……なぜ、私は生まれたのだろうか?…… ……生まれなければ、私はこんな思いをしなくて済んだのに……     未来〜ミライ〜 目の前に崖が迫っていた。 ネイティオはそこに立っていた。 ……もういやだ。こんなのは…… ネイティオは一歩前に踏み出した。 下を見ると、崖の下の川が見えた。 ……早く、逃げたい…… 一歩前に進んだ。 川の見える範囲が広がった。 ……何で、神は私に……? 一歩進んだ。 足元に追い風が吹いた。 ……もうすぐだ…… 足を進めた。 そこに地は無かった。 横に体が倒れ、下に落ちていくのが分かった。 これでいい。これでいいんだ。 ネイティオは眼を瞑った。 下からの向かい風が体にぶつかる。 そして…… ……とまった。 ……なぜ?なぜなんだ? ネイティオは眼をゆっくりと開いた。 体を何かが包んでいた。 エスパータイプだからこそ分かるが、これは念力…… 次第に体が上がっていた。 そして、地に足が着いた。 ネイティオは憤りをあらわにしたかった。 ……自分の自由にさせてくれたっていいのに。誰なんだ?こんなことをしたのは? その主は姿を現した。 緑と白の体をまとった細い身体――サーナイト―― サーナイトは頭に水色のスカーフを巻いていた。 スカーフは風に吹かれ、揺れていた。 そのスカーフを見て、ひとつのポケモンのことが頭に浮かんだ。 ――サリア様―― 幾度も迷い果てた者の前に現れる。 しかも、ポケモンさえならまだしも、人間の前にも現れるという。 現れると、そのものを悩みから救い出すとうわさがあった。 ……その、サリア様が目の前に居る。 サリアとの距離は数メートルほどであった。 「あなたは、なぜこのようなことを……?」 サリアは、ネイティオに一歩近づいた。 ネイティオは一歩後ろに下がった。 「それほど警戒しなくてもいいのですよ。何があったのか私に教えてくだされば……」 ……いやだ!いやだ!!この気持ちを教えたところで分かるものか!!…… ネイティオは自分の力をシャドーボールに込めた。 球はサリアのすぐ目の前に来た…… プシュゥッ ……消えた。 「何度やっても無駄ですよ」 再び球を作り出そうとしたネイティオにサリアは静かに言った。 ……黙れ!お前なんかに…… 次の瞬間、自分の心の中に違和感を感じた。 「違和感があるでしょう?あなたの心をの中を探っているからですよ」 ……止めてくれ!一体何を?…… ネイティオは叫んだ。 心の奥が痛い。それだけが感じられた。 「あなたがどうしても教えてくださらない。ですから、最後の手段なのです」 ネイティオの心の奥底から、記憶が飛び出してくるのを感じた。 ………… ……… ……ねぇねぇ、皆進化したい? 私は目の前に居たバネブーとスリープに聞いた。 「当たり前だろっ!進化したら強くなるしさ!なぁ?バネブー、お前もそう思うだろ?」 スリープはバネブーを見た。 「えっ……でも、ボクはこのままでもいいなぁ。だってさ……」 その後の話は覚えていない。 しかし、かなり長くて、聞く気力が無かったことだけは確かだろう。 ……うーん、僕は進化したいなぁ。だって、親に迷惑かけたくないしさ…… 私は笑顔で言ったことを覚えている。 彼らとは仲がよかった。 しばらくして、二匹とも進化を果たした。 そして、どこかに旅たってしまった。 私は悲しかったが、それも生きていくに大事なことだ、と思った。 ……そして、私も進化を果たした。 親孝行がとうとうできる、迷惑をかけずに済む。私は嬉しかった。 しかし、私はひとつの闇に包まれることをわかっていなかった。 ……ひとつの宿命という闇に…… それは夜であった。 私は眠りについていたはずであった。 しかし、目の前には渓谷が広がっていた。 私の目の前にいたのは大事な親友、バネブー――進化してブーピッグだが――が歩いていた。 彼は歩いていた。そして、止まった。 「……なんか、後ろにいる……誰だ!?」 ブーピッグは振り返った。 私の方向を見て、目を見開いていた。 私から何かが飛び立った気がした。 それに追いかけられ、ブーピッグは走り出した。 私は急いで追いかけた。 ブーピッグは私を振り向いた。 すぐ後であった。 ブーピッグは崖に足を崩してしまった。 私は叫んだ。 ……目が開いた。 目の前には雲が微かに浮かんでいるのが見えた。 ……夢、だったのか?…… 夢と思いたかった。あんな酷いのは夢に違いない。やはり疲れからだろうか? しかし、翌日もそれを見た。 その翌日も。 それが一週間続いた。 私はもう嫌であった。 誰なんだ?私にこんな夢を見させるのは? 私はその「誰か」を怨みたかった。 私は森を歩いた。 今日もいつもの風があたりを包んでいた。 「おいっ!ネイティオ!」 誰かが呼んだのが聞こえた。 振り返ると、スリープから進化したスリーパーが走ってきていた。 ……ど、どうしたの? 私は焦りようを見て不安がった。 誰かに何かあったのだろうか? 「い、いやっ……ブーピッグの奴が……」 ピンときた。スリーパーの一言で私は分かった。 話によると、何者かに襲われたらしい。 それで逃げる途中に崖から誤って転落した。 そして……彼の姿が見えないということだ。 「……だ、だからさ……何か知らないかな?と思って……だって、ネイティオって過去と未来が――おいっ、ネイティオ!待てよ!」 スリーパーが呼びかけたときには無意識に私は背を向けて走り去っていくところであった。 ……大事な事を忘れていた。 ネイティオは過去と未来を見ることができる。 てっきり、自分の意思によるものだと思っていた。 自分の意思でする、そうだと考えていた。 しかし、それは甘かったのだ。 自分が嫌だろうと、無条件で見てしまう。 ……なんで、私はネイティオとして生まれたのだ? 自分に問い詰めた。 しかし、答えなど見つかるわけがない。 自分では分からない。 ……何故、私は生まれたのだろうか? もし、神が居るならば、問い詰めたかった。 そして、神を責めたてたかった。 私は神に問い詰めた。 しかし、返答はなかった。 ……なんで、友達の生命の危機を見なければならないんだっ!誰が……どうし……て……… 私は走っていた足を止めた。 地面を見た。 ……生まれなければ、私はこんな思いをしなくて済んだのに…… 私は逃げたかった、この現実を。 逃げる方法を考えたかった。 ……そうか、いい方法があった…… 私はひとつの方法を決めた。 彼が転落したあの渓谷に行こう。 私は羽を広げ、空へ羽ばたいた。 ネイティオは目を開いた。 どうやら、倒れていたらしい。 「疲れたでしょう?心の中を見せていただくには抵抗がありますので」 頭の上にはサリアが居た。 ……私の記憶をすべてみたのか?…… ネイティオは身体が震えていた。 自分の心の中に介入があったからであろうか。 「いえ、肝心のところだけ。何があったのかは把握しました」 サリアはネイティオの羽をつかんだ。 「さぁ、起こしますので」 サリアはネイティオをたたせるのを支えた。 ふらつかないで立ったのを確認した後、サリアはネイティオを凝視した。 「ネイティオが未来を見るのはもう仕方ないこと。ですから、自分の運命を受け止めるべきなのですよ」 サリアが言ったことに不服であった。 ……でも!友が生命の危機を抱えているかもしれないんだ!なのに……なのに……未来なんかみたくないのに!…… ネイティオは崖に向かって走り出したかった。 しかし、サリアが凝視していて動きようがなかった。 「未来予知はどのエスパータイプのポケモンでもできるものはできてしまうもの。だから、ネイティオが特殊なだけで、未来予知は――」 シャドーボールがサリアをめがけて飛んでいた。 先ほどと同じように、プシュゥッと音を立ててきえた。 「……ですから、そんなに気にしなくてよろしいのですよ?私よりよいのですから」 サリアはネイティオの頭に手を当てた。 頭を通じて体全体に何か暖かいものが流れてくる感覚がしてきた。 ……これは……?…… サリアは微笑みを浮かべた。 サリアが手を離すと空気の冷たさが頭を包み込んだ。 「貴方が心配なこと……貴方の友達のことですが……」 サリアは手を横にした。 何かがテレポートで現れようとしていた。 ネイティオにとって、大事な彼――ブーピッグが…… ……ブーピッグ!!…… ネイティオはブーピッグの身体を見回した。 影が薄いなどということはない。つまり、生きている…… 「ボクは大丈夫だよ!」 ブーピッグの明るい声がした。 ブーピッグは笑顔で語りかけてきている。 ネイティオは走り出し、ブーピッグを抱きしめた。 ……良かった……!無事で…… 目尻から何かが流れてきた。 本当に嬉しかった。 「良かったですね……」 サリアの声が聞こえた。 ……どうも、ありがとうございます!…… ネイティオはそういい、サリアを見た。 しかし、そこには誰も居なかった。 「ネイティオ、君は心配していたんだね。嬉しいよ」 ブーピッグが手を差し出した。 「ボクもあの方に助けていただいたんだ」 ブーピッグの言葉に少し不思議だと思った。 「なんか『命は大切だ。怨みは忘れなくても良い……ただ、友が心配している』といってね……」 やはり、サリアは分かっていたのだ。ネイティオが探しているということも…… 先ほどまでサリアが居た場所を見た。 ……ありがとう…… ネイティオはブーピッグの顔を見た。 二匹は背を向け、渓谷を森のほうに歩いていた。 …………この件は大変でしたね……ただ、ひとつだけ。決して怨みを忘れないでくださいね………… ネイティオは振り返った。 声が聞こえたような気がした。 ……気のせいか…… ネイティオはブーピッグを見た。 ブーピッグもネイティオを見ていた。 今の声を聞いていたのかは分からない、しかし、彼女は二つの命を救ってくれたのだろう。 心の中に何がうごめく暖かいなにかがあった。   〜fin〜