を睨みつけていた。 翼は俺の視線を避けながら、二口、三口とフォークを進めている。 だが、顔は青ざめているし、汗も出てる。 明らかに目がひきつっている。 でも、ナナは嬉しいのか気づいていなく、俺は仕方がなく、作り笑顔でそれを食べ進めるのだった。 数時間後。 俺たちはナナの家からかなり離れた場所で、吐いた。 哲也:「…死ぬかと思った。」 翼:「まずいどころじゃなかったよな。」 哲也:「ああ、誰かさんが褒めたせいで、全部平らげる羽目になったしな?」 翼:「あの状況では仕方がないよ。…哲也、蓮華ちゃんの作るのはこういうのか?」 哲也:「いや、今日になってあいつのお菓子がまだマシだってようやく分かった。」 俺たちは谷川の水で口を清め、ようやく出発する事ができた。 ただ、不味い以上の最悪なものを体に含んだため、飛べずに歩く羽目になったけど。 それから3時間以上歩き、俺たちはニビシティに着いた。 この頃には力も戻っていた。 哲也:「ニビといえば、あいつだよな?」 翼:「そういえばそうだな。」 俺たちは面白半分にタケシを尋ねた。 が。 彼の家には全く人がいなかった。 哲也:「いないのか…」 翼:「そうみたい…何かメモがあるぞ。」 翼がメモを見つけ、読み上げた。 「現在タケシ兄ちゃんはあるひとからの義理チョコを恐れて逃亡中です。その間に僕たちは家族旅行をしています。 挑戦しに来たトレーナーの方には悪いのですが、お兄ちゃんの心情を分かってあげてください。」 と書かれていた。 哲也:「…ある人ってさ…」 翼:「ナナだろうな。」 考える間もなかった。 せっかくジム戦もしてみようかと思っていたのだ。 しょうがなく、俺たちは次にハナダシティに向かった。 そこで再び地獄を見るとは、全く俺たちは想像もしていなかった。 その頃。 健人:「哲也たちはどうしてるかな?」 清香:「どうせ、楽しんでるんじゃない?」 玲奈:「蓮華ちゃんたちのチョコ攻めを避け、身内からのチョコと本命以外は貰わない気でいるみたいよね。」 海斗:「らしいな。玲奈、それで準備したのか?」 玲奈:「もちのろんよ。とっくに準備はできてるわ。」 清香:「あたしは昨日あげたよ。」 海斗:「ああ、あれはうまかったな。健人はどうなんだ?」 健人:「俺か?俺のところはダイレクトメールで来たぞ。」 清香:「そういえば、菜々美ちゃん、彼氏にはもう送ったってテレビのインタビューに答えてたっけ。」 玲奈:「よかったんじゃない?」 一志:「なぁ、何話してんだ?」 玲奈:「哲也と翼のこと。」 一志:「ああ、あいつら休みだったな、何があったんだ?」 清香:「ふふふ、実はね…」 彼らはまさか、二人が地獄を見ているとは知らず、楽しんでると思い込んでいた。 俺たちがハナダに着くと、そこは恋人ムード満載の場所だった。 俺たちは少し当てられぎみになりながら、ジム戦をやりに行ったのだが…、ジムに入ろうとすると誰かに止められた。 そいつはジムトレーナーだった。 手には張り紙があり、 「今日はジム戦に来ない方がいいです、地獄を見ないためには。」 と、書かれていた。 翼:「…どういう意味なんだ?」 ジムトレーナー:「実は…」 ジムトレーナーは翼の問いに答えようとした。 でも、それより前にドアが開いた。 カスミ:「あ、哲也君に翼君じゃない、珍しいわね。」 出てきたのはカスミさんで、ジムトレーナーでその張り紙を見つからないように隠していた。 俺は気になったが、彼女にジム戦をやりに来たと話した。 カスミ:「ふぅ〜ん、そうなの。それじゃ、ジム戦をやりましょ。使用ポケモン1体によるバトルでどうかしら?」 翼:「いいですよ。」 俺たちはバトルフィールドに向かった。 数時間後。 俺のピジョットはスターミーに、翼のシャワーズはゴルダックに圧勝していた。 カスミ:「やっぱり強いわね、あなたたちは。さて、リーグのためのジム戦ではないんでしょ?」 翼:「ああ、俺たちは久々に色々と回りたくて来てるだけだからな。」 カスミ:「それじゃ、バッジの代わりにこれをあげるわ。」 俺たちは、小さなハート型の包みを貰った。 哲也:「これ…」 カスミ:「今日はバレンタインデーだから、ジムに挑戦しに来たトレーナーには一個ずつプレゼントしているの。」 俺たちはその後、少し話し(話題は来美と海斗のこと)、ハナダジムを後にした。 翼:「開けてみたけど普通だよな。」 哲也:「ああ、全くまずそうには見えないし…おなかも空いたし食うか?」 翼:「そうだな。」 俺たちはハート型のバッジくらいの大きさのチョコを口に入れた。 全く何も考えず、ただ単に、口に放り込んだのだが…。 数分後、近くの公衆トイレに駆け込むことになるなんて、俺たちは予想もしていなかった。 さらに数分後。 俺たちは近くのファーストフード店で食事をして、ようやく口直しができていた。 翼:「ジムトレーナーがジムを閉めるわけだよな。」 哲也:「確かに。あれは食べ物じゃないよな。」 俺たちは、あのチョコが、溶かしたチョコに「カスミちゃんスペシャル」が入れられてるということも、カスミちゃんスペシャルと言うものも、 何も知らなかった。それが何かを知り、分かっていたら、絶対に口に入れる事はなかっただろうが、後の祭りだった。 これ以上ポケモン世界にいて地獄を見るのは嫌だったので、俺たちは早々に現実世界に戻る事にした。 翼:「哲也、誰かいるな。」 翼の家に戻ると、鍵をかけて出たはずの家に誰かがいるようだった。 外には外車、明らかに翼の親のものではない。 が。 その持ち主はすぐに誰か分かった。 その人は、俺と翼が外にいるのをみて、玄関から外に出てきたのだ。 ??:「よぉ、翼に哲也か。懐かしいな、元気にしてたか?」 その人は、翼の兄貴の靖人(やすと)さんだった。 翼:「なんだよ、兄貴か。」 哲也:「久しぶりです。珍しいですね、留学から戻ったんですか?」 靖人:「ああ、一時的にな。お前ら、ヒマか?」 哲也:「ヒマですけど…な?」 翼:「ああ、兄貴?」 靖人:「あのさ、ちょっといい場所知ってんだ。食べに行かないか?」 昼過ぎで、まだまともにおなかを膨らませていなかっただけに、俺たちは靖人さんの誘いに乗った。 靖人:「でも、腹いっぱいにはするなよ、翼。」 翼:「えっ?」 靖人:「さっきさ、お前の彼女って奴が来て、また来るって言ってたからさ。」 翼:「え、美香に会ったのか?」 靖人:「ああ、深田財閥のお嬢さんとは、お前もすごい子を落としたな。」 翼:「べ、別に。」 翼は靖人さんに散々からかわれ、それから俺たちはイタリア料理店で遅い昼食を食べた。 それから俺は翼と別れ、家に戻った。 翼は美香に会うとかって出て行ったし。 そして俺はその日、適当にその辺をぶらぶらしてから帰った。 まさかそれが、地獄へのカウントダウンになっているなんて俺は思いもしていなかった。 2度ある事が3度もあるなんて、全く考えてもいないでいた。 哲也:「ただいま!」 俺が帰ると、異様な雰囲気だった。 俺が家に入った途端に、家の周囲を電撃の結界が囲んだのだ。 哲也:「…なんだ?」 舞:「哲也、おかえりなさい。今日はご馳走よ。」 久美:「ごめんねって、ピジョットに伝えておいてね」 哲也:「へ?」 俺が舞さんに連れられていくと、そこには綺麗な料理と、料理かと思えない不思議なものが並べられた食卓がそこにあった。 哲也:「…?」 久美:「哲也、今回はチョコはやめたのよ。」 来美:「やっぱりね、毎年毎年チョコ尽くしって言うのはきついでしょ?哲也も本命のチョコを食べたいだろうし。」 蓮華:「それで、来美ちゃんと久美ちゃんの提案で、今回はご馳走を作ったの。」 ミューズ:「頑張って作ったから、哲也君もピジョットも食べてよね?」 いきなりミューズは俺のピジョットを外に出し、迫って言った。 強引だなっと思ったが、口は災いの元なので、あえて何も言わなかった。 この時ばかりは、嬉しかった。 なぜなら、明らかに料理と呼べない濁った液体と、焦げた塊をもって、ミューズがピジョットと別の場所に行ったのだから。 哲也:「(…やっぱり飼い主に似るんだな、料理音痴は。)」 ミューズがたくさんのデータを体に持っていると知っているけど、それでも蓮華のように料理音痴になるのだろうと、 俺は心にしみじみ思った。 哲也:「ピジョット、許せ。」 いきなりこいつに連れてこられて、庭の茂みの中に座らせられたかと思えば、目の前には変な物体が置かれていた。 ミューズ:「はい、これ、あたしからのバレンタインデーよ。」 ニコニコ笑っていってるが、明らかに食べれそうには見えない。 ピジョット:「…これを、俺に食えというのか?」 ミューズ:「そうよ、頑張って作ったの。料理って楽しいものね。」 でも、食べるしかないだろうな。 茂みの向こうには、こいつの仲間のポケモンの♂ばかりが寝ているようだが。 しかも、顔が引きつってるな。 ピジョット:「…そこの茂みの向こうでゴンとデンとたねねがのびている様だが…」 ミューズ:「気のせいよ。のびてるんじゃなくて、この料理がとってもおいしかったから、夢の世界に行っちゃったのよ。」 気のせいとは思えなかった。 しかし、気づくと両側にはカイリュウとミロカロスがいた。 キレイハナ:「あのね、二人も材料選びや料理のアドバイスをしてくれたの。」 リュウ:「あたしたちも女の子だし、ピジョットにあげるならね…」 アクア:「あたしたちの料理、食べてくれないの?」 そう頼むなら、悪いけどそのアイアンテールの準備と、目を光らせるのをやめろ。 だが、だんだんサニーゴやエーフィも増え始め、さすがに逃げられなくなったので、食べるしかなかった。 追記 俺はこれを食べて1週間は何も食べられなかったし、ポッポに退化するんじゃないかと思うくらい、行きているうえでの地獄はないなと 感じさせられた。濁った液体はのどに詰まるくらい粘っこいし、焦げた物体はじゃりじゃりして炭としか思えなかった。 逃げようにも空を飛べば、蝿やカラスのように、結界でコゲコゲで落下するのが 見えていたが、そっちの方がマシだったのかもしれない。 哲也:「あ、これはうまいな。これも。」 ピジョットが地獄を見ている頃。 俺はおいしい思いをしていた。 久美や来美姉が作った料理も、舞さんの料理もおいしかったのだ。 ようやく天国にめぐり合ったと俺は思った。 でも。 それは違うのだった。 蓮華:「哲兄、あたしの料理も食べてよ。」 蓮華の存在を敢えて無視する勢いでいたのだが、蓮華は3人の料理を、後で夕食に食べるからと戸棚や冷蔵庫に移し、 自分の料理を残したのだ。 気づけば舞さんさえその場にはいなかった。 蓮華:「哲兄、あたしの料理、食べてくれないの?涼治だって、食べてくれたんだよ、涙流しながら喜んでくれたのに…」 多分、不味くて涙が出たんだろうな。 あいつも数日は使い物にならなくなっただろう。 今日に限っては涼治を可哀相な奴だと思いたくなった。 蓮華:「哲兄?あたしの作った特製リゾットだよ。食べてみてよ。」 蓮華はお皿の中の、リゾットなのか、スープなのかよく分からず、しかも厚切りのたまねぎや、半煮えのご飯、明らかに間違いであろう イチゴ、そしてマヨネーズとケチャップでトッピングされたリゾットを目の前に山盛りに出した。 しかも、どういうわけか、ポッキーと一緒に野菜スティック(ニンジンとキュウリ)が刺さり、ソース入れの中には卵と一緒に形がほとんど崩れていないトマトと納豆が入っている。 蓮華:「哲兄、食べてよね!」 地獄だ。 今日は本当に地獄だと俺は思った。 数分後、俺は流石に折れ、そのリゾットに手をつけ、体中に激痛が走り、頭がどうかなるんじゃないか、命の炎が消滅するんじゃないか と思いながら、涙を流して食べるのだった。 当分、体の不調が続くだろうなと思った。 消化器官も、いつも以上に破壊されるだろうな。 蓮華:「哲兄、涙を流してまで喜んでくれるんだね!あたし、すごく嬉しい!」 その頃。 翼と美香はラブっていた。 一時的な平和を味わっていたとも書いておこう。 美香:「よかった、おいしく食べてもらえて。」 翼:「美香の料理は最高だ。」 美香も来美の提案を受け、翼に得意な料理を披露していたのだ。 美香:「あ、でもね…」 ここから彼の運命も変わった。 美香:「デザート、失敗しちゃったの…」 翼:「美香、俺のために作ったんだろう?全部残さず食べて、お前の愛情をしっかり感じてやるよ。」 そのデザートがものすごい失敗作だとも知らず、翼は後に自分の言った言葉を呪い、自己嫌悪に陥るとは、全く予想していなかった。 数分後。 翼は美香に「ユニークな味」と言いながら、実は内心地獄を思いながら、その失敗したデザートを食べていた。 まさかそれが、蓮華と一緒に作っていたもので、同じものを涼治が食べて涙を流したとも知らずに。 また、他にも美香は、蓮華以外に綾香や香玖夜とも作っていたりした。 蓮華と共に作らなかった浅香と鈴香のみが、不幸中の幸いだったりする。 ようするに、蓮華が関わると料理はすべて壊れるのだ。 それを女性陣は、来美、久美、舞を除いて知らない。  『オマケ』 玲奈:「あ、失敗しちゃった。まぁ、いいよね。」 あたしは哲也のためにチョコレートケーキを焼いた。 ナナちゃんに会った時に、これを入れるとおいしいよって、アドバイスを貰い、それを入れたんだけど、何故か変な形に なっていたのだ。 だから削り取ったりして何とかデコレーションをして、出来上がりにした。 この時彼女は、自分が使った木の実が、実はマトマ、ラブタ、ナナシであり、からい、すっぱい、にがいとも知らず。 そして、塩と砂糖のカップを間違えていた事にも、チョコの分量を間違えていた事にも、ナナのアドバイスが、お酢を入れると引き立つと言う事であることも、 知らないでいた。 玲奈:「よ〜し、出来上がり!さ・て・と!哲也に渡してこようっと!」 哲也:「ふぅ〜、ここまで地獄が来るとはな…。」 だけど、まだ玲奈からの本命チョコが来てないんだよな。 玲奈の料理は蓮華とはレベルが100以上違うし、ようやく天国がやってくる! 哲也は知らない。 散々な目に遭い、まずいものを口に、体に入れすぎた後に、再び、もっと不味いケーキが近づいてきている事を。