トレーナー潰しが見つかったと聞いて戻ってみれば、バトルの残ってる3人以外のメンバーの姿もあった。 来美先輩と志穂ちゃんが呼んだらしい。 それにしても、まさか哲也先輩の相手だとは思ってもみなかった。 トレーナー潰しのアミカ選手は6年前から出場している常連の一人。 綺麗なスタイルの割に、彼女の容貌と不釣合いな凶悪ポケモンたちを使うというギャップで人気があるらしいあの人が犯人だったとは…。 哲也先輩は、一体彼女とどんなバトルを繰り広げるのだろうか? ちなみに、彼女は知らないことだけど、このバトル、彼女が勝っても負けても、哲也先輩の不戦勝になるのである。 というのも、神官の方々や、神官のマヤさん、ジョーイさんやジュンサーさんと話し合った結果、トレーナー潰しのトレーナーが 見つかった場合、その選手がバトル直前や、バトル中だった場合は一応バトルを続けさせる、行わせるが、結果はどうあれ、 不戦勝にすると決まったからだった。 まっ、この会場で知っているのって、神官の方々やマヤさん、ジョーイさん、ジュンサーさん、審判員を除けば、あたしだけなんだけどね。 渦巻き編 5.1日目終了!騒ぎと混乱、そして… 6年前のあの日。 あたしが偶然バトルに居合わせてしまい、あたしのポケモンが大怪我を負った。 そのためにあたしのポケモンの中で一番強い子はアクアカップに出る事ができず、あたしは2回戦目で敗北を喫した。 本当なら、あの子で2回戦を勝利できたはずなのに…。 しかも、あの時あたしのポケモンに怪我を負わせて逃げたトレーナーは4回戦まで上り詰めていた。 結局彼は決勝戦目前で敗退していたが、そこまで上り詰めたのは運がよかったからだと言っていた。 あたしが彼を問い詰めると、彼は、 「あなたには運がなかっただけだ。」 と冷たく言い放っていた。 全く、あたしのポケモンに対しての謝罪を持たずに。 その一言しか、彼は発しなかった。 運がなかったら、運が悪かったら、トレーナーは勝てないって言うのね? だったらあたしが邪魔してあげるわ。 あの時と同じ、同じ背格好で、似たような年の少年たちを、みんな邪魔してあげる。 あたしがあのときに受けた悔しさと屈辱を思い知らせてあげるわ。 そして、もうあたしの邪魔になるようなトレーナーではなくしてあげる。 だからあたしは、3年前も、今回も、すでに20人以上のトレーナーを邪魔し、潰してきた。 でも、能力者の少年に手をかけた事がこのゲームを終わりに近づけているようだ。 多分、次にあたしが勝っても、もうあたしの相手が、あの能力者の少年が、次に進む事になるだろう。 ポケモン警察が動いてる事も知っていた。 だから、出来る限りの悪あがきをしていた。 特に、能力者の青年や少年の邪魔立てをしようと決めていて、あたしの誘拐行為を、その青年に擦り付けてやった。 でももう、それらすべてが意味を成さずに終わるのね。 まぁ、いいわ。 やってやろうじゃない、相手を潰せる限りの強さを持った、あたしのパートナーの力。 ここで見せ付けてやるわ! 哲也:「奴のポケモンはサメハダーとハリーセンか。」 志穂:”ええ、予選で使っていたのはその2匹だけよ。ただ、6年前には1回戦目で別のポケモンを使ったそうなの。 ただ、そのデータは既に抹消されているわ。3年ごとのアクアカップに出場するトレーナーのデータが全て保存されている わけじゃないから。” 今俺の周囲には誰もいない。 いや、人でないものなら一つ、目の前に浮いていた。 志穂の式神で、志穂と通信する事が可能なバージョンの奴が。 俺に、これから対戦する相手、トレーナー潰しのアミカ選手の事を伝えに来たのだ。 哲也:「だとしたら、その謎の一匹が出てくる可能性が高いな。」 志穂:”ええ、だから出来る限り、哲也も実力のある、攻撃、防御、素早さに優れたポケモンで迎え撃って。 じゃないと、不戦勝で勝利する事になるわよ。” 哲也:「分かった。」 志穂の言葉に了承の意を返すと、その式神は消えた。 アナウンス:「さて次の試合は、アミカ選手対哲也選手です!」 俺の反対側からは、ギリギリのラインまでスリットを入れたチャイナドレスに身を包んだ髪の長い女性がやってきた。 アミカ選手だ。 風が言うには、彼女は全てを承知で、俺に最大の攻撃をしかけようとしていると。 どうやら、もう、彼女は不戦勝になることも知っているらしい。 だったら、やるしかないな。 哲也:「行ってこい、カメックス!」 アミカ:「お行きなさい、ギャラドス!」 俺のポケモンはオーキド博士に旅立つ時に託されたゼニガメが進化したカメックス。 アミカのポケモンは水タイプに飛行タイプもかねた凶悪ポケモンのギャラドスだった。 特性の威嚇が発動して、無意識のうちにカメックスの攻撃力が1段階下げられているようだ。 審判:「それでは、試合開始!」 哲也:「カメックス、ギャラドスに水の波動を打て!」 アミカ:「ギャラドス、冷凍ビームで凍らせて弾き返しなさい!」 カメックスのキャノン砲から2つの水の波動の球体が打ち出され、ギャラドスに向かっていった。 しかし、ギャラドスの冷凍ビームがその2つを凍らせ、尻尾で弾き返していた。 勢いを持った氷の球体は、カメックスに強くぶつかり、ダメージを与えていた。 アミカ:「攻撃は最大の防御よ。僕?そんなことも分からないのかな?」 哲也:「くっ、カメックス、殻に篭って捨て身タックルだ!」 アミカ:「弱いわね、ギャラドス、体をくねらせて避けるのよ!そして締め付けなさい!」 カメックスの捨て身タックルはギャラドスに強く真っ直ぐな直線で向かっていく。 それを軽く避けたギャラドスは、逆に長い体をくねらせてカメックスを殻に篭った状態のまま巻きついて締め付けていた。 哲也:「カメックス、高速スピンで逃げろ!」 アミカ:「ギャラドス、守る攻撃よ!」 ギャラドスの守る攻撃が発動すると、カメックスを締め付けた状態で、ギャラドスの体は緑色に輝いた。 そして高速スピンが発動しているというのにもかかわらず、締めつかれた状態から逃げる事が出来ずにいた。 哲也:「それならもう一度高速スピンだ!…カメックス!高速スピンだって!」 だから高速スピンの指示をもう一度出した、というのに、カメックスは高速スピンを使えずにいた。 哲也:「これは…」 アミカ:「いちゃもんよ。いちゃもんをつけられたポケモンは、同じ技を2回続けて出す事は出来ないの。 ギャラドス、その体勢で水に浸かり、10万ボルトよ!」 哲也:「何だと!」 ギャラドスはカメックスを絡めた状態で水に入り、10万ボルトを使った。 水は電気をよく通すため、ギャラドスの10万ボルトはカメックスにさらに大ダメージを与えていた。 哲也:「カメックス!」 アミカ:「うふふ、ギャラドス、カメックスを離して叩きつける攻撃よ!」 ギャラドスはカメックスを締め付ける体を緩ませ、尻尾でカメックスの体をそのまま近くの柱に叩きつけていた。 アミカ:「そろそろ終わりにしましょうか?もうカメックスも、ほとんど動けない状態よ。あたしはもう、このバトルで終わりだし、 邪魔することはやるだけやった。それに、この子を使ってようやくアクアカップに出る事ができたもの。もう悔いはないわ。 ギャラドス、雨乞いよ!」 終わりが分かっている相手は最大パワーを使う事が出来るようだ。 それが分かってるから、アミカもギャラドスも、俺やカメックスを凌駕出来るらしい。 でも、雨が降ればこっちのもんだ! この技で決めてやる! アミカ:「ギャラドス、ハイドロポンプよ!」 哲也:「カメックス、ハイドロカノンだ!」 雨乞いで水タイプの技の威力を上げたギャラドスの攻撃がカメックスを襲う。 だが、立ち上がったカメックスがキャノン砲から放出した水は、それ以上の勢いを持っていた。 カメックスの特性「激流」が発動し、さらに雨乞いや、殻に篭ってる間に行った瞑想の力も加わり、カメックスの水タイプの技の 威力は普段の倍以上の力になっていた。 そのため、ハイドロカノンはハイドロポンプを楽に貫いて、ギャラドスにヒットしていた。 哲也:「このままギャラドスを倒してやる!」 アミカ:「…残念だけど、相打ちになるわよ。」 哲也:「何だって?」 アミカ:「相打ち!ギャラドス、雷よ!」 ギャラドスはハイドロカノンを打ち出され、攻撃されている状態で雷を放っていた。 今は雨乞いの状態のため、雷は確実に命中する状態だった。 そして、雷がカメックスに落ち、フィールド上を大爆発が襲っていた。 哲也:「カメックス!」 アミカ:「チェックメイト、かしら?」 爆風と爆煙が消えたとき、フィールド上にはカメックスとギャラドスが横たわっている結果になった。 審判:「両者ドロー!よってこの勝負は引き分けとなり、神官マヤさまの判定待ちとなります。」 アミカ:「終わったわね、いい勝負だったわ。戻りなさい、ギャラドス。」 俺がカメックスに駆け寄った時、アミカはギャラドスを戻し、さっさとその場を去っていった。 律子:「待っていたわよ。」 フィールドから戻ってきたアミカの前に、律子がやってきた。 アミカ:「あなたがポケモン協会の方ね、私はこれから警察行きかしら?」 律子:「そうなる可能性が高いと思いますけど。」 アミカ:「そう、それじゃ、逃げるとしましょうか。」 律子:「この状態で逃げられますか?」 いつの間にか、律子のポケモンたちがアミカの周囲を囲んでいた。 チルタリスが、セレビィが、マンタインが、アンノーンが、ロゼリアが、そしてハピナスが囲んでいた。 しかし。 アミカ:「ごめんなさいね、私は警察には行きたくないの。さようなら。」 アミカはハリーセンを出し、黒い霧を放っていた。 律子:「セレビィ、マンタイン、チルタリス、黒い霧を消して!」 しかし、黒い霧が消えたとき、既に彼女の姿はなくなっていた。 それから数分後、鈴香や悠也、コウキやセイジも彼女の前に立ちはだかったのだが、彼女は悠々と逃げていってしまったのだった。 だが、彼女はもうこの大会にも出ないだろうと志穂は感じていた。 そして数時間後には、アミカを手配書の一人にすると決まるのだった。 ヒカリ:「強かったですね、すごく。」 蓮華:「うん、哲兄がカメックスにハイドロカノンを覚えさせていなかったら、きっと負けてたよ。」 来美:「それだけ強い実力者ってこと…、でも、彼女よりも強いトレーナーがまだ何人もいる。それを考えると、 あたしたちもうかうかとはしてられないわね。」 海斗:「そうだな。…次は晃正か?」 清香:「みたいだよ、潰しのトレーナーがアミカ選手だって分かったから、大幅な選手のバトルの順番を入れ替えたみたい。 次は晃正君で、その次は玲奈だってさ。」 綾香:「晃正君はどんなバトルを見せてくれるのかな?」 ヒカリ:「ジーランス、だっけ?あの子の水ポケモンは。」 涼治:「らしいな。ただ、晃正は大地のエキスパートだからな…。どうなるか分からないぞ。」 蓮華:「うん、そうかもね。」 浅香:「あんたの場合は大地のエキスパートなんだし、水タイプのポケモンはあまり使ってないんだから一発負けして帰ってきても へこたれるんじゃないよ!」 ポケモン世界に来る直前、浅香は俺にこう言っていた。 ようするにわざとからかいを混ぜた感じの応援だった。 でも、そんな俺でも予選は勝ち抜いた。 多分、涼治先輩たちの付け焼刃が効いたおかげだと思う。 そうじゃなかったら捕まえて数日のコダックとオムナイトで戦ってもうまく行きにくいからだ。 でも、1回戦目は唯一の水ポケモンだったこいつで行かなきゃな。 そしてフィールドに出た俺は対戦相手を見た。 そこには、高校生か大学生くらいの年齢と思える青年が立っていた。 ただ、俺を凝視し、妙な視線を向けていた。 アナウンス:「さて次のバトルは、晃正選手対マサオミ選手です。」 晃正:「どうして俺のことをそんなに見てるんですか?」 マサオミ:「いや別に、どうして野生に生きようとしないのかが不思議なだけでね。」 何か変わったことを言う人だってしか、この時は思わなかった。 晃正:「俺は絶対に次に進みます、ジーランス、行け!」 俺のポケモンは水・岩タイプ、特性は「石頭」のジーランスだ。 マサオミ:「ジーランスか。それにしても、大地の主が海にまで勢力を広げようとするとはね。まぁ、その辺りの境界線を知るべきだろうね、 ヌマクロー、行ってくるんだ!」 何を言っているのか、よく分からないけど、相手は地面タイプでもあるヌマクローだ。 岩タイプのジーランスにとっては相性的に不利だけど、ここはやるしかないな。 審判:「それでは試合開始!」 マサオミ:「ヌマクロー、水鉄砲だ!」 晃正:「ジーランス、かわして突進だ!」 水タイプだが岩タイプでもあるジーランスには水鉄砲は普通に効いてしまう。 だから水鉄砲を避けさせ、ヌマクローに突進攻撃をかけた。 特性が石頭のジーランスは、突進の反動は受けないのだ。 マサオミ:「真正面からぶつかってくるとはトレーナーに似たポケモンだね。」 晃正:「さっきからどういう意味だよ!」 マサオミ:「別に。人間外の生き物に人間として生きられるのを見せ付けられたくないだけさ。ヌマクロー、ジーランスに爆裂パンチだ!」 晃正:「何っ!」 突進を真正面から仕掛けたジーランスは、ヌマクローの爆裂パンチをまともに受けてしまい、大きく跳ね飛ばされていた。 マサオミ:「さて、そろそろ終わりにしようかな。ヌマクロー、マッドショットだ!」 爆裂パンチとマッドショット、格闘タイプと地面タイプという岩タイプの弱点を攻められたジーランスは、簡単に倒されてしまっていた。 審判:「ジーランス戦闘不能!よってこの勝負、ヌマクローの勝利!」 鈴香:「あたし、ちょっと行ってくる。」 蓮華:「どこへ?」 鈴香:「あの対戦相手のところ。聞いてれば妖怪を馬鹿にして!あたしたち妖怪が人間のように生活して何が悪いのよ!」 セイレーンハーフである鈴香は音の能力者であるため、晃正がマサオミから言われた言葉を全て聞き取っていた。 そして、晃正が気づいていなかった中傷的な言葉に切れていた。 鈴香:「あの人が何言ってたと思う?晃正の奴は気づいてなかったけどさ、ケンタウロスは大地を支配する妖獣だから、 水ポケモンを使う=水の世界に勢力を広げるのはよくないとか、妖怪が人間のように生活しちゃいけないとか、全く馬鹿にしてくれちゃって! 絶対に許さないんだから!」 志穂:「なるほど…、鈴香ちゃん、あたしが言ってくるわ。海ちゃん、行くわよ。」 海:「えっ?う、うん…」 鈴香たちは、突然立ち上がった志穂と海に呆気に取られるのだった。 志穂:「ちょっとよろしいかしら?」 あたしは海ちゃんを引き連れて、マサオミの前に姿を現した。 マサオミ:「何だ?式神使い二人で俺に何か呪いでもかけにきたのか?」 やっぱりね、そういうことなのね。 海:「何言ってるの?この人。」 志穂:「あたし、あなたがあたしたちを監視したりしている理由が分かったから来たの。そうでしょ、数年前から行方不明になってる 隣町の水沼神社の宮司の息子さん!」 海:「えっ?…えっ!…えぇっ!?」 確か2年位前だった。 あたしが龍宮神社の巫女の役目を受け継いだ時、隣町の宮司さんが教えてくれたのだ。 隣町の神社の名前は「水沼神社」。 あたしの神社が龍を祀ってるのとは違い、あの神社が祀っているのは大地の主で地震を引き起こすというなまず神さま。 地震を起こすことをお供え物を捧げる事でやめてもらい、町の安泰を図ろうとするために作られた神社だった。 その神社の宮司さんの、高校生になったばかりの息子さんが神隠しにあったらしい。 あたしも式神で捜索したけど、全く見つからなかったのよね。 多分、その時の息子さんがこっちに来て成長した姿が彼だと思う。 マサオミ:「俺のことを知っているとは、そちらもやはり現実世界の人間だったのか。」 志穂:「ええ、あたしは龍宮神社の巫女よ。そしてこちらは清坂医院の一人娘。」 マサオミ:「そうか。」 志穂:「一つ教えて。呪いってどういうこと?あなたがこっちに来てしまった理由は何?」 マサオミ:「大体は予想ついてるんじゃないのか?」 志穂:「ついてるけど言って。」 マサオミ:「分かったよ。」 彼、マサオミさんがこっちの世界に来てしまった理由。 それは「呪い」だった。 誰に呪われたかというと、水沼神社の御神体に。 あたしの予想通り、彼は御神体として祀っている石(実は本当になまず神様の体の一部)に落書きをしたらしい。 それは石全体にドクロマークのペイントを入れていた。 それに怒った神様が呪いをかけ、ポケモン世界に彼を飛ばしてしまったのだ。 そのために彼は妖怪を憎み、晃正君に対しても、そして式神を操るあたしたちにもクールな外見を見せながら、毒づいていたようだ。 あたしや海ちゃんを見張っていたのは、誰かにプライベート的なことで攻撃を仕掛けたりしないかどうか、そして自分と同じ目を 他人に合わせないかを確かめるためだったようだ。 海:「ようするに元の世界に戻れればいいの?」 マサオミ:「ああ。」 海:「それじゃ、アクアカップが終わったら、元の世界に帰れるドアまで案内してあげるわ。」 マサオミ:「いいのか?」 志穂:「ただし、人間と同じように生活している妖怪のハーフたちに対して、毒づいたり、偏見をみせたりしないで。 あなたの言葉を聞いて切れた子がいるのよ。ま、通じてなかった子もいたけど。」 マサオミ:「…考えておく。」 彼はそう言うと、静かに去っていった。 海:「あれでよかった?」 志穂:「いいと思う。彼はまだしっかりと目覚めていないものの、霊感の強い宮司さんになれる人よ。元々は、あたしとあなたの 陰陽の力しか感じていなかったんだもの。晃正君の対戦相手になったのは偶然の事だし、いきなりケンタウロスであるはずの彼が 人間として目の前に現れたんだもの。つい目の敵になっただけ。後は元の世界に戻った時に双葉さんたちの力を借りるのみよ。」 海:「でも、呪いは解けたの?」 志穂:「呪いも何も、あの御神体はすごい気まぐれなのよ。去年の秋にうちの大地を司る土龍に喧嘩売って惨敗してるのよ。 その時に力を使いきってて、呪いなんかとっくに解けてるわ。彼が帰れなかったのは、帰れるゲートが開いていなかったのに過ぎないの。」 海:「ふぅ〜ん。」 こんな感じで、あたしと海ちゃんとして、巻き添えを食らった晃正君に関係した事件的な出来事は綺麗に片付くのでした。 さてと、玲奈ちゃんのバトルを見に行こうかな。 その頃。 晃正君は、と言えば…。 鈴香:「そんなに落ち込むことないと思うけど…」 ヤツデ:「晃正、一回負けたくらいで気にするなよ。」 晃正:「分かってるよ…」 ヤツデ:「全く、鈴香がこいつが分かってなかった事を詳しく話すからだぞ。」 鈴香:「だってぇ…」 綾香:「まぁ、いいじゃん。晃正君、たまにいるのよ、妖怪と人間の共存を望まない人が。でも、あたしたちの住む町の人たちは そんなことを気にしないで生活してくれてるんだよ。だから元気出さなきゃ駄目だって。」 鈴香:「見慣れてるだけだと思うけどね。」 ヤツデ:「おい!」 鈴香:「あ…」 晃正:「やっぱり俺は…」 綾香:「はぁ、駄目だこりゃ。」 おもいっきり落ち込んでいるのだった。 海と志穂はそれを聞き、内心では「サカキさんのいるトキワジムにテレポートさせてやろうか」と考えていたりした。 そして、そんな彼らを尻目に時間は過ぎ、玲奈の試合の時刻が迫っているのだった。 1日目のメンバーで勝利を収めたのは海ちゃんとヒカリちゃんだけか。 哲也は引き分けで最初から勝利が決まっていたようなものだし、現実世界メンバーの1日目の鳥を行うのはあたしなんだ。 しっかりとバトルをしないとね。 そして勝利を掴んで、明日の蓮華ちゃんたちの勝利を導くような道しるべにならなきゃね。 それに、あたしにポケモンを託してくれた菜々美ちゃんと浅香ちゃんの分も、敗退した健人や清香の分も頑張ってやる! あたしは強く誓っていた。 海斗:「玲奈は大丈夫だろうな。」 清香:「あたしもそう思うよ。」 哲也:「でも…何か心配だな…」 蓮華:「哲兄は心配しすぎ。」 来美:「何だか明日の哲也の姿を見ているような気がするわよ。」 希:「明日?…ああ、蓮華ちゃんのバトルだっけ。そういえば、明日くらいには久美達も来るんだっけ?」 来美:「ええ、何人かが来る事になってるわ。その時に、落ち込んでるケンタウロス君と、こっちの世界に迷い込んだ 未来の宮司さんの世話もしてしまいましょうか?」 志穂:「ううん、宮司さんはまだまだ先よ。」 蓮華:「まっ、それはともかく玲奈先輩が勝つことを信じて応援しようよ。」 鈴香:「お姉ちゃんに賛成!しよしよ!」 みんなの声援が聞こえてくる。 頑張りたい! そういう想いが強く感じてくる。 今回のあたしが使うポケモンは、あたしのパートナー。 「貝の妖精」という神秘の力を持つあたしが最初に出会ったポケモンが、水の石で進化した子。 特性「シェルアーマー」を持つ、氷タイプでもあるパルシェンだ。 この子で絶対に勝利するんだ! そんなあたしの相手は、おとなしそうな感じの子だった。 その子を応援している声が聞こえた。 あれは…前に清香をナンパした男…、チアキだっけ? あいつの彼女か。 哲也の声が聞こえないから、ちょっと羨ましいかな。 玲奈:「負けないわよ。」 ??:「こ、こちらこそ…」 アナウンス:「さて、1回戦第1日目のバトルも終盤に近くなってきました!次のバトルは、玲奈選手対マロン選手です!」 声が聞こえる。 彼が応援してくれる。 その言葉を聞くだけでホッとする。 まだ、彼氏とか、彼女とか、全然そんな関係じゃないのに。 すごく応援してくれる声が聞こえる。 だから、頑張る。 そして、勝って、彼に想いを伝える! 玲奈:「あたしのポケモンは、あたしのパートナー!お願いね、パルシェン!」 マロン:「あたしのポケモンは…シャワーズ、お願いだからね!」 マロンが出してきたのは「貯水」が特性のシャワーズだった。 この分だと、水系の技を使ったら回復されてしまう。 だから、水タイプ以外の技でシャワーズを攻撃しないとね。 審判:「試合開始!」 マロン:「シャワーズ、水に飛び込んで溶けるのよ!」 シャワーズが始まってすぐに水に潜った。 溶ける攻撃を使ったシャワーズは水にまぎれてしまい、どこにいるのかも分からない。 玲奈:「シャワーズはどこ?」 マロン:「パルシェンの殻はナパーム弾でも壊れないから…チャンスは殻が開いてるときだけ。シャワーズ、シャドーボールよ!」 突然、近くの海面から黒い球体の波動が打ち出された。 殻に当たったものの、パルシェンにはこのゴーストタイプの技によって特殊防御力が下がってしまったようだった。 玲奈:「場所が分からないと攻撃が出来ないし…、そうだ!パルシェン、海面を凍らせるのよ!凍える風よ!」 パルシェンが放出した冷気は海面だけを凍らせていった。 別に海全体を凍らせようとはあたしも思っていない。 海面だけを凍らせれば、シャワーズが少しでも顔を出そうとすれば氷の割れる音で分かるからだ。 マロン:「海面が凍っちゃった…シャワーズ、ひとまず海に潜ってて!」 玲奈:「それならこっちが引きずり出してあげるわ!パルシェン、嫌な音よ!」 パルシェンが硬い殻を上下左右に擦り合わせて奇怪な音を出し、それは海中にも伝わっていった。 すると、嫌な音を聞いて流石に海面に出てくるシャワーズ。 音は水中でもしっかり響くのだ。 玲奈:「チャンス!パルシェン、トゲキャノンに氷柱針よ!」 パルシェンは殻の角からトゲキャノンを、そして氷柱針を打ち出して攻撃した。 トゲキャノンの一発目がシャワーズを追いかけ、氷柱針がそれ以降のシャワーズの行く手を阻む。 マロン:「シャワーズ、影分身よ!」 しかしシャワーズはもう少しで氷柱針が命中すると言う直前、影分身によって攻撃から逃れていた。 マロン:「そしてアイアンテールよ!」 今度もシャワーズは近くに、しかも背後にいた。 鋼タイプの技「アイアンテール」は氷タイプでもあるパルシェンに強いダメージを与えていた。 マロン:「効果は抜群…、これなら行ける!強気に本気で行く!」 玲奈:「そんな、パルシェンは防御力が高いポケモンだけど、これじゃ負けちゃう…」 マロンがアイアンテールの一撃に元気をもらったとき、反対にあたしは元気をなくしていた。 このままだったら負けてしまうけど、素早さはシャワーズの方が上。 だから、影分身で背後を取られても、振り向く前にアイアンテールを受けてしまう。 どうしよう…。 その時だった。 哲也:「玲奈!頑張れ!お前なら行ける!」 哲也の声が耳に響いていた。 周囲は歓声や応援の声でいっぱいだけど、何故か、哲也の声が強くあたしのところで響いて聞こえた。 哲也…。 あたし、負けちゃいけないね。 頑張るね。 玲奈:「パルシェン、高速スピンよ!そしてまきびしを撒き散らして!」 パルシェンは高速スピンで回転しながら、低く太い柱の周囲や海面が凍ったままの部分にまきびしを撒いていった。 これによって、シャワーズは動く場所が制限される事になる。 マロン:「そんな…シャワーズ、まきびしを避けながらの電光石火よ!そしてもう一回、アイアンテール!」 しかし、いたるところにまきびしが落ちた状態では、電光石火を使ってもなかなか一発では近づけないらしい。 そのため、攻撃するポイントが大体つかめていた。 玲奈:「パルシェン、斜め35度の場所にトゲキャノンよ!」 あたしは特定の範囲を定め、シャワーズが来る可能性のある場所に攻撃を指示した。 すると、それは当たっていた。 その場所に来たシャワーズは、電光石火直後のため、トゲキャノンをもろに受けるのだった。 マロン:「シャワーズ!」 玲奈:「パルシェン、今よ!破壊光線!」 トゲキャノンを受けたシャワーズが立て直す間もなく、破壊光線はシャワーズを弾き飛ばしていた。 審判:「シャワーズ戦闘不能!よってこの勝負、パルシェンの勝利!」 あたしは哲也の声を聞いたことで立ち直り、勝利を掴む事が出来た。 哲也、ありがとう。 負けちゃった…。 せっかく応援してくれたのに、途中から動揺しちゃって、何も分からなくなってて、負けちゃった。 これじゃ、あたし…。 ??:「マロン、大丈夫か?」 マロン:「チアキ…」 チアキ:「マロン、よく頑張ったな。いつもおとなしくて、すぐに諦めたりするお前が1回戦まで来るだけでも頑張ったと思うよ。 お疲れ様。」 マロン:「チアキ…///、あのね、チアキ、あたし…チアキのことが…」 数分後、トレーナーの何人かが、一つのカップルの誕生を目にするのだった。 そして、1日目の、全てのバトルが終わった。 涼治:「それで、会わせたい奴っていうのは誰なんだ?」 1日目のバトルが終わり、俺たちはエイクたちを蓮華や哲也先輩たちに紹介した。 そして尋ねた。 すると、やってきたのは一人の少女だった。 エイク:「こいつさ、アクアリウスって名乗ってるのはこいつのことなんだけどさ…」 ??:「はじめまして、皆さん。あたしはアヤネって言います。これでも、一応現実世界の出身なんです。 血はつながってないけど、今日、やっとお兄ちゃんに会えたことを嬉しく思ってます!」 蓮華:「お兄ちゃん?」 来美:「…って、誰の事?」 アヤネ:「この人です!哲也お兄ちゃん!会いたかったよ!」 数秒間が空き、俺たちは大パニックになっていた。 突然現われた一人の少女、アヤネ。 そして彼女が、彼を、哲也先輩を兄と呼んでいる。 おもいっきり抱きついている。 蒼白気味の蓮華と玲奈先輩。 不穏な状態でアヤネを見つめる志穂と海。 一体アヤネは、何者なんだ? 現実世界の出身っていうのも気になるな。 ただ、今はこの状態を何とか鎮める事が大事なんだけどな。 まずは…どうしたらいいんだ? 涼治:「エイク、アリサ、ルリ、事情を説明しろよな。」 エイク:「分かってるって。」 ルリ:「ちょ…っと、長くなるけどね。」 アリサ:「でも、その前にせっかく再会したんだし、あたしと付き合ってくれない?」 蓮華:「それは絶対に駄目!涼治はあたしのものなんだから!」 はぁ、この事態、簡単には終わらせてくれなさそうだな。 オマケの番外編 『記憶』 涼治君が紹介してくれた、ポケモン世界の能力者3人。 どうやら、涼治君がアサギシティで行方不明になったときに知り合ったらしいけど、その3人が連れてきた女の子が、 突然哲也先輩を兄と呼んで、抱きついていた。 能力者3人も話が長くなるといったり、涼治君に抱きつこうとして蓮華に止められたり、玲奈先輩は蒼白になってるし、 流石の事態にあたしたちは混乱していた。 してないのは、あたしくらいかな。 みんな、何かしらの混乱状態に陥ってるけど、あたしは能力者歴が短いだけに、哲也先輩の家庭事情は詳しく知らないもの。 律子:「どうでもよくないけど、あなたは一体何者なの?」 だからあたしが、アヤネに問いかけた。 あたしが問いかけないと、話も進まないような気がしたから。 そしたら彼女はのたもうた。 アヤネ:「あたしは、風使いの一族の一人です。兄とは実際には血はつながってません。あたしとの関係は、親戚みたいな ものですから。」 エイク:「皿数えのいるレストランに初めからいたのが彼女なんだ。」 涼治君の親友の3人が言うには、彼女は元は現実世界の人間らしい。 アヤネ:「あたしがこっちの世界に来た理由なんですが、それはよく分かりません。でも、皿数えが言うには、何か強大なエネルギー 同士がぶつかり合ってゲートを作り、一瞬のうちにあたしをこちらの世界に運んだそうです。」 来美:「覚えていない理由は何か分かっているの?」 アヤネ:「ええ、あたしはまだ赤ちゃんでしたから。」 アヤネの言葉を聞き、無意識にあたしたちが目を向けたのは、今でも風使いの一族が鍛錬や会合で訪れている風使いの集落に 行くことの多い、悠也先輩だった。 悠也:「…なんだ?」 来美:「アヤネちゃんのこと、何か分からないかと思って。」 悠也:「う〜ん…、多分哲也の後に生まれてから、ある事件で行方をくらました赤ん坊がアヤネのことだろうな。」 志穂:「どういうこと?あたしも知らないけど?」 悠也:「風使いの一族のトップシークレットだからな。何の事件かは、俺がお前らとつるんでるから話してくれないけど、 哲也の両親や、来美先輩や久美たちの両親とも関係があるらしいぞ。」 何だか難しそうな内容が絡んでる気がした。 その時、あたしは蓮華の表情が微妙に曇ってるのに気がついた。 もしかして、蓮華も何か知ってるの? そう言いたかったけど、聞くチャンスを逃していた。 アヤネが再び喋りだしたからだった。 アヤネ:「あたしはこの世界で孤児でした。そこを皿数えや、この世界に迷い込んでしまった現実世界の人に助けられ、 そしてエイクたちに出会い、今に至ります。今日は皆さんに会いたかったから、ここにいるだけです。 あたしは、現実世界じゃなくて、こっちが故郷だから。」 哲也:「そうか。…でも、俺の親戚で、風使いの一族の手から逃れた奴がいたって知ってるだけでも嬉しいな。」 悠也:「確かにな。俺たちの一族は頭が古いし硬いからな。…あのことがバレてないだけいいけど。」 哲也:「悠也?」 悠也:「ん?あぁ、別に。」 玲奈:「それで、あなたの試合は明日なの?応援するわよ、仲間なんだから。」 アヤネ:「仲間?」 玲奈:「ええ、能力者はみんな仲間なの。」 清香:「何かあったときに助け合ったり出来るからね。」 来美:「それに、言葉に表せないほど深い気持ちを能力者同士が持っているのよ。友情とか、愛とか、一言では言い表せないものがね。」 アヤネ:「はい!」 こんな感じで、いつの間にか、混乱は収まっていた。 そんな中、あたしは蓮華の姿が見えないことに気づき、蓮華を探しに行った。 律子:「何だ、こんなトコにいたんだ。」 みんなの輪から離れていたところ、律子がやってきた。 律子:「どうしたの、蓮華。」 蓮華:「ちょっとね。」 さっきの悠兄が話したことが、頭の中をぐるぐる回ってて、もしかしたら、あたしが見たことのあるあの夢に関係するんじゃないか。 そう思ったら、何か、よく分からないけどあたしが悪いような気がして、それで一人になりたかった。 そんな説明をしようとしかけて、踏みとどまっていた。 でも。 律子:「さっき、悠也先輩がアヤネちゃんが昔行方不明になったことを話した時、表情が曇ってたよ。何か関係があるんじゃない?」 律子には気づかれていた。 蓮華:「…実はそうなの。」 律子:「やっぱりね。…それで、どういうことなの?話してみて。あたしは、誰にも言わないから。」 蓮華:「分かった。…律子、口固いもんね。」 そしてあたしは、あのことを話した。 蓮華:「ドリームの術にかかって、ナイトメアの術にかかって、2回見た事があるの。あたしが両親と分かれることになった過去を。」 その時にあたしがいたのは紅葉が綺麗な山の中。 そこの道を、「当選!山中紅葉狩りツアーご一行様」と書かれたバスが通り過ぎていった。 バスは紅葉や銀杏の並木道を通っていた。 そしてそのバスの中では様々な年齢の老若男女に混ざり、小さな子供が二人いた。 小さい子供の片方はあたし。 そしてもう一人の男の子は哲兄だ。 律子:「哲也先輩が?」 蓮華:「うん…」 そして記憶にも少しある、優しいお父さん(正体は鬼の半妖)のそばをあたしがが走り、あたしよりも少し小さな男の子が、 お母さんに抱きかかえられていた。 律子:「えっ?蓮華って弟は…」 蓮華:「覚えてないだけで、いるかもしれないの。でも、よく分からないんだ。」 今でもよく分からないし、氷雨さんがいない今、それは全く分からない。 そしてこれは、どこにでもいそうな幸せの絶頂にいる家族の風景だった。 それを少しずらすと、妊娠中なのか、大きなお腹を抱えた女性と、それを心配そうに見つめる男性の姿があった。 女性は男性に心配されながら、走り回る哲兄をじっと眺めていた。 この二人は哲兄のお父さんとお母さん。 でも、今でもよく分からないけど、あたしと哲兄は昔から知っていたの? そしてその近くには気難しそうな男性がいて、その男性の連れと思われる女性は、少し離れたところに座っている夫婦と 仲良さそうに話していた。この二人は女性の方が二人とも久美ちゃんと来美ちゃんに似てるから、来美ちゃんと久美ちゃんの両親だと思う。 そしてそのバスはトンネルに入った。 今回も、あたしは追いかけようとした。 でもその直前、突如爆発音が山々に響き渡り、トンネルの奥の方で、何かが燃えているのが見えた。 バスが爆発したんだ。 あたしは急いで向こう側に回った。 その時、風の塊がバスから飛び出て行ったのを感じた。温かい二つの風に包まれた何かが。 あれが哲兄で、両親が力で哲兄を外に逃がしたのだろう。 そしてトンネルからは見るも無残に大破し、燃えたままスピードを落としながら走るバスが姿を現した。 あたしは炎の中に入った。 でも、既に中にいた人たちは消滅という形を取ったのか?すでに人間の形でとどめている人はいなかった。 お父さんは鬼の姿でお母さんを守る形で炭になっていた。 でも、この時にあたしが感じたのは、お母さんは消滅したってあの時は思ってたけど、お母さんの生命の残像が途切れていたという事だ。 はっきり言えば、お母さんは、そしてお母さんと一緒にいた弟は、このバスから姿を消したという事。 それにしても、さっきまでの幸せな空間が、どうして一瞬で壊されてしまったのかしら? 何のためか知らないけど、テロリストによるのかも分からないけど、誰かが放った炎が何かに引火したのか、爆発が起きたらしい。 そんな時、外に誰かがいるのが見えた。 それがあたし。あたしは、冷たくなって横たわっていた。 そしてその後、怪しい集団がやってきてバスとあたしを調べた後、そのままバスの火も消さずに姿を消した。 彼らが何者かは分からない。 でも、あたしが死んでいる(?)のを確認すると、喜んだように帰っていったし。 その後であたしはいきなり目を覚まし、誰もいない場所に置き去りにされた感じで泣き叫んでいた。 泣いているあたしに駆け寄ってきた人がいた。 氷雨さんだった。 氷雨さんは、双葉さんや泉さん、他に知らない男の人や女の人(多分全員妖怪)と一緒にバスの火を消し、あたしを保護して去っていった。 多分、あたしはこの後、保護された状態で舞さんに出会ったのだと思う。 律子:「ふぅ〜ん、…そうだったの。…それが、もしかしたらさっき、悠也先輩がトップシークレットだって言ってたことなの?」 蓮華:「うん。多分、そう。さっき思い出したんだけど、あのバスの中に、赤ちゃんがいた気がしたの。」 律子:「それがアヤネちゃん?」 蓮華:「かもしれない。…でも、何故だか知らないけど、全部があたしのせいだって気がするの。」 律子:「その時の記憶を唯一残しているから?…蓮華、気にする事はないよ。この世界には同じようにそう思って、自分の責任だと 思ってしまう人がたくさんいるの。でも、みんなそれを乗り越えて必死で生きてるわ。だから、蓮華も乗り越えなきゃ行けないと思うの。 怖くなったらあたしに言って。あたしが蓮華を慰めてあげるから。」 蓮華:「う、うん…。ありがとう、あたし、先戻ってるね。」 あたしは律子に過去のことを話して、何となくだけどホッとした気がした。 律子、ありがとう。 律子:「蓮華…。…いつまで隠れてるの?」 あたしは蓮華が過去を話し始めてたときから感づいていた。 精神的に不安定だった蓮華は気づかなかったみたいだけど、あたしたちの背後には、志穂ちゃんと悠也先輩がいた。 悠也:「…いつから気づいてたんだ?」 律子:「はじめからよ。…それで、どういうことなの?」 悠也先輩と志穂ちゃんがいるってことは、さっき蓮華が話していたことに関係してるはずだ。 志穂:「…多分、蓮華ちゃんが予測している事通りよ。」 悠也:「俺が知ってる事がより詳しくなっていた。確かに蓮華の話したアレは、風使い一族のトップシークレットだ。 哲也が助かった事も確認されていた。アヤネの行方が分からなくなった事件も。ただ一つ、風使いの一族が知らない事が一つあるけどな。」 律子:「何?」 悠也:「鬼の娘が生きているってことさ。」 律子:「鬼の娘…、蓮華ちゃんのこと?」 悠也:「ああ、蓮華は父親が最後の力で仮死状態にしたと思われる。そのため、蓮華を、そしてバスを確認しに行った風使いの 暗殺部隊は蓮華が死んだものと確認していた。」 律子:「暗殺部隊?」 志穂:「元々、あのバスは爆発される予定だったみたいなの。…風使いの一族は今では少し力を落としているけど、当時は 一族の中で裏切ったりする不穏因子を削除する暗殺部隊がいたの。そして、蓮華ちゃんの両親や、哲也の両親、来美ちゃんや久美ちゃんの 両親、そしてアヤネちゃんの祖父母は風使いの一族の今後には邪魔になりそうだと言われていたの。 だから、ツアーと称した集まりに呼び寄せられて、トンネルに入ったところを爆発させられたと思われるわ。」 あたしは、続く言葉を見つけられなかった。 まさか、そんなことが…。 志穂:「双葉さんたちが風使いの一族から蓮華ちゃんが生きている事は隠しているわ。風使いの一族にとって、鬼の娘は邪魔な存在だから。」 律子:「どういうことなの?」 志穂:「妖怪のドンにもなりかね、能力者の一族を作る繁殖力も高い。そして、蓮華ちゃんはこれまでの草の能力者の家系の中で、 最も最強クラスに入るの。だからよ。あの町にいて、生活していて気づかれないのは、妖怪たちと、竜宮神社に祀られている 龍たちが蓮華ちゃんの存在を守っているからなの。」 悠也:「俺も、初めは街の能力者のことや、哲也の事をスパイして、一族に知らせる役割を持っていた。でも、志穂や氷雨さんに出会い、 偶然蓮華に出会い、蓮華のことは秘密にしているんだ。」 律子:「そう…」 志穂:「このことはみんなには言わないでね。」 律子:「分かった。」 あたしはちょっと聞いてはいけないことを聞きすぎた気がする。 でも、志穂ちゃんと悠也先輩があたしに話したってことは、あたしを認めているからだと思う。 蓮華を大事にしている仲間として。 志穂:「まだ言ってない事があったのよね…」 言うべきじゃないとは思ってた。 だから悠也にも言わなかった。 あの爆発でゲートが出来た時に、ゲートを通ったのはアヤネだけじゃないってこと。 あたしのお守りが効力を作動しなかった事と、悠也から聞き出した、バスに残っていた生存者の燃え残り。 それから考えると、蓮華ちゃんの母親と弟と思われる少年の二人も、ゲートを通ったことになると思われる。 まだ、言うべきじゃないと思うけど。 蓮華ちゃんが夢で2度見たってことは、蓮華ちゃん自身の記憶が蘇りやすくなってるってこと。 忘れていた記憶が全て蘇る時、あたしはこのことを話すべきだろう。 それまでは、誰にも言わない。 だが、二人、全ての話を聞いていたものがいた。 鈴香:「そういうことなのね…」 一人は鈴香だった。 鈴香:「お姉ちゃんや、悠兄たちが隠していた内容はこのことだったのね。おじいちゃんが、蓮華の存在を、蓮華が家にいるときに 訪れた風使いの長に、娘の友達の人間の子供だって紹介していた理由。 それは、蓮華の存在を隠すため…。同じ妖怪族として、ハーフでもあり、鬼の娘でもあるお姉ちゃんが生きている事を、 お姉ちゃんを殺そうとしていた風使いから隠すため…。 あたしも、あたしもお姉ちゃんを守る!絶対に。」 もう一人は…。 哲也だった。 風使いの力を使い、蓮華たちの会話、志穂達の会話、鈴香の独り言、すべてを風を使い、音を拾って聞いていたのだった。 哲也:「俺が、父さんや、母さんと一緒にいた…!?しかも、俺のことを風使いは必要としていて、でも、父さんたちは 厄介者だったなんて…。」 風使いの一族は信じていけないって事なのか? どういうことなんだ? いつか、分かる時が来るんだよな。 俺は、待つしかないんだよな。 アヤネとの出会いから、蓮華たちの、今まで閉ざされ、微々たる動きしかしていなかった、ほとんど全く動いていなかった、 運命の歯車が、徐々に動きを取り戻そうとしていた。 しかし、まだ、本格的に動く時ではないようだった。 いつ動くのかは分からないが、歯車を止めていた、回るのを邪魔していた氷も、徐々に溶け出していた。 その、運命の歯車の様子を見ているものが、一人だけ存在していた。 別の次元の、別の世界にいて、蓮華たちを見守りながら。 氷雨:「もうすぐ、もうすぐなのね。…ついに、動き出すのね。」 あたしは頼んだはずよ、健人君、菜々美ちゃん。 あなたたちに頼んだのは、間違っていないはずよ。 まだ、あなたたち二人はこのことを知らないけど、志穂ちゃんや、悠也君や、律子ちゃんだけじゃ駄目なの。 鈴香ちゃんや、哲也君や、蓮華ちゃんだけでも駄目。 運命の歯車が回るときにそばにいるのは、6人だけじゃ駄目だから。 健人君と菜々美ちゃんも、そばにいなきゃ駄目だから。 再び、ポケモン世界に暗黒の手が伸びるとき、6人の手では押さえきれない事が起きるわ。 それを助けられる力を持つのは、あなたたちなの。 あなたたち以外にも5人必要だけど、その5人は、必然的に蓮華ちゃん、哲也君のそばに集まるから。 集まるだろうから。 広い世界の真ん中に、大地と海の境界線があり、空の神が見下ろす中、 強い闘志の戦士と、優しい癒しの音の女神が、 鳥を司る少女と、風をなびかせる青年が、 龍をまとめる巫女と、花を司る少女がいて。 そして、風を、空を司る青年と、草を、大地を司る少女がいる。 さらに草を、大地を司る少女を守る、炎を纏う翼を持った少女と、水を纏い、海を司る少年がいて、 大地を司る少女の左右には、冷気を司り、軽やかな風を吹かせる白装束の青年と、花を纏った、妖精のような女性がいる。 風を、空を司る青年の横には、貝の中で眠る少女と、海の生命の翼を持った青年の姿がある。 これが、あたしが現実世界で消滅を向かえる直前に見た「絵」 いつか、この絵に見合う事態が起きる。 それまでに、歯車が動くまでに、みんな、過去の記憶を取り戻し、過去の記憶を共有し、集まるのよ。 事態を防ぎ、同時に、事態を収めるために。 それが無事行われれば、この妖怪界に突如現われた、草鬼の娘の運命の歯車は消え、 蓮華ちゃん自身の、歯車が定めるものではない、ちゃんとした彼女の道が現われる。 彼女の道が現われれば、彼女の歯車に取り込まれた、みんなの道も、同じように存在するから。 それを見届ける前に、あたしはここに来ちゃったから、もう、見ているしかできないけど、 でも、ずっと、祈り続けるわ。 それが、あたしに出来ることだから。 見ていて、祈り続けて、全てを見定めることが。