カゼマルという存在。 とある森でリンチにあっていたストライク。その素早さはチーム一のストライク。 成長の速さも天下一品のストライク。全てを吸収し、全てを戦いの糧としてきたストライク。 頼れる・・・・はずのストライク・・・・ だが彼はもういない。代わりの存在が、今、彼らの前に立ちはだかっている。 全てを無に帰す名をもつ、ハッサム『ゼロ』として。 *******************  リベンジャー  第104話「語られぬ戦い 〜休戦〜」 ******************* 「ジーキ、クロスチョップ・・・・ダブルだ」 唸りを上げる四本の腕。二つの交差を構え、ジンのカイリキー、ジーキが走り出す。 並のポケモンなら防御しきれず崩れ落ちる威力。だが―― 『・・・・・・・・』 一歩踏み込み、一撃。ハサミによる突きが、二つのクロスチョップを掻い潜り明確にジーキの眉間を捉えた。 痛恨の打撃を受けてよろけるジーキの腹に、容赦なくメタルクローを叩き込む。 何故なのか。今目の前で行われている戦闘は、とても信じがたかった。 カゼマルが仲間であるはずのジンと戦っている。今、こんなことをしている場合じゃないのに、戦っている。 「ジン・・・・」 「なんだ」 戦闘不能に陥ったジールとジーキをボールに戻すジンの声は、どこと無く怒気を含んでいた。 恐らく、自慢のポケモンを二匹もやられて気に食わないのだろうが。 「お前は・・・・ルインの方に回ってくれねぇか?」 「何?」 「あいつは・・・・俺が何とかするから」 空高く舞い上がっていく灰色の影を見送って、彼は例の小島に降り立った。 ゼロ、負傷して動けないバンギラスのブラッド、そしてカイとそのリザードン、カゲロウの顔が並ぶ。 「ブラッド、手ェ出すなよ」 「出せねぇよ。あの野郎に足をやられて動けねぇんだ」 顔をしかめながらブラッドが押さえ込む右足。手の端からかすかに裂傷が見える。 「悪ィな、ブラッド」 「あ?」 何故にカイが謝るのか、ブラッドは理解し切れなかった。 自分のポケモンが負わせてしまった傷。今、自分の管理下に無いといっても、それはかわらない。 もう誰にも戦わせるわけには行かない。今目の前で刃を携えるポケモンは、確かに自分のポケモンなのだ。 中身はまったく別のものへと変わってしまった、紅の剣士。 「よぉ、ゼロ」 まるで数年振りに旧友と会うような、そんな口調のカイ。だがゼロはこちらを見据えたまま、動かない。 構わず、続ける。 「悪ィんだけどよ、その身体とお前の中にいるもう一匹のヤツ。俺の仲間なんだよ。  そこでなんだが、勝手にこっちでいろいろ決めさせてもらったぜ」 カゲロウが一歩、前へ出る。尻尾の炎を揺らし、その翼を大きく広げ、喉を低く鳴らす。 臨戦態勢。カイが指示すれば、彼は容赦なく灼熱の息吹を吐き出すだろう。 「これ以上迷惑かけらんねぇんでね。ぶっとばしてでも、仲間を返してもらう!!  カゲロウ、火炎放射!!!」 カゲロウの口内に溜まった灼熱の息吹が、紅蓮の炎となってゼロに迫る。容赦という言葉は微塵も感じられない。 軽々と避けて、ゼロが地を蹴り、メタルクローを繰り出す! 『遅ェ!!』 渾身の一撃が、虚しく空を切る。翼をはためかせる音が聞こえた。 「ライラ、10万ボルト!!」 新たな攻撃者。稲妻を体中に漲らせた電気ねずみが、山吹色の閃光を放つ。 『ぐ・・・・』 先ほどの火炎放射よりも速い雷撃。すれすれで避ける――が。 雷を纏った小さな拳が、連続パンチの如く襲いかかる! 「電連弾!」 『やっぱりキミは・・・・カゼマルじゃない』 拳に宿していた電気が、今だ放電しきれずバチバチと弾けている。 何発かガードしたが、数発ガードががら空きの部分に入れられてしまった。体中を駆け巡っている。 『僕たちが知ってるカゼマルなら・・・・僕の攻撃ぐらい全部余裕で避けられる。  さっきだって、カゲロウに避けられることなく的確に攻撃できる』 相手のライチュウが囁く言葉。カゼマルとは・・・・。 『カゼマルとは何か』 『僕たちの仲間だよ。右目に傷跡があって、強くて速くて。  正確は冷めてるところもあるけど、頼れる仲間さ。キミと同じ・・・・ハッサムのね』 『!』 『キミとカゼマルの関係はよくわかんないし、知りたくも無い。  ・・・・でも、キミの中にカゼマルがいるのは確かなんだ。だから・・・・』 ライラが再び、体中に電撃を迸らせる。いつものバトルよりも二倍近く練り上げられた電流が、小さな身体からはみ出して空間を彷徨う。 『どんな手を使ってでも、カゼマルは返してもらう!』 何もない。いや、それは間違いだろう。あるといえば、深い密林が辺りを生い茂っている。 どこかで見たことがあるような気がした。見たことのある樹。見たことのある樹の配置。見たことのある・・・・大樹。 絶対見たこのある森なのだが、今はそれ以上に不可解な現象が起きていた。なぜに自分はここにいるのか。 ジョウト西の海。そこで悪魔の象徴、ルインと刃を交えていたはずだ。瞬きする間に、いつの間にか辺りの景色が一変していた。 右目の傷跡をもつハッサム、カゼマルの頭は混乱していた。何が起きたのか、見当がつかない。・・・・と。 『ここは記憶の世界だ』 気配に反応して大樹を見上げると、あまり高くない太い枝の上に、ヤツはいた。 自分と瓜二つの姿。同じハッサムのなのだから当然だろう。だが右目に傷跡は無い。 ドスの聞いた声。よく見れば通常のハッサムより体色が濃く見える。真紅の上に、血でもかぶせたような色。 大樹の幹を背もたれに座るその姿。鋭い目でこちらを見下ろすその姿。見たことはなくても、同じ気配をいつだか感じた記憶がある。 ――そうだ、スリバチ山で、カブトプスのアサシンと戦ったとき、身体が勝手に動いて―― 『お前か!!』 『・・・・うん?』 『アサシンとの戦闘で、俺の身体を操り横槍を入れたのはお前だろう!!』 怒鳴るカゼマルに対し、枝の上のハッサムは目を細めて首をかしげる。 そのハッサムを取り巻く不気味なオーラ。だがそれはまるで虚空に彷徨う大気の様にも感じた。 姿はそこにあるが、存在はしていない――そんな感じである。 存在していないといえば、他にも奇妙な点がある。彼らを取り巻く森。その森から、何者の気配も感じられない。 普段なら森という名の虚空の楽器を奏でる風も、この森には全く吹き付けてこない。森を照らす太陽も、どこかしら奇妙だ。ただ照らすだけの存在、蛍光灯のような・・・・。 この森、そしてあのハッサムも、どこか作り物めいて見えた。 『人違いならぬポケモン違いだ。俺はお前の中で眠り続けていた。外の世界に干渉できぬ』 『ウソを――』 「気を沈めよ、紅の者よ」  ――いつからそこにいたのか。 大樹の別の枝に、その存在は大きな身体を休めていた。 存在がその大きな翼をはためかせると、虹色の輝きが森を舞う。虹色の、鳥―― どこかで聞いたことのある特徴。随分前に、誰かがそんな容姿のポケモンに出会ったと聞いた。 『お前は・・・・カゲロウを蘇生したという・・・・』 「我が名はホウオウ。力失いし無力の鳥だ」 自らを無力と名乗り、ホウオウはさらに続けた。 「この者の名はゼロ。千年前、ルインとともに全ての人間を消しかねない猛威を振るった愚者だ」 『なんとでも言うがいい、俺を封印した愚者め』 ホウオウよりも低い位置に生えた枝に座るゼロが、ホウオウを見上げている。 とりあえず状況を把握するべきだと悟り、カゼマルはゼロを見上げた。 『ここが記憶の世界だと言ったな。どういう意味だ?』 『正確に言えば、俺とお前の共通する記憶。この森は、二つの記憶に存在する場所で唯一共通した場所だ』 『共通した場所?』 『お前、この森に見覚えがあるだろう』 『あ、あぁ』 『ここは俺にとっての故郷。そして・・・・』 「ここはジョウト西、エンジュ〜アサギ間の森だ。カゼマル、お前の故郷でもある」 ホウオウの言葉で、やっとカゼマルの中で何かが繋がった。 そうだ、この森は自分の故郷だ。ここで育ち、ヤイバに挑みながら鍛錬し、カイと出会った場所。 『千年もの間、ここはその姿すら変えなかった。大きくもならず、小さくもならず。均整の取れた森だ』 『・・・・・・・・』 『本来なら現在身体を持つお前と、魂と記憶だけになった俺がこうやって顔を合わせるなど不可能だった』 『!』 『それを、ホウオウがムリヤリつなぎ合わせた』 「ムリヤリとは心外だな。お前たちの未来を決める場を与えてやったというのに」 未来を決める場。その言葉が、カゼマル頭に根強く引っかかった。 『カゼマル、お前はどうしたい?』 『何?』 『お前はたった一つの身体をどうしたい。誰の手にゆだね、どのような末路へ導きたい』 たった一つの身体。元々ゼロの身体で、全く別の魂としてカゼマルが現在使っていた身体のことだ。 その身体を・・・・どうしたいか? 『魂は二つ。だが身体は一つ。ゆえに選ばねばならぬ。身体の主導権を』 『・・・・・・・・一つ問いたい』 『なんだ』 『仮に片方の魂に身体を与えたとしたら、もう片方の魂はどうなる?』 『・・・・どうなるんだ、生と死を治める者』 カゼマルの問いは、ホウオウへと受け流された。ホウオウは表情を変えずに、 「虚空へ消える。完全なる消滅だ」 『・・・・だとさ。お前はどうしたい?』 『・・・・悪いが譲らせてもらいたい。俺にはやるべきことがある。カイを手助けし、ルインを消すという使命がな』 ゼロの返答を、カゼマルは無意識に予想する。 ゼロはルインの仲間。となれば、ルインを消そうとしている自分に身体の主導権をとられたくないはず。 ・・・・記憶の世界でも自由に動け、技も使えるのだろうか。ゼロと戦うことになった場合の疑問が、自然と浮かんでいく。 だがゼロの答えは、予想外のものだった。 『好きにしろ』 『!?』 『一つ誤解を解いておこう。俺はヤツの仲間になった覚えは無い』 『な!?』 『俺がヤツとともに戦いに参加した理由は、俺自身、暇だったからだ』 『!』 『俺の相手が勤まるヤツが次第に減り、暇を持て余していたところをヤツに誘われた。  つまり、千年前の戦いは俺にとって暇つぶしに過ぎない』 その言葉が、カゼマルの癇に障った。暇つぶしのために人間を殺し、ラスイの仲間であるルギアたちを殺したのだ。 『そんなことのために・・・・暇つぶしのために多くの命を奪ったのか!?』 『結果的にはそうだな。・・・・だが。  俺はもう飽きた、戦うことに。暇もクソもない。完全に消えることができるのなら丁度いい。興ざめだ』 『・・・・・・・・』 『どうする、身体の主導権が欲しいか』 『当たり前だ』 考えずに、即答。今自分が生きるのはカイの為。カイが望むことに自分が協力できるのなら、全力で突き進むのみ。 『さて、お前に主導権を与えることは決定した。だがその前にやっかいなことが起きた』 『やっかいなこと?』 答えたのはゼロではなく、その上の無力なる鳥だった。 鳥はごく静かに、淡々と告げてくる。 「お前の身体、紅の剣士の身体は現在、カゼマル、ゼロの両者でもない全く別の存在が支配している」 『なに!?』 『俺の魂の断片と、お前のまだ若い魂。それらが混ざり合ってできた混合魂だ。  俺の記憶にお前の若い魂が影響し、俺の若い頃の記憶――つまり千年前の“暇つぶし”をしていたころの擬似魂となっている』 「主導権を握っていたカゼマルの魂を、ルインの呼びかけで中途半端に目覚めたゼロの魂が混ざりこんだ。  結果、破壊王時代の全盛期の状態で暴れまわっている」 ・・・・なにやらとんでもない話をごく普通に語る二人。まるで他人事、世間話だ。 とにかくカゼマルにとって不愉快な話だという事だ。 『・・・・どうすればいい』 「死亡確率90%の方法ならある。それ以外には存在しない」 『・・・・ほぼ死ねって言ってるだろ、お前』 「べつにやらなくともよい。そうすればお前の身体は殺戮を好む破壊兵器に成り代わるだけだ」 『・・・・・・・・クソ』 毒づき、ホウオウをじっくりと見定める。 その顔が平常時なのか、それとも別の感情が宿った顔なのか。それは定かでは無い。 色とりどりの頭はゆっくりと上下している。少なくとも魂だけの存在となったゼロよりは存在感がある。 考える必要はなかった。やりべきことは唯一つ。 『・・・・どうすれば、破壊王から身体を奪い返せる?』 「炎の渦!!」 荒ぶる業火が生きているかのようにのた打ち回り、紅の身体を黒焦げにしようと襲いかかる。 爆炎の閃光が、ゼロもとい、記憶が混ざり合った際に誕生した擬似魂の脇をすり抜ける。 身を翻し、破壊王がその真紅のハサミをカゲロウへと向けた。開いたハサミのトゲが、凶悪な牙に見えそうになる。 ある技の、前触れ―― 「クーラル、リフレクター!!」 真紅の飛竜を守るように、青い影が割り込む。カイのゴルダック、クーラル。その右手が構成する半透明の防御壁が、立ての如く彼らを守る。 大きく口を開いたハサミが、山吹色の閃光を吐き出した。高速で直進する光線がリフレクターにぶつかると、威力を殺されて消え失せた。 破壊のみを目的とする技、破壊光線。それは発動後、術者に反動を与えて一時の間、身体の自由を奪うもの――だが。 破壊王のハサミが、微動だにせず再び光線を繰り出した。今度は弾けない。リフレクターの限界を感じ取り、クーラルは戦法を変える。 右手の壁を消し去ると、今度は左手を突き出す。それと同時に、両目と額の宝石が光り輝く。それに呼応するように、光線がムリヤリ軌道を変えられて夜空に消えた。 『く・・・・・・・・』 『おいクーラル、大丈夫か!?』 『他人の心配より自分の心配をしろ。  ヤツの破壊光線、サイコキネシスでギリギリ反らすことができたが、二度目は無い。早く叩け!!』 「・・・・どーすんだよ、カイ」 戦場から一人離れ、戦況を見据える影が一つ。ユウラのヤミカラス、クロだ。 トレーナーがこの場にいない以上、彼に適切な指示を出せる者はいない。ゆえに彼は戦いに参加できずにいるのだ。 カイはゼロと戦っている。だがその身体は紛れも無い、ハッサム、カゼマルの身体だ。 だがカイは信じていた。暴れ回る千年前の狂戦士の中に、カゼマルの断片が残っていることを。 ・・・・その時だった。狂戦士に異常が見られたのは。 『ぐ・・・・っ!?』 紅き身体が、崩れ落ちる。 火炎放射の呼び動作が終了し、吐き出しかけた炎が戸惑いで閉じられた口の中で消沈する。 カゲロウは何もしていない。屈強なゼロは破壊光線を二発連続で放つことができた。二発発動後、何とかできた隙を突く事が出来た――が、その隙を突く直前のことだった。 破壊光線を連続で撃った衝撃かと思ったが、いくらなんでもこんなすぐにガタがくるわけがない。 両膝をついて苦しむゼロの姿に、戸惑いを覚えてしまう。その背後でも、カイと仲間たちが呆然となっている。 ・・・・そして、聞こえてきた。ゼロではない、“彼”の声が。 『出て・・・・行け・・・・』 「!!」 『これは・・・・“俺たち”の身体だ・・・・。消え失せろ・・・・。在り得ない魂・・・・』 痙攣を繰り返す紅い身体から漏れる言葉。今の今まで戦っていたゼロとは全く別の声。 かすかにだが二重にダブって聞こえる声の語気が、どんどん強くなっていく。 『俺たちにはやることがある・・・・。黒い悪魔を制するという使命がある・・・・。  お前などに邪魔されるわけには行かない・・・・。消えて・・・・なくなれっ!!』 「ヤツから身体を取り戻すには特別な方法が必要となる」 破壊王が苦しみだす、その少し前のこと。 その身体の中。ホウオウの言葉に、首を傾げるカゼマル。 『特別な方法?』 「私を介して、お前と擬似魂の心を直接繋げる。あとは念を送って魂を黙らせ、身体を乗っ取る」 『・・・・具体的には?  その・・・・念を送るというヤツは』 「怒鳴るなり脅すなり好きにすればいい。  簡単なことだ。口ゲンカで勝てばいい」 『・・・・口ゲンカ?』 「そう、口ゲンカだ。負ければお前は取り込まれ、消滅する。」 ・・・・そんなことで身体の主導権を取り戻せるのだろうか。なぜだかものすごく不安になってくる。 だがそれしかない以上。やるしかあるまい。ホウオウに促され、彼は大きく跳躍して太い枝の上に跳び乗った。ホウオウがいる枝だ。 その場で座禅を組み、ホウオウに合図しようとして・・・・彼は近くの枝の上でこちらを見据えていたゼロに顔を向けた。 『・・・・なんだ?』 『俺は確かに譲らせてもらいたいと言った。だがそれは一人ではない。  ・・・・ホウオウ。俺とゼロの魂。混ざり合わせて一つにすることはできないのか?』 『な・・・・何を言っている!?』 ゼロはいきり立ち、怒鳴り散らす。 『俺はもう消滅を選んだ。再び世に出る気は無い!  大体からして、二つの魂を一つにすることなどできるはずが――』 「できるぞ」 『ない――ってえぇっ!?』 割り込まれたホウオウの言葉が予想外だったらしい。ゼロの見開かれた視線が、ホウオウに向けられる。 「一つを選べばもう一つが消える。だが二つを選べぬとは言っていない」 『・・・・そういうことは早めに言うべきだぞ』 二つを一つにして復活すること。ゼロは否定はしているが、まんざらでは無いように見える。 『・・・・ゼロ。お前、本当は復活したいんじゃないか?』 『な!』 『・・・・今のお前ならわかっているはずだ。ルインのしようとしていることが間違っていることを。  そしてお前は・・・・ルインにそのことを伝えたいのだろう。違うか?』 「ぷっはぁあ!!・・・・クッソ!  まーた海ん中に突っ込むなんてシャレにならねぇっつの!!」 海面から顔を出すなり、愚痴るコウ。海から引っ張り出した手に掴まれているのは、古ぼけたモンスターボールだ。 この中に彼のカイリュー、リュウが入っているのだが、つい先刻、戦闘不能となった。その所為でコウは再び海の中に突撃する羽目になったのだが。 「ちっくしょお・・・・。リュウまでやられちまうとは――て、お?」 「ゲホッ、エホ・・・・」 コウと同じように海面から顔を出した、金髪の少年。ロットだ。 咳き込むロットを横目に、新たなボールを取り出し、放る。コウのオーダイル、ゲイルが その背によじ登ると、ロットに手を差し出す。促されて、その手を取った。 「おい大丈夫かよ、お前」 「ははは・・・・まぁ・・・・」 「エアームドは?」 「海に落ちる直前に回収しました。さすがに・・・・もう戦えませんね。  コウさんは他に空中戦を行えるポケモンは?」 「フーディンのディンがいるけど・・・・ディン一人にあの野郎の相手をさせるのはさすがにキツイな。  そっちはどーなんだよ」 「ホークやタイタン以外、全員空中戦はムリですよ。僕にはもう・・・・戦える力は残っていない。あとは・・・・」 遥か上空を見上げるロット。その目に映った光景を見つめながら、呟く。 「あのルギアと・・・・エデンに任せるしか・・・・」 「あぁホントそうだな。誰かさんはとっとと落ちちまったし」 「・・・・悪かったな」 コウの意地悪そうな視線の先に、彼はいた。ギャラドスに乗る。銀髪の少年が。 海水が染み込んでいるはずの服が、既に乾いていた。恐らく偽獣能力で乾かしたのだろう。 「お前のムダな動きに呆然としているところをやられたんだ」 「・・・・おい。それって俺の責任とてでも言う気かコラ」 「はははは!どうしたんだいエデン、さっきから防戦一方じゃないか!!」 「く・・・・っ!」 それは例えるなら機関銃だ。リロードを必要としない連続射撃。ルインの手はまさに銃器と化している。 赤黒いシャドーボールを無限に吐き続けるその間の両手を相手にエデンは避けたり壁を張ったりと、能力全てを防御に回している。 その少し離れた空域に、全身傷だらけのラスイがいた。自己再生を使い果たし、もはやこうやって飛んでいる事しかできない。 コウ、ジン、ロットは飛行ポケモンを失い、カゼマルは暴走、ラスイは重傷。エデンは防戦一方。 ルイン攻略が絶望的に見えたとき、その閃光は闇夜を切り裂いた。 「!?」 ルインを、しかも顔面を狙った謎の破壊光線。 激しい轟音を撒き散らしながら、破壊光線はルインにギリギリ避けられて夜空へ消えた。 角度的に、海面からの攻撃。まさかカイが?戸惑いながら目を向ける――が。 その視界を、紅き刃が覆い尽くした。   !!!?? 紅く発光する不気味なオーラを宿した一閃。霧隠れで残されたルインの残像をたやすく切り裂いていく。 距離をとり、ルインが見たもの。それは・・・・。 「ゼロ・・・・!」 紛れも無きゼロ。破壊王の異名を持つ、最強のハッサム、ゼロ。仲間であるはずの、ゼロ。 飛行に適していない羽を羽ばたかせて、彼はいた。その瞳が、別の光を灯している。 『さすがだなルイン。俺の“オルガクロー”を避けられたのはお前が初めてだ』 声の主は、確かにゼロだった。だがどこか、別の雰囲気を纏っているようにも見える。 それ以前に、ゼロに裏切られたというショックが大きいのか、ルインは限界まで見開かれた目でゼロを凝視していた。 『もうやめだ、ルイン。今更人間を滅ぼして何の得がある。世に浮かばれぬ魂が充満するだけだ』 「・・・・・・・・」 『俺の暇はもう満たされている。ゆえに、お前に手を貸すつもりは無い』 「・・・・・・・・」 『俺はカゼマルとゼロが融合した存在。だがゼロとして俺は既に存在意義を失った。  だから俺は、カゼマルとして、カイのポケモンとしてお前を止めに来ている』 「・・・・・・・・」 何も答えない。虚空を彷徨う赤い瞳は、虚ろな光を漏らしながら宙を泳いでいる。 ショックが大きいのか。たまに口をパクパクと動かすその仕草は、何故だか不気味に見えた。 『・・・・ルイン?』 呼びかける。返事は無い。――そして。 「フフ・・・・フフフ・・・・!」 笑い出す。彼の口から漏れ出す狂気の笑い声が、曇り空、そして闇夜に溶け込んだ海に響いていく。 肩を笑わせ、ルインは無気味に笑い続けた。 「ふはは・・・・ふははははは!!  あーっはっはっは!!!」 ついに狂ったと思った。カゼマルも、その横でカゲロウとともに待機するカイも。 「そうか・・・・。ゼロ、キミは僕を裏切るのか・・・・。  ふはは・・・・。そうか、残念だ・・・・」 そこでやっと、笑いが止まる。――そして、一気に視線が鋭くなった。 「・・・・正直な話。今、僕は怒っている。今までないほどに、僕の脳は沸騰している――!」 本気だ。殺意を剥き出しにしたルインのすぐ目の前にいたエデン、カイ、カゲロウ、そしてカゼマルが、その危険なオーラを直に受けてしまう。 危険。今のルインに挑んでも、絶対負ける。それどころか、殺されてしまう。 本能がそう告げてきたときには、彼らは数m後退していた。恐怖の根源と距離をとりたい。脳が告げずとも、身体が先に反応してしまった。 「・・・・だけど、このフィールド、さらに数匹戦闘不能となったキミたちを相手にしても、僕の怒りは収まらない。  そこでだ。キミたちに一時の猶予をあげよう。今日、僕はもうキミたちと戦わない。  島に帰ってポケモンたちを回復させてくるんだ。そして再び僕と戦おう。キミたちも戦いやすいよう、とっておきのフィールドを用意しておく。  場所は・・・・ゼロ、いやカゼマルなら知ってるだろう。あの場所だよ、カゼマル。僕の根城さ」 長々と告げるルインに、誰も声を上げることができずにいた。殺意を帯びたルイン。海面にいるジンたちにも、その殺意は軽々届く。 カゼマル&ゼロも、ルインに予想以上の殺気に動けなくなっていた。 ルインの身体が足元から消失していく。霧状の残像を残すテレポート、霧隠れ。 「待っているよ。万全な状態で、僕の怒りを晴らしてくれ・・・・」 次々と消えていく。ついに残った頭。その顔が、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。 「ワクワクするなぁ・・・・ふふふ・・・・!」 消えた。無気味な笑いを残して、黒き悪魔は消え去った。消えることの無い殺気を撒き散らして、ルインはその場から消失していった。 やっとの思いで恐怖によって固まっていた身体を動かし、彼らはギンバネ島へと帰還していた。 島のポケモンセンターはまだ開いていた。半分駆け込み風にポケモン回復に成功する。 そして彼らが今、いる場所。町から離れた所にある、断崖絶壁の場所だ。崖を抉る波の音だけが、辺りを包んでいた。 帰還した彼らと、先に島に戻っていたティナたち。その場の雰囲気が、やたらと暗い。 擬似魂に取り込まれて半暴走状態にあったカゼマルの復活。ゼロとは記憶どころか、技、身体能力の全てが一つになったらしい。戦力としては問題ない。 だが、それもルインに通じるかどうか疑わしい。カゼマルとゼロの融合により、ルインがキレた。 キレたルインの放つ殺気は、その場にいた全員の戦意を消失させた。自らの怒りを晴らすための提案をしてくれなかったら、確実に殺されていた。 だが――逃げるわけには行かない。カイの第一声が、それを示す。 「・・・・明日。ヤツを討ち取る。異存は?」 反対する者はいない。恐怖におののきながらも恐怖に立ち向かうのはかなりの心力が必要だ。 この集会じみた集まりは明日の士気を高めるためではない。保留にしていた物事を片付けておくためである。 グローリー兄妹、ロット、そしてエデンの出現の謎。 さらにロットはルーラァズの一員。敵の立場にもかかわらずカイたちと共にルインに牙をむいた理由。 そして――死んだはずのエデンの存在について。 目の前が真っ白になった。いつかは来るであろう死を今、体験したまでのこと。 そう割り切って、紫のミュウツー、エデンは苦笑した。死を受け入れた自分が、やけに素直だった。実際死ぬとなれば絶対抵抗の意が表れると思っていた。 ヘヴンとではなく、ミサイルと心中したことだけは気に食わなかった。だがこうしなければまた多くの命が滅ぶ。それには代えられない。 いつまでこの白い世界は続くのだろう。どこまでも白い空間。足裏から伝わる床の感触は冷たくもなく温かくもない。 ――感触。なぜ死んだはずの自分に床の感触など伝わるのだろう。死んでも零体に神経が残るのだろうか。 死後の世界など案外いい加減なのかもしれない。現世では伝わらない想い。この不思議な空間を体験した者は、元の世界には戻れないのだから。 「これだけがあの世――!?」 声も出た。死んで身体がないのなら喋ることなど不可能だ。 だが現に自分は声を発している。だとすれば、私は―― 「ここはこの世とあの世の狭間だ」 振り返った先に、その鳥ポケモンは存在していた。白い中に、色とりどりの翼を持つ、不思議なポケモン。 見下ろしてくるポケモンは更に続ける。 「我が名はホウオウ。現世の生と死を治める者」 「・・・・?」 「全ては必然なのだ。生き物は、全て息絶えれば天に召される。だがお前は違う」 「・・・・何を言っている?」 「お前はこんな所で死んでしまうわけにはいかない。たとえお前が望まぬとも」 有無を言わさず、蘇生された。ホウオウの話によれば、ルインはまだ幼体だった私に自らのエネルギーを注ぎ込んだらしい。 こちらの力をムリヤリ押さえつける呪い。私の身体に流れる青いエネルギーにヤツのエネルギーが混ざり合って、紫に変色した。 力を抑制された所為でヤツと対等に渡り合うことすらままならなかった私だが、今は違う。ホウオウの蘇生解呪を受け、忌まわしき呪いは消え去った。 ホウオウに連れられて、人気のない山岳地帯で修行した。今まで押さえつけられていた力が溢れ出し、制御に時間がかかった。 オマケにグローリー兄妹まで連れてきた。ルインが近い日にカイたちを襲撃するらしい。 今回の事件に携わった者が近づけば気付かれてしまうとのことで、カイたちを呼ぶことはできなかった。 ある日、ホウオウがある言葉を残し飛び去った。 「最後の戦士を連れてくる」と。 ロットの父は、ルーラァズの前組織、ロケット団の幹部だった。 だがある日、突然の死亡。当時理由はわからなかった。父の死により、その息子である自分が幹部の地位に就いた。 だが最近になって妙な噂を聞いた。父が死んだのは、なんとヘヴン・・・・当時正体を知らなかった・・・・が殺したためだということ。 その理由が、彼の心を更に痛めつけた。最近めきめき力をつけたロットの幹部に仕立て上げるために、その父を殺したのだという。 割り切れなかった。どんな理由であれ、ヘヴンは父を殺した。父の仇。 だがどんなに憎もうとも、自分の力が彼の足元にも及ばないことは身に染みて分かっていた。すぐそばにいつもいたのだから。 ――ある任務のとき、失敗して死にかけた。仲間とはぐれ、死を覚悟した。 その時、見たことのない虹色の鳥ポケモンが現れた。有無を言わさず、ポケモンは告げてきた。 「恨み残して死なれては悪霊になる。生死を司る者として、余計な仕事は増やさない。  死ぬのならばその恨み、晴らしてから逝け。――それともこんなところで逝くほどお前の恨みは浅はかなものか。  生きろ。そしてその力、ヤツにぶつけてみよ。  ――我が名はホウオウ。ヤツを恨む者ならば、再び会うこともあろう」 一方的に告げて、消えた。 ルインへの復讐をいつの日か実現するため、修行する日々が続いた。そんなある日。 ルーラァズ全員に、本部への召集命令がかかった。一体何があるのかと模索していると、そこへヘヴンが現れた。 「もうルーラァズは必要無い。時間がかかり過ぎた。  ・・・・今までご苦労。あの世でじっくり僕の正体について考えてくれたまえ」 本部が、崩れ去った。 その場を支配するのは、静寂のみ。 ついに何者も動かなくなった瓦礫の山。ルーラァズ本部だった建造物は、見るも無残な姿をさらしている。 積み重なった瓦礫の隙間から見える、手。力なく垂れ下がった指の先から滴り落ちる、赤き液体。 一瞬にして墓場と化したその場を、ヘヴンは――ルインはじっくりと見下ろしていた。生き残りでも探すかのように。 全てを消し去ったことに安堵したのかもしれない。目を瞑って何かを思うと、背を向けて飛び去っていく。 「・・・・チ、あの野郎。どういうつもりだ?  おいロット、テメェ生きてっか?」 「あ、あぁ・・・・。大丈夫だよ、ありがとうブラッド」 瓦礫の一部が、何か持ち上げられていく。瓦礫の破片を乱暴にどけて、バンギラス、ブラッドが姿を現す。 その下にブラッドが身を呈して守った少年、ロットがいた。少しばかり傷を負っているが、このぐらいなら充分に動ける。 ロットの目が、あるものを捉えた。近くに転がっていた、一個のモンスターボール。 ひびが入ったそのボールは、どこかで見たことがあるような気がした。 「・・・・姉さん・・・・」 ボールの主は既にいない。この世から、消えてしまった。 ひびが入ったボールは開閉スイッチがやられてしまい、開きそうにない。それ以前に、頑丈な外装が凹んでいる。これでは中にいるポケモンもただではすまない。 ムリに開けれたとしても、中から現れるのは悲しみでしかない。小さな墓となったボールを、軽く掘った地面へと埋める。 途方に暮れていると、不意に彼らを大きな影が覆い被さった。とても大きな、鳥の影。 その鳥もまた、どこかで見たことがあるポケモンだった。 「ホウ・・・・オウ?」 「憶えていたか、復讐者よ」 こちらを見下ろす形で告げてくるホウオウ。 「時は満ちた。お前に修行の場を与えてやる」 「え?」 「すでに先輩がいる。お前も知っている兄妹。そして悪魔の片割れだ。  ・・・・来れば、ヘヴンとの戦いは避けられぬ。だがその代わりに強大な力を得ることができる。さぁ。どうする」 ――答えは、決まっていた。 カイは母の仇を打つため。ティナ、コウは一度町を襲われた恨みを晴らすため。 ユウラは町もろとも消された孤児院の家族の仇を打つため。グローリー兄妹は能力を植え付けられた恨みを晴らすため。 ロットは父、姉、そして同僚たちの仇を打つため。エデンは自らに課せられた使命を遂げ るため。 そして、カゼマルはルインを止めるため。 ちなみにラスイは今回の戦いで力を使い果たしたらしい。センターでもムリとのこと。 海図に示された赤い丸。ゼロの記憶を持つカゼマルが指し示した、ルインの根城。 ジョウト地方、南の海。海図上では何もないとされている海域。ルインが創り出した結界で外界との接触を立たれていた、秘境の島。 全てを終わらせるため、彼らは明日、発つ。決戦の地へ。  つづく  あとがき カゼマルとゼロの融合。この時思いついた遊び心がコレ。 一つになるんなら、名前を融合したってわかるようにするってのはどうだろうかと。 名前も融合するならばこれしかないでしょう。ゼロマ――いやいや、変ですね、普通に。 そんな危険な遊び心をなんとか抑制して仕上がった104話。次回もお楽しみに。