崩れた壁の破片の下に埋もれたカオス。瓦礫から飛び出た彼の腕が、妙に不気味に感じられた。 ボロボロになった右腕を左手で押さえつけ、エデンはカオスを警戒しながら、扉の奥を覗いた。 「カゼマル・・・・・・?」 少女の呟きに、ハッサムはまるで挨拶でもするように片腕を上げた。 つられて少女も・・・・・・ティナも片腕を上げてみる。 「だ、だけどよ。カゼマルがここにいるってことは・・・・・・・・」 いつの間にか高台の上に戻っていたコウの言葉に、一同の視線があの開かずの扉に向けられて――― 絶句する。 あの屈強な扉が、とても巨大で取っ手が見つからない扉が、エデンのエクスルプローションでも破壊できなかった扉が・・・・・・。 縦横無尽に切り裂かれ、ぽっかり口をあけていた。辺りに扉の破片と思しき鉄板が転がっている。 だが彼らが驚いたのはそんなことではなかった。開いた口に、2つの影。 ジンの口が、その2つの影の名を呟いた――― 「カイ・・・・・!それに・・・・クーラル・・・・・!」 *************  リベンジャー  第91話「生きていた男」 ************* 「よう・・・・・・・・わりぃ、遅れた」 扉を潜ったカイと、その荷物を背負ったゴルダック、クーラル。がしかし、カイの様子がおかしかったことに、誰も気付かなかった。 「カイー!テメェとっとと来いよバカ!」 「うるせぇ大バカ・・・・・」 コウに対する返事。その声が、少し弱弱しくジンは感じた。 「カーイー!随分時間かかったけど、どうしたの!?」 「このバカイ!遅ぇんだよ!ノロマ野郎!」 「いろいろあったんだ・・・・・・・。それと黙っとけ、バカラス・・・・・・」 ユウラとクロに対する返事も、やはり前のような覇気がない――― 「・・・・・・・?」 高台の下で壁に身を任せ、座っていたエデンが既に、カイの異変に気がついていた。 「・・・・・・カイ・・・・・・・」 口に手をあてて、今にも泣き出しそうなティナの姿に気付いたカイ。 さりげなく壁に身を任せて―――彼は告げた。 「泣くな・・・・・・よ・・・・・・・」 それだけ言い残し・・・・・。その場に倒れた。 「―――!カイ!」 急いで飛び出したのは―――ジンだ。 カオスにやられた傷をものともせずに。高台から飛び降り、カゼマルの横を通り過ぎ、カイのもとへと駆け寄る。 「・・・・・・!」 その時になって、カイの姿がはっきりとわかった。 いつものパーカーを肩にかけ、Tシャツ姿のカイ・・・・・。 その黒いTシャツがあちらこちら裂けており、その下から鮮血とともに痛々しい切り傷が覗いている。 傍らで心配しそうにカイの顔を除きこむクーラルに顔を向ける。 「おい、何があった!?」 『・・・・・あのJ3とかいうロボットにやられた』 「何故護らなかった!?」 『俺は先の戦いではボールの中にいた・・・・・。とにかく、カイの治療を!』 そこまで聞ければいい―――ジンは素早くボールを手にとり、彼のカイリキー、ジーキを出現させる。 「ジーキ。カイを担いで高台へ!」 高台の上へと運び込まれたカイの姿を見て、4人と1匹は絶句した。 ボロボロの傷だらけ。鉄の床が、横になった彼の中心に赤く染まっていく。 さかさまに見えるティナの顔・・・・・・今にも泣き出しそうだ。 「泣くな・・・・・・別に死にはしないって・・・・・・」 「でも・・・・・・でも!」 「だいじょ〜ぶだって・・・・・・・」 次に覗き込んできたのは、見覚えのある銀髪の少年・・・・・・ジンだ。 「何があった?」 「な〜に・・・・・・・ちょっと・・・いろいろあってな・・・・・・」 時は戻り、コウたちがカイと別れた直後。 目の前にいるのは、胴、腕、脚が全てタマゴのような形をしたロボット。 全体のカラーは白。腕と足には黒く鋭い爪が3本ついている。左肩には《J3》の文字。 極めつけは、胴体の上半分辺りにつけられた頭部。 2つの小さく赤いカメラアイ。口と思われる部分・・・・・・ロボットに口が必要なのか分からない・・・・・に、鋭利な牙のようなものが見える。 白い腕からワイヤーのようなものが伸び、その先端の手の爪を受け止めているのはカイのハッサム、カゼマル。 ロボットが不意に、ワイヤーを引き寄せた。バシッと音がして、カゼマルのハサミが掴んでいた爪が持ち主のもとへと戻る。 「さてっと・・・・・・・」 上着と荷物を部屋の隅に放り、カイは身構えた。腰に装着したボールに手が伸びる。 敵は能力不明なロボット。出ているのはハッサムのカゼマル。ボールの中のポケモンたちは負傷者ゼロ・・・・・・。 存分に戦えるものの、相手がどのような攻撃を繰り出すかわからない。 ましてや相手はポケモンではない。ただの機械の塊。分かっている攻撃は腕を伸ばしてその爪で攻撃するというもの。 「カゼマル・・・・・・ちょっと下がってろ」 自分の後ろに控えるカゼマルを確認して、カイが投げたボール。 カイのサンドパン、スピンが出現する。 やはり進化しても臆病な性格は変わっていない―――目の前の意味不明な敵を見て、2歩引いた。 「まずは防御力、速度を測る・・・・!スピン、地割れだ!」 スピンの両手に、光がともった。その光を、床へ振り下ろす。 途端に、光が鉄の床を破壊しながら走る。走り出した光の蛇が蛇行しながら一気にロボットに迫る。 ロボットは身動きせずに、地割れをまともに受けた。立ち込める白煙が、辺りを包み込む。 カイ、スピン、そしてカゼマルの間に緊張が走る。 あのロボットはどうなったのか、壊れたか、重症か、軽症か・・・・・・。 不意に白煙から、2本の腕が飛び出す。鋭利な3本の爪がついた凶器。 凶器の矛先はスピン。そして――― 「ヂィ!?」 「うお!?」 カイだった。 晴れてきた白煙の真ん中に、ロボットが腕をこちらに向けて立っていた。しかも無傷。 伸ばした両手の爪は、カイたちのすぐ後ろの壁に深々と突き刺さっている。 それを引き抜いて、ロボットの爪が戻っていった。 「さて・・・・・・地割れで無傷。あくまで殺す対象は俺・・・・・・か」 向き直ったカイの眼とロボットのカメラアイが一瞬あって・・・・・・。 ロボットの手がまた飛び出した。 最初に狙われたのは・・・・・・・スピンだ。3本の爪を装備した白い手が、勢いよくスピンに迫る。 それに割って入った・・・・・カゼマル。ハサミで爪をバッチリガードしている。 そこでカゼマルが、重大なミスに気付いた――― 「いっ!?」 残った手を使って、ロボットの攻撃がカイを襲ったのだ。 しかも手の黒い爪が、不意に手から離脱した―――手からワイヤーが伸び、3本の爪に繋がっている。 2本回避したカイ・・・・・だが残った1本が、カイの脇腹を掠めた。シャツが裂け、小さな痛みと共に鮮血が滲み出る。 『スピン!カイを頼む!』 『う、うん。わかった!』 カゼマルの影から飛び出したスピンがジャンプ。空中で球体に変化する。 勢いよく回転を始め、背中の刺をロボットのカメラアイに向けて発射した。ミサイル針である。 無数の刺はカメラアイに吸い込まれるようにヒットした。 視界をやられ、後退したロボットの腕に手と爪が戻っていくのを確認して、カイが呟く。 「イテテ・・・・・・くそ」 腰の辺りに赤い線が延び、そこから赤い液体がほんの少量流れている。 「地割れが効かねぇなら・・・・・・・・スピン!壁に爪を突き刺して登れ!」 一瞬、指示の内容がうまく理解できなかった―――が、カイの指示を実行して不利になったことは無い。 スピンは言われるままに、向かって右手の壁に向かって走り出す。 到着するないやな、ジャンプ。壁に両手の爪を突き刺しまくり、どんどん登っていく。 ロボットのカメラアイが復旧した頃には、天井近くまで登っていた。 「ヤツの真上の天井に向かってジャンプ!そして天井に地割れだ!エネルギーは拡散させるな!」 指示通りにジャンプ。両手に光を集め、それを天井に叩き込む――― 轟音が聞こえ、鉄の天井が軋む。 天井が崩れ落ちようとしたのを最後に、スピンは赤い光に包まれ、カイの翳したボールの中へと吸い込まれた。 瓦礫の山。人。ポケモン。 その場にあるのはそのくらいのもの。 ロボットが埋もれているはずの瓦礫に変化がないことを、カイとカゼマルは願った。 だがその願望も、脆くも崩れ去る。 瓦礫の中から聞こえてきた。妙な音―――機械の作動音。 何か白い物が、4つ飛び出した。全て先端に黒いものが・・・・・・。 「クソッ!」 『・・・・・!!』 避けられて目標を失った攻撃物が、ワイヤーに反って持ち主のもとへと戻っていく。 瓦礫を押しのけ、現れたロボット。新たに肩から手が飛び出してている。 「なんでもありだな・・・・・・・コイツ」 カイがそう毒づいた・・・・・・・刹那。 4本の手がそれぞれ3本の爪をこちらに向けてきた。さらに爪を手から射出させてくる。計12本の攻撃物。 鋼の体と驚異的な素早さのカゼマルならともかく、カイは人間。雨あられの如く襲い掛かる爪軍団に苦戦をしいられていた。 爪は避けられるとすぐさま手へと戻っていき、速度を取り戻して再び飛んでくる。 どれか1つを避けるたび、どれか1つが体を掠める。 徐々に黒いシャツが赤いシミを得、どす黒くなっていくのを無視して、攻撃を避け続ける。 (致命傷を受けないようにするのが精一杯だ!このまま・・・・・・・じゃ・・・・・・・) その時だった。爪の1つが彼の頭を掠めたのを。 いや、正確には、掠めた場所は彼の体ではなく・・・・・・彼の額に装着された、青いヘアバンド。よくみれば一筋の傷がついている。 それを見計らってか、計算してか、エネルギー切れか、はたまた気まぐれか・・・・・・攻撃が止んだ。 ヘアバンドを頭から外し、それを呆然と見つめる主人の姿に、カゼマルは違和感を覚えた。 ヘアバンドをとったせいで前髪が彼の眼を隠し、カゼマルからはその表情を確認できない。 ふとカゼマルの脳裏に、ライラの声が響く。  カイのヘアバンドには特別なことがない限り触らないほうがいいよ。  あれはカイにとって、とても大切なものだから・・・・・。 ロボットのエネルギー重点が完了したのか、またしても気まぐれか・・・・・ロボットが爪をこちらに向けて手を射出させた。 迫り来る凶器にカイは気付いていないのか、ヘアバンドを見つめ続ける。 カゼマルが防御のため、飛び出そうとした、次の瞬間・・・・・・。 カイがゆらりと動いた。何をしたのか分からないほど・・・・・自然に、ゆっくりと。 攻撃をかわし、さらにワイヤーを片手で掴む。 「テメェ・・・・・・!」 ロボットのカメラアイが、カイの眼を捉えた。  憤怒の表情。 怒りに顔を歪ませた少年の姿。その光景を目の当たりにして、ロボットのコンピュータ制御が恐怖に負けた。 ロボットの体が、ぐいっと引っ張られた。無論、カイがワイヤーを引っ張ったのだ。 少年とは思えないほど強靭なパワーで引っ張られたロボットの体が、重量を感じさせない歩と軽やかに飛びんでいく。 その光景を見ながら、カゼマルは口をあんぐりとあけて呆然としていた。 カイが途中でワイヤーを放した。殆どなすがままに、ロボットが飛んでくる。 「俺の宝に・・・・・・・」 カイが、右拳を握り締め・・・・・・。 「傷つけてんじゃねぇよ!!」 少年の拳がロボットの図太い胴体を貫通する瞬間を、カゼマルだけが見ていた・・・・・・。  つづく  あとがきき コウ「・・・・・・・ん?何やら麗しき乙女の名が入っていたような・・・・・。あとが・・・・キキちゃん?」 YAN「遊び心、遊び心♪」 クロ「えっと・・・・・・カイは倒したのか?J3とかいうロボットを」 YAN「まぁね、一応倒したことになっとる」 コウ「よく思うんだよな〜。カイってよ、たまに人間離れしてね?今回はパンチでロボット倒したし」 YAN「カイは怒らせたら恐いってことだ」