「・・・・・・・・」 彼はシロガネ山にいた。 辺りは不細工な岩が転がる殺風景な場所。 その隅に転がっている岩山の上に、彼は座っていた。 白い、人型のポケモン。 体長2mほどのポケモンで、細い両腕、長い紫色の尻尾。 全てを見透かすように透き通った、紫色の瞳。 この世に現れた・・・・・・否、“復活”した黒い悪魔を倒すべく生まれたポケモン、ミュウツーのエデン。 「礼を言う・・・・・・・怒りの湖でキキを助けてくれたそうだな。  死んでもおかしくない状況だったと聞く。  ・・・・・・・・・ありがとう」 「フ・・・・・・」 ジンが別れ際に言った言葉が、彼の心の強く響いていた。 微笑しながら、彼は言う。 「まさかジンに・・・・・・礼を言われるとは思わなかったな」 エデンの体が、ふわりと宙を浮いた。 そのまま彼の体は空高くまで浮き上がる。 「私には使命がある・・・・・・・ヘヴンを倒すという使命が・・・・・・!」 エデンの体が、空にかき消すように消えた。 ***********  リベンジャー  第75話「棄権!?」 *********** スタジアム上空を、翼をもった2匹のポケモンがぶつかり合う。 尾の先に炎を灯し、逞しい翼をはためかせるオレンジ色の竜が、口から業火を吐く。 その業火を身を翻して避けた肌色の竜が、お返しに口から黄色い光線を吐く。 オレンジ色の竜はその光線を余裕そうに避けると、肌色の竜を睨む。 またもお返しに、肌色の竜が睨み返す。 スタジアム内の観客達は、その戦いに魅入られていた。 カイのリザードン、カゲロウと、コウのカイリュー、リュウの試合に。 これほどまで白熱したバトルは他では見られない。 「どちらが・・・・・・勝つのでしょうか」 2匹のバトルを見上げていたキキが、ティナたちに視線を移し、訊いてくる。 「う〜ん・・・・・・・そうねぇ・・・・」 答えたのはティナだった。 「カゲロウもリュウもバカみたいに強いからね。  どっちが勝ってもおかしくないよ、うん」 「そいつはどうだろうか」 「?」 ティナの言葉に即座に反応したジンの言葉に、女3人は頭の上に?マークを浮かべる。 「俺の予想だと・・・・・・この戦いで最後に立っているのは」 ジンは2匹を見上げていた。 すると、丁度カゲロウがリュウをアイアンテールで叩き落した瞬間だった。 「リザードン・・・・・・・・カゲロウだ」 「うわっ!うわっ!リュウ!落ちんな落ちんな!」 コウの慌てふためいた声を虚しく、リュウの体はドタンと痛そうな音を響かせなならが氷に叩きつけられた。 大の字で倒れるリュウを中心に、氷に亀裂が走る。 コウは落下によるダメージを心配しているわけではない。 もっと他の、このバトルに大きな影響を与える“それ”に対し、恐れていた。 リュウは立てなかった。 ダメージが然程在るわけではない。 リュウの両眼が開かれていることから、気絶はしていない。 だが、立てない。 何かが体を縛り付けているわけではない。 だが、立てない。 氷の下には、体の芯まで凍りつくほど冷たい水が張られている。 この水に落ちることは、ほとんど凍りづけにされるのと同じ事。 カイリューはドラゴン・飛行タイプ。 どちらも、冷気にはかなり弱い。 もしここで下手に動いて氷の亀裂が悪化するようなものなら・・・・・・。 かなりヤバイ。 「カイ〜!テメェ狙ってたな!」 コウはフィールドの向こう側にいるカイを歯軋りさせながら睨む。 「炎タイプのカゲロウがドラゴンタイプのリュウに勝つ方法っつったら、これぐらいしかねぇからな」 カイは微笑しながら返した。 「さぁカゲロウ!とっとと終わらせようぜ!尾炎爆!」 「グオオオウ!」 カゲロウが上空から、リュウに向かってその尻尾を振り下ろす。 かなりの高さから振り下ろしているため、スピードは有り余るほどの速さだ。 尾炎爆。 尻尾の炎にエネルギーを注ぎ込み、敵に打撃を与え、さらに爆撃を加える技。 「カイリュー戦闘不能!リザードンの勝利!  コウ選手、残り3体!」 「戻れ・・・・・・リュウ」 氷の中に出来た穴。 その穴の下から冷たい水が顔を覗かせている。 水の上に浮いていたリュウをボールに戻したコウ。 そのボールを腰に戻したのを見届けたカイは、すぐに身構える。 カゲロウもそれに同調してか、同じように身構える。 次のコウのポケモンに、素早く対応するために。 (コウの残りポケモンは・・・・・・・・。  ドンファンのファン、フーディンのディン、ヘラクロスのクレスか・・・・・。  ディンは派手に空中戦、クレスは在りえねぇし・・・・・・。  ファンだと戦いにくいからチェンジだな) すぐさま残りポケモン対策を練り上げたカイは、コウの次の行動に驚かざるを得なかった。 コウはボールを投げることなく、その右手を上げた。 それも、審判に向けて。 「審判さん、ちょっと」 「ん?なんだね」 「俺、棄権する」 「はぁ!!?」 真っ先に驚いたのはユウラだ。 備え付けの椅子が壊れるぐらいの勢いで立ち上がるユウラを、辺りの視線が集中した。 頬を朱に染めながら、ユウラは静かに着席した。 「ったく・・・・・・・相変わらず訳わかんねぇな・・・・・お前は」 「なっはっはっは!まぁそんな細けぇこと気にすんなって!」 バトル終了(?)後、2人はスタジアム内のロビーにいた。 「まぁゲイル対クーラルの試合は抜きにして・・・・・・。  ぶっちゃけた話、ライラとカゲロウ、どっちも手加減してただろ」 「・・・・・・・・・・・よくわかったな」 「負けるってことはだ、このシャツに書いた“勝利”の文字に反することになるんだが・・・・・。  俺より2倍近く強ぇお前にゃあ逆立ちしたって勝てねぇからな」 コウが勢い良く振り向きながら言った。 すると、そのシャツの背中に書かれた“勝利”の文字があらわになる。 コウが再びこちらを向く。 「ま!いつかはテメェに勝つ気だからな!その日まで負けること決して許されん行為・・・・」 「ちょっと何棄権してんのよアンタァ!」 その聞きなれた声と同時に後頭部に衝撃を感じたコウの意識は、そこで途切れた。 「ぬわあああ!!?」 「お、眼ェ覚めたか」 コウはホテルのベットの上で、上半身を勢い良く起こしながら叫んだ。 普通の人間からすれば気絶しそうな音量だが、小さい頃からこの声を聞いてきたカイにとって、どおって事無い音量だ。 「ス、スゲェ夢見た・・・・・」 「どんな」 「ハガネールサイズのディグダと、ディグダサイズのハガネールが目の前に・・・・・・」 「そりゃあビックリするわな」 「あり?そういや俺どうしたんだ?」 「スタジアムのロビーでユウラのサワムラー級の跳び膝蹴りくらって昏倒したんだろ」 「へ?そうなのか?突然すぎて何がなんだか訳わかんなくてよ。  そういや大会何か変化あったか?」 「準決勝が終わったよ。俺は既に勝ち抜いてるし、ティナ対ジンのバトルも、ジンが勝った」 「おお!ってことは!」 「決勝は俺とジンのバトル・・・・・ってそうだ。伝言があったんだ」 「伝言?」 「ユウラが起きたら部屋に来いってよ。がんばって棄権の理由説明して来い」 「何か・・・・・・難しそうだな・・・・。  つーか人昏倒させといて何か偉そうだなオイ」 『明日だ、明日、俺達はこの大会上最も手ごわい敵と戦うことになる』 『・・・・・・・・・』 セキエイ高原は擦れにある、南の海を遠くから一望できる丘の上。 太陽は姿を隠し、月が支配する闇の世界。 月は見事な三日月、不気味なほど見事だ。 ジンのポケモンであるヘルガーのジールと、ニューラのジーニはそこで腰をおろし(?)、光の無い真っ黒な海を眺めている。 この丘で、カイとキキが会っていたことは2匹は知るよしも無い。 ジンに似てポーカーフェイスのジールと、ニューラにしては愛想がいいジーニ。 短い黒い体毛に覆われた2匹の体は、気を付けないとぶつかりそうになるぐらい闇を保護色としている。 『カイのポケモンは皆強いからね。  今までみたいに手を抜けないよ』 『手など抜くな、どんなザコでも全力で戦うのが戦士というものだ』 ジーニはジールの言葉に違和感を感じた。 ジールは自分たちのことを“戦士”と呼ぶ。 ヘヴンを倒し、ジンの顔に笑顔を戻そうとする使命感が、彼を支配しているように見えた。 『なるほど、今日のあのティナとか言う小娘とのバトルのときも、手加減していたな』 『(ギク!)』 『サイドン如きの攻撃など受けるな、一度受ければ相手はさらに付け上がる』 『・・・・・・アレ?誰か来る』 『オイ、話を反らす・・・・・・ン?』 ジーニの言葉は本当だった。 ホテルのほうから、何かが歩いてくる。 月の光が届かない木の陰を歩いてくるため、その謎の人物の顔は見えない。 2匹は立ち上がると、目を凝らして正体を見破ろうとするが、光が足りず、未だに不明のままだ。 が、すぐに分かったことがある。 話し声から分かったことが2つ。 ポケモンであること、数は2匹。 片方が炎タイプということ。 闇の中に、ぼうっと炎のようなものが見える。 2匹はこちらには気付いていないようだ。 『どうする?』 『放っておけ、仮に敵だとしてもすぐさま始末できる』 『あれ?オメェ・・・・・ジールじゃねぇか』 木の陰から現れた2匹のポケモンは、ジールたちに気付くなり、敵意ゼロで話し掛けてきた。 ライチュウとリザードン。 『あ!君達、カイのポケモンでしょ』 『へ?君・・・・・・だれ?』 見知らぬニューラの問いに戸惑うライチュウを放っておいて、ジールに仕切りナシに話し掛けるリザードン。 だが、ジールは海を見つめたまま、カゲロウを思いっきり無視している。 『私はジンのニューラ、ジーニ。これだけで自己紹介は十分でしょ?』 『え!?あ・・・・・君達、ジンのポケモン!?』 『そ。あなた、確かライラでしょ。何度かバトルを観たわ』 『あ、どうも・・・・・』 『こっちは、どうやら顔見知りみたいなんだけど・・・・・』 『あ!カゲロウ!』 無視モード全開のジールに何とか声を発させようと努力するカゲロウを、ライラが止めにかかる。 『カゲロウもうやめなよ!もしかしたら人違い・・・・・・じゃなかった、ポケモン違いかもしれないよ?』 『な、何で止めんだよ!コイツとはどう考えても顔見知りだぜ!  ライラは知らねぇかも知れねぇけど、ジンを助ける際に、コイツが道案内したんだ!』 そう言って、カゲロウは再びジールに目をやった。 相変わらずジールは海を見つめ、話に耳も貸さない。 『リ、リーダー?どうしたの?』 『別に・・・・・・・』 ライラたちの前で、ジールが初めて口を開いた。 が、全てはジーニに向けられたもの。 『オイ!何で無視すんだよ!顔ぐれェ向けろ!この犬!』 『・・・・・・・少しは言葉を慎んだらどうなんだ?トカゲのバケモノが』 『な・・・・・ンだとゴラァ!』 『!?カゲロウ!』 カゲロウが、突如として殴りかかった。 唸りを上げた右腕が、地面をえぐる。 ジールの姿が消えうせていた。 えぐられた影響で、丘が少しばかり崩れ、丘の下へボロボロと落ちていく。 『動きに無駄が多すぎる』 『!』 後方から聞こえてくるジールの声。 カゲロウが、歯軋りさせながら振り返る。 『一戦交えようというのなら俺は構わん。全力で来るがいい』 『上等だァ!後悔すん・・・・・・』 『ダメだ!カゲロウ!』 飛び出しかけたカゲロウの前を、ライラが飛び出した。 両手を広げ、カゲロウを前に立ちふさがる。 『な・・・・どけ!ライラ!俺はコイツを・・・・・・!』 『いい加減にしろ!このバカ!』 『あ!?テメェ今なんつった!』 『頭冷やせよ!今怪我でもしたら明日の試合はどうするんだよ!  それに明日の決勝はジンとのバトルなんだ!今ここで戦うことは無いよ!』 『そっちのライチュウの方が・・・・・・話がわかりそうだ』 ジールの意味深なセリフ。 そのセリフにピクリと反応するライラ。 『お前の言うとおりだ。今ここで戦っても意味は無い。  簡単に挑発に乗ったそこのトカゲはかなりの弱者と見える』 『あぁ!!?誰が弱者だこのクソ犬!』 『・・・・・・・・・・』 ジールは無言でカゲロウたちに背を向けた。 1歩踏み出したとき、カゲロウが怒鳴る。 『おいコラ犬ゥ!逃げんのか!』 『明日の試合・・・・・・』 『あ!?もうちょっとボリューム上げろ!聞き取れねぇんだよ!』 ジールは少し間をおくと、カゲロウの望みどおり声のボリュームを高くしてもう一度言う。 『明日の試合、一番手で出て来い。軽く潰してやろう』 『!ほ〜う・・・・・・言いやがったな!後悔すんなよ!』 『・・・・・・・・・行くぞ、ジーニ』 『う、うん』 「あれ?カゲロウ?」 ホテルの窓の外を飛んでいるその影は、紛れも無いカゲロウだった。 その背にはライラが乗っている。 カゲロウが窓を叩いているカゲロウに気付いたティナは、不思議そうに窓を開けてやる。 『クロ!ちょっとこっち来い!』 「あ〜ん?ンだよめんどくせぇな・・・・・。用があんならテメェで来いよ」 愚痴をこぼしがら渋々飛んでくるクロを、カゲロウは突然鷲づかみにした。 「!?お、おいコラカゲロウ!テメェ何のつもりだ!?」 突然の出来事に目を丸くするクロだが、すぐに状況を把握し、カゲロウの手から逃れようとじたばたする。 『とりあえず黙ってろ』 カゲロウはクロを掴んだまま移動し、今度はカイ達の部屋の窓の前で止まる。 そして、ティナたちの部屋と同じように窓を叩く。 「?カゲロウ?・・・・・とライラとクロ?何やってんだ、お前ら」 ティナと同じように不思議そうに窓を開けてやるカイ。 そして、真っ先にカゲロウたちの眼に飛び込んできたのは・・・・・・・。 パンツ一丁のコウだった。 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・」 眼があったまま、動かない1人と3匹。 カイはできるだけその沈黙に関わらないようにと、モンスターボールを磨きだした。 「・・・・・・・・な〜にやってんだテメェ・・・・・・・」 クロがカゲロウの手の中から訊いてみる。 「き、着替え中だ!悪いかゴラァ!」 「誰も悪いなんて言ってねぇし・・・・・・」 「つーか寒ィんだよ!とっとと窓閉めろバカ!」 「ふ〜・・・・・・・ったく、相変わらず素っ頓狂な出来事しでかすなァ、コウの野郎は」 「窓から侵入してくるほうがよっぽど素っ頓狂だァ!」 窓から侵入してきた3匹を、着替えを終えたコウが隣の部屋に響くぐらいの声で叫ぶ。 「やめとけよ、コウ。あいつら怒鳴り込んでくるじゃねぇか」 「あ、悪ィ」 「つーかカゲロウ。オメェ・・・・・俺を通訳にでも使おうと連れてきたんじゃねぇのか?」 『おお!そうだったそうだった。すっかり忘れるところだった。  うし!バッチリ訳してくれよ!クロ!』 「めんどくせぇけど・・・・・・・・仕方ねぇな」 「で?誰に訳すんだ?」 『カイ』 「カイ、お前にカゲロウが用があんだと」 「?なんだよ、カゲロウ。何か悩みでもあんのか?」 『・・・・・・・・・・・』 「は?お前、それどーゆう意味なんだ?」 カゲロウの言葉に、クロは目を丸くする。 カイの眼が一瞬、ライラを捉えた。 どこか申し訳なさそうにしていたが、とりあえず放っておく。 「クロ、カゲロウはなんて?」 「あ、ああ・・・・・・・」 「明日の試合・・・・・・・一番手で出してくれだとよ」  つづく  あとがき YAN「いやー!ついに次回!決勝戦だなオイ!」 コウ「俺の出番は何か?意味あったのか?」 YAN「まるで意味無いよ」 コウ「ねぇのかよ!」 クロ「俺は多少なり意味あったよな?な?」 YAN「さぁ・・・・・・・」 クロ「さぁってなんだよ!?意味ないってのか!?カゲロウの訳しただろ!?」 YAN「ああ・・・・・じゃあ意味あったんじゃないの?」 クロ「何でそんなやる気0%なんだ!?」