二者択一って言葉がある。 二つのうちどちらか一方を選ぶ…といった意味を持つ。 けど…おかしくないか? だって手は二本あるんだぜ? 「…サトシ……」 「ぴかぴ…」 「…」 リンゴとミカン、二つあったら両方とも掴めるじゃないか。 手にする事ができるじゃないか。 どっちか片方だけしか手にできないなんて誰が決めたんだ? 二者択一なんて言葉は間違ってる! 「いー加減にしなさーい!」 「うわぁ!!」 耳元で大声で叫ばれ、サトシは思わずのけぞる。 「な、なんだよカスミ?」 「なんだよ…じゃないわよ!さっさと選んだら?」 「わかってる」 「この後買い物にも行くんだから早くしなさいよ!」 「わかってるって!」 この街のそばの山では貴金属が産出されるため、この街には装飾品を扱う店が多い。 カスミはそれを見るのが楽しみだからこそサトシを急かしているのだが…… サトシはカスミに怒鳴り返し、再びショーウインドーの中を覗きこむ。 「親子丼か…でも天そば定食も捨てがたいし……」 「…」 「…」 「…ぴかぴ」 再び悩み始めるサトシを見てカスミ、タケシ、ピカチュウの三人はため息をつくのだった。 結局、サトシは親子丼、天そば定食両方を注文するという暴挙に出た。 しかも両方とも完食。 そうなると結果は火を見るより明らかで… 「うっぷ……気持ちわるい…」 食後の散策をしながらサトシがうめく。 「あれだけ食べれば当然じゃない」 「だからどっちか一つだけにしとけって言っただろう?」 「ぴかぴ…ぴかぴかちゅう」 「まったく…欲張ったりするから…」 「なんだよぉ〜みんなして〜…うぐ!」 サトシが不意に口に手を持っていく。 「ちょっ!こんな所で吐かないでよ!」 「サトシ、あの公園で少し休もう」 「ああ…そうしようぜ……」 サトシはふらふらしながら公園の中に入っていき、木陰に横たわる。 「あっ!こらサトシ!食べてすぐ横になるとミルタンクになるわよ!!」 「だめ……寝てないと死ぬ…それにミルタンクにならなってもいいかも…」 「馬鹿言ってないで!ほら、起きなさい!!」 「やーめーろー!」 起こそうとするカスミと抵抗するサトシ。 ケンカしてるのかじゃれているのか? 「……イチャついてるに一票」 「ぴっか」 作者もイチャついてるに一票で計三票。 他に意見のある方いませんか〜? 「僕はじゃれあってるに一票かな?」 「えっ?」 不意に背後から聞こえた声にタケシとピカチュウが振りかえる。 そこには少年とピカチュウの姿。 「ヒロシ!レオン!」 「ぴかぴか!」 「久しぶり、タケシ君。サトシにカスミちゃんも――」 「だ〜か〜ら〜!いい加減に〜!!」 「起〜き〜た〜ら〜死〜ぬ〜!!」 二人はヒロシの出現に気づいていない。 「ふぬぬぬぬ!!」 「うぐぐぐぐ!!」 「……相変わらずだね、二人とも」 苦笑しながらヒロシは二人に近寄り、肩に手を置く。 「「止めるな(ないで)タケシ!!」」 「いや、僕タケシ君じゃないし…」 「「……ヒロシ(君)!!?」」 どーでもいいが、サトシとカスミ声ハモらせすぎ。 まあそれはそれとして。 さっきまで「起きると死ぬ」などとほざいていたサトシだが、 おもむろに起きあがり、ヒロシの腕を掴みブンブンと振る。 「うっわー!久しぶりだなヒロシ!!」 「うん。元気にやってた?…なんて聞くまでもないかな」 「そーいう事!オレはいつでも元気爆発だぜ!!」 そう言ってガッツポーズを取る。 さっきまでの醜態は何だったのだろうか? 「どうだヒロシ?いっちょポケモンバトルでも?」 「そうだね…と言いたいところだけど、ごめん」 「ええ〜!」 「ここのところレオン達には無理させてきたから休ませてやりたいんだ」 「ふーん、だったらしょうがないか」 「ごめんねサトシ」 「いいっていいって」 「そーいえばサトシ知ってる?ここにポケモン博物館があるって事?」 「ポケモン博物館!?」 「うん。珍しいポケモンの写真とかポケモンの化石とか色々あるらしいよ。 僕は今から行くつもりなんだけどサトシも来るかい?」 「行く行く!!」 サトシは一も二もなくうなずく。 「じゃ、行こ――」 「ちょっと待ってよサトシ!」 「あ、なんだよカスミ?」 「これから買い物に行く予定だったじゃない!?」 「ああ、そーいやそうだっけ。でもまあ今度でもいいだろ?今すぐに必要なものはないんだし」 「でも…」 「…わかったよ」 サトシがの言葉にほっとカスミは息をつくが… 「カスミは買い物に行けばいいだろ。俺はヒロシとポケモン博物館に行くからさ」 「!!」 絶句する。 「…ねえサトシ、カスミちゃんと買い物に行く約束してたんだろ?そっちを優先させた方がいいんじゃない?」 「いいっていいって」 「いやでも…」 「だーいじょうぶだって。な、カスミも――」  ボクッ!! 「おぐぁ!!」 「サトシのぶぁか〜!!」 振りかえったサトシの顔面にカスミの拳がジャストミ〜ト!! もんどりうって倒れるサトシを尻目にカスミは走り去ってしまった。 「あーあ。拗ねちゃった」 「ぴかちゅ…」 タケシがサトシをジト目で見る。 「だーれの所為(せい)だろな、ピカチュウ」 「ぴっぴかぴ」 「なんだよ!俺が悪いってのかよ!!」 サトシはがばっと起きあがる。 「別にサトシが悪いとは言ってないよな〜ピカチュウ」 「ぴっか」 「……」 目は口ほどにものを言う。 サトシを見るタケシとピカチュウの目は冷たい。 サトシは不機嫌そうな顔をしながらも口をつぐむ。 「で、どうするんだ?」 「…」 「サトシ、カスミちゃんは僕が連れ戻すからとりあえず顔の手当てしときなよ」 「悪い、ヒロシ」 「じゃ、いってくるね。レオン、行こう」 「ぴっか」 「あ、ヒロシ!」 走り去ろうとしたヒロシにサトシが声をかける。 「なに?」 「その……」 「?? だから何?」 「…」 ヒロシはにこにこしてサトシの言葉を待つ。 サトシが何を言いたいのかわかっているのにわざわざ言わせようとしているのだ。 「サトシ、言ってくれなきゃわかんないよ?」 「だから…悪かったって。カスミに」 「わかった。ちゃんと伝えるから」 サトシの言葉を聞き、ヒロシはにっこり微笑むとカスミの後を追った。 その後ろ姿を見送るサトシにタケシが声をかける。 「いちおー自分が悪いって事はわかってるみたいだな、サトシ」 「だからってグーで殴るか?グーで!?仮にも女なのに」 「悪いのはサトシだ」 「そりゃ……買い物の約束の方が先だったんだし……けどさ、ヒロシと会ったらなんかテンション 上がっちゃってつい…」 「約束は約束だ」 「わかってるよ…」 そう言ってサトシはため息をつく。 「買い物か……カスミになんか買ってやろうかな?」 カスミは街外れの公園のベンチにいた。 「はぁ〜…」 ため息を一つ。 「やっちゃった…」 そしてまたため息。 つい、サトシに渾身の右ストレート(正拳突きでも可)を食らわしてしまった。 「そりゃさあ、あたしだってわかってるつもりよ。ヒロシ君に久しぶりに会ったんだから 交流を深めるのもいいことだと思うわよ。買い物なんて明日だって明後日だってできるけど、 ヒロシ君とは今度いつ会えるかわかんないんだから」 そう言ってうんうんと頷く。 「だから、あの時……すんなりサトシを行かせてあげればよかったのに…」 そうしなかったのは何故か? それは多分…悔しかったから。 本当に嬉しそうな笑みを浮かべるサトシ。 食べ過ぎによる苦しみすらも忘れるほど喜び、買い物の約束をドタキャンしたサトシ。 すべては……ヒロシに会えたから。 悔しかった。 自分よりもヒロシのほうが大切なのかと。 ……いや。 悔しかった、じゃない。 嫉妬。 ジェラシー。 やきもち。 言い方は色々だが、それをヒロシに抱いた。 よりによって男のヒロシに。 しかもそれをサトシにぶつけてしまった。 はっきり言って、 「……あたし最悪」 頭を抱えてため息。 「ちゅきちゅき?」 「ん?」 トゲピーが心配そうにカスミの顔を覗きこむ。 「ここが痛いの?」と言いたいのだろうか? カスミの頭を…正確にはおでこを…小さな手で撫でてくる。 「あは。大丈夫よトゲピー、頭が痛いわけじゃないんだから。心配してくれてありがと」 「ちゅきちゅき!」 「もう一人心配してる人かがいるんだけど」 はっと顔を上げるとヒロシがすぐそばに立っていた。 「!!? ヒロシ君!?」 「隣いいかな?」 「あ、うん」 カスミが場所を空けてやるとヒロシは腰を下ろす。 レオンはトゲピーの相手をするつもりらしく、トゲピーに近寄った。 「ちゅきちゅき!!」 「ぴか!?」 ……前髪を引っ張られた。 まあポケモン達の事は置いておいて、カスミとヒロシはしばらく黙ったまま座っていた。 先に口を開いたのはカスミだった。 「ごめんね、心配させちゃって」 「え?…ああ。違うよ、さっき言った心配してる人って僕の事じゃないよ。 あ、もちろん僕も心配してたけどね」 「じゃあタケシ?」 「カスミちゃん…わかってて言ってる?」 「……」 カスミは沈黙する。 心配してる人とはもちろんサトシの事。 なんとなく予想はしていたが、もし「サトシが?」と聞いてノーの返事だと哀しいから言わなかっただけ。 「まあ、なんて言うかな。サトシってば一つの事に集中すると周りが見えなくなるだろ?」 「うん」 「だからさ、カスミちゃんとの約束を蔑(ないがし)ろにしたわけじゃないんだよ」 「そんなことわかってる!」 「そうだね。サトシの事をカスミちゃんにどうこう言うなんて「釈迦に説法」だよね」 「どーいう意味よ?」 カスミがぶっきらぼうにそう言うがその頬は赤い。 ヒロシはカスミの問いには答えず、笑みを浮かべ話を続ける。 「何ていうか…二人を見てると、こう……」 「?」 「ああ、なんて言えばいいんだろう?わかんないや」 ヒロシは苦笑する。 「とにかくさ、サトシ達の所に戻ろう」 「…そうね。サトシにも謝らないと…グーで叩いちゃったから」 カスミの言葉にヒロシは吹き出す。 お互いに謝ろうとするサトシとカスミ。 謝りあっているうちに「俺が悪い!」だの「あたしが悪い!」だの言い始めて、 再びけんかを始める二人の映像が浮かんでしまったのだ。 「なによ?」 「ごめん、ちょっと。さ、早く行こう。レオン行くぞ……レオン?」 先ほどまですぐそばでトゲピーと遊んでいたレオンの姿が見えない。 「トゲピーもいない…トゲピー!」 「レオーン!!」 辺りを探す二人。 目に見える範囲にレオンとトゲピーはいない。 今二人のいる公園は街外れにあるだけに広いのだ。 「トゲピー!レオーン!?」 「おーい!」 二人は人目に付きづらい公園の奥に足を踏み入れ、次の瞬間、目の前が真っ暗になった。 一方、サトシ達は手持ち無沙汰にカスミとヒロシを持っていた。 「いいかサトシ、カスミが戻ってきたらちゃーんと謝るんだぞ」 「だーかーらー!わかってるって言ってるだろ!?何回目だと思ってるんだよ!?」 「サトシの場合は何回も言っとかないとすぐ忘れそうだからな」 「そんな事ないって」 「いーやありえる!サトシ…お前は気づいてないようだから言っておくがな」 「な、なんだよ…?」 真剣な表情をみせるタケシにサトシは気後れする。 「柔軟な発想、一つのことに集中できること。この二つはお前の長所だ。 だがな、逆に短所…弱点でもあるんだぞ。 「え?」 「柔軟すぎる発想、一つのことに集中しすぎること。カスミとけんかになる理由がこれだ」 「……」 「特に一つのことに集中しすぎるのはよくない。周りが見えなくなるからな。 集中しつつ、周りを見て、状況を把握する。人生においてもバトルにおいても大切なことだ」 「そう…だな」 サトシがしゅんとするのを見てタケシは苦笑する。 「そんなに落ち込むなよ。さっきも言ったけどそれはおまえの長所でもある。 少しずつ良い方に伸ばすよう努力すればいいんだ」 「……オレ、にできるかな?」 「それはお前次第だ」 「そうか……」 「ぴかぴ」 うつむくサトシ。 ピカチュウが心配げにサトシの顔を覗きこむ。 だがそこにはいつもの溌剌(はつらつ)としたサトシの顔があった。 「ぴかぴ!」 「ああ、オレは大丈夫だピカチュウ」 「の、ようだな」 「どんな弱点だって克服できるんだ。オレはオレの弱点をなくす!そしてポケモンマスターになるんだ!」 ぐっと拳を握り締め、宣言する。 「…まあとりあえず、カスミにはちゃんと謝れよ」 「………ああ」 複雑な顔をするサトシを見てタケシは声に出さず笑う。 (サトシの弱点…他にもあったな) 「それにしても……遅いなぁ二人とも…」 「そーいえばそうだな。ちょっと遅すぎるような…」 辺りを見まわすタケシの目に見なれた、しかしあまり見たくない三人組の姿がうつった。 「おいサトシ!ロケット団だ!!」 「な、なんだって!?」 「ぴぴかちゅ!?」 慌ててタケシの指差す先に目をやると確かにロケット団のへなちょこ三人組。 相手もこちらに気づいたらしく、近づいて来た。 「ロケット団!今日は何をしに来たんだ!?」 「そういきがるでないよジャリボーイ」 「そうそう、俺達今日はなーんにも悪い事するつもりないから」 「今日は使いっ走りなのにゃ」 「ってなわけではいこれ」 ムサシはサトシに茶封筒握らせると、走って去っていく。 「じゃ、確かに渡したからね〜!」 「がんばれよ〜!」 「ばいにゃらー!」 「あ、おいお前達!……いっちゃった。なんなんだあいつら?」 「サトシ、その封筒になにかはいってるんじゃないか?」 「そうだな。……手紙だ。なになに」  拝啓   新緑がまぶしい季節になってまいりましたがいかがお過ごしでしょうか。   さて、本日なぜお手紙させてもらいましたかと申しますと   平素より我々ロケット団と懇意にしておられるポケモントレーナーサトシ様を   とある催しに招待しようと思い、こうして筆をとった次第です。   ただし、出席者は一名様に限らせていただく事をご了承願います。   出席欠席は自由ではありますが、貴方様がお越しくださいますよう   一同強く願う次第です。   地図を同封します。是非御出席くださいませ。                         敬具  追伸   なお、欠席されますと、後々とても後悔されると思います。   友達は多い方が良いですからね。 「……」 「……」 「……」 「タケシ、どう思う?」 「…答えは一つしかないな」 「カスミとヒロシ、か?」 「間違いないな」 サトシは封筒の中からさらに紙を一枚取り出す。 それはこの街の簡単な地図。 その街外れにバツ印が書かれている。 そこに来いと言うことなのだろう。 「…よし、行くぞピカチュウ」 「待てサトシ!一人で行くつもりか!?」 「手紙にはオレ一人で来いって書いてあったんだぜ?」 「しかし!」 「カスミとヒロシが捕まってるんだ。しかたないだろ?大丈夫。何とかするって」 そう言って親指を立てる。 「そうか…気をつけろよ」 「わかってる。けど………いざって時は、頼むぜ」 そう言ってサトシは走り出した。 「……確かこのへんだと思ったんだけど…」 「や〜っと来たか」 「だれだ!?」 辺りを見まわす。 「だれだっ!?と聞かれたら!」 「答えないのが普通だが!!」 「ああ!ヤマトにコサンジ!!」 「コサブロウだ!!」 叫ぶコサンジ…もとい、コサブロウ。 「この手紙を書いたのはお前らか!!カスミとヒロシはどうした!!? ってゆーか!だいたいおまえらそれは何の真似だ!!?」 ヤマトとコサブロウは何故か鉄の檻の中にいる。 当然サトシとの会話は鉄格子越しだ。 「…ひょっとして罪を償おうと自ら檻の中に?けど自首するんならオレじゃなくて警察に手紙出せよ」 「ちっがーう!!」 「そんなことはどーでもいいのよ!それに、あんたが気にかけなきゃいけないのはこっちでしょ?」 「いたっ!髪ひっぱんないでよ!」 縄でぐるぐる巻きにされたカスミの髪を引っ張り強引に引き起こす。 「カスミ!!」 「もう一人いるぜ」 「うわっ!」 「ヒロシ!レオン!」 「ぴぴか!」 ヒロシも縄でぐるぐる巻きにされている。 「二人を放せ!!」 「それはそっちの出方次第よ」 「…わかった。どうすればいい?」 「ピカチュウを渡せ」 「なっ!?」 絶句する。 「なんでピカチュウを!?」 「そのピカチュウにムサシ達がやけにご執着だそうじゃない?だからあたし達が戴いちゃおうと思ってね」 「そんな理由で…」 「さあ、どうする?」 「サトシ!渡しちゃだめよ!!」 「お黙り小娘!!」 「あう!」 ヤマトがカスミを足蹴にする。 「やめろ!カスミに手を出すな!!」 「だったら、早くそのピカチュウをおよこし!!」 「くっ…」 サトシが悔しげに顔を歪める。 「さあ!」 「待てヤマト、いい事を思いついた」 「なに?」 コサブロウが何事か耳打ちする。 「ふんふん……あら、おもしろそうね、それ」 「(チャンス!)ピカチュウ!」 「ぴっか!」 その隙にサトシはピカチュウに二人を攻撃させようとした。 ピカチュウの放った電撃は一直線に二人に襲いかかる。 しかし電撃は鉄格子に吸い寄せられ、電撃は地面へと流れてしまった。 「あらやだ。攻撃してきたわね?無駄な事なのに…」 「とはいえ、これはペナルティが必要だな」 「くっ……!!」 ヤマトとコサブロウはニヤ〜ッといやらしい笑みを浮かべる。 「どうしようってんだよ!?」 「そうね…選ばせてあげるわ」 「なに!?」 「ぴかぴか!?」 「ピカチュウを渡すなら男の子を解放してあげる。ただし女の子は解放しない。 けどピカチュウを渡さないなら女の子を解放してあげる。そのかわり男の子は解放しない」 「な!!?無茶苦茶だ!!そんなの選べるわけないじゃないか!!」 「選ばないなら二人とも解放しない。ロケット団本部へ連れていくだけのことよ」 「……」 「ぴかぴ…」 拳を握り締めてうつむいたサトシ。 ピカチュウが足に擦り寄る。 「さあ、どーするの?」 「……」 「サトシ!ピカチュウを渡しちゃだめだ!僕は大丈夫だから!」 「……」 「さあ!!」 「ぴかぴ………ぴか?」 うつむくサトシと見上げるピカチュウ。 二人の目があった。 「…」 「…」 「さあさあさあ!どーする!!」 「わかった……ピカチュウは渡す」 「「「ええっ!!??」」」 「!!?」 おそらくその場の全員にとって意外な言葉だっただろう。 自由になるのがピカチュウとカスミの二人か、ヒロシ一人のみ。 損得勘定のできる人間なら間違いなく前者を選ぶだろう。 後者を選ぶのは損得勘定のできない人間か…… 「あらあら、こっちの男の子がそんなに大切?いがい〜!」 「ってゆーかお前ホモか!?」 大爆笑するヤマトとコサブロウ。 唖然とするヒロシ。 そして…両目にいっぱい涙をためたカスミ…。 (そっか…あたしって結局その程度なんだ……サトシにとって…親友以下なんだ…) そう思ったら、涙がこぼれそうになったので、そっと目を閉じた。 ヤマトとコサブロウは今だ腹を抱えて大爆笑している。 一方のサトシはうつむいたまま。 そのサトシの左足の甲にピカチュウは腰を下ろし、後ろ手にしっかりサトシの足を掴み頷く。 それを確認し、サトシは右足を一歩前に踏み出し、 「それじゃ、ピカチュウを受け取れ!!」 サッカーボールをシュートするかのように左足を思いっきり振りぬく。 左足に乗っていたピカチュウはその反動で物凄い勢いで飛ぶ。 鉄格子の隙間を抜け、そして…   ゴイ〜ン!! 「へぶ!!」 「おがぁ!!」 ヤマトの顔面にジャストミ〜ト!!! 後ろに倒れたヤマトの後頭部がコサブロウの顔面を直撃。 二人もつれるように倒れる。 そしてとどめとばかりにピカチュウの電撃が炸裂。 哀れ、二人は気絶する。 「うっしゃー!!」 サトシは檻の中に入りこみ、カスミとヒロシの縄を解く。 「二人とも大丈夫か!?」 「僕は大丈夫だけど…」 「そっか。カスミは…」 カスミに目を向け、サトシは目を見張る。 「カスミ…泣いてんのか?」 「泣いてないわよ!馬鹿!!」 「泣いてないって…泣いてるじゃないか!」 「泣いてない!!」 なんだかそのまま喧嘩が始まってしまいそうな二人だったが、ヒロシが間に入る。 「まあまあ二人とも。僕はジュンサーさん呼んでくるから二人はロケット団を見張っててよ」 「え?ああ、わかった」 サトシの返事を聞き、ヒロシは笑顔を浮かべる。 「なるべく早く戻ってくるけど、その間にけんかしてちゃだめだよ」 「……わかってるよ」 「……」 カスミは無言だったが、サトシが肯定したのを確認しヒロシはレオンを連れて町へと走っていった。 「……」 「…ほら」 「え?」 サトシはハンカチをカスミに差し出す。 「泣いてないなら泣いてないでいいから、とりあえず顔拭けよ」 「っ!?」 「あ、おい!なんで泣くんだよ!?ハンカチ汚くないぞ!」 「ごめん、そうじゃないの。サトシは悪くないの…」 「じゃあなんなんだよ?」 「……」 サトシの問いかけにカスミはしばし躊躇するが意を決して口を開く。 「ねえサトシ、サトシは…あたしとヒロシ君、どっちが大切?」 「はぁ!!??そんなの選べるわけないだろ!!?カスミもヒロシも大切な友達だ!!」 「そう……」 「……」 どことなく暗い影のあるカスミの顔。 サトシの言葉がカスミの望んでいたものではなかったためだろうか? 「ん〜………」 サトシはどうしようかと天を仰ぐ。 言ってしまおうか? けど…カスミは怒ったりしないだろうか? もう少し待ったほうがいいのでは? ……他にもいくつか問題があるが、サトシは腹をくくった。 「ヒロシは、次はどこに行くんだろうな」 「?」 「ジムも回ってるだろうけどさ、オレと違ってヒロシの場合はそれだけが目的って感じじゃないしな」 カスミはなにやら訳のわからない事を話し始めたサトシを不思議そうな顔で見つめる。 サトシは続ける。 「まあヒロシとはライバルでもあるわけだし、一緒に旅するってのも…ちょっとな」 「……」 「また明日には、別々の道を歩いていくんだろうな。まあそのうちまた会えるだろうけど」 「……」 「……いやだぜ、オレは」 「!!?」 ビクッと震えるカスミにサトシはあえて背を向ける。 カスミが今の言葉をどういう意味で受け取ったかはだいたいわかっている。 それでもあえて背を向ける。 「ヒロシとは別々の道歩いていけるけど、お前と別々の道歩いていくのは、嫌だ」 「え!!??」 驚いてカスミがサトシを見やる。 サトシの耳は真っ赤だった。 「だからさ、何ていうか………ああ、もうこれ以上は勘弁してくれ。オレにもよくわかんないんだ」 降参という意味か、あるいはお手上げと言う意味か? 両手を上げたサトシを見てカスミ吹き出してしまった。 「笑うな!人がはずかしー思いしてしゃべってんのに!!」 「ごめんごめん……でもなんかサトシらしくって」 「オレらしいって?」 「それは………ヒミツ!」 「なんだよそれ…」 「(鈍感で、それなのに妙に鋭って、なにより優しい。それがサトシらしいって事よ)」 「なに笑ってんだよ!?」 「なーんでも」 先ほどまでとはうってかわって上機嫌のカスミ。 逆に不機嫌なサトシ。 そんな状態はヒロシが戻ってくるまでそのままで、ヒロシは二人の様子に不思議そうに首を傾げたそうだ。 結局、ロケット団の馬鹿二人(酷い)はジュンサーさんに連行されていった。 そのロケット団二人がクサいメシを食っている頃、サトシ達もちょうど夕食を取ろうとしていたのだが…… 「ぬぬぬぬぬぬ………」 「サトシ……お前って奴は…」 メニューを凝視しているサトシをタケシは呆れた様子でみる。 「ハンバーグセット…………いや、ここはトンカツ定食でガツンと……」 ああ、昼の二の舞。 「サトシ、いい加減にしたら?」 「いや、こればかりは譲れない……先に注文しててくれ……」 「…はいはい」 ヒロシとタケシはそれぞれお勧めディナーセットを注文する。 「サトシ、決めた?」 「む〜…」 「はいそれまで」 「あ!おい!!」 尚も悩むサトシからカスミがメニューを取り上げてしまう。 「オレまだ決めてないぞ!!」 「いいの!あんたはトンカツ定食で!」 「そんな!!」 この世の終わりと言わんばかりの声を出すサトシ。 …ちょっと情けない。 「かわりにあたしがハンバーグセット注文するから、半分こすればいいでしょ? だからまた両方とも食べるなんて言わないでよ」 「おお!さすがカスミ!さすがオレのパートナー!!」 「パ…!!?バカ!!なにいってるのよ!!」 「な、何怒ってんだよ!?」 「うるさいわね!!だいたいあんたは――」 またまたまた言い合いになってしまった。 「またはじまった……」 「でもさ、あの二人ってなんか…こう…なんていうかな」 ヒロシが口篭もる。 「その…すっごく自然だと思わない?」 「…ああ」 タケシもヒロシの言わんとすることを納得する。 夕日と赤く映える風景。 夜と瞬く星。 風と揺れる水面。 そして、サトシとカスミ。 片方が変化する事で、もう片方も変化する。 自然な関係。 「まあいい事なのだろうが…」 「あれはちょっと、ね」 二人はまだ言い合っているサトシとカスミに目をやる。 食事が運ばれてきたら静かになるだろう。 で、仲良く半分こするのだろう。 「まったく…仲がいいのか悪いのか」 「いいんじゃない?見てて楽しいんだから」 「…違いない」 タケシとヒロシは顔を見合わせ、笑みを浮かべた。 「だからお前は――!!」 「そんなんだからポケモンに――!!」 「――――っ!!」 「――――っ!!」 「……っ!」 「……っ!」 終わり