あなたは極度の“飢え”に襲われたことはあるだろうか? 食べるものもない、飲むものもない。 だからといって、次のような行動はどうだろうか? “腹が減ったのでポケモンフードを食べる” 正直、有り得ない行動である。 普通の人間ならまずとらない行動。 常識である。 しかし、そんな常識が通じない人間が、ここにいた。 **********  リベンジャー  第29話「ゾンビ」 ********** ごきゅるうううううううぅぅぅぅ・・・・・・・。 「ハラへったァ・・・・・・」 「喋ったら余計にお腹減るよ?」 「じゃお前も喋んな・・・・・」 「忠告しただけなんだけど・・・・・・」 彼らの腹は限界に達していた。 足取りは重い。 月と星が輝く夜空をオニスズメが飛び交い、恐いくらいテンションが低いカイ達を見てさも可笑しそうに笑う。 一瞬、焼き鳥にして食ったろか?と思ったカイだが、そんな考えも腹から出る不快音にかき消される。 「・・・・・・ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・」 後ろから聞こえてくる無気味な声に、カイとユウラは振り返った。 怨霊の様な、気味の悪い声。 「・・・・・・ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・」 骨と皮だけで構成されたコウ。 痩せこけ、白目をむいたコウはその存在をアピールするかのようにうめき続ける。 「・・・・・・・・・」 カイ達は他人のようにそのアピールを無視した。 「自業自得だな・・・・・」 「そうだね・・・・」 「だからコウに荷物任せんなって言ったんだ・・・・・」 「だって・・・・・ほんの2,3分だったから盗まれるなんて思わなかったんだモン・・・・・・」 事の成り行きはこうである コガネに向かう途中、カイが小便をしに林の中へと消えていった。 そのすぐ後にユウラが汗をかいたから着替えると言い出し、別の林の中へと消えていった。 食料の入ったリュックが邪魔になったのでとりあえずコウに預ける。 コウが目を話した隙に何処からかオニドリルが出現し、リュックを奪取。 カイとユウラが丁度帰ってきて、3人で追跡。 しかし、帰ってきたのは空っぽのリュックのみ。 「・・・・・・・つーか珍しいよな、いくら腹減ってくるからってポケモンフード食べるヤツ」 「んで吐きまくってたら世話ないよね」 ポケモンフード。 もちろんポケモン用であって、断固、人間の食べ物ではない。 ポケモンフードはカイが管理していたため、盗まれることはなかった。 「・・・・・・それにしてもあいつらおせぇな・・・・・」 「・・・・あ!帰ってきたよ」 ユウラの言葉に、カイが今まで下げ続けていた頭を上げた。 前方から歩いてくる、2つの影。 影はカイ達の前で足を止めた。 「・・・・・どうだった?ライラ、スピン」 ピカチュウのライラとサンドのスピンは申し訳なさそうに首を横に振った。 「悪かったな・・・・無駄に歩かせて」 カイは優しくそう言うと、2匹をボールに戻した。 何か木の実くらい見つけられないものかと、ライラとスピンを捜索部隊として派遣していたのだ。 案の定、木の実は既に野性ポケモンたちに独占されていた。 「あのバカ、何処で油売ってんのよ・・・・・」 ユウラがややイラつきながら愚痴った、その時だった。 前方から飛んでくる漆黒の鳥の存在にユウラが気がついた。 「遅い!何処で何やってたのよ!」 怒鳴るユウラを前にして、漆黒の鳥、ヤミカラスのクロは平然とした面持ちで、 「ほ〜う?そんな口きいていいのかな〜?見つけるモン見つけてきてやったのによ〜」 と、やや得意げに言った。 その言葉を聞いて、突然ユウラがクロを抱きしめた。 「えらい!さっすがクロ!チューしてあげる!」 「いや、そんなんいらねぇから・・・・・」 クロの体からベキベキと奇怪な音が聞こえた気がしたカイは、とりあえずその事について触れないでおく。 振り返り、80%ゾンビと化したコウに歩み寄る。 「コウ、喜べ、街が見えてってよ」 その時だった。 コウの両眼が、きらりと光を放った。 「ぬわにぃぃぃぃっ!?街だとぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」 コウの身体が突然復活し、カイ達の横をすり抜け猛スピードで走り去っていった。 「反省してんのかな・・・・・」 ユウラがちょっと気になっていたことを口にすると、カイが、 「あいつはとりあえず幸せにしがみつくタイプだからな・・・・・」 と返した。 「あの〜、ユウラさん?そろそろ放してくんねぇと骨折れるんだけど・・・・・」 クロがかすれた声が、虚空に消えた。 「・・・・・・・なんでいきなりラーメンなわけ?」 「しゃーねーだろ・・・・ポケセンの食堂はもう閉まってるし・・・・・」 カイ達はコガネシティの片隅にあるとある屋台でラーメンをすすっていた。 現在、午後10時。 この時間帯でも店は開いてるには開いてるのだが、ポケモンセンターレベルに安い店は残っていない。 そのため、彼らはこういった屋台などに頼るしかなくなっていた。 「・・・・ここのラーメン、美味しいね」 「ん・・・・・確かに」 「そうかい?そう言ってくれると嬉しいねぇ!」 屋台のおじさんがニコニコ微笑む。 そんな中、 「おっさん!おかわりィ!次は味噌で!」 コウが空っぽの丼を差し出しながら言った。 「ちょっとアンタ食べすぎ!何杯食べてんの!?」 「・・・・俺の記憶が正しければ、次で3杯目・・・・・・」 コウは既にしょう油と塩を完食し、味噌に取り掛かろうとしていた。 「ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・・」 コガネポケモンセンター宿泊施設の一室。 カイ達はこの部屋で2つの二段ベットを使って就寝していた。 カイの上にコウ、横にユウラ。 男女同室だが、ユウラはあまり気にしていない。 カイは変な事をする男じゃないし、コウは明らかに鈍感だからだ。 他にも、ここしか部屋が空いてなかったというのも理由の一つだ。 先ほどの就寝していた、というのは間違いだ。 カイはコウのいびきのせいでか、寝付けないでいた。 いつものヘアバンドはリュックの中だ。 (・・・・・・明日、とっととジムに行ってバッジを手に入れて、後は観光でもすっかな・・・・・。  あ、こうやって何か考えてっから眠れねェんだよな・・・・・) カイは心を無にして寝ようとした。 が、いくら寝ようとしても、身体は言うことを聞かず、全く寝付けない。 カイは上体を起こし、おもむろにベットに立てかけてあったグレーのリュックに手を伸ばした。 ファスナーを開け、中に手を突っ込み何かを手探りで探す。 5秒ほどで目的の物を掴み、引き上げた。 それを自分の顔の高さまで持ち上げる。 「・・・・・・」 探していた物・・・・・旅立ったあの日、自分にとって最も大切な人から受け取った、銀色のロケットの蓋を開けた。 中に入っていた写真をマジマジと見つめる。 最も大切な人からもらった、今現在、自分にとって最も大切な物。 このロケットもそう、あのヘアバンドもそう・・・・・・・。 「眠れないの?」 突然、横から声がした。 目をやると、ユウラが身体を横にしたままこちらに顔だけ向けて、こちらを見ていた。 「お、起きてたのか?」 カイは反射的にロケットの蓋を閉じ、自分の横、ユウラから見て死角の位置に隠す。 「あ!何か隠したでしょ」 「何も隠してねぇよ、とっとと寝ろ」 「ヤダ」 「は?」 「気になる」 「オイオイ・・・・・・」 「あんま追求しねぇほうがいいぞ・・・・」 上から声がしたので、2人が見上げてみる。 そこには、眠たそうに目をこすりながらこちらを見下ろしているコウの姿があった。 「なんだ、コウも起きてたのか?」 「・・・・おめぇらがギャーギャーうるせぇから起きちまったんだよ」 「俺はお前のいびきで寝れなかったんだが」 「マジ?」 「ねぇ、追求しないほうがいいってどうゆうこと?」 「ああ・・・実はな・・・・・」 コウが似合わないほど真剣な顔になった。 「そのロケットに関わって無残な死を遂げたやつは数知れず・・・・・・」 「ちょ、ちょっと待て。その言い方はまるでティナが呪われてるみたい・・・・・・」 沈黙。 「ふ〜ん、ティナ。女の子ねぇ・・・・・もしかして、その娘からもらったの?」 「コウ・・・・・・・・テメェハメやがったな・・・・・」 「べ〜つに〜?俺は特に何も〜?」 コウがやたらとバカにした口調で言う。 「ねぇ、誰の写真が入ってんの?」 「誰でもいいだろ・・・・・」 「ど〜せカイとティナのツーショットだろ〜?見せ付けてくれるぜ全く・・・・・」 「見せ付けたことは一度もねぇぞ・・・・・」 そのとき、カイにとって思いも寄らない出来事が起きた。 ユウラが素早くベットから降りると、カイの手の中にあったロケットを掠め取ったのである。 「あ!テメェ返しやがれ!」 カイが半身をベットから乗り出しながらユウラに怒鳴る。 「現物見たほうが早いと思ってさ〜」 ユウラがワクワクしながらロケットの蓋を開けようとしたとき、その殺気を感じた。 殺気の正体は、カイの視線。 「返せ・・・・・・・!」 「!?」 その表情、まさしく【鬼】。 カイがこの上ない怒りの塊となったとき、その【鬼】は彼の顔に現れる。 目を吊り上らせ、歯軋りさせながらユウラを睨む。 「返さねぇと・・・・・・・・・」 「・・・・・?」 「殺すぞ・・・・・・!」 「!?わかったわよ!返すよ!だからそんなに怒らなくても・・・・・」 ユウラが謝りながら、恐る恐るロケットをカイに手渡した。 カイは受け取るなりすぐにロケットを首から下げ、布団を被った。 すぐに布団の中からから寝息が聞こえてくる。 「な、何だったの・・・・?」 「だから・・・・追求すんなっつったんだ・・・・・」 「どうゆうこと?」 「カイはな、大切なものは何が何でも守ろうとするんだ・・・・。  さっきの冗談も、半分は冗談じゃねぇ・・・・・。  ある日を境に、あいつは急に性格が変わっちまった。  大切なものに触れようとする者、汚そうとする者・・・・・全部半殺しにしてきたんだ。  まぁそんな大人数じゃねぇけど・・・・・。  しまいにゃホントに死にかねない程ボコボコにされたヤツもいた。  カイがキレかけたら、素直に言うこと聞いたほうが身のためだ」 「ある日って?」 「そこんとこは俺からは言えねぇ」 話すだけ話すと、コウは布団の中にもぐりこんでしまった。 翌日、カイ達はポケモンセンターの前で今日の日程を確認していた。 「俺はジムへいく。じゃ、食料のほうは頼むぞ」 「うん」 昨日の【鬼】が綺麗さっぱり消えていたことにユウラは違和感を覚えたが、とりあえず安心した。 「じゃあ、俺はゲーセンに・・・・・」 ドゴォ! 「アンタはあたしに付き合いなさい」 「ヘイ・・・・・・」 ユウラはコウの身体を頭に出来たたんこぶを掴んで引きずっていく。 2人を見送った後、カイは自分の行くべき場所に向かって歩き出した。 「このまま行きゃあ百貨店だな・・・・・・てどした?元気ねぇな」 「うん・・・・・・」 2人はコガネ百貨店を目指し、道路沿いの歩道を歩いていた。 流石は大都会、コガネシティ。 道は車と人で埋め尽くされ、慣れない者に少々苦痛な気分をさせる。 「・・・・・・昨日のことか?」 「・・・・気になっちゃって・・・・・教えてくれない?  その・・・・・・・“ある日”のこと・・・・・」 「そうだな・・・・・・・。  カイに俺が言ってたなんて言いふらすなよ。  あれは・・・・・・」 コウの言葉が途切れた。 コガネの中央に位置するコガネ中央公園の側を通ったときのことだった。 コウが足を止めて、ユウラも遅れて足を止める。 「?どしたの?」 ユウラが訊くが、コウの眼は公園の中に出来た人垣に釘付けになっていた。 「・・・・・・行ってみようぜ!」 「あ!ちょっと!?(“あの日”の話してくれるんじゃないの!?)」 人垣から聞こえてくる声援。 人垣は円形状になっており、何かを取り囲んでいる。 時折聞こえてくるのは、何かが走る音と、謎の打撃音。 どうやらポケモンバトルをしているようで、この人垣はギャラリーのようだ。 「全っ然見えねぇな・・・・・」 「うん・・・・・」 人垣が多すぎて、コウたちはポケモンバトルのものと思われる打撃音しか聞くことが出来ないでいた。 「バトルは全然見ないし、ここにいても無駄ね。  コウ、さっさと買い物終わらせて・・・・・・・・ってアレ?」 ユウラが横にいたはずのコウに話し掛けるが、そこには既に誰もいなかった。 「おおー!」 すぐに、上空から聞きなれたコウの声が聞こえてくる。 見れば、ハクリューのリュウに乗ったコウが、上空からバトルを覗いているではないか。 バトルを見て、少しばかり興奮しているようにも見える。 「・・・・・・・やっぱなー、アレだよな」 「は?」 あまりにも唐突過ぎるコウの言葉に、ユウラは首を傾げる。 「こーゆーアツいバトルを見せられたよ、ポケモントレーナーとして黙っちゃられねぇよな!」 「・・・・・・・ってアンタまさか・・・・・・」 その時だった。 コウがリュウに何か合図したかと思うと、リュウが人垣の真ん中へ入っていったのである。 やはりポケモントレーナーに、バトルは付き物なのだ。  つづく  次回予告 第30話 バトル!