「これ、読んでください!!」 「……」 手紙(だろう)を強引におしつけると少女は相手の返事もまたずに走り去ってしまった。 渡された方はたまったものではない。 しばし無言で、しかし明らかに不機嫌さを覗かせて手紙をじっと見る。 と、隣からクスクスと笑い声が聞こえ、視線をそちらにやる。 「…何を笑っている?」 「ごめんなさい。つい…」 麦わら帽子から零れる金の髪を揺らして少女が頭を下げる。 「でも、凄い顔してますよ、グリーンさん」 「凄い顔?」 「とっても不機嫌そうですよ。レッドさんにポケモンバトルで負けたときみたいに」 「……」 「あ、ほらまた」 グリーンの顔を見て再びクスクスと笑い出す。 笑われっぱなしのグリーンだが、少女の、イエローの笑顔を見ていると ふっと心が和む気がして悪い気はしない。 しかし。 同時に仕返しをしてやりたいという小悪魔的考えが浮かんでくるのもまた事実。 そのためにはまず伏線を張らないと。 「さて…どうしたものかなこの手紙」 「え?読まないんですか?」 「自分の都合で相手に物を押し付けるという行為はどうなんだろうな?失礼に当たるんじゃないのか?」 「あ…」 グリーンの言葉にイエローの顔色がサッと変わる。 予想通りの反応にグリーンは内心ほくそえむが…決して顔には出さない。 さらに追い討ちをかける。 「少なくとも俺はむっとするな。相手にいい印象は持てない」 「……」 イエローは最早真っ青。 いじめすぎたかとも思う。 けれど…… (これぐらいなら許されるだろ?) 誰に尋ねるでもなく、グリーンは心の中でつぶやいた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  手紙 「これ読んでください!!」 「…え?」 「それじゃ!!」 「あ、おいイエロー」 いきなり手紙を渡されたグリーンは戸惑い、イエローを呼び止めようとするが、 イエローはあっという間に走り去ってしまった。 何がなにやら、わけがわからず立ち尽くすグリーン。 「なんだったんだ、今のは?」 「とりあえず手紙読んでみりゃいいじゃねえか」 なるほど一理有る事を言うのはレッド。 先ほどからグリーンと一緒にいたのだが、イエローの視界にはグリーンしか写っていなかった様だし、 グリーン自身も突然の事に存在を忘れていたのだ。 「ほれほれ。さっさと読んでみろよ」 「あ、ああ…」 促されるまま封筒を開け、中身を取り出す。    『好きです』 その一言だけが書かれていた。 「……」 「……」 無言で顔を見合わせるグリーンとレッド。 「…え?なに?告白?」 「……」 ビックリして顔のパースが崩れるレッド。 対照的にグリーンは落ち着いた様子…………に、見える。 本心はどうだかわからないが。 「マジ!?マジで告白!?うっそ!なんで!?」 「なにさわいでんの?」 背後からの突然の女性の声に二人が振り向く。 「あ、ブルー!」 「あ、ブルー…じゃなくて、なにさわいでんのよ一体?」 グリーンは咄嗟に考えた。 まずい!と。 この手紙の内容を知られてはならない!!と。 本能が訴えていた。 どうごまかそうかと考えていると、 「いや、グリーンがイエローに告白されたんだよ」 「うそ!?まじで!?」 「……」 阿呆の友人のせいで台無しにされた。 「なるほど、これが問題の手紙ね」 とりあえずと近くの喫茶店に入った三人。 それぞれ注文を済ませ、問題の手紙を改めて検証する。 …余談だが、グリーンとブルーはコーヒーを。 レッドは何故かミートスパとオムライス、さらに激辛カレーを注文した。 レッド、明らかに間違ってます。 話し合いをするときに頼む物じゃありません。 「『好きです』…まあストレートに考えればそのままの意味よね」 「…ありえない」 「なにがよ?」 グリーンの言葉にブルーは首を傾げる。 「イエローが俺に好きだと告白する事実が、だ」 「う〜ん……」 ブルーは唸る。 実はブルーはイエローがグリーンに対して慕情を抱いている事に気づいている。 と、なればこれもありえない話じゃないと思うのだが……。 しかしイエローがこんな大胆な事をするとは思えない。 「或いはほんとに額面通り好きと言うことなのかもしれない」 「…ああ、愛とかその類のものじゃなくて友達として、LIKEって事ね?」 「ああ」 「でもそれなら何でこんな手紙書くのよ?口で言えば済む事じゃない?」 「……」 もっともな言葉にグリーンはしばし考えるが、 「照れくさかったとか?」 「なんで照れる必要あるのよ?友達として好きって言うのに照れる必要ないじゃない。 あたしいくらでも言えるわよ。グリーンの事好きって」 「……」 こうなってしまうとグリーンも黙るしかない。 「っていうかさ、さっきからあんたなんかネガティブじゃない?」 「そうか?」 「そうそう。悪い方悪い方に考えてない?もっとさ、イエローに告白されて嬉しいな〜とか思わないの?」 「だから、それを今検証してるんだろうが!」 「そりゃそうだけど…」 いつに無く強い調子のグリーンの言葉にブルーは後込みしてしまう。 「まあ…つまりあれなんだな、グリーン?」 激辛カレーのせいで汗だくになったレッドが口を開く。 「…どれだ?」 「ま、なんだ。イエローの気持ちはともかくとして、少なくともお前はイエローの事が好きなんだろ?」 「!!?」 「え!?そうなの!!?」 ブルーはそう言ってグリーンをみる。 首を振って否定するグリーンだが、その顔は赤い。 『あの』グリーンが顔を赤くするぐらいだ。 間違いないだろう。 「やっぱそうだったか」 レッドの言葉に観念したのかグリーンは否定を止め、コーヒーをすする。 ブルーは驚いた顔でレッドを見る。 「レッドなんでわかったの?知ってたの?」 「ん〜…グリーンがネガティブだったからかな?」 「は?」 「だから、素直にイエローから告白されたって受け取らなかったろ、こいつ?」 そう言ってグリーンをカレーのついたスプーンで指す。 「自分はイエローの事が好きでイエローから好きって告白。すっげー嬉しいけど…ちょっと待て。 ほんとにそうなのか?自分がイエローの事好きだから都合のいい様に解釈してるだけじゃないのか? そうだ、そうに違いない!…………………って考えてたと思うんだ、こいつ」 「なるほど…」 「……」 レッドの言葉にブルーは素直に感心し、グリーンは俯いてしまう。 「でもよく気づいたわね、そんなこと」 「…まあな」 「??」 レッドが口篭もった事にブルーは首を傾げる。 そしてその事を訪ねる前にレッドはグリーンにコップを差し出す。 「? なんのつもりだ?」 「悪い。向こうのドリンクバーでコーラ入れてきてくれ」 「……」 本来なら「ふざけるな」と一蹴する所だが、レッドが言外に「席を外せ」と言っている事を悟り、 大人しくコップを持ち、席を立った。 グリーンが離れた所でレッドはブルーに顔を寄せる。 「な、なによ?」 「いや、確認しときたい事があってさ」 「確認?」 「ブルーさ、グリーンの事好きだった?」 「はぁ?」 レッドの言葉にブルーは抜けた声と共に眉をひそめる。 「あんたなに血迷った事言ってんの?カレーの辛さで頭がどうにかなったの?」 「ふ〜ん…違うんだ」 「なるほどなるほど」とレッドは頷く。 一人納得した様子のレッドにブルーは不快をあらわにする。 「ちょっと!一人でなに納得してんのよ!?」 「いや、大した事じゃないんだよ。たださ、普通ならブルーの方がこういう事って鋭いだろ? なのに気づかなかったって事は動揺してるって事だろ? この話題で動揺するって事は…グリーンに惚れてんのかな〜と思ってさ」 「…まあ、動揺はしてたわね」 ブルーはコーヒーで口を湿らせ、さらに言葉を続ける。 「ただ、あんたの考えてる理由ではないわ。グリーンは友達。それだけで男性的魅力は感じないわ」 「この理由じゃないって事は……なんだ、イエローもグリーンの事好きなのか?」 「そゆこと。あの子がこんな大胆な事するとは思えなくってさ、少し焦ってたのかもね。 でも見直したわよレッド」 「??」 「ただのバカだと思ってたのになかなか洞察力あるじゃない」 「…誉めてんのか、それ?」 「当たり前じゃない」 コロコロと笑うブルー。 いささか憮然とした、しかしどこかほっとした様子のレッド。 そこにグリーンが戻ってくる。 「おっ!サンキューグリーン」 「話は終わったか?」 「ま、一応な」 そう言って早速コーラに口をつける。   ぶふぅ!! 「ぶぉあ!!なんじゃこれりゃぁぁ!?」 「めんつゆ。厨房で分けてもらった」 「わざわざ!?」 「お前……しかも原液だし………」 結構茶目っ気のあるグリーン君。 「な〜んか話がズレまくっちゃったから戻すけどさぁ」 追加注文したチョコパフェをぱくつきながらブルーが口を開く。 同じく追加注文したペペロンチーノを口に運びながらグリーンは先を促す。 「結局この手紙はどーいうことなのかしらね?」 「……」 「…やっぱり、イエローからの告白?」 「考えてみたんだけどさ」 トイレで嗽(うがい)をしていたレッドが戻ってきた。 「何を考えたんだ?その足りない頭で?」 「足りない頭で?」 「…………その事について仮説を一つ立ててみた」 憮然としながらレッドは人差し指を立てた。 「すいません!遅くなっちゃって!!」 「いや、構わない。呼び出したのはこっちだからな」 トキワの森の外れにグリーン達はイエローを呼び出していた。 そう、グリーン『達』。 レッドもブルーもその場にいるのだ。 仮にもし、イエローがグリーンにあの手紙で告白をしていたならば グリーンを見て何らかの反応があるはず。 その見極めを三人で行う事にしたのだが…何ら変わった所は無い。 三人は顔を見合わせる。 そんな三人を見てイエローが首を傾げる。 「あの…どうされたんです?」 「いや、なんでもない」 「それで、話があるって事ですけど…」 「ああ……お前に渡されたこの手紙なんだが…」 「はい、どうしました?」 グリーンはレッドの仮説を信じてみる事にした。 「……誰から貰った?」 「ちょっと年上の女の人です。グリーンさんに渡して欲しいって」 はっきり言いきった。 「…そうか」 グリーンはレッドの言葉を思い出した。   『渡してくれって誰かに頼まれたんじゃないか?』 レッドの仮説はみごとに立証された。 グリーンのみならず、レッドとブルーもため息をつく。 「あの…どうされたんです?」 「いや、なんでもない」 ほんの少し前と同じやり取り。 今回もやはりイエローは不思議そうに首を傾げていた。 「ところでグリーンさん」 「? なんだ?」 「手紙って何が書かれてたんですか?」 「……大した事じゃない」 「そーいう事。イエローが気にする必要ないのよ」 「そうそう。けど知らない人に頼まれたら断った方がいいぞ。犯罪に巻きこまれるかもしれないからな」 グリーンをフォローする様にブルーとレッドが口を開く。   カンケー無いけど、ブルーとレッド。少し変えたらブルーレット。笑っちゃうね! 「それより今ニビにうまーいホットドックの屋台が出てるんだってさ。いかねえか?」 「あらいいわね!行きましょ!ほらイエローも。レッドのおごりだってさ!」 「くらぁ!そんなこと言ってないぞ―!」 イエローの手を引いて走るブルー。 手を引かれ危なっかしく走るイエロー。 両手をブンブンぶん回しながらその二人を追っかけるレッド。 一人その場に残されたグリーンは自然に口元が緩むのを感じた。 イエローが好き。 それはまぎれもない事実。 けれど。 今はまだ、イエローと二人っきりで何かをするのではなく。 気心の知れたこの四人で楽しむのも悪くないと思った。 けれど。 いつかは。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「…グリーンさん?」 呼びかけられてハッと我に返る。 どうやらかなり長い事過去の事に思いを馳せていたらしい。 「ああ、どうした」 「あの、このあいだはすいませんでした!」 「あの手紙の件か?」 「はい。あのとき僕急いでて…それで…」 「言い訳するのか?」 「う……」 グリーンの鋭い指摘にイエローは言葉につまり、泣きそうな顔になってしまう。 さすがにやりすぎたと思い、グリーンはイエローの頭に手を置く。 「怒ってないから心配するな」 「ほんとですか?」 「ああ。でももう俺宛に何か貰うんじゃないぞ」 「はい!それはこの間から気をつけてますから!」 「そうか。ならいい」 「でもよく渡されそうになるんですよ。特に手紙を。何で直接渡さないんでしょうね?」 「……」 イエローはくすっと笑う。 「やっぱりグリーンさんが怖い――」 「イエロー」 「す、すいません」 「…俺、そんなに怖いか?」 怒られると思っていたら意外な事を聞かれ、なんと答えるか考えたが思うままに答えることにした 「…いつも無表情ですから。そう思う人もいるかもしれませんよ」 「そうか」 「でも!僕はそう思いませんよ。グリーンさんが優しい事はよく知ってますから」 「…そうか」 「でも…もう少しその…愛想よくした方がいいんじゃないですか? 怖いって思われてるとグリーンさんもいやじゃないですか?」 「構わないさ」 「でも…」 尚も言い募るイエローの耳元に口を寄せる。 「お前はわかってくれているのだろう?」 「え!!?それって…」 どーいうことかと聞こうとしたのだがその頃にはすでにグリーンは数歩先を歩いていて。 ひょっとしたら…という都合のいい解釈をしてしまう。 彼も自分と同じ気持ちなのだろうか、と。 しかし残念ながら言葉の真意を聞く事はできなかった。 けれど。 いつかは。 イエローは赤くなった顔を押さえてグリーンの後を追った。 グリーンも思った以上に遅れていたイエローが来るのを待っていてくれる。 追いついたイエローはグリーンの手を握る。 驚いた様子のグリーンに、イエローは笑顔を向ける。 グリーンも笑顔を返してくれる。 そして……… 手を繋いだまま歩き出した。 おわり おまけ レッド君とブルーさんのある日の昼下がりの会話。 「でもさ〜、あれってあのままでもよかったんじゃない?」 「代名詞だらけでわけわかんねーよ」 「あの手紙のこと。イエローからグリーンへの愛の告白のままでもよかったんじゃない?」 「うんにゃ。楽しみはできるだけ長く楽しむもんだろ?」 「な〜る♪面白そうだもんね〜」 「そうそう。からかいがいがあるってもんだよな〜」 「ん〜!そう考えるとめっちゃ楽しみ!!」 「おい、お前ビデオ持ってたっけ?」 「もってるもってる!」 「あ〜、なんか今からテンション上がってきた〜!」