シリーズ・ケンカ ふぃふてぃーん! ケンカなどしたくなくとも。 けれども。 それでも相手を罵らなければならない状況。 それは相手を鼓舞する為に。 或いは自分を鼓舞する為に。 そう。 すべては。 大切な誰かを思う故に。 だから。 今日も相手を罵る? 「サトシのばぁ〜か」 「……」 「マヌケ」 「………」 「おい、カスミ」 「おこちゃま」 「…………」 「カスミ…」 「サトシの…ばぁ〜か!」 今日も今日とてサトシ君とカスミちゃんはケンカ中……なのかな? いえ、ケンカと言うわりに、カスミちゃんが一方的にサトシ君を罵ってるだけなんです。 対するサトシ君は何を言い返すでもなく、ただ無言。 あまりに一方的なカスミの言葉にタケシが仲裁に入ろうとするのだが、あまり意味を為しません。 「サトシの……ば〜か」 「……………」 「……」 本日、何度目かの「サトシのば〜か」発言。 やはりサトシ君は何も言い返しません。 タケシとしてもこれではなんともしようがありません。 それでも、どうしようかとしばらく頭を悩ませ、結局…… ……………二人共ケンカしているわけではなさそう(?)なのでほおっておく事にしました。 カスミちゃんがサトシ君に突っかかるという構図はポケモンセンターに着いた後も変わる事がありませんでした。 食事をしているときもデミグラスソースを口の周りにつけたサトシ君を見てカスミちゃんは 「やっぱりサトシはまだまだおこちゃまよね。口の周りをママにでも拭いてもらったら?」 などと強烈な皮肉をチクリ……ではなくブスリ。 タケシはいつサトシが爆発するかと冷や冷やものでしたが。 意外や意外。 サトシ君はちらりとカスミちゃんの顔を見ただけで、無言で口の周りをナプキンを拭いただけで。 タケシとピカチュウは顔を見合わせてお互いに首を傾げました。 いつもなら必ず反論、反撃をするサトシ君が無言だなんて……。 タケシはなにかを確信した様子でふか〜く頷きました。 「うん、明日は槍が降るな」 「……」 「おぐぅ!!?」 ……タケシの横っ面にサトシの正拳がめり込みましたとさ。合掌。 そして夜。 ポケモンセンターの就寝室標準装備の二段ベット。 聞こえてくるのは安らかな寝息が一つ。 そして……熱く、荒い吐息が一つ。 「んん……」 それはなにかを堪える様に。 「はァ……」 熱く。 「ふぅん……」 切なく。 「くぅ…」 ともすれば怪しげな方向に考えが行ってしまいそうな息遣い。 そんな。 これから眠りにつくとは思い難(がた)い呼吸のカスミちゃんは体を丸めます。 「寒い…」 もっと言うなら節々が痛み、目を開ければやたらと世界が回ってくれやがります。 即(すなわ)ち、一般的に言う風邪の症状を彼女の体は訴えていました。 加えるならば、昼頃から彼女はその症状を自覚していました。 けれど、誰にもその事を言うことはありませんでした。 理由はただ一つ。 心配をかけたくなかった。 もしくは足手まといになりたくなかった。 だから、サトシとケンカする事でテンションを上げ、必死に耐えた。 しかし。 体の変調は時が立つにつれ酷くなり、今現在は禄(ろく)に体を動かす事もできないほど。 皆が寝静まってからこっそりジョーイさんに風邪薬を貰う計画は大幅な変更を強いられることになりました。 それでも。 一晩ぐっすり眠れば回復するだろうと高をくくっていたカスミちゃんでしたが。 どうやらそれも敵わない様子で。 襲い来る寒気に深い眠りにつく事もできません。 寒い。 寒い寒い。 寒い寒い寒い! 口の中で繰り返します。 トゲピーでもいれば、抱きしめて暖を取る事もできたのでしょうが。 うつってはと思い、健康診断と証してジョーイさんに預けてしまってはそれも敵わず。 ただ体を丸め、耐えるのみ。 悪い事は重なる物で。 「今夜は冷えるから」と言ってタケシが暖房をつけた事もあるのだろう。 乾燥した空気を吸った事により激しい渇きを覚える。 けれど。 動く事はできない。 動けない。 体が熱い。 体が重い。 体が痛い。 嫌だ……こんなの嫌だ…… 誰か………誰か……………………サトシ…… 「カスミ。おいカスミ」 「さ、とし?」 不意に、体を優しくゆすられ。 カスミちゃんはギュッと閉じていた目を開けました。 すると目の前には心配そうなサトシ君の顔が。 「これ、風邪薬」 「え……?」 「水もちゃんとあるから。なんとか起きて飲めないか?」 「!? な、んで?」 意識が朦朧としながらも驚き、問いかけました。 「今日ずっと体調悪かったんだろ?オレだってバカじゃないんだから気づくって。それぐらい」 そう言って苦笑するサトシ君。 けれど、タケシは気づいてなかったんですよ? 「ほら、起きれるか?」 「…ううん、無理」 弱々しく首を振ると、サトシ君が優しく抱き起こしてくれました。 「ほら」 「ん――」 差し出された錠剤を口に含み、ペットボトルの水で喉の奥に流し込みます。 水はよく冷えていて、渇き切った体に染み渡っていくようで……夢中で飲みつづけました。 ほとんど水を飲み干してからようやくカスミちゃんはペットボトルから口を離しました。 それを見てサトシ君はカスミちゃんの体をベットに横たえます。 「これ、ジョーイさんに作ってもらったんだ」 「あ…氷枕」 「頭冷やすと楽になるからな。頭持ち上げるぞ」 「ん」 サトシ君はカスミちゃんの頭をそっと持ち上げ、氷枕を置きます。 「冷た…」 「気持ちいいだろ?」 「うん」 表情を綻(ほころ)ばせたカスミちゃんを見てサトシ君は胸をなでおろしました。 だって辛そうなカスミちゃんの顔なんて見ていたくありませんから。 「他になんかして欲しい事あるか?」 「あの、ね」 「ん?」 「……寒い」 「わかった」 カスミちゃんの言葉に反応してサトシ君が立ちあがりました。 「あ……」 「?? カスミ?」 カスミちゃんは咄嗟にサトシの服を掴んでいました。 なぜって? 答えは簡単。 サトシ君に傍を離れて欲しくなかったんです。 それが風邪をひいた事による心細さから来る事なのかはたまた別の理由からなのか? 答えは、誰にもわかりません。 もちろん、サトシ君にも、です。 けれど。 カスミちゃんが服を掴んだ理由だけはわかりました。 「毛布取るだけだから。すぐそこまで行くだけだから。大丈夫。一人にしたりしないよ」 「サトシ…」 「だって、今のカスミ放っておいたら元気になったとき何されるかわかったもんじゃないからな」 「…バカ」 おどけた様子のサトシ君にカスミちゃんはそう言って睨みつけます。 「っ!?」 その瞬間、サトシ君が固まりました。 服のすそを掴み、赤い顔で、潤んだ目で、下から覗きこむように、弱々しく一言、「バカ」。 全て風邪のせいとわかっていても……。 色っぽい。 萌える。 あらゆる意味であらゆる場所に直撃。 しばらく身動き取れなかったサトシ君ですが、直に我を取り戻します。 「あ、あ〜…とにかく。手、離してくれよ。な?」 「……うん」 まだ不安なのでしょうか? カスミちゃんは渋る様子を見せてようやく手を放してくれました。 それを確認し、サトシ君は部屋の余っているベットに置かれている毛布と、さらに。 自分用の毛布も一枚手に取り、カスミちゃんに掛けてあげました。 「重くないか?」 「大丈夫だけど……まだ寒いよ」 「直に暖かくなるよ。少し我慢しろよ」 「やだ。寒い。我慢できない。寒い」 いつにない(?)わがままをカスミちゃんは言います。 けどそれもしょうがない事でしょう。 わがままは風邪引きさんの特権です。 それに、風邪ひいてるときの寒さってこたえるんですよね。 (ええそりゃもう。ずっと昔の事だけどよ〜く覚えてるよ。真夜中に寒さで震え上がってたら おかんがありったけの布団を俺に掛けてくれた日の事を。おかん、ありがとう by作者) ……なんか、余計なものが入りましたけど。 サトシ君は困惑した様子で首をひねっていました。 そして、 「はぁ…」 ため息を一つ。 「寒くてすぐに暖める方法。これしか思いつかないんだよなぁ。オレってバカだから。 決してやましい思いがあるわけじゃないぞ、ウン。カスミの為を思ってだな」 ぶちぶちといいわけがましい事を言いながらサトシ君はカスミちゃんの隣に体をもぐりこませます。 「へ?」 「ほら。抱き枕兼湯たんぽ」 「……」 「遠慮しなくていいぞ。オレって子供だから体温高いし」 「…うん。じゃあ遠慮無く」 カスミちゃんはおずおずと遠慮がちにサトシ君をギュッと抱きしめました。 「あったかぁ〜い」 「そりゃなによりだ」 「……ねえサトシ」 「ん?」 「…かぜ、うつらないでね?」 「風邪は人にうつせば治るって言うし、うつしてくれても構わないぞ?」 「嫌よ、そんなの」 そう言って、離れようとしたカスミちゃんをサトシ君はギュッと抱きしまます。 「大丈夫。オレはバカだから風邪なんかひかないよ」 「…そうね」 くすくすと笑うカスミちゃんにつられ、サトシも笑顔を浮かべましたが…すぐに真剣な顔になります。 「早く、風邪治せよ」 「うん…」 「そうしたら又ケンカでもして、タケシの奴困らせてやろうぜ」 「そうね」 サトシの言葉に再び笑顔。 その後も取り留めのない会話をしていましたが、やがて、カスミちゃんがウトウトとしてきます。、 おそらく薬が効いてきたのでしょう。 そして、 「喉が渇いたら、ペットボトル新しいのが置いてあるから飲めよ」 「…うん」 「用事が有ったら遠慮無く起こせよ」 「……うん」 「それから……お休み、カスミ」 「………うん。ありがとう、サトシ」 カスミちゃんは、眠りに落ちていきました。 カスミちゃんの寝息が規則正しい物になったのを確認しサトシ君は大きく息を吐きました。 「…疲れた」 それは偽らざる本心。 体ではなく、心の。 カスミちゃんの体調の異変には昼頃から気づいていました。 けれど、カスミちゃんががんばっていたので。 体調の悪さを指摘されたくなかった様子なので。 あえて見て見ぬ振りをしつづけました。 正直、ホントに疲れました。 ほんとは。 すぐにでも駆け寄りたかったんです。 すぐにでも指摘したかったんです。 耐えました。 必死に耐えました。 結局。 夜になって耐えきれなくなって。 カスミちゃんに手を差し伸べました。 幸い、カスミちゃんは手を握ってくれました。 よかった。 万が一にも。 カスミちゃんに意固地になられたらどうしようかと思っていたのですが、その心配は杞憂に終わりました。 よかった。 「足手まといになりたくないとでも思ったのか?」 そう言ってカスミちゃんの柔らかな髪をそっと梳かします。 「バカだな。そんなことオレもタケシも思うわけないのに。持ちつ持たれつだろ? いっつも俺が持たれかかってるんだ。たまにはオレにも持たれかかってこいよ。 そうじゃなきゃ……オレの立つ瀬がないだろ?」 そう言って苦笑しました。 聞いてない相手に言ってもしょうがない。 さりとて元気になってしまったカスミに言っても聞き入れられはしないだろう。 再び苦笑。 「ま、いっか。お休み、カスミ」 カスミちゃんの体を抱きなおし、サトシ君もまた眠りに落ちていきました。 翌日。 朝一番に目を覚ましたタケシが寄り添って眠る二人を発見しましたが。 「……ふむ。枕もとの水。氷枕。必要以上に掛けられた毛布。なるほど。 カスミ風邪引いてたのか。気づかなかったとは、迂闊だったな。 サトシは人間湯たんぽ、と言ったところか」 慌てず騒がず。 一目見てずばり核心を言い当てる。 さすがだ。 「ま、今日のところはゆっくり休むといい。出発は明日に変更だな」 そうつぶやいて、部屋から出ていった。 部屋に残されたのはサトシ君とカスミちゃんの二人。 二人はまだ夢の世界から帰還する様子はなく、部屋には安らかな寝息が二つ響くのみ。 終わり あとがきチックなもの(正しくは言い訳) 今回の話、微妙です。 けんかしてないやん!!とかつっこまないでください。 作者も書き上げてから気づきました。 まあ……でっかい心で見守ってやってください。