先ほどの攻撃の名残を示すかのように、火の粉が飛び、水しぶきが舞い、電気が迸っている。 雨は降らずとも天の雨雲は、まるで怒っているようにゴロゴロと唸りをあげている。 黒い人型のポケモンは、その血のように真っ赤な尻尾をゆらりと漂わせて、呟く。 「・・・・久しぶりだね。カイ」 *******************  リベンジャー  第101話「語られぬ戦い 〜衝突〜」 ******************* ヘヴンは目の前を飛ぶ、真紅の竜に乗る少年をじっと見つめた。 10代前半の青髪の少年は、髪と同じ色のヘアバンドを首にかけて、凄い形相で睨みつけてくる。 その視線が、彼にとっては心地よかった。 自分と対等の戦いができる相手。戦いの飢えを潤してくれる、またといない敵。 そして・・・・最も優先的に排除すべき敵。 「また会えるなんて思いもよらなかったよ」 「何言ってやがる・・・・。どうせ俺を勧誘しにでもきたんだろ!違うか!?」 「違うね」 ヘヴンの言葉が予想外だったのか、カイは顔を引きつらせて黙り込んだ。 「じゃあ・・・・なんだってんだ・・・・!?」 「その内分かるよ。それはそうと・・・・。  カイ。キミ、かなり強くなったんじゃないかい?」 「・・・・ああ。強くなったさ。テメェを倒すために・・・・!」 「うん・・・・。さっきの攻撃、攻撃力もなかなかだったけど・・・・」 ヘヴンの視線が、不意に反れる。先には・・・・何もないただの海面。 「ルギアを引き上げる時間稼ぎのために、あんなに継続時間の長い技を使うなんてね」 海から、白い影。 海面をぶち破って現われた・・・・否、押し上げられた白い巨体は、ぐったりとしていた。 海の神の、全身あちらこちらに焦げ痕がある、哀れな姿。 今だ瞼を閉じたまま気絶している神。海に浮かぶ頭部のすぐ近くの海面が、他にも影が現れた。 影は海から脱出するなり、 「――・・・・っぷっふぁあ!!・・・・はぁあ!!  おいルギア、テメェ生きてんのか!?」 オレンジの頭髪の上からオレンジのバンダナをまいた少年は、ルギアの頬を容赦なく引っ叩く。 反応がないことを確認し、彼はルギアを持ち上げる2つの影に目をやった。 「リュウ、ゲイル。すぐそこに小島がある。そこに上げるぞ」 ルギアの巨体を力をあわせて持ち上げていたのは、コウのカイリュー、リュウとオーダイルのゲイル。 その巨体を置くだけで、小島の殆どの陸地が埋まってしまった。草木も生えない、何もない小島だ。 コウは島に上がると、まずずぶ濡れのバンダナとシャツを取り去った。 それらを絞るたび、大量の海水が剥き出しの地面を濡らしていく。 絞って適度の固くなったシャツで、ルギアの頬をはたいてみた。 平手打ちよりは効果があったのだろう。ルギアは瞼を震わせながら、その瞳をさらした。 「・・・・コ・・・・ウ?何故にお前が・・・・」 「なんだっていいだろ。つーか礼言え。一応引き上げてやったんだから」 視線を泳がせて、ルギアの瞳に彼らが映る。空高き上空。対峙する赤い影と黒い影・・・・。 それらを見た瞬間、ルギアは声を張り上げた。 「カイ・・・・!?  何故ここに来た。銀色の羽根を通じて警告したはず・・・・!!」 「うるせぇ」 カイはルギアに顔も向けずに呟いた。視線はただただ、目の前の悪魔に突き刺さっている。 真紅の翼竜、リザードンのカゲロウ。その背の上の彼の表情は厳しかった。 「わりぃな、ルギア。お前の警告、俺からすりゃただの“情報”だったんだよ」 「情・・・・報・・・・」 「さてと・・・・。正直な話、テメェが俺に会いに来た理由なんざどうだっていい」 「?」 「テメェをぶっ飛ばせる状況なら、どんな状況だって構わねぇってことさ」 ヘヴンの表情は変わらない。ただ真っ黒な顔の真ん中に、血のように赤い瞳が2つ並んでいる。 彼らは迷うことなく、構えた。カゲロウは右半身を前に出し、カイは腰のボールに手をかける。 先ほどの“異雷の渦”で使用したライラとクーラル、補佐に使用したスピンはすでに回収済み。 真下は海。海上を移動できるのはゴルダックであるクーラルのみ。 かなり動きが制限される状況。だが彼らにとって、そんなことは無意味だった。 ・・・・ただ目の前の敵を倒す。ただそれだけである。 「竜激波!!」 カゲロウの口が膨れ上がり、次の瞬間、緑の息吹が吐き出される。 息吹はすぐに球体を成した。その大きさはゴローニャほどで、轟音を撒き散らしながらヘヴンを狙う。 「なるほど・・・・。ラスイのエアロブラストよりは強そうだね」 ヘヴンが作り出す屈強なる防御壁、魔力消沈壁。 体長2m弱のヘヴンを覆い隠すだけの小さなバリアは、竜激波を完全に遮断して見せた。 壁を消したヘヴンに、カイは訊く。 「ラスイ・・・・?」 「・・・・あ〜。そういえばカイは知らないんだよね。  そこで倒れてる・・・・弱神の正体を」 ヘヴンが指差す方向。そこにはまだ満足に体を動かせずにいるルギアがいた。 カイとカゲロウの視線がそちらにいったのを確認して、ヘヴンは続ける。 ・・・・とても聞き捨てならない、不可思議な言葉を。 「彼は神なんかじゃない・・・・。  その昔・・・・千年前、彼らは沢山いたんだよ。現在海の神と呼ばれる、ルギアは」 ――・・・・・・・・!!? 突拍子もないことを言われ、頭が混乱する。 千年前?ルギアは・・・・。 「神じゃないって・・・・どーゆーことだ!!  例えそうだとしても・・・・。なんで千年も前のことをお前が知ってんだよ!?」 「そうだ・・・・。私は神などではない・・・・」 ヘヴンの代わりに、ルギア改め、ラスイが答えた。 首から上だけ持ち上げて、続ける。 「私はただの生き残り・・・・。千年前に起きた戦いでの・・・・――」 「違うね。キミは生き残りなんかじゃない」 今度はヘヴンである。 そして、彼は堂々とこう断言した。 「彼は生き残りではなく・・・・。ただの臆病者。  戦いの最中、僕らに背を向けて逃げ出した・・・・!」 「・・・・否定はしない。だが肯定もせぬ」 臆病者といわれても、ラスイは決して逆上せずにいた。 威厳ある見えない衣を纏った彼の目が、おのずと鋭くなっていく。 「あの時、仲間たちが私を逃がしてくれたおかげで・・・・。  今、この世界がある。人間とポケモンが共に生きていける世界がある・・・・。  ヘヴン!いや・・・・ルイン!!貴様たちを・・・・私が連れてきたホウオウが封印したおかげでな!!」 「お・・・・おい・・・・」 目標が定まっていない、虚ろな声が眼下から響く。 ラスイが見下ろすと、上半身裸のオレンジ髪の少年がこちらを見上げていた。 「戦いとか・・・・るいんとか、ほうおうとか!  一体なんだってんだよ!お前ら一体・・・・何なんだ!!」 「・・・・ちょうどいいじゃないか」 今回代わりに口を開いたのは、ヘヴンだった。 「聞かせてあげるよ。千年前に何が起きたのか・・・・。  僕の視線から見てだけどね」   千年前。争いが絶えない時代。   その世界を、まだミュウだった僕は生きていた。その時の名はルイン。   人間は権力を賭けて人間同士でよく争っていた。見ていて・・・・笑えるぐらいにね。   最初は微笑程度だったけど・・・・。だんだん哀れに思え・・・・。   最後には、彼らの戦争がとても愚かなものに見えてきた。   それならまだよかったんだけどね。彼らは戦争にポケモンを使っていることが多かった 。   まだぼんぐりをボール代わりにしていた時代。人間の考えも、今とは違う。   戦争にポケモンを使うやつは、ポケモンを道具としか見ていなかった。・・・・戦争の道具とね。   僕が持つ力をヤツらは狙ってきた。・・・・全部返り討ちにしてやったけどね。   彼らがもっていたポケモンを全て開放して・・・・僕は思った。ポケモンがいなければ、あいつらは戦争が出来ない。   戦争がなくなればこんな愚かな争いに巻き込まれなくなる。僕を追うやつもいなくなる。   ポケモンは利用されているだけ。利用されている側に非はない。   だったら非がある方を潰せばいい。滅ぼしてしまえばいい。   この世に存在するのはポケモンだけでいい。他はいらない。全て消し去る。   そうすれば世の中平和になる。争いの根は全て人間。   私利私欲のためにポケモンを利用する人間。自分たちを万物の霊長と信じて疑わない愚かな人間。   ・・・・全部消してやるために、一匹のポケモン・・・・ゼロっていうポケモンを誘った。   彼は暇だったんだって。強すぎて戦いの飢えを満たす方法がなくて困ってた。   だから僕は誘った。全ての人間を敵に回す戦いに。   ・・・・そしたら、やっかいな連中が立ち上がった。それがルギアの群れ。   僕とゼロは片っ端から殺したんだけど、途中で一匹・・・・ラスイが逃げ出した。   たった一匹だからほっといたら、もっとやっかいなヤツを連れてきた。ホウオウさ。   あいつの力で僕らは“退化封印”っていう妙な術を掛けられた。そこのリザードンが掛けられた“蘇生進化”と同じようなもの。   退化封印はその名の通り、退化・・・・この場合弱体化ともいうんだけど、殆どのエネルギーを吸い取った挙句、封印する術。   ゼロは退化・・・・しかもタマゴの状態まで戻されて封印。僕のほうがエネルギーが多かったから仮死状態で封印された。   そして月日は流れた。千年もね。   千年間封印された状態で力を取り戻すのは容易じゃなかった。封印をムリヤリ解いたら回復したエネルギーを使い切ってた。   「そしてジェド博士に拾われて、ミュウツーとなって復活した」 「イエス。よくわかってるじゃないか」 冷や汗をかきながら言うカイに対し、ヘヴン改め、ルインは楽しそうに言った。 「復活してからというもの、いろいろ忙しかった。  自らのエネルギーを充電させながら、ルーラァズをまとめ、ゼロのタマゴやにっくきラスイを捜したり。  ラスイの手がかりである銀色の羽根は見つからないし、ゼロのタマゴも見つからない。  ・・・・その過程で、エデンやカイを勧誘しようともした。・・・・結局、エデンは死んだけど」 「な・・・・っ!」 まるで他人事のように続けるルインを、カイは怒鳴り散らす。 「結局死んだだァ・・・・っ!!?  ふさけんなっ!テメェが殺したことには変わりねぇだろうが!!」 「・・・・エデンは自分の命より、カントーの人間とポケモンの方が大事だった。ただそれだけだけだろ?」 ますますカイは憤怒した。 目の前でせせら笑うルインに、可能な限りの大声で怒鳴る。 「テメェ・・・・!!エデンを・・・・バカにするなァッ!! エデンを・・・・仲間をバカにするやつァ許さねぇぞ!!」 「何をそんなに怒ってるんだ。エデンは本当は僕に勝てないと分かってて・・・・自ら死を選んだのかも知れないし。  ラスイだって、勝てないと踏んで救済を求めて逃げていった」 「・・・・ルギアだって・・・・。ラスイだってきっと辛かった!  仲間を背にして戦場を駆け出して、ホウオウを呼びに行って・・・・。  他のルギアたちだって、ラスイを信じて逃がした・・・・。逃がした側も逃げる側も辛かったはず!  ・・・・それをお前、まるでただの臆病者みてぇに・・・・っ!!」 だがルインは全く悪びれるどころか、まるで本当に悪気がないように、 「エデンもルギアも弱かった。それだけさ」     ――この・・・・・・・・ヤロォッ!!!―― カイの怒りがそのまま伝導したのか、はたまたカイとルインのやり取りを聞いて激怒したか・・・・。 怒り狂った影響で、尻尾の炎が青白く揺らめく中。 カゲロウが逞しい翼を振るわせて、飛び出す。・・・・無謀にも。 「・・・・怒りに任せた攻撃ほど、弱いものは無い・・・・」 対する彼は悠然と、その漆黒の腕をこちらに向ける。 作り出された赤黒い不気味なシャドーボールが、彼の掌で独特な振動音を響かせる。 何の策も無く突っ込んだ自分たちがすごくバカに思えた。 ただ一発殴ってやろうと言う考えはカイもカゲロウも同じ。だが相手は普通では無いのだ。 カゲロウは特に技の準備はしていない。口の中に炎は一切溜められていない。 ただ殴ろうとしただけ・・・・。つまりただつっこんいるだけ。 翼も前のめりで、真っ直ぐ、最高速度で飛べる状態。ゆえに、角度は変えられない。 「な・・・・っ。カイあぶねぇっ!!」 コウの危険を告げる声が、右耳から左耳へ通り抜けていくぐらい絶望的になる2人に、悪魔の囁きが聞こえてきた――  「これが僕のシャドーボール・・・・。影球!!」 爆風で押し戻されたと、カイは思った。 だが彼を乗せるカゲロウに、傷は見られない。立ち込める黒煙の中、彼らは無傷で何かに押し戻された。 カゲロウは迫りくる漆黒の球と自分の間に何かが割り込んだのが見えた。白い、大きな影。 その白い影にぶち当たって、彼らは止まることが出来たのだ。 黒煙が晴れてきたとき、聳え立つ白い影の正体が判明し、さらにルインの驚愕した声が聞こえてきた。 「何故・・・・。キミは確かにさっき、戦闘不能にしたはず・・・・!!」 影球を受け止めた正体。それは・・・・。 「ラスイ・・・・」 聳え立つラスイは、その身に不思議な、青みがかった半透明の球体に包まれていた。 その身体は、全くの無傷。ついさっき海から引き上げたときに見られた傷痕は綺麗に消えていた。 (あの一瞬で自己再生を完了させて・・・・。 さらに僕の影球を打ち消すほどの壁を作りだしたというのか・・・・!?) その巨大な白い影は、背を向けたまま語りかけてきた。 「・・・・礼を言うぞ、カイ」 「え?」 「私を・・・・。そして私のかつての友たちへの侮辱を怒ってくれたことだ。  私は友たちをとても誇りに思っていた・・・・。それゆえにだ」 「・・・・気にすんな。大したことじゃねぇよ」 ラスイは身を覆っていた球体を消し去った。同時に、カイとカゲロウが隣を飛ぶ。 「・・・・さぁラスイ。とっととヤツをぶっ飛ばそうぜ!  俺の母さんとエデン・・・・。そしてお前の仲間たちの弔い合戦だ!!」 「・・・・そうだな。頼もしい仲間たちが沢山いるわけだし」 「・・・・沢山?」 その言葉がとても気になったカイは、恐る恐る後方へ目をやって・・・・。 「・・・・・・・・あ」 「か〜っ。あ〜くそ!飛んでたらさっき食った肉じゃがが逆流してきやがった!」 「う、うっさいわね!もういいでしょそんなこと!」 「いや、でもあの臭いは在りえなかったんだけど・・・・」 「・・・・なっはっは、なんかいつの間にか来てたよ、オイ」 各々のポケモンたちの乗り、彼らは確かにそこにいた。 カメックスに乗ったユウラのすぐ横を、クロがフラフラしながら飛んでいる。 そしてそのすぐ近くに、ピジョットに乗り、微笑するティナ。 最後にカイリューに乗った、わざとらしく愛想笑いするコウ。 カイ&コウ&ティナ&ユウラ&ラスイVSルイン 戦闘開始  つづく  あとがき あぁ・・・・。ま〜たわけわかんない過去が登場。 すっごい強引に見えますが、その辺はツッコミ無しで。 次回は殆ど戦闘・・・・になると思います。