彼女は、いつも何かたくらむような顔をしている。 そして、ほとんどの場合、そのたくらみ事は一人の少年を対象に実行される。 【それ】が成功したとき、彼女は笑顔を浮かべる。 天使の微笑みではない。 小悪魔の高笑いを、だ。 ハートフルデイ R.ver マサラ―――【はじまりの街】という意味を持つ街。 有名なポケモントレーナーを過去何人も輩出している街。 そして、現在カントーにおいてもっとも有名であろう少年は街外れの丘にいた。 ポケモンを慕(した)い、ポケモンからも慕われる一流……いや、超一流のポケモントレーナー。 少年の名はレッド。 彼は草の上に寝そべり考え事をしていた。 「わかんねぇ」 ポツリとつぶやいた声は誰に聞かれることもなく空に消える。 もっとも、誰かに聞かせようとしたわけではないので別にそれでも問題はないのだが…… 「…わかんねーよなぁ」 また同じ言葉をつぶやく。 そしてため息。 「ブルーのやつって…何考えてんだろ?…」 考えていたのは知り合いの少女のこと。 彼女は、いつも何かたくらむような顔をしている。 そして、ほとんどの場合、そのたくらみ事は自分を対象に実行される。 【それ】が成功したとき、彼女は笑顔を浮かべる。 天使の微笑みではない。 小悪魔の高笑いを、だ。 だが、レッドは妙な違和感を感じるのだ。 行動、表情、しぐさ、言葉……断定はできないけれど。 ブルーのなにかに。 その事に気づいたのは最近。 よくわからないけれども、その違和感を突き止めなければいけないと思った。 とても大事なことのように思われた。 ブルーにとっても、自分にとっても。 「けどオレ、考え事って苦手なんだよなー……」 目を閉じる。 考え事に集中するつもりだったその行動だが、逆に何も考えることができなくなってしまった。 レッドは…眠ってしまった。 ・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・ 「レッドー!ちょっとレッドー!!」 「ん?」 呼ばれて振り向くと少し離れたところにブルーの姿があった。 「ちょっとこっち来てよ」 「どーしたんだ?」 レッドは彼女のそばへ歩み寄ろうとした。  ズボンッ!! 「うおわぁ!?」 2、3歩足を進めた所で深い落とし穴に落ちる。 「な、なんでこんな所に落とし穴が…」 唖然としていると穴の縁からひょこっとブルーが顔を出す。 「ブルー!おまえの仕業か!!?」 「そんな…あたしがこんな酷い事するって言うの?」 そう言ってうるうると涙ぐんでみせる。 「…違うのか?」 「ううん。あたし」 「ブルー!!」 「あははははは!!」 彼女はそのまま走って逃げ去る。 レッドもすぐに落とし穴から這い上がり、ブルーを追う。 最近マサラ名物として知られるようになった【おいかけっこ】がはじまる。 「待てブルー!」 「待てと言われて待つバカはいないわよ〜だ!」 「今日という今日はとっちめてやる!!」 「そーいうことは捕まえてから言いなさーい!」 ・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・ おきまりのセリフにおきまりのパターン。 結局、彼女には逃げられてしまった、一昨日の出来事。 「………ド……レッ……レッド……レッドってば!」 呼ばれてレッドはゆっくりと目を開ける。 目に飛び込んできたのは茜色に染まった空と少女の顔。 「ん…ブルー…?」 「『ん…ブルー…?』じゃないわよ!こんな所で寝てたらポケモン盗まれるわよ!?」 「いや、今日はポケモン持ってない」 レッドの言葉にブルーは目を丸くし、わざとらしくよろめく。 「あんたがポケモンと一緒じゃないなんて……明日は雨!!?」 「なんでだ!今日はオーキド博士んとこで健康診断受けてんだよ!」 「あ、そうなんだ」 なるほどといった様子でうなずく。 そして、不意に神妙な面もちをしてレッドを見る。 「ねえレッド…」 「なんだよ?」 「その、さ、この前のこと…怒ってる?」 「は?この前のことって?」 「だから!あんたを落とし穴に落としたでしょ!?」 「ああ、その事か。別に怒ってないよ」 「そっか……」 ブルーが心底ほっとした様子で息をつく。 レッドはそれを見て、自分の中の疑問をブルーにうち明けることにした。 「なあブルー。おまえさ、何考えてるんだ?」 「はあ?」 「おまえってさ、オレによくちょっかい出すって言うか……絡んでくるじゃん?」 レッドの言葉にブルーは何も答えずにうつむく。 レッドは言葉を続ける。 「なんでそんなことするんだ?」 「……迷惑?」 「そりゃ…落とし穴に落とされたり、水ぶっかけられたり…そんな事されて喜ぶような奴は そうそういないと思うぞ」 「そう………そうよね」 それだけ言い、ブルーは沈黙する。 レッドもまた沈黙する。 少し冷たい風が二人の間を駆け抜けた。 不意に、本当に不意にレッドは目の前にいる少女が消え去ってしまうような錯覚にとらわれた。 別段ブルーが何か言ったわけではないし、何かしたわけではないのだけれど。 なぜかそう思った。 「ねえレッド」 「な、なんだ?」 「やめて欲しい?」 「? なにをだ?」 「色々ちょっかい出すの」 「ん……」 レッドは口ごもる。 さっきも言ったが落とし穴に落とされたり、水をかけられたりされて気をよくする人間はそうそういない。 レッドもご多分に漏れず、そんな事されたらいい気はしない。 だがしかし……… 迷惑。 その一言を口にするのが、なぜかためらわれた。 「そう。やっぱりそうよね……」 レッドの沈黙を肯定と受け取ったのだろう。 泣いているのだろうか? 体が小刻みに震えている。 「ブルー……その、さ」 慰めようと肩に手をおこうとした瞬間、ブルーがぱっと顔を上げた。 「だからってあたしはやめるつもりないけどね!」 「へ?」 唖然とするレッド。 目の前にはいつもの…そう、小悪魔の笑みを浮かべたブルーの顔があった。 ブルーは唖然とするレッドを後目にさらに言葉を続ける。 「あんたってすっごいからかいがいがあるんだもんvやめろって言われたってやめるもんですか!」 そう言って腕を組み、高笑いをする。 何とも人を食ったブルーの態度。 だが、レッドはその姿にやはり違和感を覚えた。 「何【か】変」なのはわかる。 だが「何【が】変」なのかがわからない。 パーツはそろっているはずなのに組み上げることができない。 喉の奥に刺さった小骨のように気になるのにどうすることもできない。 「どうしたのよ、真剣な顔して黙りこくっちゃって?」 「……」 「まあいいけど。あっ!もうこんな時間!あたしもう帰るね。じゃ、またあした!」 ブルーは一方的にそう言い、その場から立ち去ろうとレッドに背を向けた。 その瞬間、レッドの頭の中で【何か】が組み上がった。 「かまってやるから!」 レッドは【それ】をそのまま言葉にしてブルーの背に投げかけた。 ブルーはピタリと歩みを止める。 「…何言ってんの?あんた」 振り返ることなくブルーがそう言う。 「そのままの意味だ」 「『かまってやる』って…何バカなこと言ってるのよ」 「でも、かまってほしいんだろ?」 「!!? そんなこと――」 「演じなくてもいい。【強い】事を演じなくてもいいんだ」 「……」 返事はない。 レッドはさらに言葉を紡ぐ。 やっと全てがわかったから。 やっと、全てが、わかった気がしたから。 「おまえがオレにちょっかいをかけてきたのはかまってほしかったからなんだろ?」 「ちがうわよ。あんたが――」 「鳥ポケモンにさらわれて、ずっと一人で生きてきたんだよな。 だから強くなくちゃいけなかったんだよな」 「……」 「やっと生まれ故郷のマサラにたどり着いたけど………けど、知り合いはいなかったんだよな」 レッドはブルーに近寄り、そっと後ろから抱きしめた。 「寂しかったんだよな。自分の居場所がほしかったんだよな」 ブルーは何も言わなかった。 「でもな、演じなくてもいいんだ。弱くたっていいさ。おまえはここに……マサラにいていいんだ。 おまえはオレの大切な友達なんだからな」 「レッド……」 「大丈夫だ。オレはおまえを必要としてるから」 「……うん……」 ブルーは肩を震わせ、瞳から大粒の涙を流していた。 それがブルーの本当の姿。 自分の居場所がほしくて、誰かに自分の存在を認めてほしくて、でも素直になれなくて…… 強がって自分を偽り、他人を傷つけることで自分の存在を認めさせようとしていたブルー。 弱い本当の自分は、知られないように巧妙に隠していた。 だが、レッドは気づいた。 誰にもわからないように、誰にも気づかれないように隠し続けていた本当のブルーに気づくことができた。 なぜならそれは…… 「オレ、さ……おまえのことが好きなんだと思う」 「え!!?」 自然に出てきた言葉にブルーよりもレッドが驚いた。 「レッド、今なんて?」 「だから、おまえのことが好きかもしれない」 頬をかきなだらレッドは赤くなってそう言う。 「よく、わかんないけど、そう思う」 「ほんと?」 「ああ…」 そう言ってレッドはブルーを抱きしめる腕に力を込める。 「おまえに側にいてほしいって思ってる。おまえに悲しんでほしくないって思ってる。 これって好きって事だよな?おまえのことが」 「うん」 「だから、俺の前では演じないでくれ。弱いおまえを見せてくれていいんだ。 何があろうと俺はおまえのそばを離れないから…離れたくないから。守ってやるから」 「レッド…」 ブルーは声をあげて泣いた。 人前で声をあげて泣くなど初めてのことだった。 人に弱みなど見せることはできなかった。 でも、レッドの前でなら……。 そう思いブルーはレッドを、自分を想ってくれ、自分をわかってくれた少年を見る。 「ねえ、レッド」 「なんだ?」 「これからも、かまってくれる?甘えさせてくれる?」 「もちろんだ」 レッドはにっこり微笑み、力強くそう答えた。 「ありがとう」 ブルーはにっこり微笑む。 それはブルーが初めて、心の底から言った感謝の言葉だった。 「……」 「?? レッドどうしたの?」 「あ、ああっ?い、いや、なんでもない!」 ブルーの笑顔に見とれていたレッドは真っ赤になって手をパタパタ振る。 「それより、もう暗くなってきたしそろそろ帰ろーぜ」 「あ、うん」 歩き出したレッドの後をブルーが慌てて追う。 「……」 「?? ブルーどーした?」 「え、ええっ?う、ううん、なんでもない」 ブルーは赤くなって手をパタパタ手を振る。 つい先ほどの会話と立場がまったく逆。 違うのはブルーの視線がレッドの手をじっと見ていること。 普段は鈍いレッドだが、今日は珍しくその視線の意味するものに感づく。 「ブルー」 「あ…」 ブルーの手をそっと握る。 「こうしたかったんだろ?」 「……うん」 赤くなってしまったブルーをレッドは柔らかな微笑を浮かべて見つめる。 「……ありがと」 「ああ…あ、そうだ」 「??」 「お前家帰っても一人なんだろ?」 「うん」 「じゃあうちこいよ」 「いいの!?…じゃあお邪魔しちゃおうかな?」 「おう」 「それじゃ家帰って着替えとか持ってくるね!」 そう言って駆け出そうとするが、レッドが手を放さない。 「あの…レッド、手…」 「放す必要ないだろう?俺も一緒に行くからさ」 にっこり微笑まれてそう言われてはブルーに言い返す事などできない。 結局そのままブルーの家まで、さらにはそこからレッドの家まで二人はず〜っと手をつないだままだった。 後日、二人がマサラの人々の話題になった事は言うまでもない。 お・わ・り♪