『おい、ホントにいいのかよ? あいつらの手助けしなくてよ』 『もう手助けならしたでしょう。それで十分じゃありませんか』 スイクンの言葉が、ライコウには理解できなかった。 ホウオウからの命は彼らの手助け。まぁ確かに手助けはしたにはしたが、 やるべきことなら探せば幾らでも出てくる。それなのに自分たちはもう街の外にいた。 『ぬぅ……スイクン、お前さんの考えを聞かせてもらおうか』 苦手な雨に打たれながらもエンテイが問う。 『わしらの中で参謀的なお前さんが言うには、それ相応の理由があろう?』 『必要ないから、ですよ。私たちはもう彼らに差し出す手がありません。……元からありませんが』 遠くに見えるセキサシティ。その上空で振り続ける雨をものともせずに翼を広げる火竜と翼竜。 彼らが得意の息吹を吹き付ける敵は、二度に渡ってこの世に再来した古の魔神。 自分たちは確かに彼らを助けた。そう、助けた。 『見てみたいんですよ。私は』 『見て……みたい?』 『今回の事件も、六年前の事件も。全部人間が引き起こしたことです。  ……だからでしょうね、私は人間をあまりよくは思っていません』 『おいおい、腹いせか?』 『だからこそ、私は見てみたい。自分たちが犯した罪を、人間たちはどのようにして拭い去るのか』 『あれ、無視? シカト?』 『なるほど……まぁ手助けはした。あとは人間たちだけで何とかなるだろうしな』 『おーい、俺を無視すんな〜』   雨が、また強くなったような気がする。 ――― リベンジャー FINAL STORY ] ――― ――― 「英雄の魂」 ――― 灼熱の息吹が、その強固なボディを豪快に嘗め回す。壮麗たる山吹の閃光がその上から被さってくる。 どちらも並みの威力ではなく、通常のポケモンなら一撃でダウンしてしまうだろう。 だが、相手は通常なんて言葉が最も似合わないポケモンだった。 細胞レベルで変化したその複雑怪奇な身体は、どんな攻撃でも耐え切るほど硬質化している。 「あっはははは! もっと強いの撃っておいでよ、二人とも!」 「くそ……っ!」 手加減はしていない。ルイン相手に手加減などできるはずもない。 カゲロウの火炎放射とリュウの破壊光線は、悉くディフェンスフォルムの前に敗れ去っていく。 ディフェンスフォルム以外の状態で直撃させればダメージを狙えるが、アタックの時は攻撃回避に専念しなければならないし、 スピードだと目ですら追いかけられない。カゼマルでも何とか見切れるスピードだ。 唯一対処できそうなノーマルも、元々のルインの能力が高くてまともに相手ができる敵ではない。 そもそもルインは既に本気なのか? これで本気じゃなかったら勝率は更に低くなる。  ……第一に。 (あの時、俺たちが倒したわけじゃない……!) 自分たちの力は遠く及ばなかった。あいつのサポートをしただけに過ぎないのだ。 自分たちにルインを倒す力はない。……それでも。 「何としでも……勝たなきゃいけな――」  ゴンッ! 何か当たった。硬くて、硬くて。……後頭部だから見えたわけもなく、硬いとしか印象がない。 後ろから「あ、ヤバッ」とかって聞こえたのを皮切りに、カイは地味に痛む頭を抑えながら振り返る。 瓦礫の影から、ユウラがこちらに来るよう手招きしていた。 (? 何だ??) 彼女が戦闘中にも関わらず手招きするからにはそれ相応の理由があるのだろう。 内容によっては、握り拳大の尖った石を投げたのも水に流してもいい。 「コウ、とりあえず一人で粘ってくれ。ファイト!」 「へ? あ、ちょっと!? カイお前どこ行くんだ!?」 何か抗議しているようだがとりあえず無視し。 カイとカゲロウが瓦礫の影に引っ込むとそこにはユウラとその肩に止まったクロ、そしてセリハ。 あと、知らない顔がいた。 「……誰?」 「助っ人。戦力的には使えないけどね」 「酷っ!」 なるほど、ノリツッコミができる人間らしい。いや、全く不必要だが。 セリハが言うには、連日の祭りの際に行われたポケモンバトルの大会にて、司会進行役を勤めていたらしい。 飛行ポケモンに乗ってマイク片手に無駄なハイテンションで実況するとか、何とか。 確かに革ジャンにサングラスという少し変わった服装だ。テンションが高いヤツは少し変だという事実も身近で確立している。 ……ごめんコウ。少しバカにした。 とりあえずずぶ濡れになっていた頭をクロが差し出したタオルで拭いておく。風邪でも引いたら洒落にならない。 「この人には街の外にいる人たちの先導を頼むの。何があるかわからないからね」 「で、俺に用ってのは? 早く戻らないとコウが沈む」 「え〜と、凄く簡単に説明するわよ?」 人差し指をピンと立てるユウラ。 「ルイン攻略のことなんだけど、まずはこれで捕まえるわ」 そう言って取り出したのは、傷だらけの紫色のモンスターボールだった。 見慣れないその色。少なくとも市販のボールではないが、 Mのマークを見た瞬間、記憶の奥底に封印されていた嫌な記憶の一つが一気に蘇ってくる。 眠りし災厄が再び生を受けた場所。誰もいない破棄されたその場所で、粉々に砕け散っていた紫のボール。 「マスターボールか……!」 「こいつで捕まえて、レジたちの破壊光線で宇宙に流すんだとよ。  で……えーと、モンスターボールってのは地球外でも使用できるぐらいすげぇ硬いんだけど、  さすがに亀裂が入ってたりすると相当危険なわけよ」 「調べた結果、このマスターボールは緊急脱出装置が壊れてるのよ。それを利用するわ」 緊急脱出装置。ノーマルのモンスターボールにも標準装備されているものの一つだ。 その名の通り、脱出するための装置。ボールが何らかの影響で破壊されそうになった時、 中のポケモンが即座に脱出する機能である。脱出しなければデータ状態のまま破壊されて、死ぬ。即死である。 「宇宙に流したりしたら……」 「そ、超低温で凍り付くわね。脱出できないからそのまま中身までカッチカチ。  そのまま小さな隕石にでも当たったら、バラバラに分解。それでなくても凍った時点でモロくなって壊れるかもね」 ボールが壊れる。ということは、中にいるポケモンは死んでしまう。 それこそルイン撃破の手段だった。これ以上ルインが現われないよう、血すら残さず消し去るのだ。 「……でもよ、幾らマスターボールでもルインを捕まえるなんて……」 「多分、マスターでも他のポケモンでいうノーマル扱いになるでしょうね。  その辺は大丈夫、勝機はあるわ」 「うおぉぉい! ちょ、まだかよ! リュウがそろそろ限界なんだけど!!」 「大丈夫よコウ! あんたはできる子だってお母さん信じてるから!」 「え、どういうボケ方!? つーか今ボケ時じゃなくね!?」 よし、OK。と言いながら親指を立てるユウラ。やっぱすごいなこの人。あらゆる意味で。 まぁ今のボケに対して一応ツッコミを入れたコウもある意味すごいが。 とりあえず空気的にコウにはもう少し粘ってもらうことにして、ユウラの説明の続きを聞く。 「アラグやセリハたちの話を聞いたら面白いことがわかったの。  古代ポケモンたちのエネルギー搾取完了前に復活、そしてリンリがいつの間にかユレイドルに進化していた。  バトルが得意じゃないリンリが進化した理由は、恐らく根を張ったんだと思う」 「根?」 「話によると、リンリたちはカプセルの中に入れられた状態だったらしいぜ。  で、ユウラの予測じゃリンリはその状態で根を張ったんじゃねぇか? っつー話だ」 「つまり、リンリはエネルギーを吸われるんじゃなくて逆に吸っていたのよ。  ルインの有り余るエネルギーを逆に奪ったんだから、進化してしまうのも頷けるわ」 そう言って彼女はリュウと交戦中のルインを指差した。 今まで通り出鱈目な能力を持って殲滅しに掛かってくるルインと、それを何とか耐えているコウとリュウ。 ただ、一時的に戦線から離脱して観察することで見えてくるものもある。 時折ルインが顔をしかめて身体を揺るがせている。リュウの攻撃が当たったわけでもないのに。 「十分なエネルギーを得ず、尚且つ逆に奪われたルインは最初からエネルギーの残量が少ないのよ。  だから身体がついていかない。意思とは裏腹に思うように動いてくれないんでしょうね」 となると、あれほどまでにエネルギーを使っているルインはそろそろバテ始めるということか。 エネルギーが枯渇すれば捕獲のチャンスも出てくるだろうし、まだまだ勝機はある。 「セリハに預けておくわ。カイたちが合図したらすかさず投げるのよ?」 「え、あたしですか!?」 「大丈夫よセリハ、あんたはできる子だってお母さん信じてるから」 「え、それボケとして受け取るべきですか? それとも真面目に?」 「とにかく大丈夫だって。チャンスが来るまで隠れてるのよ」 「さぁカイ、そろそろ作戦会議は止めにしたらどうだい?」 気付けば、既にリュウが沈んでコウが戦闘不能になっていた。いや、コウ自身がやられたわけではないが。 聖なる灰で復活したカイリューのリュウだったが、幾ら戦闘経験豊富な彼もルインを相手にするのは無理があったらしい。 先ほどの観察を踏まえてもう一度よく見ると、確かにどこか様子がおかしい。 時折左手が痙攣したり、目に力が入らず眠そうな顔をしている。 (エネルギーが足りてねぇ……ってことか。これなら……) 勝てるかもしれない。今のところまだ三匹戦闘可能状態だ。 まずカゲロウとボールに戻し、再びカゼマルを出しておく。近接斬撃で一気に追い詰める戦法で行こう。 向こうはエネルギーが足りずに大技を乱発できなくなってきているはずだ。大きなカウンター攻撃は考えられない。 「行くぞカゼマル……一発かましてやれ! 風牙!!」 「――……まぁ使えないこともないけど。でもオレのロロッチはあんまバトルは――」 「やれ」 「はい、やります。すいません」 ユウラに思い切り睨みつけられて、一応年上のはずのイッチャンは頭を下げて承諾した。 別に本格的にルインと戦えと言ったわけではない。とある技をちょっと使ってもらうだけだ。 それに彼には街の外に避難した人たちを遠くへ誘導してもらわねばならない。本来の役目はそっちだ。 (あとは……レジたちに合図をするだけで、もうやることはないわね) 「なーユウラー。俺ってばすげぇ暇なんだけど。何かやることない?」 「頼んだって飛ぶこともできないでしょ」 聖なる灰を受け取らなかったユウラには、もうこの喋ることしかできないヤミカラスしかいない。 まぁ頭脳専門……自分で言い切れるほど自惚れてはいないが。とにかく頭を動かすほうが得意だった。 そういえば、人々の救出に向かったジンたちはどうなっただろう。 ここから見る限り、博物館周辺にはもう誰も残っていない。転がっているヒメグマの人形が妙に生々しかった。 (……これって、結局は人間が引き起こしたものなのよね……) 「カゼマル、高速移動から辻斬り!」 「シャアッ!!」 世界最高レベルのスピードを持って放たれるカゼマルの辻斬り。 一瞬で相手に接近して一撃必殺の斬撃を加えて恐ろしい技ではあるが、 スピードフォルムになったルインを捉えきることはできなかった。 「……随分口数少なくなったじゃねーか、ルイン」 あまり喋らなくなったルインに向けて、余裕があるように見せ付けるカイ。 戦闘可能なポケモンの数も少ない状態だが、はったりというのは重要だ。 何か言い返してくると思っていたが、ルインは何も言わず……言えずに顔をしかめるだけだった。 カゼマルが体勢を立て直した頃、ようやく魔神が口を開く。 「……これ以上時間をかけていたら僕が危うくなる……!」 大きく腕を広げ、シャドーボール大の“何か”を作り出していくルイン。 ぐにゃりとルインの身体が変形してアタックフォルムへとチェンジし、振動音を奏でて“何か”が大きく膨れ上がっていく。 ルインはエネルギーを無駄遣いできないはず。となると、この一撃で終わらせてくるつもりだろう。 「僕の意識が再び蘇ったのは運命だ……人間を消せという運命からの思し召しなんだ!」 少しずつ大きくなっていくエネルギー球。既にルインにはもう抱きかかえられないくらい肥大化し、 恐らくカゼマルの斬撃でも斬れないだろう。それぐらいにまであれは濃度が濃過ぎる。 「僕の本能が叫ぶんだ……人間共を消せってねぇ!!」   ――  始まりは、暇潰しだった。 「カイ、キミを殺して僕は区切りをつける!」    ――  それをホウオウと臆病なルギアに邪魔された。          そして現代。この世界でも僕の邪魔をするヤツはたくさんいて。 「この一撃でもう終わらせる! 僕は人間がいない世界を創るん――――」   エネルギーが、萎んだ。 「え……っ」 急速に萎んでいくエネルギー球。ルインにはそれを理解できなかった。 確かにエネルギーは枯渇しつつある。だがすぐに消えてしまうほど衰えてはいない。 何だ。一体何故こんな急に消えていく? 何で―――― (ふう〜……気付かれずに仕掛けられた) 何やら長々と喋っているポケモンの背後から、ひっそりとトロピウスの技を仕掛けることに成功した。 弱っているからなのかそれともあのカイって男に気を取られていたからなのかはわからない。 大体何なんだ、この状況は。いきなり引っ張り出されたかと思ったら街はめちゃくちゃだし、 あんなおっかない力を持ったポケモン相手にこっそり背後から宿木の種仕掛けろとか言われるし。 チャレンジャーセリハの話じゃ自分は街の外にいる人を誘導するだけじゃなかったのか? あの金髪の女の人に凄い目で睨まれたのでその辺は反抗しなかったが。 「ロロッチ、とっととずらかるぞ。オレたちはオレたちのやることをやらないとな」 「ピイ?」 「な、何だその目は。……あーそうだよ。怖いよあんなもんっ。  つーか訳わかんないんだよ。説明とかまるでないからなっ」 痛い、苦しい。そんな感覚がずっと脳内を蔓延っていた。 身体が自分のものではないような感覚。自分で自分の身体が信用できない。 今まで自分の力を信じて疑わなかった彼にとって、その感覚は未知なるものだったのだ。 (僕は人間を滅ぼすんだ……なのに……!) 徐々に力をなくしていく身体。……ようやくその事態について脳が整理し終えた。 このデオキシスの中に入ってから、意識もはっきりしない内に本能で覚醒した。 あの時、古代ポケモンたちのエネルギーは完全に搾取しなかった。つまりは不完全状態で復活してしまった。 (くそ……折角得たこの命、僕はもうこれ以上失敗したくない……!) 故にエネルギーが圧倒的に足りないのだ。しかもそれに気付かず最初から飛ばしたために、 残量が最大時と比べてかなり危ないところまで来ている。これではフルで戦えない。 ならば異様にエネルギー消費の激しいアタックフォルムでいるのは得策ではない。だからフォルムチェンジでノーマルに   戻れ、ない? 「……っ!?」 「?」 ルインの目が驚愕に見開かれたが、カイとカゼマルにはその意味を解することができない。 霧散していくエネルギー、そして言うことを聞かない身体。その終着点には【フォルムチェンジ不可】という落とし穴。 ただでさえエネルギーが足りないというのに、自然に消費していく身体から元に戻れない。 「カイ! ルインはフォルムチェンジができなくなったのよ! 今がチャンスよ!!」 背後から聞こえる声。 エネルギーの枯渇で身体の制御が効かなくなって来ているのだ。 つまりは技の発動もままならない状態。使えてもアタックフォルムは無駄にエネルギーを消費してしまう。 「カゼマル、戻れ! ……これで最後だ。頼むぞ、 カゲロウッッ!!!!」 「グォォオオオオ!!」 紅の剣士に代わり飛び出した、紅蓮の翼と灼熱の尾を持つ火竜。 先ほどの戦闘でダメージは残っている。だが相手は枯渇状態。一気に攻め立てる!! 「この僕がァ……やられるかァァ!!!」 残ったエネルギーで限界まで戦うことを選択した魔神。 幾ら消耗が激しいアタックフォルムだとしても、元来どおりパワーは並ではない。 正面から突っ込んでくるカゲロウに向けて両手を突き出し、ギュルギュルと音を立てて力を収束させていく。 見覚えがあった。破壊の限りを尽くす、ルインの最強にして最悪の大技。 この街をこんなにした、あの技―― 「サイコブーストか……!?」 「うわぁぁあああああああっっっ!!!!」 左右から割り込んだ一撃が、ルインのエネルギーチャージを邪魔した。 向かって右から炸裂したのは山吹の閃光。左から被さったのは勇猛なる灼熱。 「ジンと……ティナか!」 巨大な水竜、ギャラドス。疾走する火山、バクフーン。 それぞれの破壊光線と火炎放射を側面から受けたルインは、アタックフォルムの低い防御能力もあって大ダメージを受けた。 揺らぐ魔神の身体。見えた勝機。指先の先にある平和。 六年の歳月を超えて決着をつけるために。 怯んでいるルインへと突っ込むカゲロウの身体が、膨大な熱と炎に包み込まれていく。 降り注ぐ雨なんか関係ない。周囲の気温を跳ね上げながら、カゲロウは更に炎を捻り出す。 まだだ、もっと出る。出し惜しみするな、この一撃で決めるんだ。 カイの母親を奪った最凶の敵を。七年前に誓ったあの記憶を呼び起こす。 腹の奥底から叫ぶ。カゲロウが最後に身に付けたあの技の名前を。 「カゲロウ、――――……フレアドライブッッ!!!!」       「僕を舐めるなァァァアァァアアアア!!!!」 暴発、というべきなのかどうか定かではない。 フレアドライブが炸裂する瞬間、ルインが体内のエネルギーを瞬間的に爆発させた。 技とは違うシンプルな爆発。ダメージが蓄積してた火竜はそれをモロに被ってしまった。 威力を殺されフレアドライブが解除され、黒煙を上げながら気絶したカゲロウが落下して行く。 これでも勝てないのか。まだ足りないっていうのか。 「だから、そんなんじゃエデンに笑われるっての!!」 「ルァァア!!」 雨風に紛れて聞こえた声。咆哮。 目が自然とそれを見つけて、見開いた。カゲロウの落下地点に先回りしている彼女の姿に。 「ボルク、準備オッケー!?」 あったりまえだ、と言わんばかりに唸り声と火炎を上げるバクフーン。 暴発にに巻き込まれて戦闘不能となったカゲロウを、全身を使ってキャッチする。 するとティナがカゲロウに何か……粉のような何かを――口に突っ込んだ。 意識を失っているはずのカゲロウが思い切り咳き込む光景には、カイも驚いていた。 そして。 「アアアアアア……!」 「グオ?」 唐突にカゲロウの尻尾を掴み、自分の身体を軸にして回転を始めるボルク。 意識どころか傷も消えてしまっているカゲロウからすれば、一体何が起こっているのか全く理解できないだろう。 聖なる灰――最後の一匹分を使わずにとっておいた秘蔵の一品である。 「アアアアアアアアアアア!!!」 正しくジャイアントスイングである。他に言い表しようがない。 コマみたいにぐるぐるぐるぐる……ぐるぐるぐるぐる…… 見ているほうが気持ち悪くなってくるぐらい回転を繰り返し、回されているカゲロウが「オェ」とか言い始めた時。 「アアアアッッ!!」 ルインに向けて、回転で勢いの乗ったカゲロウを解き放った。 「カゲロウ、もう一発! ―― フレア、ドライブッッ!!!!」 カイの声に意識を取り戻し、再び全身から炎を捻り出す。 さっきの一発と違い今度は身体の調子が頗るいい。すぐに良質の炎が噴き出した。 いつもの荒々しい炎に拍車がかかり、降り注ぐ雨が蒸発するぐらい高温の炎が空を舞う。 「僕がこんなところで……死ぬわけにはいかないんだっ!!」 フレアドライブが炸裂する瞬間、ルインの身体がぐにゃりと変形してしまった。 最後のエネルギーを強引に使った果てに繰り出した最後のディフェンスフォルム。 幾らカゲロウのフレアドライブだとしても、ディフェンスフォルムが相手では分が悪すぎる。 炎を纏いながらルインへと突っ込むが、予想通り耐えられてしまった。   だが、 『ギロチンは前じゃなくて後ろだぜ、ルイン』    反射的に振り返る。    一振りの巨大な剣が――――雷撃で模られた剣が、雨の中に確かに存在していた。    ルインは六年前の恐怖を思い出す。あの技だけは受けてはならない。受けることは負けを意味すると。    自分が最も危険視する、あの電気ネズミ。今まで全く見なかったという事実を思い出して。    この時、この瞬間のために。今までずっとなりを潜めていたというのか。 「ライ、ラァ……!!!」 『うわぁぁあああああ!!』 無茶苦茶なエネルギーの使い方でディフェンスからノーマルへと強制的に戻るルインの身体。 振り下ろされる出鱈目な雷の剣。張り詰めるエネルギーが体内から引きずり出されて鎧となった。 エネルギーが枯渇状態であるルインには、技を放ってそれを止める余裕はなかった。 いや、もし放ったとしても並大抵の技ではあれは防げない。それこそサイコブーストクラスでないと不可能だ。 ほとんど残っていないすっからかん状態のこの身体では、こうしてエネルギーを鎧に変えて防ぐしか手立てがない。 振り下ろされるライチュウの尻尾――ライラ最強の大技、“巨雷剣” あまりに強大になりすぎて普通のバトルじゃまず使わない危険過ぎる技。 雷の形をした尻尾に体内の電気を全て集中させ、尻尾の形をそのまま大きくしたような雷の剣を造り出す。 あとはそこから幾つか派生技があるが、一番効果が大きいのは、 「がァ……!?」 こうして直に叩きつけてやることだ。 「ライラ! そのままぶった切っちまえ!!」 「チュゥゥウウウ!!」 巨大な雷の剣が、エネルギーの鎧に包まれたルインへと叩き付けられた。 あまりの力にあのルインが顔をしかめ、交差するように防御に回した腕がバリバリと雷撃に焼かれていく。 「この……僕がァ……! 人間、如きにィ……!!」 呪いの言葉を吐きながら巨雷剣を弾き返そうとするルインだが、 六年前のあれほど危険視していた技を、衰弱した今の状態でそれが敵うはずもない。 「僕はポケモンだけの世界を創る……! 人間なんていない、獣の世界ィ……!  だから、負けるわけにはァ……負け、る……わけ……っ!!」 巨雷剣が、エネルギーの鎧を切り裂き。 ルインの身体に喰らいつき、そのまま自らの中に取り込んでいった。 「あああああぁぁぁぁああああああっっっ!!!??」 耳を引き裂くような断末魔。魔神の悲痛なる叫び。 巨大な雷の中に飲まれていくルインが、眼球が飛び出しかねないほど目を大きく見開いて絶叫を上げる。 カイは最初からわかっていた。ルインを倒すにはライラの巨雷剣しかないと。 だからライラを全く出さなかった。絶対に当てられるその瞬間まで温存するために。 (つっても、そんな瞬間が来るなんて思わなかったけど) 六年前はエデンがいたから倒せた。あいつが命をとして止めを刺したのだから。 でも今はいない。あいつの助けは得られない。……でも。   ――  エデン。俺たち、少しは成長しただろ? 「が……かは……!」 巨雷剣が消え去り、現われたのは雷撃に焼かれて黒こげになった一匹のデオキシス。 まだバチバチと電気が迸るその身体は、もうとても戦えそうには見えない。 ぐらりと身体が揺らぎ、頭を下にして真っ直ぐに落下していくルイン。   ……勝った?   いや、まだだ! 「セリハッ!!」 「もう準備してます!!」 鋭い指示が飛んで、それにセリハが答える声が飛ぶ。 ただ声がした距離を考えると、とても人の肩ではボールが届かない距離にいるような。 そんな気がして振り返ってみると、確かに距離的には無理な場所だったのだが、 問題はワカシャモの片足を触手で持ち上げているユレイドルがいたということだ。 「リンリ、回して!」 「ルアア」 セリハの指示で、ユレイドルのリンリが頭をぐるぐると回し始めた。 ユレイドルの触手というのは首周りに付いており、頭を回すということは触手も引っ張られるわけで。 ……なんだろう、デジャヴ? ついさっきのボルクがカゲロウにやったのと同じような。 「いっけぇ!!」 「ルァァア!!」 やっぱりそうだった。ユレイドル式のジャイアントスィングが炸裂し、 降下中のルイン目掛けてワカシャモをぶん投げた。……見えた。ワカシャモ……シャインが空いた足に何を掴んでいたのか。 (マスター……ボール……!!) 薄れ行く意識の中、ルインもまたそれを確認していた。 こちらにメガトンキックの体勢で突っ込んでくるワカシャモが、その足にマスターボールを掴んでいることを。 捕獲される――いや、捕獲では済まされない。恐らくは、処分。優しく言おうがきつく言おうが結局はそんなところ。 だがこの身体にはもうボールを回避する力すら残されていない。……ならば。 「!? おい、ルインのヤツが……!」 魔神の左手が、何故か動いていた。巨雷剣の一撃を受けてもう動けないはずなのに。 残りの力を全て振り絞ってまでルインがやろうとしていること。それは考えずとも自分たちにとって不利益なことだ。 「この……僕がァ……ただで、やられるかァ……!」 震える魔神の左手は自分たちではなく、東の方角――白み始めた空の色を映す、広大な海へと。 左手が光る。シャインが――マスターボールが迫る。 マスターボール入りのメガトンキックが炸裂する瞬間、ルインは呟いた。 「おき……みやげ……!」   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――   マスターボールは、雨に打たれながら沈黙していた。   魔神の姿は、ない。 すぐさま駆け出し、傷だらけのマスターボールを引っ掴んだ。 掴んだだけで中に何が入っているのか、そこから漏れ出す邪気に手が火傷しそうな感覚。 「ユウラ!!」 振り返ると同時に、あまりに禍々しいそのボールを即座に投げる。 中身を解放するのではなく、純粋に遠投された紫のボールが弧を描いて宙を舞う。 その先では、ユウラに場所を指示されて待機していた三つの巨体があった。 氷。鋼。岩。それぞれの属性を司る存在が、まるでちゃぶ台でも囲むように円になっている。 正直細かい作業には向かなさそうな野太い腕を掲げ、その中心にエネルギーを集中させている。 「アイス、スチル、ロック! 発射準備!!」 何故かニックネームのような名前で呼んでいるが、その辺は気にしない。 マスターボールは三体のエネルギーの中心部へと吸い込まれていき見えなくなる。 魔神・ルインが封じられた半故障気味なマスターボール。 それを宇宙へと追放して……結果的に、ルインを殺す。 非道な方法かもしれないが、ルインは今まで沢山の命を蔑ろにしてきた。それは事実だ。 何より、こうして完全に止めを刺さなければまた現われるかもしれない。 それ以外にもあいつが復活する要因はあるかもしれないが、今は復活してしまった個体を完全に消すのが先決。 物理的に破壊できない以上、こうやるしかないのだ。 「破壊光線、発射ッッ!!!」 真上へと吐き出された破壊光線。だがそれは何かを破壊するというわけではなく。 禍々しいマスターボールを、空高く雲の上まで一気に持ち上げていく。 崩壊したセキサシティから伸びる光の柱は、街の外へと避難している人々の目にも飛び込んできて。 白みつつあるホウエンの空を、その地方に君臨する三巨神による閃光が勢いを落とさず伸びていく。 かの天空の名を持つ伝説のポケモンが住まう、空の柱のような。いや、それよりも神々しいような。 あまり人に知られることもないだろう。その光が、空高き地へと魔神を追いやる救いの光であることに。 「終わった……んだよな……?」 誰に確認するわけでもない。カイはぼうっとしながらそんなことを呟いていた。 レジ三体の力によって宇宙へと追放されていったマスターボール。 夜と朝の中間みたいな空に向かって消えていったそれ。……奇妙な静寂が流れていた。 「いやぁああー!! 倒したぜこんにゃろめー!!」 「のぐほっ!?」 突然のクロスチョップが後頭部に炸裂。というかめり込んだ。 あまりに強烈な一撃に前のめりに倒れそうになるが、何とか粘って目の前の水溜りとのキスを回避する。 振り返ってみると、やっぱり予想通りの顔が底にあった。 「長く激しい死闘の果てに勝利をもぎ取ったわけですが、  その辺の感想を二文字で示してください!!」 「死ね」 「酷っ!」 ばっちり二文字だがそれはコウの心臓に鋭角に突き刺さった。 何か凹んでいる一名は完全に無視することにして、凹み屍を踏みつけて集まってくる仲間たち。 「ぐはっ! ちょ、今誰踏みやがった!? 「俺だ」 「自白早っ! ……あれ、何か前にもなかったっけこんなの」 何だかデジャヴのような気がするが、まぁそれはさておき。 倒した。そう、ついに倒したのだ。あのルインを。 六年前は結局エデンに頼りきりだった。今回だって、様々な要因が重なって勝利をもぎ取った。 一団から離れたティナが、奇妙な声を上げなければ。 それはただの勝利のまま収まっていただろう。何も知らずに終わっていただろう。 「ねぇ……何か、聞こえない?」 彼女の呟きは妙に大きく聞こえてしまった。それほどまでに嫌な魔力を込めていた。 音。……耳を済ませてもそれらしい音は聞こえない。 息づく音が消えたセキサシティには、降雨の音と湿った風の吹く音のみ。 とある事情から普通の人間よりも聴覚に優れているジンとキキでも、ティナの言う“音”は聞こえない。 反応したのは、ティナを除く島育ち出身の二人だった。 「何だ……?」 「海、じゃねぇか? ……おいちょっと待てよ、この音って……」 小さな島で育ち、海と共に生きてきた彼らだからこそわかること。 漁業が主流の生業となる島、そこで育てば自然とその能力は高くなっていく。 三人は自然と駆け出していた。瓦礫を飛び越え、濡れた地面に足を取られそうになりながらも走り続ける。 嫌な音だ。海と共に生きてきた三人にとって、あの音はただの災害でしかない。 昼間、ティナとコウがギャラドスたちに襲われた港。 サイコブーストの余波を受けたその場所も、やはりただでは済まされなかった。 幾つか並んだ大きな倉庫は半壊か全開。停めてあった船も殆ど残っちゃいない。 幸い、既に倒れていた人は街の外まで避難させたため誰も倒れてはいない。……一部例外を除いて無事ではなかったが。 三人は半壊した港に立ち、もうじき太陽が昇るであろう地平線をじっと見つめた。 聞こえる。確かに聞こえる。正確に聞こえるわけではないけど、勘に近い何かが心の中でそう告げているのだ。 「ど、どうしたんですか皆さん。いきなり走り出して……」 背後に仲間たちがやってきたこともわかっていたが、三人は地平線を睨みつけることに集中していた。 音。勘。……それが決定付けるそれは、静かに地平線に姿を現し始めていた。   ――  おき……みやげ……!  ―― (そういうことかよ……!) マスターボールに吸い込まれかけたルインが、最期の最期に放ったあの技。 置き土産――自爆系の技と同じで戦闘不能になるが、攻撃力と特殊攻撃力を大幅に下げる技。 これにより敵の戦闘力を激減させて次のポケモンに繋ぐ、という効果を持つ技であるが、 放ったのはルイン。千年前の魔神だ。効果が全く別の醜悪なものへと変化している可能性も十分にありえる。 そう。それが例え、   大津波を引き起こす技だとしても、不思議ではないのだ。 「おいおいおいおい! めちゃくちゃでけぇぞあの津波!!」 クロの目にもそれは確かに映っている。巨大過ぎる大津波が。 恐ろしいスピードで迫ってくるそれは、近づくにつれて更に大きくなり水面に恐怖を映しはじめる。 どれくらい巨大かというと、端が見えない。津波の両端がどちらも全く見えないのだ。 「……で、どうするよ。あれ」 「どうするって言われても……」 コウがうんざりしてしまうのも無理はない。あの津波と現状はあらゆる対抗策を悉くねじ伏せているのだ。 このまま放っておけば確実に街を飲み込み、周囲の地域も確実に海水が何もかも叩き壊すだろう。 つまり、街の外まで避難してもらっている人々にも攻撃してくるのだ。あの大勢を逃がすのは無理ということ。 加えて、現在使用できるポケモンが非常に限られているのだ。それも、 カイは体力消費状態ハッサム、リザードン、ライチュウ。 ティナはバクフーンとパルシェン。 コウは全員戦闘不能。 ユウラはヤミカラスのみ。会話だけで飛べもしない。 ジンはギャラドスのみ。 キキはカイリキーのみ。 ロットはバンギラスのみ。 セリハはワカシャモ、ミロカロス、チルタリス、ユレイドル。 この面子だけで端が見えない大津波を打ち砕くのは少々無理がある。 確かにポケモン離れしているのが数匹いるためできないことは……できない。無理無理。 幾ら太古の破壊王の魂が宿っているカゼマルでもホウオウの加護を受けたカゲロウでも、 こんな大津波をなかったことにするのは流石に無理。こんな時にラスイは何やってるんだ、ジョウトの海で寝てんのか。 「……やるしかないだろう」 「そうですね……」 そう言ってジンがジードを、ロットがブラッドを出す。 流石の二匹もあんな巨大な津波は見たことがないのか、少し引いてしまっている。 「グオウ……」 「……おいロット。まさかアレ何とかしろとか言わないよな?」 「ごめん」 すごいストレートに謝られて口が塞がらなくなったブラッド。 アレを何とかしろと? どうにかできたらカイオーガにも勝てるような気がするよ。 「と、とりあえず……ブラッド、破壊光線!」 「マジで言ってんのか!? いや、えぇ!?」 「ジード、破壊光線」 「グァウ!?」 二人の微妙にやる気のない指示に困惑するブラッドとジード。 何はともあれ試さずに諦めるわけにもいかず、破壊光線の光を各々の口内へと収束させていく。 「カゼマルはブレイブウィンド、カゲロウは竜撃破。  ライラは10万ボルトを準備! ジードたちと合わせろ!」 「ボルク、火炎放射の準備ね。シェルドは冷凍ビーム」 「クロは……黙ってて」 「酷ェ!?」 「ジーキ……は、無理だよね」 「シャインは火炎放射、バースはハイドロポンプ、チルチルは竜の息吹ね。全部超付けてよ?  リンリは……ごめん、ボールに引っ込んでて」 遠距離攻撃法を持たないカイリキーとユレイドルは無理があるので使わないことにして。 朽ちた港に、育てに育てられたポケモンが十匹も並ぶことになり、 各々が使える一番強力で遠距離性のある技を存分にチャージする。 破壊、風、炎、雷撃、冷気、水。あらゆる属性がその空間を支配し、 目の前の巨大な災厄へと対峙する。魔神が最期に残した最悪の置き土産。巨大な故意的な自然の災害。 ――十分に引きつけてから、一番効果のある距離で一斉砲火。これしかない。 遠過ぎると威力が半減するし、こういうのは連射しても意味がない。でっかい一撃をぶつけて吹っ飛ばす。 近過ぎると波が覆い被さってきて意味がない。……完全に、距離が大事なのだ。 「ユウラとキキちゃんは避難してたほうがよくねぇ?」 「嫌です。皆さんと一緒にいます」 「それに逃げたってあんなに大きいなら意味ないって」 迫ってくる大津波。お菓子を食べているガビゴンみたいにぶくぶく、ではなくどんどん大きくなる。 人には到底越えることのできない壁を表しているような気がする巨大な存在。 七つの砲門全てが津波へと向けられる。魔神の最期の置き土産を撃破するべくその全てを集中させていく。 逃げても無駄。隠れても無駄。だったら最後の最後まであがいてみせる。 (あいつは俺たちに任せてくれた……絶対に何とかしてやる……!) 盛大に散ってしまったあいつが残してくれた世界。その一欠けらも欠けてほしくない。 この世界から何かがなくなるのはダメなんだ。それもあの魔神の力で消えるのはもっとダメなんだ。 目の前から覆い被さってくる巨大な壁。もうそこまで来ている海の怒り。 波が昇っているはずの朝日を遮り、こちらには完全に影となってしまっている。 ……失敗したら朝日を拝めないってのは、このことか。   3 …… 2 …… 1 …………   ――  今だッ!!! 破壊の閃光が、荒れ狂う炎が、研ぎ澄まされた風が、鋭く迸る雷撃が、 とにかく強力な大技が牙を見せ、我先にと大津波へと殺到していく。 特に際立っているのがブラッドの破壊光線で、極太の巨大なレーザーとなって先陣を切っていく。 ホウオウの聖なる灰の効果で完全に回復しているため、惜しむことのなく兵器のような一撃が海上を貫いていく。 「え……?」 ブラッドの一撃は波をも引き裂いた。が、スケールが違い過ぎる。 何かした? とか言いそうなぐらいあっさり周りの海水が穴を修復してしまい、何もなかったことにされた。 他の技も然り。幾らライラの10万ボルトでも相手が悪過ぎる。競い合うレベルとは全く違うような気がする。 放たれた技が全部波に呑まれていく光景は、絶望的ではあるがあっさりし過ぎていてちょっとだけ清清しかった。 誰も何も言う暇がなかった。そいつは先ほどと全く同じ姿で、同じ勢いで。 何もかも打ち崩してやろうと笑みを浮かべているような気がしてならなかった。バカにされているような気もした。 とにかくデカかった。ここまで近くまでこないとそれすらわからなかった。 真面目な話、カントーのタマムシシティにある高層ビルですら一撃で粉砕しかねない大きさの波。 これを打ち崩す? 意味わからないって。勝てるはずないって。 心が確かにそう叫んでいた。もう完全にぽっきり折れていた。      カイの肩に、誰かの手が置かれた。      振り返った。  …………  白い顔が、そこにあった。         ――  「まったく、世話が焼けるな」         目を、耳を、疑った。  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・    『 お二方は……奇跡を信じますか? 』    『 信じますかってお前、俺らの存在が奇跡みたいなもんだろ? 』    『 きっとあるのだろう。わしらの主にも成し得ない、途方もない奇跡の一つや二つ…… 』  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「おい、ちょっとあんたら」 「……ん……?」 「こんなとこで寝てられると困るんだがなぁ」 そんな声が聞こえて目を開けると、そこには見知らぬおじさんの顔。 白いハチマキを頭に巻いたその人は、一度も見たことがないのにどこが見たことがあった。 あ、そうか。故郷の漁師たちと同じ顔をしているのか。海に生きる男の顔だ。 カイは揺れる頭を無視してすぐに起き上がり、短く謝罪をして。 同時に謝礼も入れると、その漁師は「いいってことよ」と気前よく笑って去って行った。向こうに見える漁船に向かって。 コンクリートの硬い床で寝ていた性か身体が少し痛かったが、とりあえず頭を何度か叩いて覚醒を促した。 青い海。晴れた空。目立つ巻雲もない快晴だった。 何度か伸びをして……何か蹴った。重くて大きな何かを蹴った。 ゆっくり視線を落としてみると…………―― コウの顔面を踏んでいた。   ―― …… 記憶が掘り返される。ここで寝ていた? ……違う! 「どう……なってんだ……?」 仲間たち全員が気を失い、自分と同じようにコンクリートの上に寝そべっている。 大破していたはずの倉庫が傷一つない、正しくサイコブーストで破壊される前の状態に戻っている。 並んだ様々な船。当然のようにいつもの日常を繰り返す人々。……まるで、昨晩の出来事がなかったことのよう。 濡れていたはずの服が完全に乾いて……いや、これは乾いたというより最初から濡れてなかったようだった。 振り返ってみると、港と街を繋ぐ道の向こう側。セキサシティがごく自然な形でそこに顕在していた。破壊を完全に取り除いた形で。 仲間たちに混じっているはずの彼らが見当たらなくて、急いで腰に並んでいるボールたちに目をやった。 (全快してる……何でだ……!?) ポケットに突っ込んであったポケギアを引っ張り出す。現在の時刻、AM六時三十分。 「ティナ、大丈夫か?」 「ん……」 邪魔な前髪をそっと避けてやる。何度か閉じた目を震わせたあと、彼女はゆっくり目を開けた。 背中に当てた手をゆっくりと持ち上げて起き上がるのをサポートする。 「え……あれ? え、ええ??」 「うん、俺も同じ気持ち」 周囲の様子の異常な変化には、そこにいる誰もが目を疑うだろう。 確かにそこには日常がある。普通の光景である。だがそれは昨晩全て破壊されたはずだ。 魔神ルインのサイコブーストによって街は全壊。この港も辛うじて形を保っているだけのはずだった。 だが目を覚ましたティナの前に広がっていたのは、まるで最初から何も破壊されていなかったかのような日常。 「キキ、セリハ、大丈夫か?」 「はい……え、どういう……あれ?」 「うん。ロット、大丈夫?」 「だ、大丈夫……ちょっと頭がクラクラするけど……」 「コウ、早く起きて」 「あの、俺もう起きてるんですけど。あれだろ、わかってて顔踏んでるだろ」 「おら起きろやコラ。起きないと顔にフン垂らすぞ」 「起きてるっつって……ってぬおおお!? おま、ちょ! ホントにクソ垂らしやがったこのバカラス!!」 現在の状況。というか、昨晩から変わっていることを羅列するとだ。 壊れていたはずの街が傷一つ残さず完全再生。 怪我、及び最悪の状態になっていたはずの人々が何もなかったかのように一日の始まりを迎えている。 昨晩は雨だったはず。だが自分たちの身体も服も髪も全く濡れていない。 手持ちのポケモンたちの完全回復。……そして、あの時襲いかかってきた波が完全に姿を消していた。 「あの時……何が起きた?」 波。大津波。確かにあと二秒ほどで街を完全に覆い被さるところだった。 だがその瞬間意識を失って、目覚めた時にはまるで何もなかったかのようだった。 一応確認したが、全員が全員昨晩のことを覚えており、更に決定付けていたのがセリハのリンリだった。 あの事件で魔神のエネルギーを逆吸収したために、ユレイドルへと進化したセリハのリリーラ。 つまり、昨晩の出来事がなければ進化しなかったはずのリンリ。確かめた結果、ユレイドルのままだった。 なかったことにされた、と言い切れるものではない。 そもそも普通の現象ではない。街も人々も何もかも元通りになるなんて、あのホウオウでないと無理な芸当だ。 「……すっげ、この辺も元通りじゃん」 街中へと戻ってきても、やはりその不可思議な状態は変わっていなかった。 昨日の昼間、自分たちが歩いた道。見た景色。すれ違った人々。何もかもが昨日と同じ。 サイコブーストの被害もないし、あのあと襲ってきたはずの大津波の影響もない。 祭りの最終日なだけあって、人が多くごった返していた。……そういえば、何の祭りなのかも知らない。 あれが夢だったと? 夢オチだったと? いや、リンリの進化がそれを簡単に否定している。 とにかく急いだ。今回の事件の中心地へと。 「直って……ますね」 例の博物館もまた、昨日の昼間と全く同じ姿で出迎えてきた。 昨日と同じ水路が流れ、この辺り一体だけ祭りの喧騒とは無縁な空気を流れている。 そういえば、アラグたちはどうなった? アシュラにドラグーン、古代ポケモンたちは? あれから場所を動いていないなら、彼らは博物館跡地にいたはずだ。 となると港で目を覚ました自分たちと同じように、博物館で目を覚ますはずだ。 ガラス張りの正面入り口は鍵がかかっており、中に人気もない。灯りもない。 侵入時に使った裏手へと回ってみると、裏口前の小さな階段に座っているアラグがいた。 「アラグ……館長……」 「これを奇跡、というのだろうか。私のほうからも大津波は見えていた。  だがふと気がつけば地下研究所で倒れていた」 「研究所も、全部直ってたんですか?」 「いや、重要な部分……デオキシス復活の装置や資料は全部消えていたよ。  この奇跡はどうやら、あのルインがやらかしたこと、存在したこと全てを消し去ったようだ」 奇跡。……そんなものが本当にあるのか? そんなご都合的なものが。 津波を消し去り、街を元に戻し、人々の記憶を修正し。 だがカイたちやアラグの記憶だけは変わっていなかった。消されていなかった。 一体何が起こったのか、何もわからない。誰もわからない。 アラグの話では、アシュラやオムスターたちも全員無事、尚且つ記憶も改変されていないらしい。 博物館の所員も皆、昨晩街が崩壊したことなどまるで知らず、ごく普通の一日を終えたと言っている。 レジアイス、レジロック、レジスチルが収まったヘビーボールは全て空になっていた。恐らく、“なかった”ことにされたのだ。 やはり記憶が全て塗り替えられている。事件の中枢にいた自分たちを除いて。 因みにイッチャンにも確認を取ろうとしたが、スタジアムに近づくと無駄に大きな声で普通に実況していたので止めておいた。     ――――   「 私は……またここで館長を続ける。大丈夫だ、もう道を誤ったりはしない。              アシュラにも睨まれているしな……あと、ドラグーンの薬の副作用を何とかして取り除いてやろうと思う。              それにオムスターたちにも……ああ、いや何でもない、こちらの話だ 」   最後の部分だけ少し気になったが、もうアラグは大丈夫だろう。   あの人の目は、昨晩の時の狂気の目とは違う。ドラグーンのことも任せて平気だと思う。     ――――   「 目標を持った人間ってのは、変なことがない限り道反れたりしないもんだろ? 」            「 ってことたぁお前、変なことってヤツがあったってことか? 」            「 クロ、一々噛み付かないの 」   最後の奇跡。あれが何だったのか詳しくはわからない。   晴れた日の空の下。何事もなく訪れた新しい日。全てが消え去った平和な今日。     ――――   「 ……変な、声? 」            「 ああ、聞こえたんだ。……あいつの声 」            「 え、じゃああれって空耳じゃねーのかよ? 俺頭おかしくなったのかと…… 」            「 お前最初からおかしくね?? 」            「 ……どうやら僕たち、全員聞いてたみたいですね 」            「 あの、あたしも聞いたんですけど……あれって、誰の声なんですか? 」            「 あ、セリハさんは知らないんですよね。……あの声はですね 」            「世界で一番、カッコイイヤツの声だよ」  心配性だとは思わなかったが、まさかまた助けてくれるなんて思わなかった。  世界のために生まれ、世界のために死んだあいつ。  一瞬生き返ったのかって思ったけど、よく考えたらホウオウが再び蘇生をするにはまだまだ月日が足りない。  あいつはもういない。……いや、いる。きっとどこかで――――  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     …… それが、永久の夢であることを願う。 「セリハはこれからどーすんだっけ?」 「一度故郷のカイナシティに戻ります。  あんまり連絡してないんで、お母さんとお父さん、心配してるかも……」 「ホウエンのポケモンリーグって、確か二ヵ月後よね? あたし、テレビで応援してるから」 セキサシティ東部。ジョウト地方アサギシティ行きの巨大客船が、出港の時を今か今かと待ち侘びている。 真上近くまで昇ってきた太陽が海を照らし、儚くキラキラと輝いている。 客船に乗り込む人たちも、彼らの荷物を船に積み込む船員たちも、みんな昨日のことなど何も知らずに日常を過ごす。 「俺たちはこの船でジョウトに戻る。  イブキさんがいるといっても、リーダーは俺だからな。早めに戻らないとまずい」 「皆さん、たった一日だけでも会えて嬉しかったです。フスベに着いたら連絡入れますね」 ジムリーダーとしての修行のためにホウエンに来ていたジンと付き添いのキキ。 修行を終えた以上、ジンは速やかにジムリーダー業に復帰しかければならないのだ。 「キキちゃん、寂しくなったらいつでも俺の胸へと――」 「はい死んで」 「おぐほっ!?」 クロを掴んでそのくちばしを思い切り後頭部に突き立てるというある意味反則技。 頭から血を流して悲鳴を上げるコウを蹴飛ばしてから、ユウラは真顔で、 「キキ、こいつから変な電話とか変なメールとか来ても全部無視してね。  っていうかあたしに教えてね。ランディに頭噛み砕いてもらうから」 「え、何。俺って変態? ストー――」 「遅いっ!!!」 突然の怒号にコウのツッコミが掻き消され、一同の間に静寂が訪れる。 いや、わかっているんだ。何で彼女が腕組みして仁王立ちして不機嫌そうにしているのかぐらい。 周囲を見渡せば自ずと答えは見えてくる。彼女は待っているのだ。待ちくたびれているのだ。 「どこで道草食ってんのよあのロリコンが! もしかしてあれなの!? 幼女でも追っかけてるの!?」 ヤバイこの人。完全にカイがロリコンだと決め付けている。 いや確かに誤解されかねない行動は取ったが、彼女自身もそれが間違いであると気付いているはずだ。 「あ、あのですねティナさん。カイさんは一応ロリコンじゃ……」 「わかってる! わかってるわよそんなこと!!  でも約束の時間になっても現われないと、何かいろいろ不名誉な称号与えとかないと気が済まないの!!」 どうでもいいがロリコンとか幼女とか大声で叫ぶのだけはやめてほしい。近くにいる自分たちが変な目で見られてしまう。 というか見られている。変な自然が周囲から突き刺さってくる。ヤメテクダサイヨティナサン。 「あンのロリコーン! 幼女趣味!! 犯罪予備軍!!! パトカーに乗った回数――ってもがっ!?」 「ティナ落ち着け! お前のしてることもある意味犯罪予備軍だから!」 「うっさい放してコウ! あのバカを今すぐ豚箱にぶち込んでやるんだから!!」 「お前カイが心配でホウエン来たんじゃなかったっけ!?」 ギャーギャー騒ぎ始めたティナを羽交い絞めにして何とか暴走を防ごうとするコウ。 何回か裏拳が顔面に入っているがその辺は根性でカバーしている。頑張れコウ。負けるなコウ。 何度もボディにエルボーが入っているがその辺は……無理っぽいらしい。 「……だが確かに遅いな。もうすぐ船が出てしまうぞ」 ジョウトに帰る前にカイにも一言挨拶がしたかった。 自分が最大のライバルとして認めた男。二度と負けまいと誓った相手。 ジムリーダーと就任して一年近く経ったが、未だにカイ以上の好敵手は現われず、 今回出会った時だってもう一度戦いたいという欲望に駆られた。だがそれは自分のわがままであり、 今回のこともあってその機会は失われた。まぁそれはよしとして、 (カイ……一体どうした?) 約束の時間を過ぎても現われないなんてカイらしくもない。恐らく何か理由があるのだろうが、 早く現われないとティナがお前にあらぬ称号を与えてしまうぞ。いや、既に手遅れだが。     …… もう眠ろう。私たちの存在そのものが世界に優しくないのだ。 「すまん、遅れ――」 「この変態! 今までどこほっつき歩いてたのよ!!」 「変態!?」 何はともあれ遅れてやってきたカイ。それに当然の如く噛み付いてくるティナ。 いきなりの変態呼ばわりにさすがのカイも何と言い返したらよいかわからなくなっている。 「どうしたのカイ。そういえば、何か電話してたよね。もしかしてまだずっとしてたの?」 「あーいや、え〜と……」 カイは口篭って言葉を濁し、ティナはそれを腕組みして睨みつける。 恐らく(幼女と話してた)などと思っているのだろう。そう決め付けているのだろう。 ティナはカイにずっと会えなかった。ずっと会いたかった。だからこんな海の向こうにまで追いかけてきた。 故にもう待たされたりしたくないのだ。だから、 「実は……オーキド博士から連絡あって」 だから、あまり聞きたくなかった。 「その……ホウエンでのデータ収集はもう十分だって言われて」 「……ホウエンでのってのがすげぇ気になるんだけど」 またカイが遠く離れていくような。そんな考え。そんな恐怖。 聞きたくない。認めたくない。……でも、聞かなきゃいけないんだ。 「また別の地方にデータ収集に行くことになって……」 「……今度はどこに行くんだ?」 ……私はカイが好きだった。大好きだった。 でもそれは一方的なものでしかないし、私のわがままでカイの足を止めることはできない。 カイはトレーナーとして最高の形を保っている。ポケモンのことを理解し、ポケモンたちもカイを理解している。 もちろん私自身、カイのことを理解している。ロリコンじゃないこともわかっている。いや、それは今はいらないか。 「今度は……北に」 私には……うん、無理なんだ。きっと。 「シンオウ地方に行って来る。……で、その……」 目を反らすように話していたカイが、ようやくティナへと向き直った。 目を見て話せなかった。昨日数年振りに再会して、嬉しさと怒りが混じったボディブローを受けて。 そしてまた旅に出るなんて言ったらどんな顔をするか。そう考えただけで港に向かう足は自然と重くなっていた。 ……あいつのあんな顔、もう見たくない。 「いつ、帰って来られるの?」 今にも泣き出しそうな顔をされると、心に刃が突き刺さったようだった。 「ティナ!!」 気付いたら、彼女の細い肩を掴んでいた。 何がしたいのかよくわからない。自分で自分が何を考えているのかわからない。 目を見開いてこちらを見つめてくるティナ。口は自然と滑らかだった。 「必ず帰ってくる! 約束する!!」 「う、うんっ」 「だから、俺が帰ってきたら……!」   ……  一体何をこっ恥ずかしいことを言おうとしているんだ、俺は。       あと一歩で人生最大級のセリフを吐きかけた時、俺の中でようやく何かが弾けて。       仲間たちがムフフな顔をしていることに気付いた。 「いや、どうぞ続けてください。寧ろ推奨します」 「ロット、お前面白がってないか?」 「そうか、カイも男だからな」 「……あんまり納得いかない」 「ジンは何を再認識してんだ? キキは何が納得いかない?」 「式には呼んでくださいね」 「セリハ、お前意外とませてねぇ?」 「一番身近で見てきたからねぇ、うん。応援するわよ?」 「式ってあれか? うまいもん出るのか??」 「ユウラも茶化すな。あとクロ、何故にカビゴン化してる?」 「キース! キース!!」 「お前張り倒すぞクォラァ!!」 最後だけ名前を言わなかったが最早誰のセリフは丸分かりである。 これで完全に仲間内公認となって……いやいや、別に公認させるつもりもないし。 確かにあのあと続くはずだったセリフは彼らの予想通りだ。だがその場の勢いで言いかけてしまったのが失敗だった。 「え、えっと……このまま、シンオウに?」 「あ、いや……一回、ジョウトに帰ろうかなって……」 しどろもどろな会話。頬を赤くしたティナが先ほどと打って変わって明るくなって。 まぁそれはそうだろう。先ほどの……明らかにその先を予想できる内容のセリフ。 誰だって赤面する。カイだって勢いがなければあそこまで言えなかった。 「今まで心配かけた分の埋め合わせと……あと、もう一個用事があって」 「?」 「ほら、あいつに挨拶していくよ。……心配性な、あいつにな」     …… 世界を元の形に。私たちのいない歴史を。 コウとユウラはこのまま陸路でカナズミへ。 セリハはカイナ経由でサイユウへ。ロットはここから直接サイユウへ。 ジンとキキはここから船に乗りジョウト地方のアサギへ行き、空を使いフスベへ。 カイとティナも二人と同じ船に乗りアサギへ。そこから空を通りギンバネへ。 また暫く会うこともなくなるだろう。もしかしたらもう会えないかもしれない。 でも。いつか誓った繋がりがある。絶対に切れない繋がりがある。 それが切れない限り二度と会えないことはない。六年前から続いてきた繋がり、昨日できたばかりの繋がり。 この世界で生きる限り、切れることはないのだ。     ――――   「 そういえばカイさん、あれってもうティナさんに渡したんですか? 」            「 いや……その、シンオウから帰ってきた時に渡そうと思って 」            「 あ、それならちょうどいいじゃない。手ぶらで言うつもりもないんでしょ? 」            「 まぁ……な 」            「 カ〜イ〜! 早く乗らないと船、出ちゃうわよ〜! 」     …… かの者たちに、今後こそ永遠なる平和を。     ――――   電話したけどいなかったからメールにした。カイだ、元気にしてるか?            予想はしてたけど、シンオウは思ってた以上に寒いわ。まぁ死ぬほどではないけど……――――