シリーズ・ケンカ いれべん!! 彼は調停者。 対立する双方の間に立って争いをやめさせる存在。 しかし、その任務は並大抵の努力で為される物ではない。 当然の話だ。 対立する双方。 すなわち……拳を握り、相手の喉笛に食らいつく隙を虎視眈々と狙う両者。 お互いへの感情はマイナスとマイナス。 負と負。 陰と陰。 嫌悪と嫌悪。 憎悪と憎悪。 複雑に絡み合った糸と糸を解き、握手をさせる事が彼の…調停者の最大、最善、最終の目的なのだから。 時に理不尽な被害を被る事もあろう。 時に己の無力さに涙する事もあろう。 それでも、彼は諦めたりなどしない。 双方に笑顔が戻る事を願って、彼は今日も任務を全うする。 己の全てをかけて……………… ま、やってることはサトシとカスミの恋のキューピットなんだけどね。 今日もぽかぽかあたたかいい天気……なのだが。 ごく一部に限って言えばとてつもなく熱い。 注意しておくれ。 「暑い」でなく「熱い」なのさね! その熱さの中心に居るのは当然この二人。 サトシとカスミ。 「$&%$’&)(%$%”&)&$!!!!」 「!”&%’)%$#”!=!$!!」 ああ、もう何を言い争っているのやら……判別不能です。 決して手抜きではございません! 信じてください!! ……ちょっぴり罪悪感かも。 「あ〜もう!かわいげのないやつだなぁ!!」 「な、なんですって〜!!?もういっぺん言ってみなさいよ!!」 「かわいげがないって言ったんだよ!!」 断言してもいいです。 すでにサトシ、カスミ両名の頭にケンカの原因なんて残ってないでしょう。 ま、それもいつもの事なんですけどね。 いつもの事つながりで言えばそろそろ糸目の、妙に所帯染みた少年が仲裁に入るのだが… 今日はそれがありません。 実のところ。 サトシもカスミもそろそろタケシに止めて欲しいな〜と思っているんです。 いつまでのケンカなんてしていたくありませんからね。 だからタケシの仲裁を待っているんですが… 今日はそれがありません。 なぜでしょう? 示し合わせたわけでもないのですが、サトシもカスミも言い争いを中断してタケシの姿を探します。 そして、 「「あ……」」 彼は年上のおねーさまにからんで……いえいえ、話かけていました。 いつもはつれなくあしらわれてしまうのに今日はなにやら好感触! チャンスだ!!一気に決めるぜ!!……と、彼が思ったかどうかは定かではありません。 (そもそも何を決めるんでしょうね?) それでさらにおねーさまと話を進めようとしたのですが。 「「はいはーい、それまで」」 「いてててっ!!?」 耳を思いっきり引っ張られます。 しかも両方。 よくカスミに片耳を引っ張られる事はあるんですが両耳を引っ張られる事は始めてです。 ま、それはそれとして。 「み、耳を引っ張るなカス――」 タケシは耳を引っ張る手を振り払ってカスミに抗議しようとしたのですが… 「……サトシ?カスミ??」 ジト〜っとタケシを睨むサトシとカスミ。 何故か…タケシの背中に冷たい物が流れました。 「まったく、タケシのおねーさん好きには困ったもんだよな〜」 「そ〜ねぇ。だめよタケシ、人に迷惑かけちゃ」 「……」 タケシの額にいや〜な汗が浮かんできます。 「ましてや旅の仲間がケンカしてるのにさ」 「仲裁もせずにじぶんはおねーさんとおしゃべりを楽しもうなんて…ねえ?」 「まったくだ。普通は止めるべきだろ」 「そうそう、仮にも最年長者なんだからね」 「取っ組み合いのケンカにでもなってケガしたらどうするんだよ?」 サトシとカスミはぶちぶちとタケシに文句をつけます。 しかし、タケシも黙っているわけではありません。 「けど今まで一度も取っ組み合いになんかならなかっただろ?」 「それが今日起こらないとも限らないじゃないか」 「そうそう」 「…はっはっはっ、サトシがカスミに襲いかかるわけ無いじゃないか。 あ、別の意味でなら襲いかかりそうだけどな。あははははは…………は…」 「……」 「……」 「あ、あ〜…そもそもおまえらが勝手にケンカし始めたんだろ?俺がやれって言ったわけじゃないんだぞ。 それなのになんで俺が責められなきゃいけないんだよ?」 もっともな言葉です。 正論の前にサトシとカスミは黙ってしまいます。 タケシはようやくいつもの調子を取り戻した様子です。 口の滑りも滑らかになります。 「ま、ようはケンカを止めて欲しかったわけだろ?二人共」 「「そんなことないよ(わよ)」」 異口同音に同じ事を言ってしまい、サトシとカスミは赤くなってしまいました。 その様子にタケシは笑みを浮かべます。 「まったく、そんなことなら初めからケンカしなければいいのに……まあいいさ。 とりあえず今日のところはもう仲直りできたのか?」 「「あ……」」 サトシとカスミは顔を見合わせました。 そう言えばいつのまにかケンカじゃなくなっています。 「ほらほら。一応お互い謝っとけ。それで万事解決だ。どうせケンカの発端なんて覚えてないんだろう?」 「ん……ごめんカスミ」 「こっちこそ…ごめんねサトシ」 お互いに頭を下げてごめんなさい。 それを見てタケシは「うんうん」と満足げに頷きます。 「そう、それでいいんだ。さて、思わぬ足止めを食ったがそろそろ行くか」 「おう!」 「ええ」 そして一行は歩き出しました。 彼は調停者。 対立する双方の間に立って争いをやめさせる存在。 しかし、その任務は並大抵の努力で為される物ではない。 けれど…タケシの役割はそれほど大変じゃない。 サトシもカスミも本気で対立してるわけではないのだから。 ちょっと意地っ張りで、ちょっと照れ屋で、ちょっと鈍感なだけなのだから。 糸と糸は絡み合っているのだけれど、ちょんと突つけばすぐに解けるのだから。 けれど。 サトシもカスミも本気で対立してるわけではないのだけれど。 ちょっと意地っ張りで、ちょっと照れ屋で、ちょっと鈍感なだけなのだけれど。 糸と糸は絡み合っているのだけれど、ちょんと突つけばすぐに解けるのだけれど。 しばらく放っておけば元の鞘に収まるのだけれど。 ケンカしている間は悲しい気持ちになるから。 寂しい気持ちになるから。 切ない気持ちになるから。 だから、タケシはきっかけを与える。 仲直りのきっかけを。 彼は調停者なのだから。 おわり