「・・・・・・・!!?」 エデンは突如として目を覚ました。 勢い余って、枝から落ちそうになる。 エデンが寝床にしていたのは、巨大な大木から突き出たこれまた異様に太い枝の上。 大木の幹に背を預け、エデンは眠っていた。 が、そんなに気持ちの良い寝覚めではなかった。 「何を・・・・・・・」 額を片手で覆い、うなだれる。 紫の瞳を宿した目は半開きだ。 別に眠たいわけではない。 既に朝日が、昇っていた。 「何をさせる気だ・・・・・・・・ヘヴン・・・・・・!!」 *************  リベンジャー  第82話「優勝者の宿命」 ************* 「いやー!昨日は大変だったなオイ!」 「俺はな。テメェは遠くで笑ってたじゃねーか」 相変わらずなやり取り――― カイとコウは互いに荷物をまとめながら、微笑する。 「俺初めて見たぜ!テレビの取材なんてさ!しかも取材受けてんのがダチときたもんだ!」 「メチャメチャ緊張したよ。カメラ向けられてマイク近づけられてさ。  ライラ達も殆ど固まってたもんな」 モンスターボールをベルトにセットしながら、カイは部屋の隅でなにやら話しているライラとエレクを見る。 「スピンなんか半ベソかいてたのを憶えてるよ」 「ああそうそう!つーか殆ど泣いてたろ?」 お気に入りのオレンジのバンダナを頭に締めながら、コウが付け足す。 「逆にカゼマルはクールに決めてたのも憶えてる」 額のヘアバンドの感触を手で確かめるカイ。 「ジンの方も取材陣、凄かったな!」 「そうなのか?俺自分の取材陣どーにかするのに手一杯だったからな。その辺は知らねぇ」 2人が同時にリュックのジッパーを閉めたとき、ドアをノックする音がした。 「2人とも、もう仕度済んだ?もう皆集まってるわよ!」 声の主はティナだった。 「ああ・・・・・・・もう行く。先にロビーで待っててくれ」 「うん、わかった」 カイの返答に、ティナは軽く返して立ち去っていった。 「・・・・・・・さてと」 リュックを背負いながら、ライラ達に向き直る。 「ライラ、行くぞ」 「行くぜェエレク!」 エレベーターに乗った2人と2匹。 「こっからがある意味本番だな」 「?何がだよ」 カイの言葉に、コウは首をかしげる。 「ホテルから出た瞬間、昨日と同じような現象が起こる可能性がある」 「あぁあ・・・・・・・なるほど。確かになりかねねーな」 「あり?何やってんだ?」 エレベーターを降りた2人と2匹を待っていたのは、荷物を持ったいつもの仲間達だった。 ティナ、ユウラ、ジン、キキ。 だが4人はエレベーターの前にある椅子に座っており、一行にホテルから出ようとしない。 ちなみにここからだと、ホテル前の様子は壁に阻まれ、全く見えない。 「・・・・・・・・・」 カイの問いに、ユウラが口を開いた。 「なんていうか・・・・・・・・チャックアウトすら出来ないの・・・・・」 「あ?なんでだよ」 コウとエレクが首をかしげる。 「いやね、しようと思えばできるのよ。別に誰かが妨害するわけじゃないし・・・・」 「簡単なことだ。ホテルの前を見てみろ。見つからないようにな」 「?」 ジンの言葉に、2人と2匹はますます首をかしげた。 が、よくよく考えれば、何が起こっているのか容易に予想がつく。 不安に胸をへこませながら、恐る恐る壁の影からのぞいてみる・・・・・・。 ホテルの前には、予想していたものをはるかに越える数の人で埋め尽くされていた。 カメラを持った取材陣、サイン用紙をもったファン・・・・・・・・。 ポケモンリーグ優勝者のカイ、準優勝者のジンを待つ者が殆ど。 チェックアウトできないのは、フロントがホテルの前から丸見えのためだ。 2人は無言で4人に振り返る。 「あー・・・・・・まァなんだ。アレだ」 カイがうめく。 「芸能人の気持ちがいくらか分かった気がする」 すこしばかり待っていたが、人の数は全く減らない。 彼らは6人(取材陣の殆どはカイとジン)が出てくるのを心待ちにしているのだ。 緊急事態を防ぐため、ライラとエレクをボールに戻した一行。 意を決し、6人はチェックアウトを済ませるため、ロビーへと足を運んだ。 6人がロビーに姿を現した瞬間、ホテルの前から大きな歓声が上がった。 カメラのシャッター音が聞こえる中、5人(ジンを除く)はやや恥ずかしそうにチェックアウトを済ませる。 「きゃー」やら「わー」やら聞こえてくる中、個人名も混ざっていた。 大半はカイとジンだったが、中にはティナやユウラも混ざっていた。 が、この現状を納得しない男が、1人。 コウだ。 「・・・・・・・・・・気のせいか、俺の名前が全く聞こえないような気がする」 「おお、全然聞こえねぇな。つーか聞こえたら俺は失神するぞ」 「うおっ!?クロ!テメェいつの間に!?」 相変わらずさりげなくユウラのボールから勝手に出現するクロ。 ユウラの肩の上で、クロは手(翼)を顎に当てながら、推測する。 「俺にはテメェが何故人気が無いか分かるぞ」 「何!?一体何なんだ!?」 「顔だ」 「ほっとけやテメェ!!」 フロントから少しずつ、出口へ向かう一行。 「・・・・・・・俺ァ昨日の件でもうカンベンだ」 「・・・・・・・俺もだ」 カイとジンはかなり元気がない。 相当昨日のことがこたえたようだ。 「とりあえず一気に通り抜けて、飛行ポケモンで逃走。こんなカンジでOK?」 カイの提案に、一同揃って頷く。 「なぁなぁ!あの子かわいくね?」 「おー!ホントだ!」 そんな声が、聞こえてくる。 人垣の最前列にいる男数人が、こちらを指差してなにやら話している。 その存在に気がついた一行は、揃ってその指の指す人物を探す。 ジンのすぐ横にいた人物。 キキだ。 確かに、この年代でこれほどかわいい女の子はそういないだろう。 キキは指を指されている人物が自分だと気がつくと、顔を赤くして恥ずかしそうにジンの後ろに隠れた。 男達がジンをまるで汚いものを見るかのような眼で、何かささやいている。 が、ジンの睨みつけられ、すくみ上がり、人垣からそそくさと立ち去っていった。 ホテルから出るなり、カメラのフラッシュが彼らを襲った。 反射的に手で目を覆う。 「ンだよクソ眩しいな・・・・・・」 クロがボヤいていると、人垣から驚愕の声があがった。 「おお!あれが人語を喋るヤミカラスか!」 「へー・・・・・・・普通のヤミカラスとなんら変わりないな・・・・・・」 「お!俺に興味あんのか?」 クロが何か悪戯を思いついたような顔で、にやりと笑う。 「俺の言葉を聞く場合は、1秒間で1000円とるぞ」 「高っ!」 「カイ君!何か一言!」 「ちょ・・・・・・俺達急いでるんで・・・・・・」 報道陣を相手に、悪戦苦闘するカイ。 その横でも、ジンも同じような目にあっている。 ジンは嫌がる様子もなく、答える様子もない。 そして何を思ったか、キキの手を引いて報道陣の隙間に強引に入り込んだ。 そのまま人垣を抜けるつもりなのだろう。 カイもそれに習う。 「ちょっとスイマセン・・・・・・・マジ通して・・・・・」 しばらくして。 「・・・・・・・・・!!」 一行は人垣からの脱出に成功した。 カイは全員いることを確かめると、走り出す。 それについていく人の群れ。 「オイどーすんだ!?」 クロが忙しく羽ばたきながら、全員に問う。 「そりゃとっとと飛んで逃げてってオイ!俺の顔になんかついてないか!?」 コウは走りながら、自分の顔を撫で回した。 何かねっとりしたものの感触。 撫で回した手を見れば、なぜか黒のペンが・・・・・・・。 「なんか俺顔にラクガキされてっぞ!引き返してぶっ飛ばしてきていいか!?」 「そんな暇ないって!そんなことより早くリュウ出しなさいよ!  あたし飛行ポケモン持ってないんだから!」 ユウラが少し可笑しそうに、叫ぶ。 「ここまでくりゃ・・・・・・・・もう大丈夫だろ」 カゲロウの首を撫でながら、カイは飛んできた行路のはるか後方を眺める。 途中まで何人かが飛行ポケモンで追ってきたが、鍛え抜かれたリザードンのカゲロウ、カイリューのリュウ、ピジョットのジット、プテラのジーテのスピードには敵わない。 あっという間に振り切り、何の変哲もない森の中に着地した。 「さて・・・・・・・・・」 ジンが再びジーテの背に乗った。 「俺はジムに戻ったら、時がくるまで修行に励む。  乗れ、キキ」 「う、うん」 キキも急いでジーテに乗る。 「ジン。お前、ジムを受け継いだりしないのか?」 「さァな。この戦いが終わったら・・・・・・・・なにかしら変化があるだろう」 カイはポケットに手を突っ込んだまま、何も言わなかった。 この戦いが終わったら・・・・・・・。 そんなことがあるのだろうか。 戦いの敵・・・・・・・ヘヴンの力は既に怒りの湖で目の当たりにした。 強大すぎる、ヘヴンの力。 今の自分が強くなっているのはわかる・・・・・・・・・が、ヘヴンには到底敵わない。 ヘヴンは・・・・・・・・悪魔だ。 「なーなー、この戦いってお前、リーグ終わってんだけど」 コウの言葉を、一行は全力で無視した。 「じゃあな、カイ。  俺と再び戦うときまで、負けることは許さない」 「んだよ、まだやり足りねぇのか?」 「いつか負かす・・・・・・・・・覚悟していろ」 「へいへい、覚悟しとくわ」 「あ・・・・・・・ちょっと待って!」 ジーテが大地を蹴ろうとしたとき、キキが声を上げた。 「なんだ?」 「えっと・・・・・・・ちょっとだけ、待ってて」 「?別にいいが・・・・・・・」 キキはジーテの背から降りると、恥ずかしそうにカイに近づいた。 「あ、あの・・・・・・・・カイさん・・・・・」 「ん?どした?」 カイはキキの思いを知るはずもなく、きょとんとしている。 逆に全てを知っているユウラからすれば、これほど面白い状況はないだろう。 「あ、あの・・・・・・・・・・私・・・・・・・・」 そうやって余計な時間をかけている間に、“彼”は現れた。 「ここに・・・・・・・いたか・・・・・・・」 全員の視線が、唐突に現れた“彼”に注がれた。 肩で息をして、少々疲れているようにも見える、ミュウツー、エデン。 カイが口を開く。 「エデン・・・・・・?お前、どーしたんだ?」 「どーしたもこーしたもない・・・・・・・・随分捜したぞ。  セキエイ高原にいると思って直行してみればもう既に出たあと・・・・・・・・。  もうリーグは終わったのか?」 「昨日終わった。なんだ、俺たちを捜していたのか?」 ジンの問いに、エデンは頷く。 「お前達に・・・・・・・・・頼みがあって来た」 「悪夢を・・・・・・・・見た・・・・・・・」 「唐突過ぎて理解不能なんだが」 カイが真っ先にツッコんだ。 「カイとキキには・・・・・・・話したことがあるな?  夢の中に・・・・・・・・ヘヴンが出てきたことを」 カイとキキは顔を見合わせた。 が、キキはすぐに顔を真っ赤にして明後日の方向を向いてしまう。 「今日見た夢にも・・・・・・・・ヤツが現れた」 久しぶりだなァエデン。 今日は、エデンに素敵なプレゼントを用意したんだ。 プレゼントは僕らが生まれた場所に置いてきた・・・・・・・・・行くのも行かないのも君の自由さ。 だけど・・・・・・・・・・。 受け取らなかった場合、大勢の人間達が君の代わりにそれを受け取ることになるけどね・・・・・・。 「脅迫か?」 ジンの言葉に、エデンは頷く。 「あのヤローのことだ。かなり要らねぇプレゼントだぜ?きっと」 と、コウ。 忘れかけていた顔のラクガキを拭っている。 「で、エデンはどうして欲しいわけ?」 ジットの頭を撫でながら、ティナが訊く。 「簡単なことだ。私と共に来て欲しい。  ・・・・・・・・・状況によっては、力を借りることになる」 全員、しばし考え込む。 が、この男は考えることを知らない。 「うっし!俺は行くぞ!」 勿論、コウである。 「ちょ、ちょっとコウ!?あんたそんな簡単に決めちゃっていいの!?」 「ああん?なんだよユウラ。こんな時はな、ノリで決めていいんだよ、ノリで」 「そんな安易な・・・・・・・・」 ため息をつくユウラだが、すぐに、 「よし!あたしも行く!」 「テメェも十分安易じゃねーか・・・・・・・」 決意を決めているユウラの肩の上で、クロは主人より深いため息をついた。 「俺も行くぜ、あのクソヘヴンとの戦いのためにいいトレーニングだ」 「カイが行くなら、私も!」 「カイに同意する。ヤツが残したプレゼントなど破壊してくれる」 カイ、ティナ、ジンも続々と賛成する中、1人だけ、賛成しない者がいた。 「でも、相手はあのヘヴンなんでしょう・・・・・・・?」 そんな少し脅えた声を出したのは、キキだ。 「私・・・・・・・・・できれば行きたくないです・・・・・・・・」 「へ?何故に行きたくねぇの?キキちゃん」 コウが訊くが、キキはうつむいてしまい、答えようとしない。 「皆さんは・・・・・・・・ヘヴンの恐ろしさを知らないんです!  あの力を1度でも見ていれば、そんな簡単に承知・・・・・・・・」 「俺、目の前で見たけど」 「あ・・・・・・・・・」 確かに、カイはあの時、キキとともに怒りの湖にいた。 戦っていたのはエデンだが、あの時の戦いは良く憶えている。 「俺もさ、全然恐くねぇとは言い切れねぇよ。  だけどよ、キキ・・・・・・・・・・・何かしねぇと、何にも変わらねぇぞ?  ビビってたって、ただ弱者になっちまうだけさ」 何かしないと、何も変わらない。 妙に、心に響いた言葉だった。 その理由は何か。 憧れのカイに言われたから? いや、違う。 心の奥底で、変わりたいと思っていた。 キキがうつむいたまま考え込む様子を、一同はじっと見守る。 そして、キキが顔を上げたとき、そこには先ほどとが違う顔があった。 「私も・・・・・・・・・・・行きます!!」 「うっし!全員危険ピクニック参加だな?」 「いや、そんなんいらないって」 ティナのツッコミを緩やかに受け流したカイは、エデンに向き直る。 「で?エデン。これからお前が生まれた場所にいくんだろ?どこにあんだ?」 「南の海に浮かぶ・・・・・・・・・・瓦礫のみの島に行く」  つづく  あとがき YAN「新章突入!コウとクロの出番はナシ!」 コウ「ええっ!?マジ!?」 クロ「いきなり酷いぞオイ!」 YAN「なーんてな。冗談だっての。心配すんな。死にはしないから」 コウ「は!?ちょっとばかし死に繋がるのか!?この新章とやらは!」 クロ「恨むぞ!呪うぞ!怨念になってまとわりつくぞ!」 YAN「いや、そんなビビらなくても・・・・・・。死なないって。マジで安心しろ」 クロ「ふ〜・・・・・・・なんだよ、ビックリさせんな」 コウ「で?今回は?」 YAN「新章突入の序曲・・・・・・・・みたいなカンジ」 クロ「そのまんまだな」 YAN「うっさい、黙っとけ」