「いや〜、仕事の後はコレに限るね〜」 「ホントやね〜」 何故かやたらジジ臭い少年が2人、粗茶をすすっている。 部屋の掃除を終えたカイとコウ。店内の椅子に座っている。 このティルア・ラディス経営の店、“豪女” ごうじょ・・・・と読むらしいこの店名。由来がとても気になるが、ある意味聞きたくない。 扉を潜ると円形木製テーブルがいくつかあり、当然の如くイスが並べられている。カウンター式バーまで完備した、食堂兼酒場。 その中のテーブルの1つに腰をすえて、2人は老け込んでいた。 ************  リベンジャー  第98話「紅蓮の囁き」 ************ 「・・・・アンタたち、妙にリアルだからやめな。気持ち悪い」 カウンターの奥でコップを吹いている女性が1人。ティルアだ。 「もう少しでメシ時だよ。客が来る前に上にあがるかどっか行ってな」 「・・・・最近の若いモンは年寄りに対する心遣いってモンがなってないね〜」 「ホントホント。オマケに言葉づかいもなってないね〜」 ・・・・その言葉が彼女の気分を逆なでしたらしい。コップを丁寧に拭き終えると、指をボキボキ鳴らしだした。 老人2人は顔を見合わせて、うめく。 「・・・・なんだか最近、天国が近くなってる気がするね〜」 ・・・・と、カイ。 「天国というよりも、地獄への片道切符を握らされてる気がするね〜」 これはコウ。 ――気がついたときには。 「どっか行ってろこのボケジジィ共!!」 なんだかスゴイ勢いで蹴り飛ばされた気がした。 石畳の道路に顔面を打ちつけたらしい。カイはヒリヒリする顔を摩りながら、立ち上がる。 「・・・・ったく、ジョーダンだってのに。微妙に通じないから困る。そう思うだろ?」 いっしょに蹴り飛ばされたはずの親友に目をやって・・・・。 「あれ?」 うめく。コウの姿がどこにも無い。 が、彼はすぐに見つかった。結構近くに。・・・・・・・・問題はそれがどこで、どんなポーズだったか。 「・・・・なにしてんだ?」 「・・・・・・・・」 訊く。彼は答えない。いや、答えられない。 向かいの店先に置かれたタル。上蓋の開いた、何の変哲の無いタル。 そのタルに、コウの上半身が突っ込んでいた。どうやら蹴り飛ばされた衝撃で、タルにホールインワンしたようだ。 足は動いている。もの凄く速く。脱出しようともがいているようだが、端から見ると笑える光景だ。 こみ上げる笑いを堪えながら、カイは暴れるコウの足をひっ捕まえた。抜く。 「・・・・どうした、新手のメイク?随分男前になったな」 「・・・・・・・・そりゃイヤミか?それとも天然?」 訊き返してきた彼の上半身・・・・逆さまの状態だ・・・・。 腰から脳天まで、真っ黒だ。彼を黒く染めた謎の液体が、だらりとぶら下がった腕と髪からたれている。 「あーっ!コウ兄ちゃん大丈夫!?」 タルが置いてあった店の入り口から、1人の少年が姿を見せた。 「・・・・クウトか。気にしなくていいぞ。新手のメイクだ」 「いや、俺は断固として認めんぞ。こんなメイク」 「ちょ・・・・引き抜いといて再びぶち込むたァどーゆー心遣いだコラァ!!」 タルの上から突き出た足がもがいているのを尻目に、カイはクウトに顔を向けた。 クウトはカイの4つ下、8歳。 後2年経てばポケモン取り扱い免許が取得できる。それゆえ、クウトはポケモンについてとても知りたがっている。 カイはクウトに旅を終えたら、ポケモンについていろいろ教える約束をしていた。 それをどこで嗅ぎつけたのか、トレーナー志望の子どもがたくさん集まった。 クウトに教える際、全員同時に面倒見たほうが手っ取り早いと考えて・・・・。 昨日、ポケモン講座を開いた。・・・・妙に受講者が多かったが。 「ところでカイ兄ちゃん」 「ん?」 「コウ兄ちゃん・・・・助けなくていいの?  たしかあのタル、中にオクタンが・・・・」 「ああ、ほっとけ。“踊り狂うタル怪人”ってことで、島の新しい観光名所だ」 放置された後も、踊り狂うタル怪人。 たまたま通りかかった彼のフーディン、ディンの念力で救出された頃には、コウは動かなくなっていた。 クウトと別れたカイ。 小さな後ろ姿を見送って――再び、脳裏に行方不明のポケモンの姿が浮かぶ。 「・・・・あのバカ、ドコ行ってんだろ・・・・」 『負傷者に手を貸せ!お前たちはすぐに森から出ろっ!!』 『ええっ!!?でもヤイバさ・・・・』 『行けっつってんのがわからねぇか!』 額に傷跡を持つポケモンが、こちらを気遣うストライクをあえて怒鳴り散らす。 ちょっとビビりながらも、彼はヤイバの気持ちを感じ取ったのか、負傷した仲間を連れて逃げていく。 「逃がすなオオスバメェ!!翼で打つ!!」 逃げ出すストライクたちを追って、オオスバメが飛来する。両翼を目一杯広げて、ストライクを打つべく襲い掛かる。 その眼下に、同じスピードで走り出すハッサムの存在に気づかずに。 『お前の相手は俺だ!!』 手頃な樹木の幹を使って三角跳び。背面状態で、オオスバメに向かっていく。 『っ!?』 『落ちろ!風車輪!!』 右目に傷跡を持つポケモンが、勢いよく縦回転。 空間を切り裂く鋭利な車輪。風を纏し真紅の車輪。 それをギリギリで回避して、オオスバメはすぐにストライクを目で追った。 時既に遅し。ストライクたちは目のいいオオスバメの間合いから既に脱出していた。 『〜っ!』 『・・・・・・・・』 『・・・・ケッ。無愛想なヤローだ』 対峙するヤイバとノズパス。 敵の出方を伺い、すぐに斬りかかれるようにハサミを構える。  あのマルノームとかいうポケモンはあの人間の護衛だ。しばらく放っておいていい。  残る問題はオオスバメとノズパス。  お前のパワー溢れる攻撃はオオスバメにはあたらない。だが俺の素早さなら仕留められる。  ノズパスは防御が硬そうだ。俺の攻撃では効率よくダメージが与えられない。ノズパスはお前に任せる。  ストライクたちはやつらの格好の的になってしまう。いささか危険だが、先に逃がしたほうがいい。 『・・・・あのヤローの指示に従うたぁ俺もどーかしちまったか・・・・』 ぼやく。すぐに気持ちを切り替えて、鋭い目がノズパスを睨みつけた。 ノズパスは・・・・動かない。ヤイバをナメているのか、それともマイペースなだけか。 『まぁ・・・・いいか。とっととぶっ潰してやるっ!!』 勇んで、走り出す。両腕のハサミを構え、前傾姿勢で。 ノズパスの全身がぐらりと揺らいだように見えて・・・・違った。短い右足が地を叩く。・・・・岩石封じだ。 足元から突き出た岩の壁を力任せに叩き割り、ノズパスとの距離を詰めた。 真紅のハサミが唸りを上げて、ノズパスを横切るように凪ぐ。 ・・・・が、妙な音が響き渡った。 『う・・・・あ・・・・っ!?』 渾身のメタルクローを放ったはず。だが実に妙だった。 ノズパスの体が揺らいだかと思うと、メタルクローを放ったハサミが痺れ出す。 顔をしかめながら、彼は振り返った。 『この・・・・ノロそうな図体してるわりには・・・・フザけたマネしてくれるじゃねぇか・・・・!  この俺のメタルクローを受け流した上に、電磁波なんぞ流し込みやがって・・・・!!』 『こ、この・・・・!とっとと落ちなさい!!』 『落ちん!』 一方、こちらは空中戦。 木々の間を飛び回るオオスバメと、木々の枝の上を跳び回るハッサム。 オオスバメが繰り出す翼で打つ。それを空中でひらりと避けるカゼマル。 『すばしっこい虫だねまったく!!  こうなったら、避けられない攻撃で叩き落してやるよ!!』 一度旋回して、そのまま枝の上のカゼマルめがけて翼を振るう。 『燕返し!!』  ガ・・・・ッ! 『えっ!?』 カゼマルの軽やかな跳躍。絶対ヒット効力を持つ燕返しをすり抜けて、別の枝の上に着地する。 『ちょ、ちょっとアンタどーやって避けたのよ!?』 『避けられぬ攻撃には避けられぬ攻撃を』 真紅の後ろ姿は答える。ゆっくり振り返って・・・・。 『燕返しには燕返しを。燕返しは俺の得意分野だ』 『こ、この虫がぁ〜!!』 かなり怒っているらしいオオスバメ。顔が憤怒状態だ。 『こ〜なったらアタシのとっておきでぶっとばしてやるわ!  やられたら最後、ボールに押し込められて高値で売られるんだから感謝しなさい!』 どうやら自分のトレーナーの今後の行動を暴露しているらしい。 ・・・・違法行為であるが。 勢いよく回転を始めたオオスバメ。回転したまま突っ込んでくるその姿は、オニドリルが放つドリル嘴に様にも見える。 だがオオスバメは翼をも広げた攻撃だ。 『くらいなさい!“飛燕突撃”!!』 吹き付ける突風。オオスバメの身体に、4つの衝撃が走った。 一瞬、こちらに向かって跳んで来たハッサムの姿が見えたかと思うと、衝撃。 空中で気絶したオオスバメの身体がまッ逆さまに落ちていくさまを見ながら、別の枝の上にいたカゼマルは1人呟く。 『お前のとっておきとやらも・・・・俺のとっておきである風牙の前では無力だったな』 『だぁもうしゃらくせぇっ!!』 重い一撃が、ノズパスの顔面に炸裂した。 しばらく避け続けていたおかげで麻痺が和らいでいた。そしてついに見つけたノズパスの隙を突いての攻撃。 ハサミを開けて敵に突進。あたり際に敵をハサミ砕く。 彼のオリジナル技、“メタルニッパー”だ。 ノズパスの重い身体が跳ね上がる。それが重たそうな音を立てると同時に・・・・。 空中戦を敗退したオオスバメが転落。 「な・・・・なんだと・・・・っ!?」 動かなくなったオオスバメとノズパス。それらを見下ろして、男は一歩退いた。 さらにノズパスを打ち負かした額に傷跡を持つハッサムと、右目に傷跡を持つハッサムの出現に度肝を抜かれる。 『・・・・どうだった?』 『へっ。こんな岩石野郎、俺の手にかかりゃザコ同然よ』 2人はお互いの無事を確認して、一点を睨む。 視線の先には・・・・立っていた位置から数歩後退した位置に立つ人間とマルノーム。 冷や汗がたれまくる人間。同じように焦りまくるマルノーム。 そして・・・・。 「こうなったら・・・・。行け、コータス!!」 男が新たに繰り出したポケモン。カメールが四つん這いになったような・・・・だが属性は明らかに違いそうなポケモン。 鼻と甲羅から黒煙を噴出す、妙なポケモン。体色は赤。その姿に、カゼマルは目を見開いた。 『まさか・・・・炎タイプ!?』 『ほ、炎タイプだぁ!?こんな森の中で火ぃなんかぶっ放されたら・・・・』 焦りまくる2匹の予想通り・・・・。 「コータス! 火炎放射ァ!!」 炎は2匹を狂い無く狙い打つ。勿論の如く、2匹は左右に避けて・・・・いやな予感が胸を過ぎり、振り返る。 案の定、外れた火炎放射は森に災いを齎していた。 『しまった!』 『・・・・俺の住処の・・・・大樹が・・・・!』 ・・・・森の中が明るくなったような気がした。その大樹を中心として。 火の手に包まれた大樹。根から天辺まで燃え上がった大樹の姿は、地獄の業火を予想させる。 生い茂った葉っぱを伝って火の粉が散っていく。火の粉が振りかぶった樹はすぐに火の手を上げた。 火が火を呼ぶ。地獄の連鎖はスピードが早かった。 2匹の耳に響くエンジン音。急いで目を向けると、そこにはバイクにまたがった男の姿が。 マルノームとコータスを収めたボールを腰に戻し、ダンボール内に詰まったボールを確認して・・・・。 排煙を噴出しながら、慌てまくる男の跨ったバイクは遠ざかっていった。 『あいつ・・・・!待て!!』 カゼマルが持ち前のスピードで走り出す。 だが・・・・彼の前を炎の壁が遮った。壁は道を断ち、男の姿を完全に隠す。 『くそ・・・・なんとかして追わないと!』 『・・・・なんで追う必要がるんだ?この森にはもう俺たち以外誰もいねぇんだぞ』 『バカが!見てなかったのか!?あいつ、ドサクサに紛れてストライクを数匹捕獲していたんだぞ!』 『な、何ィ!?テメェなんで止めなかった!?』 『オオスバメの相手をしてて止められなかったんだ!』 意味の無い口論を恥じて、カゼマルは辺りを見渡した。 火、火、火。見渡す限りの炎。よくよく見ると・・・・。 『・・・・おい』 『あ?』 『マズく・・・・ないか?』 『は?だから何が・・・・』 口がぽかんと開いたまま、ヤイバは動きを止めた。 そのままあたりをよく観察する。前、炎。右、炎。左、炎。後ろ・・・・炎。 あたりを炎の壁が覆い尽くしていた。虫、鋼タイプの彼らにとって、最悪の状況。 『・・・・ストライクたちの安否、及び救出について考える前に、俺たちの安全を確保しないと』 『・・・・・・・・』 ことを冷静に考えるカゼマルと、何も言わないヤイバ。 あたりを覆い尽くす炎。彼のいるべき場所を燃やし尽くす、紅蓮の炎・・・・。 全てを消し炭にしようとする炎。倒れた大木に炎が引火して、更に火の手を上げる。 火の粉が舞う。木々が倒れる。燃えていく。燃やし尽くしていく。森が姿を変えていく。  ――お前弱いよ。俺は弱いヤツなんかに興味ないんだ――  ――どうせだからさ、俺のポケモン修行の相手をしてくれよ――  ――もう会わないんだから。お前が傷ついても、俺には関係ないから―― ポケモンを見下した口調。実際、ヤツは俺を見下していた。 いっそのこと斬り殺してやろうかと思った矢先、ヤツが出した炎ポケモンにその身を焼かれた。 逃げた。追ってきた。・・・・焼かれた。ついでに額を切られた。 後から知ったが、どうやらリザードとかいうポケモンだったらしい。 その場に座り込んだヤイバ。見下ろしてくるカゼマルに、彼は声を低くして語りだした。 『・・・・俺ァ人間に捨てられたんだ』 『何?』 『あのバカ人間に捕獲されたとき、俺はまだ弱かった。まだガキだった。弱かった。  ・・・・ヤツは弱いポケモンはいらねぇとかほざいてた。切り捨てられたのさ』 『・・・・・・・・』 『だから・・・・俺は人間がキライだ。だから・・・・』 言葉を切って、燃え上がる大樹を見上げた。燃え続ける大樹の炎に尽きる気配はない。 『俺ァ人間に復讐しようと考えた。どうせ人間なんざ私利私欲しか考えてねぇ。  ・・・・昨日までは、そう考えてた』 『昨日まで?』 『考えが改まった。お前を見てな。  ポケモンは素質とか・・・・才能とか、そんなんで強さが決まるわけじゃねぇ。  ・・・・俺はこう考えた。テメェの強さなんざ、環境で決まるってな』 『・・・・環境?どうゆう意味だ』 『俺には俺の環境があるように、テメェにはテメェの環境がある。そして・・・・環境には善し悪しがある。  俺の善い環境ってのがこの森であったように、テメェの善い環境ってのが・・・・』 顔を向けられて・・・・カゼマルは視線を迷わせた。無視して、彼は告げてくる。 『あの人間のガキの下ってことだ。・・・・テメェ、強くなりすぎなんだよ。  オマケに、さっきサシで勝負してたとき、手ェ抜いてやがったな?』 『・・・・お前も十分強いじゃないか。手を抜いていることに気づく時点で』 『ハ・・・・。言ってくれるぜ・・・・』 『なぜ・・・・他のポケモンたちを追い出した?』 『・・・・・・・・』 カゼマルの問いに・・・・ヤイバは口ごもった。 だがすぐに、ぶっきらぼうに答えた。 『・・・・誰よりも強ぇってことを示したかった。  昔の俺にはねぇ力が今の俺にはある。・・・・その力ってヤツを簡単に示したかった』 『それにしては・・・・随分と荒い方法をとったな』 『・・・・確かにな。今となっちゃアホみてぇな方法だ。まるでワガママなガキだ。  意味ねぇよな・・・・こんなことしてもよ』 『・・・・・・・・』 『お前には・・・・妙に影響力がある・・・・。  さっきから影響されっぱなしだ。お前を見てると自分の生き方がバカみてぇに思えてくる。  俺は・・・・ガキだ。いつまでたっても・・・・弱いままだ・・・・』 『そうか?』 その言葉に・・・・何か意味があったのだろうか。 顔を向けてくるヤイバに、彼は視線だけを向けた。 『子どもなヤツほど自分を大人と言い張る。自分が小さいがためにな。  自分を子どもというヤツは、逆に大人だ。自分を知っている。自分を理解している。  精神面じゃあ十分大人だと思うぞ。技術面じゃ・・・・知らん』 『・・・・テメェ、さりげなく侮辱してねぇか?』 『・・・・さぁ?』 『そろそろやめにして・・・・考えようか。脱出策を』 『・・・・ああ、そうだな』 しばらく沈黙した後、2匹は辺りを見渡して、考える。 彼らを囲む紅蓮の壁。隙の無い、揺らめく鉄壁。 (炎を消すとなると・・・・遠距離攻撃を駆使するしかないな。  俺にはかまいたちしかない・・・・。ヤイバも見る限り、かまいたちと破壊光線・・・・。  かまいたちなら炎を斬ること位できるが、一瞬だけだし面積も小さい。  破壊光線じゃ・・・・油を注ぐようなものか。爆発が起きて火力が増すだけ・・・・) 『なんだ、打つ手無しか?俺より強ぇんだからなんとかしろよ』 『・・・・都合よくないか?それ』 うめいて、炎を睨む。確かに打つ手は無かった。・・・・なにも。 炎は一瞬だけ触れただけなら熱くない・・・・とか聞いたことがあるが、この炎の壁がどれだけ厚くなっているか分からない。 跳び越えても・・・・前者同様、壁が厚ければ炎の層にダイブすることになる。  万事休す 『・・・・おい、何か聞こえねぇか?』 『ん?』 深く考え込んで一瞬聞き取れなかった。 だがすぐに判断できた。確かに聞こえる。妙な・・・・振動音。 炎の向こうから聞こえる振動音は、少しずつ、大きくなっていく。 大きくなるにつれて、それが足音だとも分かった。人間とは思えない・・・・重い足音。 『誰だ・・・・?』 『こんな炎の中を散歩するヤツだ。かなりの変わり者だろうぜ』 ヤイバが毒づく中・・・・そいつはゆっくりと炎の壁から姿を見せた。 炎をものともせず闊歩する影。何かを抱えるような体勢。 『・・・・サイドン?』 『!』 炎を突き破って現れた1匹のサイドン。マグマの中でもびくともしない皮膚を持つサイドンなら、このぐらいの炎は何てことないらしい。 さらにそう両腕に抱え込まれたモンスターボール。計4つ。それらを見て、カゼマルがうめく。 『お前・・・・まさか、サイクスか?』 『・・・・・・・・』 突然の訪問者は何も語らない。しばらくしてから、彼は口を開いた。 『・・・・お前の主人からの伝言だ』 『カイからの?』 『1人で何もかも背負い込むな・・・・だそうだ』 そう言って、彼は抱えていたボールを宙に投げ出した。 中から見慣れたゴルダックや、波乗りしてくれたオーダイル、更にパルシェンやカメックスも。 『・・・・なかなか帰ってこないと思ったら、お前、何故にこんな火事のド真ん中に?』 『悪ィなカゼマル・・・・。尋問されて、口割っちまって・・・・』 『なぁなぁカゼマルゥ!これ、キャンプファイヤーか?随分大規模だなー!』 『・・・・いや、シェルド。こんなキャンプファイヤー明らかに常識外だぞ?』 安否を心配するゴルダックに、謝罪するオーダイル。無邪気なパルシェン、突っ込むカメックス。 サイクスの姿が消えていた。彼らが入っていたボールとともに。 『・・・・みんながいるってことは、カイたちも?』 『もち』 それだけ答えて、彼は・・・・ゴルダックのクーラルは目の前の炎の壁を睨みつけた。 ゲイルも、シェルドも、キャノンも。皆一様に、炎と対峙する。 『カゼマル・・・・と、口悪ハッサム。どこかに隠れてないと流されるぞ』 言われて・・・・ヤイバはやっと思い出した。 このゴルダックは・・・・。あの時、あの人間と一緒にいたゴルダックだと。 彼らが巻き起こす水流の中、彼は何を考えていいのか分からなかった。 水蒸気を上げて炎が消えていく。全てを浄化していく。 数分後、鎮火。ボロボロになった森がいたるところから煙を上げている。 焼け焦げた地面が打って変わって水浸しの状態だ。 『・・・・カゼマル』 『ん?』 『来たぞ』 クーラルが指差す方向に、カゼマルは顔を向けた。 燻る森の中、人影が複数。彼らは真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。 彼らの姿がハッキリした頃、随分前にも聞いたことのある声が聞こえてきた―― 「・・・・たく、アサギ周辺でたむろしてたストライクたちの言うとおりだったな」 『カイ!』 現れた集団の先頭にいたのは・・・・ヤイバにとってやはり見たことのある顔だった。 ずっと前にこの森に現れた少年。 何匹かポケモンを引き連れて現れた少年。 ヤイバに手を貸し、そして連れて行った少年・・・・。 カイはカゼマルに手招きする。首をかしげながらも、近づいて・・・・。  パァンッ!! 引っ叩かれた。何処からともなく取り出したハリセンで。 「ったくテメェは何やってんだ!!」 カゼマルが頭を抑えながら何か叫んだのを見越してか、集団の中にいたヤミカラスがカイの肩に止まった。 「なんでハリセンなんかで引っ叩いたかって訊いてるぞ」 「ンなもん鋼タイプのお前を素手で叩いたらこっちが痛いからに決まってんじゃねぇか」 ・・・・とりあえず納得するカゼマルからヤイバは目を移す。 カイとともに現れた、少年少女。 オーダイルになにやら話し掛けるオレンジのバンダナをした少年。 肩の上にエーフィを乗せて、パルシェンの頭(?)を撫でる茶髪の少女。 少年と同じように、カメックスに話し掛ける金髪の少女。 ・・・・気づく。妙な視線に。 カイとともに現れた・・・・4匹のポケモン。 ライチュウにリザードン、ブラッキー、サンドパン。 何故か殺気剥きだしでこちらを睨むライチュウ、リザードン、ブラッキー。それを不思議そうに見つめるサンドパン。 『・・・・!』 思い出した。あの時、カイと一緒にいたポケモンたち。・・・・いくつか進化しているが。 確かその中に・・・・妙に食って掛かってきたリザードが・・・・。 『おい、そこのハッサム』 何故かこちらを見下ろすように話し掛けてきたリザードン・・・・どうやらいつの間にか座り込んでいたらしい。 リザードンは語気を変えずに告げてくる。 『この火事は・・・・まさかテメェの仕業じゃねぇだろうな。あ?』 答えようとして・・・・。 現れた青い腕が、リザードンを押し戻す。さきほど火事を消してくれたゴルダックだ。 『やめないかカゲロウ。今更コイツを問い詰めてどうする・・・・』 『で、でもようクーラル!コイツ、前にカゼマルを痛めつけやがった野郎なんだぜ!?  一発殴ったってバチは当たらねぇよ!』 『・・・・何故に尋問から殴打に変わっている?』 「・・・・で、お前ここで何やってんだ?」 『・・・・・・・・』 カイの問いに、カゼマルは黙り込んだ。 尋問VS黙秘。 ・・・・しばらくして、黙秘に軍配が上がった。 「・・・・だんまりか。わーったよ、訊かねぇさ」 「何やってるの?カイ」 「ああ、ちょっとな」 エーフィとパルシェンのトレーナーの少女。しゃがみこんで地面を調べるカイを見下ろしながら言った。 「・・・・なんかあんの?」 「この火事の出火原因を調べてるのさ。まぁ原因はなんとなくわかってる。  あとは・・・・犯人の行方だけだ」 「犯人・・・・ってこれって放火なの!?」 「おそらく放火。コレ見てみろ」 カイが指差す場所を、少女以外にも他の2人も覗き込む。 妙な地面。なにか・・・・タイヤの跡のような・・・・。 「ユウラ。ランディにこの跡の臭いを嗅がせて追跡させてくれ」 「え? うん」 ユウラの駆るウインディのおかげで、あのフザけた男の足取りを追うことが出来た。 コウが1人で突っ走って取り押さえてくれたし、ストライクたちも助けることが出来た。 無残な姿になった森も、ユウラのメガニウムが吐き出す草木を蘇らせるハーブのおかげで、半分ほど息を吹き返した。 ・・・・証拠も十分だった。 どうやらこの男、以前にもポケモンを使った悪事を働いていたらしい。 さらにストライクを収めたボールに、出火の中心地から伸びるタイヤの跡がバイクのタイヤと一致。 出火原因と思われるコータスの所持。ストライクを毒状態にしたと思われるマルノームの所持。 ・・・・それ以前に犯した犯罪で既に犯罪者。ヤツは警察に引き渡された。 もう日が落ちて月が顔を覗かせ始めた頃。 アサギ付近で待つカイたちの下に、カゼマルが遅れて到着した。 「もう・・・・いいんだな?」 カイの問い。カゼマルは無言で頷いた。 それを見届けて、カイがボールをかざす。中心のボタンから伸びる赤い光線に、カゼマルは吸い込まれた。 発光体となってボールに吸い込まれる中、カゼマルの頭にヤイバの言葉が響く。 ――お前には敵わねぇな。   いつの間にか納得させられた挙句、テメェの指示にまで従ってた・・・・。   ・・・・もうヤメだ。お前と戦うのは二度とゴメンだ。調子が狂う・・・・―― 「・・・・で、カゼマルのヤローは何しにきたんだろーな?」 「さぁ・・・・」 「昔別れた彼女に会いに来たとか」 肩の上のクロの囁きに・・・・コウとユウラはいつもの通り無視した。 「・・・・」 「どうしたの?」 無意識の内に森を見つめていたらしい。背後から聞こえたティナの言葉に、カイは笑顔を見せて振り返った。 「ん、いや、なんでもねぇよ」 『すいませんヤイバさん・・・・。あの状況で、あの人間たちにしか頼れなくて・・・・』 いつもの大樹の根元で、1匹のストライクが懇願する。 相手は勿論ヤイバだ。 『・・・・別にいい。それよりお前ら、森の外れのポケモンたちを連れ戻して来い』 『え!?』 『もうヤメだ・・・・。とにかく連れ戻して来い』 ヤイバの言葉に耳を疑うストライクたち。 少しの間考え込んで・・・・互いに頷いて走り出す。  人とポケモンは助け合って生きている。  ・・・・間違った人間が多い。だが間違わない人間も勿論いる。  ポケモンが全ての人間を嫌うのは間違いだろう。  ・・・・だが。  全ての人間を消そうとしているポケモンがいることを、あなたはご存知だろうか。  彼はきっと今も、今日の出来事を見ている。  赤き瞳が輝かせて・・・・。  つづく  あとがき え〜、最後はかなり強引でしたね。 結局カゼマルとヤイバはどーなったんだと訊かれても、ぶっちゃけた話、答えられません(アホ ・・・・そういえばここのところ、全然出てませんね、赤い瞳のダンナが(ダンナ? 今度はいつでるやら・・・・。