彼女は、いつも何かたくらむような顔をしている。 そして、ほとんどの場合、そのたくらみ事は一人の少年を対象に実行される。 【それ】が成功したとき、彼女は笑顔を浮かべる。 天使の微笑みではない。 小悪魔の高笑いを、だ。 ハートフルデイ B.ver マサラ―――【はじまりの街】という意味を持つ街。 有名なポケモントレーナーを過去何人も輩出している街。 そんな街に彼女はいた。 「ふんふんふ〜ん♪♪」 ご機嫌な様子でスキップをしながら街中を闊歩する少女。 名はブルー。 マサラの住民だ。 マサラの住民といえば情に厚くて正義感が強い……という人がほとんどだが、彼女は違う。 いたずら大好きな、まるでやんちゃな少年のようなのだ。 もっとも、そのいたずらは特定の少年に向けられるものなのでマサラの人々は迷惑に思ったことなどない。 むしろ微笑ましいとさえ思っているのだ。 当事者である少年には悪いが。 なんだかんだ言ってマサラの住人から愛されている彼女。 しかしその過去は複雑だ。 幼い頃、大型の鳥ポケモンにさらわれるという災難に遭っている。 そのせいで今でも鳥ポケモンが苦手。 しかし、普段の彼女はそんなそぶりを見せない。 そう、彼女は強いのだ。 「さ〜て、今日はどうやってレッドをいぢめようかな〜」 なかなかに物騒な事を言いながらブルーは歩く。 「昨日は落とし穴大作戦!だったし…その前は水も滴るポケモントレーナー作戦!だったし……」 「あっ!ブルーさん!」 「へっ?」 不意に声をかけられ振り向くとそこには麦わら帽子をかぶった少年…いや、少女。 「こんにちは」 「あらイエローじゃないの」 イエロー・デ・トキワグローブ。 トキワシティに住んでいる少女はブルーの質問ににっこりと微笑む。 その笑顔にブルーは思わずどきりっとさせられる。 彼女は時に見るものの心をほんわかとさせてくれるような…陳腐な言葉になってしまうが素敵な笑顔。 そんな笑顔を浮かべることがある。 「ねえレッド見なかった?」 「レッドさんですか?さっき街外れの丘に歩いていくのを見ましたけど」 「ふ〜ん……ポケモンバトルの特訓でもするつもりかしら?まあいいわ。ありがと、イエロー」 そう言って立ち去ろうとするが、 「あ、あの、ブルーさん!」 イエローに呼び止められる。 「えっ?なに?」 「その…またレッドさんを、いぢめに行くんですか?」 「いぢめるだなんて人聞きの悪い…ちょっとからかうだけよ」 「それをいぢめるって言うんじゃあ…?」 ボソッといったイエローの言葉をブルーは聞き漏らさない。 「へ〜、そ〜言うことを言うんだ〜」 「!?」 ブルーの言葉に、そして表情にイエローはぎくっとする。 「そーいえばさ〜、何でイエローはマサラにいるの?」 「え?いや、ちょっと用事があって……」 「グリーンにあいに来たんでしょ?」」 ご明察。 ブルーの言葉にイエローは赤くなる。 そんなイエローを見てブルーはさらに追撃をする。 「は〜…いいわね〜、ラブラブで」 「なっ!??ちが、ちがいますよ!僕はポケモンの事を色々話してもらおうと思って来てるんです!」 「ふ〜ん。そっかぁ……」 どうやら納得してくれたらしい…そう思いイエローはほっとため息をつく。 しかし、それは甘い考えだった。 これからこそが本番。 「だとしたらあの噂はほんとだったんだ」 「うわさって…なんですか?」 「………聞きたい?」 どうもブルーのいう噂というのはグリーン関係のようだからぜひとも聞きたいところだ。 しかしながらブルーの表情…そう、獲物を捕らえようとする肉食獣の表情をみて言葉に詰まる。 「……聞きたいです」 しかし、最後はグリーン関係だからという好奇心が勝った。 ブルーはしてやったりの表情をしている。 「じゃ、聞かせてあげる。実はね、グリーンってば近所の女の子とこっそり付き合ってるらしいのよ」 「ええ!!???」 イエロー大ショーック!! 愕然とする。 「そ、それ…ほんとですか!?」 「ううん。デマよ」 「……」 あっさりと否定するブルー。 ぽかんとするイエロー。 空では太陽がさんさんと輝いている。 「え、え〜っと…デマ、なんですか?」 「みたいよ。グリーンに聞いたら『そんな事実はない』っていつも通り無愛想に言ったもの」 「そうなんですか」 根も葉もないデマ。 それを聞いてイエローは一安心。 「よかった」という言葉は口には出さない。 「ただねイエロー。この噂、デマには違いないけど根も葉もあるわよ」 「? どーいう事ですか?」 「さ〜てね。それはグリーンにでも聞きなさい」 ぽんぽんっとイエローの肩を叩く。 「まっ、がんばんなさい。ライバルは結構多いけどね」 「ライバル??」 「そっ!恋のライバル。グリーンは倍率高いからそれなりの覚悟はしときなさいよ」 「ブルーさん!!」 さすがのイエローも大きな声を出す。 そんなイエローを見てブルーはケタケタと笑う。 そう、小悪魔の高笑いだ。 「ま、あたしの見たところじゃその他大勢よりもイエローの方が二歩も三歩も リードしてるように見えるけどね。でも気をつけなさいよ。大どんでん返しってのもあるんだから」 そう言ってイエローの頬をつんつんっと突っつく。 「そうならないためにもたまにはお洒落でもしてグリーンに会いにいってあげなさい。 グリーンの事だからきっと何も言わないでしょうけど喜ぶはずだから」 「……そうでしょうか?」 「そうよ。……わかった、わたしに任せなさい!今日は無理だけど今度は見事に イエローを「女の子」にしてあげるわ!!!」 拳を握り締めてブルーが燃え上がる。 「……」 イエローは絶句している。 「それじゃね、イエロー」 「あ、はい」 イエローの気のない返事を背にブルーは街外れの丘へと駆けて行った。 (イエローもあれよね。いいかげん自分の気持ちに素直になればいいのに) 歩きながらブルーは思う。 (ま、それを言ったらグリーンもそうなんだけどね。 もっとも、グリーンの場合見る人が見れば丸わかりなんだけどね) 純真無垢で奥手なイエロー。 冷静沈着で感情表現に乏しいグリーン。 不器用な二人。 傍観する者として、からかう者としてこれ以上面白いものはない。 もっとも、最終的にはうまい事まとまってほしいと思うのだが…… 「うまい事まとまってほしい…か」 ポツリとつぶやく。 「あたしも、まとまれるような相手いるのかな?」 街外れの丘の上に、彼はいた。 マサラタウン屈指の…いや、カントー屈指のポケモントレーナーレッド。 ブルーのいぢわるの対象となる悲しい人物。 「…寝てる?」 ブルーの言葉通り、彼は草の上に横になり、すやすやと規則正しい寝息を立てていた。 穏やかで、子供のような…純真な寝顔を見て、ブルーの心がちくりと痛む。 毎日毎日、ブルーはレッドに対して悪戯をしかける。 そのたびにレッドは怒って。 けれどブルーはそれに懲りずに次の日も……。 きっと、レッドは迷惑に思っているだろう。 ブルーがそんな事を思っていると…… 「……ブルー………」 「!!?」 名を呼ばれ、ドキッとする。 しかし次の瞬間、冷や水を浴びせられたかのようになる。 「よくも………落とし穴……」 「……」 多分一昨日の出来事の事を夢に見ているのだろう。 それはやっぱり…悪夢なのだろうか? そう思ったら…いてもたってもいられなくなり、レッドを起こそうとする。 「レッド……レッドってば!」 ブルーの呼びかけにレッドはゆっくりと目を覚ます。 「ん…ブルー…?」 「『ん…ブルー…?』じゃないわよ!こんな所で寝てたらポケモン盗まれるわよ!?」 「いや、今日はポケモン持ってない」 ブルーはレッドの言葉に目を丸くし、わざとらしくよろめく。 「あんたがポケモンと一緒じゃないなんて……明日は雨!!?」 「なんでだ!今日はオーキド博士んとこで健康診断受けてんだよ!」 「あ、そうなんだ」 なるほど思いうなずく。 同時に思う。 ひょっとして、この前の落とし穴の影響でモンスターボールなり、ポケモン達なりに 何らかの悪影響を及ぼしてしまったのではないだろうか? レッドはお人好しだからなにも言わないだけで本当は怒っているのではないだろうか? 「ねえレッド…」 「なんだよ?」 「その、さ、この前のこと…怒ってる?」 「は?この前のことって?」 「だから!あんたを落とし穴に落としたでしょ!?」 「ああ、その事か。別に怒ってないよ」 「そっか……」 ブルーは心底ほっとして息をつく。 するとレッドに逆に疑問を投げかけられる。 「なあブルー。おまえさ、何考えてるんだ?」 「はあ?」 「おまえってさ、オレによくちょっかい出すって言うか……絡んでくるじゃん?」 それは…触れて欲しくないことだった。 しかしレッドは言葉を続ける。 「なんでそんなことするんだ?」 「……迷惑?」 「そりゃ…落とし穴に落とされたり、水ぶっかけられたり…そんな事されて喜ぶような奴は そうそういないと思うぞ」 「そう………そうよね」 ブルーは俯いて沈黙する。 なにも言えなかった。 なにを言えというのか? 寂しかったと、正直に言えというのだろうか? 仮にもし、そう言ったら、レッドはどうするのだろう? 多分哀れむだろう。 ブルーはそんなの嫌だった。 哀れみの目で見られたくない。 レッドには、レッドからはそんな目で見られたくなかった。 少し冷たい風が二人の間を駆け抜けた。 もしそんな目で見られるくらいなら、レッドの前からいなくなったほうがましだ! 「ねえレッド」 「な、なんだ?」 「やめて欲しい?」 「? なにをだ?」 「色々ちょっかい出すの」 「ん……」 レッドは口ごもった。 落とし穴に落とされたり、水をかけられたりされて気をよくする人間などいない。 レッドもきっとそうだろう。 痛い目に逢い、バカにされ、きっと迷惑に思っているだろう。 「そう。やっぱりそうよね……」 レッドの沈黙がなによりの証。 体が小刻みに震えるのが自分でもわかった。 それを必死の押さえ込もうとするが…無理だった。 でも、それを悟られたくなかった。 「ブルー……その、さ」 慰めようとレッドが肩に手をおこうとした瞬間、ぱっと顔を上げた。 必死で、笑みを浮かべて。 「だからってあたしはやめるつもりないけどね!」 「へ?」 唖然とした様子のレッド。 ブルーはいつもの…そう、小悪魔の笑みを浮かべた。 唖然とするレッドを後目にブルーはさらに言葉を続ける。 「あんたってすっごいからかいがいがあるんだもんvやめろって言われたってやめるもんですか!」 そう言って腕を組み、高笑いをした。 それが強がりだとばれないように。 いつもの自分を演じるように。 大丈夫、きっとばれない。 ばれたりしない。 そう思いながら黙ってしまったレッドに話しかけた。 「どうしたのよ、真剣な顔して黙りこくっちゃって?」 「……」 「まあいいけど。あっ!もうこんな時間!あたしもう帰るね。じゃ、またあした!」 ブルーは一方的にそう言い、その場から立ち去ろうとレッドに背を向けた。 もう……無理だろう。 明日からはレッドに悪戯をしかけるわけにはいかない。 これ以上やればきっと…レッドは自分から離れて言ってしまうと思ったから。 けれど…… 「かまってやるから!」 レッドにかけられた言葉に。 ブルーはピタリと歩みを止める。 「…何言ってんの?あんた」 振り返ることなくそう返す。 あてずっぽに違いない。 そうでなければ、何で…… 「そのままの意味だ」 「『かまってやる』って…何バカなこと言ってるのよ」 「でも、かまってほしいんだろ?」 「!!? そんなこと――」 「演じなくてもいい。【強い】事を演じなくてもいいんだ」 「……」 何で……こんなにも。 こんなにも、自分の考えていた事が分かるのだろうか? レッドはさらに言葉を紡ぐ。 「おまえがオレにちょっかいをかけてきたのはかまってほしかったからなんだろ?」 「ちがうわよ。あんたが――」 「鳥ポケモンにさらわれて、ずっと一人で生きてきたんだよな。 だから強くなくちゃいけなかったんだよな」 「……」 「やっと生まれ故郷のマサラにたどり着いたけど………けど、知り合いはいなかったんだよな」 レッドがそっと後ろから抱きしめてくれた。 暖かかった。 「寂しかったんだよな。自分の居場所がほしかったんだよな」 ブルーは何も言わなかった。 「でもな、演じなくてもいいんだ。弱くたっていいさ。おまえはここに……マサラにいていいんだ。 おまえはオレの大切な友達なんだからな」 「レッド……」 「大丈夫だ。オレはおまえを必要としてるから」 「……うん……」 ブルーは肩を震わせ、瞳から大粒の涙を流した。 それが…本当の姿。 自分の居場所がほしくて、誰かに自分の存在を認めてほしくて、でも素直になれなくて…… 強がって自分を偽り、他人を傷つけることで自分の存在を認めさせようとしていた自分。 弱い本当の自分は、知られないように巧妙に隠していた。 だが、レッドには気づかれてしまった。 誰にもわからないように、誰にも気づかれないように隠し続けていた本当の自分に気づいてくれた。 嬉しかった。 「オレ、さ……おまえのことが好きなんだと思う」 「え!!?」 かつてないほどに心臓がはね上がる。 「レッド、今なんて?」 「だから、おまえのことが好きかもしれない」 頬をかきなだらレッドは赤くなってそう言う。 「よく、わかんないけど、そう思う」 「ほんと?」 「ああ…」 そう言ってレッドはブルーを抱きしめる腕に力を込めた。 「おまえに側にいてほしいって思ってる。おまえに悲しんでほしくないって思ってる。 これって好きって事だよな?おまえのことが」 「うん」 「だから、俺の前では演じないでくれ。弱いおまえを見せてくれていいんだ。 何があろうと俺はおまえのそばを離れないから…離れたくないから。守ってやるから」 「レッド…」 ブルーは声をあげて泣いた。 人前で声をあげて泣くなど初めてのことだった。 人に弱みなど見せることはできなかった。 でも、レッドの前でなら……。 そう思いブルーはレッドを、自分を想ってくれ、自分をわかってくれた少年を見た。 「ねえ、レッド」 「なんだ?」 「これからも、かまってくれる?甘えさせてくれる?」 「もちろんだ」 レッドはにっこり微笑み、力強くそう答えてくれた。 「ありがとう」 ブルーはにっこり微笑む。 それはブルーが初めて、心の底から言った感謝の言葉だった。 「……」 「?? レッドどうしたの?」 「あ、ああっ?い、いや、なんでもない!」 何故か赤くなりじっと見つめてきたレッドに不思議そうに首を傾げる。 レッドは慌てた様子で言葉を発する。 「それより、もう暗くなってきたしそろそろ帰ろーぜ」 「あ、うん」 急に歩き出したレッドの後をブルーが慌てて追う。 不意に、レッドの手に目が言った。 自分のものより大分大きな手。 あの手に繋がれ、歩いていけたら嬉しいなと思った。 まあ、レッドは鈍いから、自分から「手を繋いで」といわなければわからないだろうけど。 「?? ブルーどーした?」 「え、ええっ?う、ううん、なんでもない」 ブルーは赤くなって手をパタパタ手を振る。 つい先ほどの会話と立場がまったく逆。 違うのはブルーの視線がレッドの手をじっと見ていること。 普段は鈍いレッドだが、今日は珍しくその視線の意味するものに感づく。 「ブルー」 「あ…」 ブルーの手をそっと握る。 「こうしたかったんだろ?」 「……うん」 レッドに柔らかな微笑で見つめられ、ブルーは赤くなる。 「……ありがと」 「ああ…あ、そうだ」 「??」 「お前家帰っても一人なんだろ?」 「うん」 「じゃあうちこいよ」 「いいの!?…じゃあお邪魔しちゃおうかな?」 「おう」 「それじゃ家帰って着替えとか持ってくるね!」 そう言って駆け出そうとするが、レッドが手を放さない。 「あの…レッド、手…」 「放す必要ないだろう?俺も一緒に行くからさ」 にっこり微笑まれてそう言われてはブルーに言い返す事などできない。 結局そのままブルーの家まで、さらにはそこからレッドの家まで二人はず〜っと手をつないだままだった。 後日、二人がマサラの人々の話題になった事は言うまでもない。 お・わ・り♪