忘れてはならない。            永遠なんて、ない事を。 「サトシ…………」 サトシを見つめるカスミの表情。 なんと形容すればいいのだろうか? 切なさ。 悲しさ。 愛しさ。 あらゆる感情が交じり合って。 それらが涙へと姿を変え、今にもそれが零れ落ちそうな大きな瞳。 「サトシ………」 もう一度、彼の名を呼ぶ。 一方のサトシは…笑顔だった。            別れなど、すぐに訪れる事を。            出会いと別れは表裏一体である事を。 「そんな顔するなよ」 「でも…」 「今生の別れって訳じゃないんだからさ。な?」 「……」 無言のままのカスミ。 サトシは大きく息を吐く。 「頼むから………そんな顔、しないでくれよ」 「……」 「……決心が鈍るだろ」 「あ……」 その言葉にハッと顔を上げると、引きつった笑顔を浮かべる彼の顔が目に飛び込んできた。 その顔を見て……安堵する。 彼も、思っていてくれたから。 別れたくないと。 離れたくないと。 「じゃあ、行くな」 「うん。体、気をつけてね」 「ああ」 「怪我とかしないでね」 「わかってるよ」 「御飯、ちゃんと食べてね」 「……ああ」 「それと…それと……」 「カスミ」 「っ!」 なおも言い募ろうとするカスミの言葉をサトシは容赦なく遮る。 「そろそろ、時間だから」 「そう、ね」           サヨナラなんて決して言わない。           時が来れば、また会えるのだから。           だから。 「じゃあ、行ってくる」 サトシはそう言い放ち、カスミに背を向け歩き出す。 カスミはなにも言わずその背中を見つめる。 サトシが二、三歩歩(あゆ)み進めたところで。 「サトシ!」 カスミが背中に飛びついてきた。 そして、サトシの体に手を回し、ギュッと抱きしめる。 自分の体に回された腕にサトシはそっと手を触れ、カスミを自分の正面へと誘(いざな)う。 そして。 「カスミ」 「ん…」 触れるだけの口付け。 優しい、優しいキス。 想いを伝え合う接吻。 「じゃあ、行ってくる」 「うん。行ってらっしゃい」 今度は、笑顔でそう言えた。 笑顔で、サトシを送り出す事ができた。 その事にカスミは満足していた。 「これでよかったんだ」と思いながら。 「大丈夫だよ。また……すぐに合えるんだから」 だんだん小さくなっていくサトシの背を見送りながら。 そう、つぶやいた。 「……」 「……」 「……(にこにこ)」 さて、所変わって。 カスミちゃんが立ちすくむすぐ傍で一連のやり取りを眺めている三人がおりました。 カスミを見つめる三人。 なんと形容すればいいのだろうか? 呆れ。 驚き。 そして僅かばかりの憧憬。 あらゆる感情が交じり合って。 それらが言葉へと姿を変え、今にもそれらが紡がれそうな大口。 「なんじゃ?今のメロドラマも真っ青なやり取りは?」 口を開いたのはここ、マサラタウンに鎮座するポケモン学会の大御所オーキドのじじい。 「あら、いつもの事ですよ」 「いつもの事って…毎日あんな事やってるんですか!?サトシとカスミは!!?」 あっけらかんと恐ろしい事をのたまってくれたのはサトシの母で、 現在はカスミの義母でもある年齢不詳の未亡人(?)、ハナコさん。 驚いた様子でハナコさんに詰め寄ったのはオーキド博士の助手を勤める青年。 ポケモンアニメアメリカ放送開始の都合でタケシの代打と相成った(?)ケンジだ。 ちなみに。 今三人がいるのはサトシの家の庭先の畑。 エプロン姿のカスミがいるのは玄関の前。 「なんか今生の別れだとか決心が鈍るとか言っておったが…たかがセキエイまで仕事に出るだけじゃろ?」 「半日そこそこ離れるだけであの盛り上がり……すごいね」 「ええ」 苦笑するハナコさん。 「でもまあ、新婚さんですから」 「新婚か……ん??サトシとカスミが結婚したのっていつでしたっけ?」 「今から3年前よ」 「3年前って……」 「結婚3年目を新婚と評するのはどうかとおもうのじゃがのう」 「まあいいじゃないですか。あんなに仲良しさんなんですから」 ハナコさんの言葉にケンジとオーキド博士は顔を見合わせました。 そして、大きくため息をつきました。 年齢不詳のこの奥様に何を言っても無駄でしょう。 三人がそんな事を離しているとは露知らず。 カスミは小さくなっていくサトシの背中をまだ見つめていました。 ……あ、手を振った。 どうやらサトシ君が振り返ってくれた様子です。 まったく。 なんとも甘甘な夫婦です。 終わり 余談 数日後。 サトシが仕事中に(ポケモンの生態系の調査)ラフレシアに頭から突っ込み、 麻痺状態に陥って病院に担ぎ込まれたと聞いたカスミがアシレ水草片手に凄い早さで 病院に向かったとかどうとか。 さらに病院でも甘甘っぷりを見せつけ、強制退院と相成ったとかどうとか。 二人のラブラブっぷりは終わる事がなさそうだ。