俺の名はログ。よろしくな。つーか自分でつけた名前だけど。 自慢するつもりじゃねぇが、俺は今まで一度も人間に捕まったことがない。 すごくね? 何度トレーナーに襲われたかわからねぇってのに、一度もだ。 それもボールの中に吸い込まれたこともない。抵抗する以前の問題なのさ。 だがそれもどのくらいの期間かってのも重要になってくる。 野生の状態で進化を経験して、また更に捕まり辛くなったのさ。 俺の種族は進化する時期が結構遅い。トレーナーに育てて貰っても時間がかかるだろうな。 だから俺はそんくらい長い期間野生なのさ。すげぇだろ でもな、一つ言っておくが別に捕まりたくないわけじゃねぇんだ。 でも捕まったことがねぇのよ。矛盾してね? つーかぶっちゃけ捕まりたいね。この辺にも飽き飽きしてんだ。 バトル好きだし、同じような奴とやりあってももう面白くもなんともねぇんだ。 だから俺は日々、将来俺のトレーナーになる奴を待ち続けてるってわけだ。 そういう考えを持ち始めてもう二年になる。 だが俺はまだ野生のままだ。寝床は沼地近くの木の下、根っこが大きく開いていて俺でも入れる。 トレーナーが現れねぇってわけじゃねぇんだ。この辺りは野生連中が多くてよくトレーナーが来る。 で、よくトレーナーとバトルになるんだが、負けても別に捕まるわけじゃねぇんだよ。 何でかわかるか? 知りてぇか? しっかたねぇな、教えてやるよ。 なぁに簡単さ。至極簡単、単純明快。誰もが納得するのさ。 耳の穴かっぽじってよく聞けよ。 俺が、ドクロッグだからさ。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜     俺の名はログ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 No.454 毒突きポケモン・ドクロッグ。平均身長1.3メートル。平均体重44.4キログラム。 容姿は人間と同じで二本の腕と足を持つ。人間でいうところ猫背。 青紫に近い体色をしており、ゴムのような弾力性を持つ。 毒と格闘という珍しい組み合わせの属性を持っており、超能力に極端に弱い。 だがこの組み合わせを活かして、喉にある毒袋で作られた猛毒を腕の管を通して拳に送ることで、 打撃を与えた時に敵に毒を被せるという特殊な戦い方ができるポケモンである。 嫌な目つきと口。せせら笑うような鳴き声と毒袋のゴポゴポとした音に不快感を持つ者も少なくなく、 加えて、このシンオウ地方を騒がせているギンガ団という組織が好んで使用することから、 ドクロッグ、及び進化前のグレッグルは好意的に思われていない。 それどころか、グレッグルとドクロッグは極悪なポケモンだという偏見が目立つようになってしまった。 「うわ、ドクロッグだ!」 うわ、かよ。あ、じゃなくて。 いつものことなのに、俺はこの言葉に対して不快感を持つようになっていた。 例えば、無駄に人気があってポケモンを深く知らない奴でも知ってるピカチュウがいたとしよう。 もしピカチュウがいたら「あ! ピカチュウだ!」になる。 だがこの俺、ドクロッグの場合は「うわ、ドクロッグだ」とか「げっ、ドクロッグだ」になる。 いつものことだが、傷付いていた。多分だけどな。あんまそういうのは認めたくねぇから。 トレーナーが出してきたのは、モウカザル。俺はこういうポケモンが嫌いだ。大嫌いだ。 進化前が可愛くて、進化後はかっこいい。……ふざけてるとか思えねぇな。 ただの嫉妬だとはわかっている。同じポケモンなのに異常なほど違う扱いは万国共通だ。 この前戦ったのはルクシオとかいう奴だった。殴って倒した。ボコボコにしてやった。 どいつもこいつも同じようなポケモンばかりだった。一般的に強くて、かっこよくて。 最近じゃ自分に敵う奴が少なくなってきて、暇を持て余している今日この頃。 モウカザルとルクシオは違ったが、大抵の奴は俺に有利なタイプのポケモンを出してくる。 ユンゲラーとか、ヨルノズクとか、ムクホークとか。 こいつもぶっ飛ばしてやるか。それぐらいしか楽しみねぇし。 例え相手がエスパーでも飛行でも、とりあえずぶん殴っちまえばいい。 今まで何十何百と苦手なタイプと戦ってきたおかげで、最早フーディンやドータクンにも負ける気がしねぇ。 俺は腕を回していつも通りの調子で飛び出す。トレーナーが焦るのが見える。 「マ、マッハパンチだ!」 真っ直ぐ突っ込む俺と同じように真っ直ぐ飛び出し、右腕を引くモウカザル。 マッハパンチは素早い拳撃で先制攻撃を叩き込む技。だが俺にだって似たような技がある。 瞬間的に閃光と化したモウカザル。同じモーションで閃光と化す俺。 ぶち当たる拳。吹っ飛んだのはモウカザルだ。 パンチじゃ負けねぇよ。マッハとバレットの違いだがな。 格闘のマッハパンチと鋼のバレットパンチではマッハのほうが有利である。 だが、それでも俺のバレットパンチが勝った。理由は簡単、俺のほうが強ェからさ。 「くそ! ドクロッグのくせに!」 そうだよ、ドクロッグだ。文句あるか? ドクロッグは悪いポケモンなんだ。人間の子供はそう口走る。 外見的なものもあるが、あのギンガ団が俺と同じドクロッグを使って悪事を働くものだから、 関係のない俺にまで飛び火がかかりやがる。慣れたつもりだが、まだ心のどこかが慣れてくれねぇ。 「火炎ぐる――」 いや、遅ェって。 空中で回転して炎を吐き出し、その身を炎の車輪に変えて敵に突撃する技、火炎車。 跳躍したモウカザル。炎が吐き出される前にモウカザルを叩き落した。 不意打ち。相手が攻撃モーションに入っていると威力が倍になる技。俺の得意技だ。 尻餅をついたモウカザルに拳を突き入れた。今度は毒突き。 顔色が悪くなったモウカザルがすぐに気絶して、そいつは悲鳴を上げた。 「く、くそ! ドクロッグなんかに!」 悪いかよ、ドクロッグで。 毒に倒れたモウカザルを助け起こして、そいつは汚物でも見るような目を向けてくる。 それは完全に無視して、俺は口の中から白い飴玉みたいなものを吐き出してそいつの近くに投げた。 人間はそれを一瞬見たが、すぐにモウカザルをボールに戻してどこかに行ってしまった。 何やってんだろな、俺は。 ドクロッグが解毒剤なんか出したところで、人間が信用するはずねぇじゃねーか。 好きでグレッグルとして生まれたわけじゃない。それが運命ならば運命を呪う。 ドクロッグは悪いポケモン。最近じゃ人間の間でドクロッグを悪役に据えた物語が多いらしい。 この容姿に加えて、ギンガ団の横行。とばっちりもいいとこだった。 俺の名はログ。ドクロッグのログ。  だから。 俺は目の前の光景を疑った。意味を理解できず、脳みそが判断を遅らせている。 目の前で人間のガキが、俺に空のボールを何度もぶつけてくるその光景。 今日は誰かとやりあったわけでもなく、とりあえず身体は好調だった。 バトルもせず、ダメージゼロの俺に意味もなくボールをぶつけてくるガキ。恐らくメス。多分な。あてずっぽだ。 モンスターボールってヤツは、ダメージゼロでもぶつければとりあえず中に対象を収納しちまう。 赤い光に包まれて訳のわからない世界に放り込まれるが、少し腕を振るうだけで簡単に脱出できた。 「うう……どうして捕まえられないんだろ……」 いや、当たり前だろ。バトルしてねぇっつーか、お前自分のポケモンも持ってねぇだろ。多分。 ポケモンを捕獲する方法として一般的に伝わってんのが、バトルで相手の体力を減らしてボールでとっ捕まえる方法だ。 トレーナーとしてそれは常識中の常識だ。他の方法といえば、トレーナー以外の人間、まぁカガクシャとかそんなんが、 ポケモンの抵抗をものともしねぇボールであっさり捕まえる方法。あと……考えたくねぇけど、無理矢理なヤツな。 罠張るなりよくわかんねぇ鉄の筒から何か撃って致命傷を負わせたりとか。 とりあえず、そいつがトレーナーでもない、トレーナーとして認められてるがポケモンを持っていないかそのどちらかだ。 多分後者。確かモンスターボールってのは、トレーナーじゃねぇと持ち歩いちゃいけねぇって聞いたような記憶がある。 「でも、根気よく当て続ければ捕まえられるハズ!」 いやいや、どんだけポジティブなんだこいつ。付き合い切れねぇっての。 何度通常世界とボール内世界を往復したかわからねぇ。正直ウザい。 飛んできたボールをキャッチして投げ返し、俺はとっととそこを離れることにした。 今まで面倒だったから逃げなかった。だからあいつも粘ってきたんだろ。 だから、ポジティブ根性篭ったボールを背中に投げつけられて、またボール内世界に連行された日にゃあお前。 あああああ! ウザッ! 超ウザッ!! ボールをぶっ壊せるんじゃねーかってぐらいフルパワーで脱出し。 そいつの目の前に飛び込んで、得意の毒突きを地面に突き刺した。ゴポッと毒が溢れて地面を変色させる。 転がったボールを拾うこともできず、そいつはその場に尻餅を付いた。 よっしゃ、これぐらい脅しとけばもう来ねぇだろ。 直接ぶん殴っちまえばそれはそれでオーケーだが、またドクロッグの評判が下がるのもゴメンだ。 尻餅付いて動けなくなったそいつをほっぽって、俺はいつもたむろってる沼へと行こうとするが、 「ふぇ……えぇ……ぐす……」  ―― ……え? 泣いてる? マジ?? 俺か? 俺の所為か? ……俺だよな。 まさか泣くなんて思わなかった。ビビって逃げ出すのを期待した俺にとっちゃあショッキングよ。 毒突き使って脅かしたのは事実。それであいつが泣き出したのも事実。 俺はとりあえずそいつの前まで急いで戻り、泣き続けているそいつを見下ろして考えてみる。 どうする? いや、別にこのままとんずらぶっこいてもいいんだけどよ。 なんつーか、後味悪いっつーか。何かモヤモヤしてやってられねぇっつーか。 どうする俺? とんずら以外に選択肢あるか? ふと目に付いたのは、足元に転がっているモンスターボールだった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「え……ナミ! そのポケモンどうしたの!?」 そいつは俺を指差して、俺の脇にいるガキを問い詰めていた。 「沼の近くにいたからボールを投げてみて……捕まえられなかったんだけど、捕まっちゃった」 「? どうしてドクロッグなんか……もう少し待てば、初心者用のポケモンを貰えたのよ?」 「待ち切れなかったんだもん! それにこの子、昔私を助けてくれたポケモンに違いないよ!!」 とりあえず。……あ、これ俺の口癖みたいなもんだから気にすんな。 とりあえず。状況を整理しようと思う。 あの時、ガキを何とか泣き止ませようとした結果、こいつのボールに収まっちまうっつー答えに行き着いた。 よく考えれば将来の選択を安易に決定しちまった。何してんだ俺。 ガキは俺の推測通り、トレーナーではあるがまだポケモンを持っちゃいなかった。 初心者用ポケモン……俺の嫌いなかわいくてかっこいいヤツな。それ貰う前に、 沼地でウロウロしていた俺に目を留めて、捕まえられるはずもねぇのにボールを投げたらしい。 つーか、俺人間助けた憶えねぇんだけど。 ガキ――ナミ曰く、小さな頃野生のドクロッグに助けてもらったらしい。 沼に嵌って動けなくなったところを引き上げてもらい、さらには町まで届けてもらったとか。 俺はそんな善良じゃねーしかっこよくもねぇ。俺なら遠くから鑑賞するね、木の実食いがてら。 「いやな目つきに嫌な声……何て薄気味悪い……」 そうだ、それがこの俺、ドクロッグに対する一般的な考え方だ。 ナミの母親は俺を見るたびに嫌悪感丸出しで愚痴っている。つーかウゼぇなこいつ。 「私はナミ! 今日から私と友達ね!」 …………。なんつーか、俺の考えを五、六回ひっくり返すようなガキだ。 ドクロッグである俺を捕まえようとして、ドクロッグである俺を友達だなんて言いやがる。 今までにいない、つーかありえないガキ。……いや、一応俺のトレーナーだからガキはアレだな。 ナミは俺を昔自分を助けてくれたドクロッグと信じて疑わない。なんていうか、バカだなこいつ。 ま、泣き喚くガキを黙らせようとしてボールに入っちまった俺もバカだよ。 ナミは一応トレーナー免許を持っているが、まだ旅に出ていいわけじゃなくて、 その許可が下りるまでこの町で過ごすらしい。当然俺も過ごす羽目になった。 ドクロッグである俺にはこの環境は厳しい。いや、確かに乾燥肌ではあるけど、 周囲の視線、罵倒。ドクロッグを悪く言う人間が多くて不快だったのと、 俺が近くにいるせいで、トレーナーであるナミにまで中傷が飛んでくる。 「うわ、ドクロッグだ……」「気持ち悪っ」 「あの子があれのトレーナー?」「なんでドクロッグなんか……」 「別にログは悪くないのにね。何でみんな悪く言うのかな」 町を歩く最中、ナミが言葉の中に妙なもんを感じた。 今、こいつログって言わなかったか? ポケモンの言葉はわからない人間のナミが、何で俺の名前知ってんだ? 俺が不思議に思ってるのがわかったのか、ナミは俺の顔を真っ直ぐに見つめてきて、 「あ、ログって名前じゃ嫌? 私が考えたんだけど」  …………。 自分でいうのもの何だが、運命ってヤツを感じちまった。 ログ。元々俺が自分で付けた名前。そしてナミが考えた名前もまた、ログ。 俺は確かに望んでた。トレーナーに捕獲されて、いろんなヤツと戦ってみたいと。 じゃあ何か? ナミが俺のトレーナーとなるべき人間なのか? こんなトレーナーの基礎知識もないタマゴ……いや、タマゴ以下のガキが? 「痛っ!」  ―― ! どっからか飛んでいた小石が、慌てて頭を守ったナミの手に当たった。 俗に言う悪ガキってヤツか。ナミと歳の変わらないガキが三人、小さなポケモンを連れて今までと変わらない罵声を浴びせてくる。 「こっち来んなよ!」「ドクロッグは悪いポケモンなんだぞ!」 うわ、ウゼェなこいつら。親の顔が見てみてぇなおい。 小石っつったって、投げつけられたら痛ェに決まってんだろ。こいつらンなこともわからねぇの? つーかこいつらが連れてるポケモンってあれだろ、初心者用ポケモンってヤツだろ。 自分たちと同じ新人いじめて楽しいかね。将来ロクな大人にならねーな。 「……え?」 いつの間にか突き出した手が、ナミにぶつかりかけていた小石を握っていた。 全く、腕にアザみてぇのできてんじゃねーか。つーか血ィ滲んでんぞおい。 俺のトレーナーいじめやがって。ふざけんなっての。 つーかナミもやり返せよ。折角トレーナーになったんだから俺に指示の一つや二つ出せって。 ……あ、いやそれじゃただのケンカか。つーかそれじゃ人間殴る羽目になる。別にいいけど。 俺は小石を握り潰してその辺に破片を捨ててから、 とりあえずそいつらを睨みつけた。三歩退いた。面白っ。 「な、なんだよお前! 俺たちとバトルする気か!」 「俺たちトレーナーなんだぞ! 強いんだぞ!」 うわっ、こいつらめちゃくちゃウザい。殴っていい? 三人が出してきたポケモンは見覚えがあった。ヒコザルにナエトル、ポッチャマだったか。 一対三? いやいやお前、そりゃ実力が同程度なら不利だけどよ。 こいつらは一のデカさを知らねぇ。俺の実力ナメんなよ新人のザコ共が。  ―― 指示出せバカ。バトルだぞ。 そう言いながら振り返るが、人間に言葉が通じねぇことを思い出してバカだなぁ、と自虐する。 が、ナミは俺の言った言葉を理解したのか、痛みで涙目になりながらも拳を握っている。 ただの泣き虫なのか違うのかわからねぇガキだ。 「火の粉だ!」 「ナエトル、体当たり!」 「泡攻撃だ!」 「え、えっと……ログ、毒突き……ってできる?」 今更確認かよ。まぁいいや、ンなもん朝飯前だ。つーか十八番だ。 突っ込んできたナエトルの顔面に毒突き見舞ってふっ飛ばし、飛んできた火の粉と泡を独断で避ける。 「ヒコザル、引っ掛け!」 人間の皮程度しか裂けねぇ小さな爪を振り翳すヒコザル。 視線だけ背後にやると、またナミの声が聞こえた。 「だ、騙し討ち!」 いや、騙し討ちってのはもっと早くから動くもんなんだけど。ま、いいや。 この俺に接近戦だなんてナメてるとか思えねぇ。ジャンプして避けて、腕を振り下ろしてヒコザルを地面に叩きつける。 「ログ、後ろ!!」 それだけで十分だ。ナミにしちゃあ上出来だ。 背後から飛び掛ってきたポッチャナを不意打ちで薙ぎ払い、バレットパンチで止めを刺す。 こんな低レベルポケモン相手に相性なんざ関係ねぇっての。 とりあえず。それがナミとの初バトルだった。一対三の非公式だが。 俺にログっつー名前を改めて付けて、ヒコザルたち相手に戦って。 ナミは腕を赤くしながらも、どこか満足そうだった。全く、ガキってのはよくわからねぇ。 それに満足してる俺もいた。これをトレーナーの指示で戦った、ていうのかよくわからん。 ナミはもう初心者用ポケモンを貰うつもりはないらしい。おいおい、お前に俺が使いこなせんのか? 「がんばろうね、ログ。これからよろしくね!」 …………。あ〜あ、ホントガキってのはわかんねぇ。 まぁいいか。別に不快でもなんでもねぇし、面白くなりそうだったからいいんじゃねーの? 俺のボールを大事そうに抱えて、全くガキだなこいつは。 あ、落とすなよおい。どんどん転がってんじゃねーか。 ようやく明日には旅に出られるようになる。 必要なもんを揃えて、あとはもう晩飯食ってぐっすり寝て明日を待つだけだ。 俺はナミと一緒に町を歩きながら、こんなガキがトレーナーになったことを深く考えていた。 自分に懸命にボールを投げ続けて、結果的に泣き止ませるために捕まった。 理由はどうあれ、俺自身求めていたもの。それがようやく叶うんだ。 こんなトレーナーのトの字もよくわかってねぇガキ相手にやっていけんのか不安なところもある。 でもなんとかなんじゃねーの? この俺もいることだしな。 俺の名はログ。トレーナーであるナミに付けられた。 やや過程におかしな部分もあったが、俺たちは明日、旅に出る。 ポケモントレーナーと、その相棒として。ドクロッグを相棒に旅に出るトレーナーなんて少ないだろう。 ある意味意外性では飛び抜けているナミ。いつはこいつも強くなる。 強くなったこいつと、元から強ェ俺がいれば百人力。 俺の名はログ。一匹のドクロッグ。 俺はもう野生のドクロッグじゃない。ナミっつートレーナーの相棒として、世界に旅立つ――――     ハズだったんだけどよ。 転がったボールを追いかけて、その時突然目の前をでっかい何かが突っ切っていって。 そしたらどん、って嫌な音が聞こえて。急停止したでっかい何かの前に回りこむと。 砕けたボールと、それを守るようにして倒れているナミがいた。 「お、おい轢かれたぞ!」 「誰か救急車呼べ! 誰か!!」 悲鳴とかそれに似たようなものが響いては消えていく。 俺は呆然と立ち尽くした。脳みそがなかなかついてこなくて、状況を理解するのに手間取って。 ナミが頭から血ィ流して倒れてるのを見た時、ああ、なんかとんでもねぇことになったことはわかった。 辺りが騒然となっていく。ナミを助け起こす人間。小さな何かに大声を叩きつける人間。それを取り巻く人間。 ナミは動かなかった。小さな手から砕けたボールの破片が零れ落ちた。 ナミ、どうしたんだ? まさか死んじまったのか? おい、返事してくれよナミ。俺らこれから旅立つんだろ? 冗談とか抜きにしろよ。 空気を変えたのは、とある人間の一言だった。 「も、もしかしてこのドクロッグが……?」  ―― …………は?? 人間共の視線が全部俺に喰らいついた。 俺? 俺がどうしたっていうんだ? ……………………。 俺が、押したっていうのか? 「ま、まさかそんな……!」 「ドクロッグが突き飛ばしたんじゃないのか!?」 「マジかよ……!」 なんだよそれ。俺が突き飛ばした? 何でだよ。 俺がドクロッグだからか? ドクロッグは悪者なのか? そうなのか? ナミ、そうじゃねぇよな? つーか返事しろよ、俺のトレーナーだろ? あれ、何で涙なんか出てくんだよ。あ、それが普通か、自分のトレーナーが動かねぇんだから。 「こいつがこの子を殺したんだ!」 「誰か! トレーナーの人、こいつを抑えてくれ!」 どういうことだよ、俺が? ナミを? おいおいふざけんなよ、俺がナミを殺すわけねぇだろ。変なこう言うんじゃねーよ。 ナミは俺のトレーナーだぞ? まだガキなんだぞ? 俺が……俺がついてねーとケンカもできねぇんだぞ? おい何だよお前ら。攻撃すんなよ。痛ェってんだよ。 俺の前に立ちはだかったのは、エンペルトにトリトドン、フーディンにゴローニャ。 ご丁寧にも戦いにくいタイプばっかだ。弱点突けねぇこともねぇけどンな余裕もねぇ。 いやいや、ンなこと考えてる場合じゃねーよ。 ナミはどうなるんだ? 助かるんだろ? まだ死んだわけねぇよな? 「ち、近づけさせるな!」 ナミに近づこうとした俺を、エンペルトのハイドロポンプが真正面からぶつかってくる。 どうでもいいんだよハイドロポンプなんて。ナミは大丈夫なんだろ? なぁ、そうだろ? フーディンのサイコキネシスとかどうでもいいんだよ。身体中がものすげぇ痛ェけどどうでもいいんだよ。 何がどうなってんだよ。邪魔すんなよ。俺はナミが心配なんだよ。どけよ頼むから。 ナミ、どうしたんだよ。何か言ってくれよ。 いつまで寝てるんだよ。お前寝ぼ助じゃねーだろ。早く起きろよ。  何なんだよ。俺か? 俺が悪いのか?  俺がナミを突き飛ばしたのか? 俺がナミを……ナミを殺したのか?  ドクロッグだからダメなのか? ドクロッグだからナミを殺しちまったのか?  俺は何なんだ? 俺はどこにいたらいいんだ? 俺はナミの横にいたいだけなのに。  ―― そこどけよ……俺はナミと一緒にいた……イ……ダケ …… …………  ―――――――― ―――――――― ――――――――    ………………………………………………………………………………………………   俺は……いや、俺たちドクロッグは。存在しちゃいけないのか?   他の連中と何が違う? 俺はこの世界にグレッグルとして生まれたから、存在し続けてきた。   ドクロッグであることを恨んだことはなかった。俺は俺。バカなヤツらはテキトーに言わせておけばいい。   だが、今回ほど自分がドクロッグであることを悔やんだことはない。   病院で目を覚ましたナミの横にいれねぇってのは、寂しいもんだな。   ……何泣いてんだ? まだどっか痛むのか?   あ? 何俺を呼んでんだよ。泣き虫な上に寂しがりなヤツだ。   全く、意外に頑丈なヤツだよ。ま、生きててよかった。それが一番嬉しいね。   俺もまぁバカになったもんだ。名前が一致しただけでこんなにも入れ込んじまうなんてよ。   ナミ、お前はポケモンのために泣けるヤツだ。だから強くなれる。強くなって、お前の名を世界に轟かせろ。   俺がいなくても、お前はやっていける。ずっと見ててやるから、安心して旅立てよ。   お前に泣きっ面は似合わねぇ。何でもかんでも笑い飛ばせ。それぐらいでっかくなれ。   …………前言撤回。俺はドクロッグに生まれたことを誇りに思う。   でなけりゃ、俺はナミと出会うことはなかった。   俺の名はログ。   世界で唯一俺を求め、世界で一番バカなトレーナーから与えられた名。   俺は俺の名を誇りとしよう。   全く、幸運なんだか不幸なんだかよくわからねぇが、   俺は俺自身の生き様が、めちゃくちゃに輝いていることを自慢しよう。   俺の名は、ログ。   他の誰でもない、ログ。   世界で一番幸せだった、ドクロッグ。  〜〜〜〜〜〜 END 〜〜〜〜〜〜