**************  リベンジャー  第69話「忌まわしい過去」 ************** 真っ黒な雲が、広大な森の上空を漂う。 雨と雷が吼える森の中を、2つの黒い影が走り抜ける。 雨は容赦なく森に降り注ぎ、雷は光と轟音で森を包む。 2つの黒い影、その正体は2匹のダークポケモン・デルビルだった。 2匹のデルビルは森の中に自然と開かれた小さな道を、全速力で走り抜ける。 片方は普通のデルビルなのだが、もう片方は普通とは少し違う。 子どもサイズの服を着た、変わったデルビル。 さらに、その背に長い青髪の少女を乗せている。 このデルビルこそ、4年前のジン・グローリー。 彼は獣闘の状態で当時7歳のキキを背に乗せて、暗く、雨が降りつける森を相棒のジールと共に駆け抜ける。 キキの小さな身体は毛布に包まれている。 キキは乗っているといっても、ほとんどジンの身体にしがみつくように乗っている。 その顔は、赤い。 ジンは偽獣しているおかげで体温が高くなっているため実感できないが、気温はかなり低い。 そして、キキの体温は正反対に、高くなっている。 ジールは共に走るジンの顔を見た。 ジンはその眼から、涙を流していた。 だが、顔は全く歪んでいない。 真剣な顔つきで、走り続ける。 涙を流すその眼も、前方に延々と広がる森を睨んでいる。 ジールは改めて、ジンの意志の強さを確認した。 ジンの鼻とジールの鼻が、何者かの匂いを捕らえた。 瞬時に横の森へ突っ込むジンとジール。 木の陰に隠れ、背からキキを下ろし、人闘状態になったジンは木の陰から道の様子をうかがう。 黒い戦闘服を着た男4人が、道を通り過ぎていった。 その胸には、「R」の文字。 そう、“偽り”のロケット団員。 男達はジンたちに気付くことはなかった。 「・・・・・・行ったか・・・・・・」 ジンは男達が見えなくなるとホッと一安心し、偽獣を解いた。 小さな光に包まれ、すぐにジンの本当の顔が見えてくる。 現在よりまだ幼いジンの顔。 濡れた銀髪が、彼の額に纏わりつく。 涙を拭うと、彼は心配そうな顔で、キキの顔を覗き込んだ。 顔が赤く、息が荒い。 この雨の中を、7歳、しかも少女の身体がそう長く耐えれるわけが無い。 見つかるのは時間の問題だ。 急がねばならない。 不思議と、恐くなかった。 捕まれば、何が起こるかわからない状況で。 殺される可能性、50%。 兵器として使われる可能性、50%。 どっちもいやだ。 絶対に、逃げ切ってみせる。 『・・・・・・!ジン、まただ』 ジールの鼻が、再びあの者たちの匂いを捕らえた。 ジンの目つきが鋭くなる。 「・・・・・・・・・ジールはここでキキを見ててくれ」 『!?お前はどうする!』 「俺は・・・・・・・・」 「!いたぞ!」 男達の1人が叫んだ。 漆黒の戦闘服。胸に「R」の文字。 捜索活動をしていたロケット団員下っ端4人が、道の真ん中でぽつんと立ち止まっている少年を発見し、足をとめた。 先ほど、ジンたちに気付かず通り過ぎていった連中とは別のやつらだ。 逃げ出した2人を探し出せ。 その指令を受けた下っ端たちの一団。 男達は首をかしげた。 キキの姿が、見つからない。 まぁとりあえずジンは発見したのだからいいだろうと前向きに考え、男達はジンを連れ戻すことにした。 「捜しましたよ、ジン様。さぁお戻りください・・・・・」 男の1人が、近づいてきて手を差し伸べた。 その手を、ためらうことなく握るジン・・・・・・・。 その手が、突然発火した。 「!う・・・うわぁっ!」 情けない声を上げて、男がうろたえた。 慌てて着用していた白い手袋を脱ぎ捨てる。 燃える手袋は地に落ちた後も、雨に消されること無く燃え続け、灰になった。 後ろでその光景を見ていた男達は、すぐに腰のボールへと手をかけた。 ジンが腰を落とすと同時に、彼の身体が光り輝いた。 人間の身体が、見る見るうちにデルビルへと姿を変える。 「グオゥ・・・・・・」 獣闘の構えで、白い息を漏らしながら、ジンは低く唸った。 「ク・・・・いけ!」 男達が、ボールを投げた。 中から現れたのは、まさしくジン対策に連れてきたポケモンたちだった。 パンチポケモン・エビワラー。 キックポケモン・サワムラー。 逆立ちポケモン・カポエラー。 岩蛇ポケモン・イワーク。 3匹の格闘ポケモンが前線に立ち、後ろにイワーク。 雨が、強くなってきた。 男達がなんと言ったのか、わからない。 ただ、男達の口が開くのと、敵ポケモンたちが襲い掛かってきたことはすぐにわかった。 まず襲い掛かってきたのはサワムラー。 その伸縮自在な脚を振り回し、ジンに襲い掛かる。 ジンに偽獣による戦闘技術があるのかと問われると、まったく無いと言うしかない。 だが、彼は子どもと言えど、偽獣能力を持つ人間である。 鈍い音。 即座に人闘の構えになった人の拳が、サワムラーの腹にヒットした。 崩れ落ちるサワムラー。 油断していた。 気付いたときには、すでに攻撃を受けていた。 エビワラーの爆裂パンチが、ジンの頬にヒットしていた。 だが、ジンは倒れない。 のけぞった頭を無理やり前に向かせ、火炎放射を放つ。 顔面に火炎放射を受け、エビワラーは倒れた。 次に来たのはカポエラーだ。 逆立ち状態で回転し、ジンに迫る。 カポエラーは回転しながら、眼を丸くした。 いない。 ジンの姿が、何処にも見えない。 カポエラーは普通に足で立つと、辺りを見渡した。 が、何処にも姿は見えない。 不意に、雷の轟音と共に地面に影が映った。 人間ではない、少し不気味な影。 その影の正体が、そこらの木よりも高くジャンプしたジンだと気付くのに、時間は要しなかった。 男5人、イワーク。 彼らは、震え上がった。 一瞬で3匹の格闘ポケモンを倒してしまった、1人の少年。 ポケモンを使わず、己の能力、偽獣を駆使して。 ジンは自分でも不思議だった。 何故、自分はこれほどまで偽獣能力を使いこなしているのか。 「な、何をしている!行け!イワーク!」 男の1人に喝を入れられたイワークが、その長い身体をうねらせながら襲い掛かってきた。 が。 ・・・・・・・刹那。 「何!?」 イワークの全身が、突如として凍りついた。 当然、動けなくなるイワーク。 凍りつき、動けなくなったイワークの影からひょっこり現れた、1匹のニューラ。 ジンのニューラ、ジーニ。 ジーニは小走りでジンの走り寄ると、ぴょんと跳んでジンの方に乗った。 「もう・・・・・・・・終りか」 ジンがそう呟いた矢先、ジンの姿が消えうせた。 濡れた地面に倒れ、悶絶している3人のロケット団員。 皆一様に腹を押さえている。 ジンの鉄拳を、1発ずつくらわされたからだ。 その3人の真ん中で、不気味に立ち尽くしているジン。 運良く攻撃を免れた1人が、不気味な少年を見て、腰を抜かしている。 デルビルの眼で、ジンは男を睨んだ。 その眼は「お前もこうしてやろうか?」と言っている様にも見えた。 ジンが偽獣を解いた。 男に歩み寄る。 「・・・・・・・今から言うことを、よく憶えておけ」 「・・・・・・へ・・・!?」 10歳とは思えないジンの迫力に、男は目をそらしたかった。 だが、一瞬でもそらしたら殺されるような気がした。 そのためか、男はジンから片時も目を離さなかった。 「いつか殺してやる・・・・・・・そう親父に伝えろ」 その時だった。 「!?」 ジンの全身が、突如光に照らされた。 見上げると、雨の中、1機のヘリコプターが飛来していた。 光はヘリコプターから放たれている。 「チッ!行くぞ!ジール!」 ジーニをボールに戻しながら、ジンが叫んだ。 木の陰から背にキキを乗せたジールが飛び出す。 2つの影は、再び走り出した。 雨が降る森の中を、追っ手から逃れるべく、全速力で。 その胸に、悲しみを抱いて。 現在。 「・・・・・・・・・・」 ジンはベットの上で、寝そべったまま天井を見つめていた。 特に、理由は無い。 ベットの傍らに、彼の相棒、ヘルガーのジールが寝息を立てている。 ポケモンの遺伝子を人間に移植し、ポケモンの力を人間に宿す。 ヘヴンのふざけた提案。 ジンは、自身の相棒であるジールの遺伝子を移植された。 ジールが進化すると同時に、ジンの体内のジールの遺伝子が、即座に反応。 彼の偽獣後の姿は、デルビルからヘルガーへと変わった。 ジンは上体を起こし、相棒の寝顔を覗き込んだ。 スースー寝息を立てるジールは、とても気持ちよさそうだった・・・・・・・。  つづく