その日は、ぽかぽかと暖かい日だった。 多分、こんな日のことを小春日和と言うのだろう。 そんなある日の出来事。  お昼寝 その日はグリーンの家にイエローが遊びにきていた。 いや、遊びにきていたと言うのは正しくない。 オーキド博士にポケモンの健康診断を頼んだイエローが帰りがけにグリーンの姉と遭遇。 そのまま強引につれてこられたのだ。 だと言うのに、イエローの腰は低い。 「すいません、急にお邪魔しちゃって」 「それはこっちのセリフだ。悪いな、無理やり連れてきて」 「いえ、そんな」 「何でもクッキーを焼いたとかで、試食をして欲しいらしい」 「そうそう、そうなのよ!」 グリーンの姉が満面の笑みを浮かべ、盆に紅茶と手作りのクッキーをのせ、リビングに入ってくる。 「イエローちゃんには是非感想を聞かせて欲しくって。この子あんまり感想言ってくれないんだもん」 そう言ってグリーンの頭を撫でる。 子供扱いされるその行為に不快感を覚えるのかグリーンは憮然とした顔で紅茶を口に運ぶ。 と、  ピンポーン 不意に玄関のチャイムが鳴る。 「あら誰かしら?」 「…多分レッドだ」 「どうしてわかるんですか?」 「簡単な事だ」 グリーンはため息をつく。 「食べ物がある時には必ずやってくるからな、あいつは」 そして……実際その通り。 グリーンの予想は半分当たっていた。 「いやー、いい時に来たよな〜。なあブルー」 「うんうん。グッドタイミングとはまさにこのことよね」 今回はレッドだけでなくブルーも一緒だったらしい。 「まだまだ沢山あるからどんどん食べてね〜」 笑顔のグリーンの姉。 が、その笑顔が曇る。 「あらあらあら?紅茶がもう無いわ」 「…買ってくる」 「あ、いいのいいの。グリーンはみんなをもてなしてあげて。私が買ってくるから」 そう言って財布を片手にでていってしまう。 「あっはっはっ!グリーンにもてなしなんてできねーよなー」 「そーそー!無愛想が服着て歩いてるんだもんねー」 酷い言いぐさのレッドとブルー。 しかしあながち間違っていないのでグリーンは何も言わない。 イエローはおろおろと三人の顔を順繰りに見やる。 レッドとブルーを窘(たしな)めるべきか? 或いはグリーンをフォローするべきか? 誰にどのような発言をすべきか迷う。 それに感づいたのだろう、グリーンはイエローの肩に手を置き、何も言わなくていいと暗に示す。 「あ、そうだ。グリーン、テレビつけていいか?」 「何を見るつもりだ?」 「某情報番組。前に小型ポケモンの特集組んでたんだけどさ、俺その時途中からしか見てないんだよ。 で、今再放送やってんだ」 言いながらいそいそとリモコンを手に取り、テレビをつける。 「やってるやってる」 「あ、あたしこれ見た。つまんなかったわよ」 「俺は結構面白かったと思うぞ?まあ半分ほどしか見てないけどさ」 「そう?グリーンとイエローは見た?これ?」 「いや、見てないな」 「僕もです」 「ふ〜ん…」 どうやらグリーンとイエローもレッドと共にテレビ鑑賞をするらしいと判断したブルーは、 部屋の隅においてあった雑誌を読むことにし、暖かな日の当たる窓際に座りこんだ。 テレビが始まって30分程経った頃、レッドが不意に席を立つ。 「どうした?」 「トイレ。もうこっから先は見たから」 グリーンの問いかけにレッドはそう答えてリビングから出ていく。 勝手知ったるなんとやら。 トイレの場所など教えなくても分かる。 レッドが出ていくのを見送ったグリーンはなんとなく横に座っているイエローに目をやった。 彼女は真剣な表情でテレビ画面に見入っている。 グリーンは苦笑してため息をついた。 一つのことに集中できるのは彼女のいいところだが、逆に言えば集中しすぎるのも考えもの。 そのせいで危険な目にあう事もあるのでいつも口をすっぱくしてその事を指摘するのだが……。 どうにも直せない様だ。 まあ、今はまだそれもいいだろう。 今ならまだ自分がフォローしてやれるから。 「暇だ〜。ブルー、構ってくれ〜」 「ちょっ!?なによ!?」 不意の声にグリーンは視線を窓の方へとやる。 先ほどまでそこではブルーが一人大人しく本を読んでいたのだが。 テレビを見終わって一人暇だったのだろうレッドがブルーに背後から抱き着いていた。 「ああん!もう!暇ならグリーンと話でもしてなさい!」 「だってあいつテレビ見てるし」 見ていない。 今はグリーンもイエローもレッドとブルーのやり取りを見ている。 そんなことには気づかないレッド。 「構え構え構え〜」 「あんたはもう…鬱陶(うっとう)しい!それなら一人で本でも読んでなさい!」 「本読むと頭痛くなる」 「ええい!典型的なバカキャラっぷりを発揮してくれるわね!!」 「はっはっはっ!」 「笑い事じゃないわよ。まったくもう…」 猫の様にじゃれついてくるレッドに苦笑しながらも邪険にする事も無い。 為されるがままのブルー。 二人の様子にやれやれとグリーンはため息をつく。 「好きにやってろ」 グリーンはテレビの音量を上げた。 「…ん………あれ?」 グリーンは目を擦る。 たしかテレビを見ていたはずだが…途中から記憶が不鮮明になる。 「そうか……寝てしまったのか」 とりあえず点けっぱなしだったテレビを消して、辺りを見まわす。 窓際でじゃれあっていたレッドとブルーは肩を寄せ合う様にして眠ってしまっている。 イエローもコクリコクリと舟をこいでいる。 まあ無理もないと思う。 今日はぽかぽかと、ほんとに暖かくて……。 軽くお腹を膨らませた事も影響したのだろう。 何しろグリーンまで無防備にも眠ってしまったほどなのだから。 と、そんな事を考えていたら肩にイエローが倒れこんでくる。 「イエロー?」 「…すぅ……すぅ…………」 衝撃で起きたかと思ったのだが、思ったよりもイエローの眠りは深い様だ。 イエローの穏やかな寝顔を見ている。 なんとなく、グリーンはイエローの髪に触れてみた。 さらさらと細く、柔らかで艶のある長い綺麗な金髪。 イエローはこの髪をいつも麦わら帽子の中にしまっている。 「……勿体無い」 思わずそう言ってしまったグリーンだが……すぐに考え直す。 逆に考えれば、この綺麗な髪の事を知っているのはグリーンを含めごく僅かな者だけと言うことになる。 そう思うと妙な嬉しさ……独占感だろうか?そんなものがわいてくる。 グリーンはそっと、イエローの髪に口付ける。 こんな事ができるのは自分だけ。 こんな事が許されるのは自分だけという思いを込めて。 「あら、起きたの?」 「なっ!?」 いきなり声をかけられギョッとするグリーン。 目をやればキッチンに姉の姿。 ただし、こちらを見ているわけでなく、背を向けて何やら作業をしている。 「かえってきたらみんな寝てるんだもん。ビックリしちゃった」 「…いい天気だったからな」 どうやらイエローの髪にキスした所は見られていなかったらしいと、グリーンは胸をなでおろす。 「ねえグリーン?」 「?」 「夕飯どうしようかしら?みんな食べてくかしら」 「…約一名は確実、だな」 「いや〜、今日はご馳走様でした」 夕食を三人前は食べたレッドが上機嫌でグリーンの姉に礼を言う。 結局三人とも夕飯を御馳走になったのだ。 「どういたしまして。それよりも遅くなっちゃったから気をつけて帰ってね」 「はい」 「イエローはあたしが家まで送るから」 「え、いいですよそんな!」 イエローが恐縮して辞退するがそうはいかないとばかりにブルーは首を振る。 「だめよ。こんな時間に女の子が一人歩きするなんて危ない」 「でも、それだったら帰りにブルーさんが一人に…」 「大丈夫よ。あたしには下僕がいるから。ね、レッド!」 「あ、やっぱ俺?」 「他に誰かいる?」 「グリーンとか?」 「いやよ、こんな無愛想な下僕」 「…とっとと帰れ」 レッドとブルーの漫才のような掛け合いグリーンの絶妙な突っ込み。 ついついイエローは笑ってしまう。 「ほら!グリーンのせいで笑われたじゃない!」 「そうだ!グリーンのせいだ!」 「…帰れ」 いい加減呆れてきたのか、グリーンの額に青筋が浮かんできたのを見て、 レッドとブルーはごまかすような笑みを浮かべる。 「じゃ、いい加減ほんとに帰るか」 「そうね。行きましょ、イエロー」 「はい!」 ようやく帰宅の途につく事になる。 グリーンの姉はしばらく去り行く三人に手を振っていが、直に家の中に入ってしまう。 おそらく夕食の後片付けにでも行ったのだろう。 グリーンはなんとなくその場に立っていたのだが…自分も家の中に戻ろうと玄関に手を掛けた瞬間。 「グリーン!」 「!?」 いきなり頭を何者かの――いや、声で誰かはわかるが――脇に抱えられる。 「帰ったんじゃなかったのか?レッド」 「いや、言い忘れた事があってさ」 そう言ってレッドは笑みを――グリーンには見えていないが――浮かべた。 「気持ちはわかんない事も無いけどさ、やっぱ人がいるとこでってのはまずいだろ?」 「?? なんのことだ?」 「…髪にキスするのなんて恋人くらいなもんだぜ?」 「!! 見てたのか!?」 驚き、顔色を変えるグリーン。 てっきり寝てたと思っていたのだが… グリーンはギリッと奥歯をかみ締める。 「覗き見とは…趣味が悪いな」 「酷い誤解だな。目が覚めたらちょうどそのシーンだったんだよ」 「…で?」 「は?」 「それを俺に話してどうするつもりだ?」 「そうだな…まあ、がんばれよってとこかな?」 「…なに?」 てっきりからかわれるか強請(ゆすり)のネタ(ひでえ)にでもされるかと思っていたグリーンは、 予想外の言葉に眉をひそめる。 「イエローはかなり手ごわいと思うぞ。なんせ天然だからなぁ…ま、協力して欲しくなったら いつでも言えよ。さっきも行ったけど、気持ちはわかんない事も無いからな」 そう言ってレッドはグリーンを解放する。 「じゃあな!」 「……」 手を振りながら今度こそ本当に帰っていくレッドをグリーンは何も言えずに見送った。 レッドは何を言いたかったのだろうか? ひょっとして、応援してくれたのだろうか? 自分と、イエローのことを? だとしたらありがたい事なのだが………… それ以上に。 レッドにばれた以上、ブルーにこの事が知られるのも時間の問題。 そうなった時の事を考えると背筋に冷たい物が走る。 グリーンは決心する。 ブルーにばれるまでに、イエローとの関係を何とかしよう、と。 余談だが、イエローの髪にキスした所は結局ブルーにも姉にも見られていたらしい。 グリーンの受難の日が始まる。 おわり