人は寂しいのが当たり前 だから人にやさしく出来るの だから素敵な明日を望むの ただ寂しいことや苦しいことは 時間と世界が癒してくれる そんなこともあるわね
  サヤは教室で手持ちのナエトルと一緒に窓の外を眺めていた。ナエトルの頭の葉っぱは気持ち良さそうに揺れている。   空はどこまでも青くつづき、その鮮やかな色に染められた地上の草木は初々しく萌えていた。   授業を受ける時間があればこの晴れた空の下を散歩した方が良い、と思うが、あいにく成績は中の下。   これ以上授業を休めば下の下まで落ちるのも時間の問題だ。何だか急に現実感が出てきている。   せめて授業中の態度くらいきっちりしておきたい。彼女は再びノートをとり始めた。   チャイムの音が鳴る。このチャイムの音というのは、非常に心地良い音だと彼女は思う。  「きっと素晴らしい音程の組み合わせなんだろうね」   ナエトルに話しかけてみたが、光合成の方が良いらしく振り向きもしない。   そう言っていみたが単に授業が終わったからそう思うだけで、行動心理学的に考えると非常に下らない理由だった。   彼女は授業が終わるといつも眠くなるが、授業中に寝たことはない。   授業が面白いわけではないし、頭にも内容は入っていないが、お金を払っている以上、寝るわけにはいかないのだ。   しかし休むことはある。人間に矛盾は付き物だ、という言い訳をするが意味は良く分からない。   彼女は少し仮眠をとりたいと思い、隣に座っているタクに話しかけた。  「ねぇ、授業中に言ってたこれってどういうもの?」   ノートを広げてみせる。アルファベットが三つ並んでいる。彼女は英語も苦手だ。  「それはDNAといって、すべての生物が持っている二重螺旋構造をした高分子で、   生物の形状・特徴など遺伝子情報を持ついわば生き物の設計図とでもいうべき物質で云々……」   やっぱりタクの声は最高だ、とサヤは思う。このバランスのとれた重低音はさながらクラシック音楽の要。   彼女は彼の難解な説明を聞きながら、内容に関わらずうんうん頷いていた。   二十分程経っただろうか。彼は説明口調で話し出すと時間を忘れてしまう。  「……というわけ。わかった?」   定期的に頷く彼女を見ながら説明してきたわけだが、どうも様子がおかしい。   彼女は両手を大きく上へ伸ばし、背伸びの姿勢をとる。  「う〜ん、良く寝たぁ〜 タクありがとね〜 やっぱり良い声だ〜 良く眠れるもん」   そう、彼女は心地良い睡眠を得るために彼に話しかけたのだ。難解語とダンディボイスの組み合わせはやはり良い。  「お前……本当に最低だな……」   さすがにこの態度はないだろう、と彼は思った。   エスパータイプのポケモンを捕まえてさいみんじゅつをかけてもらえば良い話なのに、二十分も話をさせておいてこの結果だ。   ただ話が長すぎたのは彼のせいであるが。   釈然としない感覚に怒りを通り越してうんざりする彼だったが、長い付き合いだ、もう慣れてしまったのかもしれない。   サヤとタクはポケ大に通う学生である。   二人とも一ヶ月前に二年生になったばかりで、同じ草ポケ科に所属している。   同科ではわりと有名人で、その理由は二人が特別な称号をもっているからだ。   草ポケ科の中で特に優秀な学生には七草の称号が与えられる。   二年生でこの称号を持っているのはこの二人だけ。   一年生に一人この称号を持っている者がいるが、他四つはすべて四年生のものだ。   草ポケ課は大体四百人程度の規模なので、二人の優秀さが分かるだろう。   授業を終えて二人は次の教室へ移動する。次の四限目で今日のノルマは終わりだ。   二人は明日から始まるイベントについて話をしていた。   五月に一年で二番目に大きなイベントがある。   ポケ大学科対抗バトルといわれるもので、学科ごとに三対三でバトルを行って競い合うイベントだ。   ルールは一人一匹のポケモンを持ち合い、決められたエリアでサバイバルを行う。   どちらか三匹が戦闘不能になったチームが負け、というルールだ。   二人とも初戦に学科代表で参加することになっており、どのポケモンでいくか相談していた。  「私はナエトルでいくよ。そっちもキモリで良いでしょ」  「俺はそれで良いけど、あいつは何ていうかな」   三人目は一年生で唯一の七草、入学して一ヵ月での選ばれるというのは異例だ。  「タクせんぱ〜い」   明るくて大きな声が廊下に響き渡る。後ろから突然アミがタクに抱きついてきた。彼女が例の三人目だ。   Vネックの白のTシャツの上にベビーピンクのキャミソールとミニのタイトスカート、と随分派手な格好をしている。   肩まで伸びるウェーブかかった髪が印象的だ。アンケートを取れば大多数の男から可愛いと形容されるだろう。   最近、よくタクに絡んでくる。確かにタクは七草に選ばれた実力の持ち主だし、見た目も悪くない。   とサヤは分析してみたが、抱きつくほどではないだろうとの結論だった。  「あんまり近づくなよ。先輩を敬え。」   タクは抱きついてきたクミの手を放す。迷惑がっているとまではいかないが、少し焦っている。  「ぇ〜そんなぁ〜冷たいです〜」   アミのこの何ともいえないキャラがサヤには面白かった。  「はいはい、アミちゃん、こいつ連れてっていいから。」   次の授業に出られなくなると思ったサヤは、タクにアミを押し付けて、その場をあとにした。  「お前……本当にひどいな……」   この発言自体アミに対してひどいな、とタクは思ったが、アミはあまり気にしていないようだ。  「せんぱ〜い、聞いてくださぁ〜い」   タクに負けず劣らず、アミも話が長い。しかも彼に興味のない話題が多いので余計に長く感じる。   そうはいってもノーと言えない日本人である彼は、おとなしく耳を傾けるのだった。   翌日午前九時、タクは学科対抗バトルの開会式に出席した。   アミとサヤは遅刻。こういう大事なときに遅刻するのが彼女達の流儀なのだろう。   タクは一人でエントリー三人分を書いて受付をすませた。初戦、草ポケ科に対するは土ポケ科だ。   学科対抗だとタイプ別のバトルになるため、水タイプ対炎タイプなどどうしても不利な組み合わせが出てしまう。   そのハンディを補うためのルールとして、不利なタイプにはエリアの選択権が与えられている。   今回は地面に対して草の方が有利であるため、土ポケ科は砂漠エリアを選んできた。   バトルエリアの影響は、サバイバルにおいて勝敗を左右する重要なポイントだ。  「これは楽勝ですね! タク先輩!」   アミはそういいながらタクの腕にしがみつこうとする。タクは一歩だけ離れた。  「そうでもないよ。砂漠エリアでのバトルだから、何が起こるかわからないし。」   サヤは冷静に分析した。   この二人、遅れてきたことに対して何の発言もない。   しかし、タクにはすでに怒りなどという下賤な感情はなかった。そんな無駄なエネルギーは使いたくない。  「じゃ、必ず勝つよ」   サヤはそう言って二人の前に手をさしだす。  「あぁ」  「は〜い」   三人は一箇所に手を重ねて言った。  「草ポケ、オー!」   サヤのスタート地点は砂漠エリアの西側。   彼女のサバイバルでの戦い方は単純。攻めて攻めて攻めまくるだ。   このバトルの理想的な状況としては、仲間と合流して二対一などに持ち込むことだが、 当然そんなことをしていたら相手にもチャンスができてしまう。   今回のようなタイプ的に有利なバトルなら、一対一に持ち込んで相性を活かすのが一番だ。  「ナエトル、いくよ」   午前十時、サイは投げられた。   砂漠エリアは七割が砂嵐が吹き荒ぶエリアで、地面タイプ以外のポケモンには不利だ。   果敢にもナエトルはそのエリアに突っ込んで、対戦相手を探している。   動くだけで体力を削られる砂嵐の中、視界も思うように確保できない。   それでもナエトルはサヤの命に従い、辺りを歩き回る。   なかなか姿を見せないな、と思いながら、サヤは離れた場所に隠れていた。   起伏の激しい場所であったため、砂山の裏などいくつも隠れる場所がある。   一度でも攻撃を受ければ相手の場所が特定できるので、わざわざあんなに目立つ動きをしているのだが、相手も馬鹿ではない。   そんなことは百も承知だろう。だからナエトルの体力が尽きるのを待っている。   十五分もしないうちにナエトルの体力が尽きてきた。サキは一度戻るように指示する。   そのとき、ブーメラン形状の何かがナエトル目掛けて飛んできた。   砂嵐の中を戻ってくるナエトルに直撃、ナエトルはその場で倒れた。その姿がすぐに消える。   そう、みがわりだ。   サキはすぐに立ち上がり、ナエトルに指示をだす。   ブーメランの来た方向から相手の位置がわかる。ご丁寧にも持ち主に戻っていくのだから余計に分かりやすい。  「ナエトル、はっぱカッター!」   すなあらしで見えにくかったが、カラカラの姿を確認した。効果が抜群の技をうけて、もう動けないようだ。  「まずは一人ね」   ナエトルは飛びあがってサヤとハイタッチをした。   ピンポンパンポーン。放送が響き渡る。  「カラカラ、サイホーン、戦闘不能。土ポケ科、残り一人です。」   開始早々にこの戦況。タクがやったのか、あるいはアミか。   おそらアミだ。タクは持久戦が得意だから、こんなに簡単に決着がつく戦い方はしないだろう。   サヤがそう思いながら走っていると砂漠エリアに少ししかない草原エリアでアミに出くわした。  「お疲れ、あんたがサイホーンを?」  「はいです〜」   アミはポンキッキのお姉さんのように手を振って答えた。  「単純な相手だったね。もしかして四年生は出てないのかな。」   サヤはてごたえのない相手に不満そうだった。  「そうですねぇ〜アミもそう思います〜」   相変わらずのしゃべり方だ。  「ちょっと休憩する?」  「は〜い」   二人は仲良く原っぱに座り込んだ。  「タク先輩とサヤ先輩って仲良いですよぉ〜 もしかしてぇお付き合いしてるとかぁ?」   サヤは飲もうとしていたお茶を吹き出した。  「あんなやつ狙ってんの!? やめといた方が良いよ。」  「ぇ〜 でも仲が良いしぃ〜」   アミもお茶を飲みながら、ちらちらとサヤを伺う。  「わかった。バトルで勝ったら譲ってあげる。負けたらきっぱり諦められるね。」  「本当ですかぁ〜」   そんなことを口走っておきながら、私はタクの何なんだとサヤは考えた。   何の権限があってこんなことを言っているのか。アミも何故か質問してこない。   サヤもアミも深く考えない、という点が共通している。   これが娘をやる親父の気持ちかもしれない。サヤは自分でそう思い、おかしくて笑った。   ナエトルとモンジャラは向きあう。   お互いの技は大体分かっているから、うかつに動けない。   ナエトルは体力の四分の一が減っているが、モンジャラはどの程度だろうか。   ガチでやって戦えるのか検討がつかない。相手も同じだ。   普通はこのまま時間が過ぎてゆくのだが、この二人の戦い方は似ていた。攻めて攻めて攻めまくるだ。  「ナエトル、はっぱカッター」  「モンジャラ、つるのムチ」   二人の攻撃はお互いイマ一つだが、確実にヒットしている。  「もういっちょ、はっぱカッター!」  「負けませんよぉ〜、つるのムチ!」   これはもう何も考えずにぶつかり合う、バトルというより過激な馴れ合い。   ナエトルもモンジャラも痛いとか苦しいではなく、楽しみながら意地と根性を鍛える訓練をしているみたいだ。   ぶつかりあう技と技。響きあうお互いの声。そして伝え合う意地と意地。まさに青春。   三十分は過ぎただろうか。お互い決着がつかずバテテ原っぱに転んでいた。  「あんた、本当に一年生?」  「先輩こそぉ〜 いい歳してタフですねぇ〜」  「うるさい! 一つ違いでしょーが」   二人は笑った。今日も天気が良い。  「お前ら、何してんの」   休んでいるうちにタクが合流してきた。のんびり歩いてきたのか、汗ひとつかいていない。   一人だけノルマをクリアーしていないのだが、全く気にしていないようだった。   途中から彼女達のやり取りを聞いていたらしく、呆れた表情だ。  「まぁまぁ、気にしない。三人合流して相手はたった一人、勝負はほとんど決まったみたいね」   サヤはそう言って、もう少し横になろうとした。   そのとき小さい地鳴りが聞こえた。遅れて地面が少し揺れる。   さっきまで遊んでいたサヤだが、一変して険しい顔になる。   もう一度、次は大きな地鳴りがしたかと思うと、地面に亀裂が走る。   一瞬の間に入った亀裂は、すぐに横に広がり大きな穴となった。  「地割れか、大技すぎるね」   サヤは大穴を避けて動こうとしたが、大きく地面が揺れていてバランスが取れない。  「え? あれ?」   地面の揺れで足が掬われる。サキは地割れの中に落ちそうになった。  「モンジャラ、つる出して!」   モンジャラのつるがサヤの体を引っ張り出す。  「あ……りがと……危なかった。」   今になって背筋が凍りつく。地割れと地震が同時に来たような威力だった。地割れを起こした張本人を確認する。   紫色の長い尻尾と硬そうなうろこ、両手に三本の爪、頭の上の角。ニドキングだ。  「ダグザ、地震」   次に来た揺れは地鳴りがなかったが、地面が縦に揺れる感覚だった。全く動けない   ナエトルとモンジャラはその場に張り付いたかのようにじっとするが、とても辛そうだ。  「キモリ、でんこうせっか!」   キモリの攻撃をニドキングは左腕で受け止める。   地面の揺れはとまった。  「はっぱカッター!」  「つるのムチ!」   すかさずサヤとアミはポケモンに指示する。  「ダグザ、つのドリル」   ニドキングは自らのつのを回転させ、ナエトルとモンジャラの繰り出した技を弾いた。  「大丈夫か、サヤ。あのポケモン……」   タクがサヤに駆け寄る。  「ええ、わかってる……」   サヤはアミの方を見た。いつもよりは真剣な表情だ。  「せんぱ〜い。聞いてないです〜」  「このポケモン、ちょっとレベルが違うみたいね」   今ニドキングが使用している技は、並のレベルのポケモンが使える技ではない。   明らかにサヤたちとはレベルが違う。そしてそのポケモンの攻撃を受けて分かった。   レベルの違いを理解し、手加減していない。先程の地震は本当に怖いと思った。   サヤは対戦相手のことをあまり調べていなかったことを後悔していた。  「セリ、ナズナ、スズシロ、ぜひ力を見せて欲しいね。」   シンヤは余裕の表情で、彼らに宣戦布告をした。   サヤは現状況を確認する。相手はニドキング、対するこちらはナエトル、モンジャラ、キモリの三匹。   数による有利はあるが、それを覆すだけのパワーが相手にはある。   下手をすればさきほど地震で終わっていたかもしれない。   それでも不思議と、サヤは何とかなるのではないかと思うのだった。  「セリ花のサヤ、貴女に七草の称号を授与します」   セリの花。個々の花は小さく、まるで競りあっているように一箇所に咲く。 色んな花が咲いているようで面白い 。   これが私の花か、とサヤは思った。   彼女は勉強が苦手だ。毎日宿題はやるのだが、テストになると途端にできなくなる。   人の何倍も時間をかけないと覚えられないのだ。いつも成績は良くなかった。    スポーツについてもそうだ。運動おんちで、特定の競技に強いわけでもない。   ただ、ポケモンバトルについては、同級生と違って個性的だった。   状況判断、次の一手、他の生徒は大体同じような判断をするがサヤだけは違った。   相性だけにこだわらず、ポケモンの特徴、特性、バトルする場所を総合的に考え判断できる。   ポケ大などに来れたのは、ポケモンバトルが得意な学生を推薦する制度があったからだ。   親と先生から言われて試しに受けてみたら合格。世の中勉強だけじゃない、というのが嬉しかった。   大学に入ってからも勉強はからっきしだったが、バトル実習についてはいつも優の成績。   それが認められ、二年生になってすぐ七草に任命された。   四月の終わりにはナズナのタク、スズシロのアヤと同年代の七草メンバーができた。  「えーと、セリの花言葉は清廉潔白!?」   私にそんな表現が似合うだろうか。   自分で想像してみたが、思いついたのは笑ってしまうようなシチュエーションだった。もちろん誰にも言えない。   七草になって一度だけ四年生と会う機会があった。確かリーダーが面白いことを言っていたな、とサヤは思い出す。  「春の七草って言ってね。お粥にして食べると体に良いと言われてるんだ。一つ一つは雑草みたいなものなんだけど、揃えて食べると無病息災。   何が言いたいかって、草ポケモンって他のタイプに比べて弱点が多いよね。でも、他のポケモンと強力することで、すごい力が出せる」   そう、草ポケモンの真骨頂は、周りのポケモンとの連携にある。  「アミ、今日はモンジャラで正解ね。準備は良い?」   サヤはアミにアイコンタクトで作戦を伝える。うまく伝わっていればいいが。  「はいです〜」   こういう大事なときでもしゃべり方に緊張感がない。これはこれで良いのかもしれないが。  「モンジャラ、すいとるです!」   今更すいとるではニドキングにダメージは与えられないが、狙いは別のところにある。   モンジャラはキモリとナエトルから体力を奪い取った。そして、  「にほんばれです!」   モンジャラの技で日差しが強くなる。草ポケモンには絶好の天気だ。   一人元気になったモンジャラはニドキングに向かって走り出す。  「なるほど、一人に力を与えてレベル差をカバーするわけか。しかし、その程度では少し弱いかな。ダグザ、いわなだれ!」   複数の岩石がモンジャラを襲う。モンジャラはそれほど動きの早いポケモンではない。   サイズからいっても一つでも当れば致命傷は避けられないだろう。   シンヤはこれで終わるつもりだった。が、ぶつかる、と思った瞬間にモンジャラの動きが早くなった。   岩の動きを読む、そして当りそうになったら避ける。シンヤは一瞬目を疑った。   岩と岩の間を駆け抜け、飛び上がり、ニドキングに近づいてくるモンジャラ。   その動きは恐ろしいほど早く、そして美しい。さながらそれは舞いのよう。ダンスの相手は岩か、それともニドキングか。  「この動きは……そうか」   特性ようりょくそ。草ポケモンがもつ特有の能力。天気の効果を受けすばやさが二倍になっている。  「ダグザ、アイアンテールだ」   いわなだれを掻い潜ってきたモンジャラに、ニドキングの硬い尾が迫ってくる。   いくら動きが早いとはいえ、タイミングを読まれては避けることはできない。  「からみつくです!」   モンジャラは体中のつるをクッションに使ってアイアンテールダメージを最小限に抑えながら、ニドキングの尾にからみつく。   モンジャラはこのつるの吸収力によって、ぶつりこうげきには非常に強い。   さらのつるを伸ばし、手足の動きを封じようとした。  「やりましたたぁ〜 モンジャラそのまま……あっ!」   モンジャラの動きが鈍る。ニドキングの体に巻きついたところまでは良かったが、トゲに触れてしまったのだ。   特性どくのトゲ。直接攻撃してきた相手をどく状態にする。  「惜しかったな」   ニドキングは必死にからみつくモンジャラを引き離そうとした。モンジャラは何とか耐えようとするが、どくのせいで体力も限界だ。  「せんぱ〜い!」   アミはサヤとタクの方へ目を向ける。頷く二人。  「タク、いくよ!」  「あぁ」   キモリとナエトルはモンジャラに与えた体力を、にほんばれを光合成することで回復していた。   とはいってもまだ三分の一、全快ではない。  「キモリ」  「ナエトル」  「ソーラービーム!」   通常であればタメの必要な大技も、この日差しであればすぐに攻撃できる。   モンジャラを起点にした連携攻撃、これで決まらなければおしまいだ。   必死にからみついていたモンジャラはニドキングから離れる。最も、体力が尽きて足元に落とされた形であったが。   二つのソーラービームがニドキングに命中する。   ニドキングは防御系の技を覚えていない。シンヤはニドキングとソーラービームのぶつかりを見ているだけだった。   耐えれば勝ち、倒れれば負け。  「これが狙いだったわけか。なるほど良くできている。しかし」   ニドキングは地面タイプであったが、どくタイプも持っているため、草タイプの攻撃は効果が抜群ではない。   耐えられない攻撃ではなかった。   シンヤは最後の攻撃を考えていた。地震で決めることになるだろう。   今回の相手、期待の新人ということで楽しみにしていたが、所詮は大学生。思ったほどではなかったか。   ニドキングに指示を出そうとしたとき、徐々にキモリとナエトルの攻撃に押されていることに気付く。  「これは……そうか……特性を活かして……」   ソーラービームは二人分の威力だけではなかった。ポケモンの力を最大限まで活かしている。   こんな激しい戦いの中であったが、シンヤはふいに不思議な気持ちになった。   目を閉じる。春をいとう間もなく、夏空がたちまち森を覆う。   春の終わりをまって夏が続く、というのではなく、春のさなかに不意に切り込んでくるという感覚。   新緑。   若葉のつややかな緑色。   あのキモリもナエトルもレベルからいってとっくに進化していてもおかしくない。   だが、あえて進化を抑えているのではないか。   それは生まれたままの姿で、生まれたままの気持ちでいたいため。   いつまでも若く、そして新しい気持ちを忘れないため。   それこそが変わらない気持ち。   進化を意図的に止めるなんて、という人たちもいるが、 変わらないことは難しい。   強さだけを求めていったい何になる?   シンヤは目を開けて、ニドキングを見た。  「お前も、そう思うか?」   ニドキングは少し笑ったように見えた。そして背中から仰向けに倒れた。   ピンポンパンポーン、放送が聞こえる。  「ニドキング、戦闘不能。草ポケ科の勝ちです」   時刻は十二時、およそ二時間のイベントは見かけ上、草ポケ科の圧勝にて幕を閉じた。  「最後、手加減しませんでしたか?」   女性がシンヤに話しかけた。飲み物とタオルを渡す。声からしてまだ若い。二十歳くらいだろうか。  「いや、全然。」   シンヤは答える。手加減したつもりはない、というのは本当だ。  「思ったよりできる面白い連中だったよ。ぜひ、うちに欲しいね」   シンヤは実はポケ大の学生ではない。公安警察のような仕事をしており、とある任務もあって今回のイベントに参加していた。   本来は勝たなければならない任務だったが、どうして負けてしまった。   作戦を考え直さないといけない。   ふと思いついたシンヤは、女性に聞いてみた。  「そういえばさ、コドラを持っていたよな。どうして進化させない?」  「何ですか?」   女性は質問の意図がわからない、といった感じで首をかしげる  「いいから、答えてくれ」   シンヤは彼女の答えを大体予想できた。それでも聞いてみる。  「まだまだレベルが足りないからです。進化させると技を覚えるのが遅くなりますから」   女性は他に理由があるのか、とでも言わんばかりに答えた。  「そうか」   それが普通だろう。トレーナー、特にバトルに気をつかう者であればそれしかない。   四天王に憧れる者、ライバルに勝ちたい者、みな強くなりたいと思っている。   おれもそうだろうか。シンヤは自問自答してみた。   答えはすぐに出なかったが、考える余地がある、というだけましだと思った。   草ポケ科棟の前で、アミもタクもサヤも大の字に寝っころがっていた。  「あ〜疲れた〜」   タクは大粒の汗をかいていた。シャツをパタパタさせ少しでも冷まそうとする。  「ほんと、予想外」   サヤは手首を動かし、手の平をパタパタさせる。ほとんど風は来ない。単に格好だけだ。  「でも勝ちましたぁ〜」   モンジャラとキモリとナエトルも側に転がっている。上から見ると三人と三匹で六角形の形で寝ている。  「あのニドキングさん、名前ついてましたぁ〜 あたしのモンジャラも、今日からモジャモジャって呼びます〜」   アミは寝転がったままモンジャラを持ち上げた。  「サヤ先輩のナエトルはナエナエですねぇ〜」   アミのネーミングセンスはこの程度だ。  「ナエナエ!? 萎えるみたいでちょっと弱そうじゃない? タクみたいに」  「おい!」   タクは聞き捨てならんといわんばかりの声を上げた。  「じゃぁ〜 タク先輩のキモリわぁ〜 キモキモ!」  「うわー、それはキモイね。タクみたい」   アヤは本当に面白いのか、腹をかかえて笑っている。  「お前……心底鬼だな。」   タクは近々、同じようなセリフを三回は言っているような気がする。  「せんぱ〜い。今回の勝負はお預けですねぇ〜」   アミはサヤに向かって言った。  「そうね、また今度ね」    サヤはタクを一瞥したあと、アミに向かって答えた。  「え? 何の事。」   アミとサヤは声を抑えて笑う。ナエトルとモンジャラもその真似をしている。   タクとキモリだけは何の事か分からずに、キョトンとしているのだった。