「す、すっぴんなのか?」    ソラの問いに少年はニヤっと笑い、    「ええ。すっぴんです」    と、答えた。ソラはじっと顔を眺める。泥棒は絶対にメイクしている。ソラは今一度   観察する。    大きな目に、隈もできている。骨ばっているときぐらいに大きい目だ。まるで、オバケ   役の少年である。黄色で、白いという表現より青白いの方が似合っている肌。ダボダボの   ズボンを履いている。背筋もシャキッとしている訳ではなく、どちらかというと猫背であ   った。本当のオバケみたいである。目が大きいあたり、まだ救いがある。    「これが私の本当の姿なので、勘弁していただけませんか?」    ソラは黙ってうなずく。しかし、警戒は解かない。    彼らの出会いは最低で好ましいものではなかった。 ポケモン絵巻         第二話「最低な出会い?」    「そこまで警戒しないでください。少しばかりあなたのテントで休憩していただけです   から。何も盗ったりしてませんし、ね?」    テントに腰を下ろしたまま少年は言った。首を傾げてみせるが、今のソラには何を言っ   ても無駄である。彼は自分の物に触れられるのが一番嫌いだった。少年を睨みつけたまま、   テントに入る。邪魔なとこにいれば押しのけるつもりで。    「許してくれそうに・・・ないですね・・・?」    少年はソラの座る場所を空けながらゆっくりと尋ねる。スペースは三人くらい寝る余裕   があった。青いシートにソラは座る。    「当たり前だろう! どうして不法侵入された僕が許さなきゃいけないんだ? くそっ、   絶対に警察に突き出してやる・・・!」    「そんなに嫌なんですか? いいじゃないですか、見られて困るものなんてないでしょ   う。あ、もしかしてこれ・・・」    ぴらっと写真を一枚取り出す少年。指先でつまみ、ヒラヒラと振っている。ソラの表情   がみるみる変わっていく。怒を体全身で表し、少年からひったくった。    「なんてやつだ! 勝手に人のモノまで触るなんて・・・。キミは将来ろくな奴になら   ないだろう。ここまでやったんだから、名前くらい言えよ?」    半ば脅し気味の口調でソラは言った。だが、少年は全く動じない。口元を上げた。    「そうですね・・・。実を言うとレジェンズの調査で調べました。ここら辺ではやたら   と出没するそうですからね」    いったん言葉を切ると、少年は立ち上がった。スカーフをなびかせる。    文字が書かれている。筆で力強い文字だ。    それは、アルファベットに´がつけられている。    「・・・・・・G´」    ソラが文字を読み上げた。G´は特有の笑みを浮かべる。    「私はそう名乗っています」    テントから差し込む月光が彼を照らした。暗い森のなかだが、くっきりとG´の位置が   分かる。不敵な笑みが、奇妙な存在感がソラを見下ろす。一瞬、ソラの背筋に冷たいもの   が走った。ごくりと生唾を飲み込み、G´を見つめるソラ。    やがて、ソラが口を開く。    「でも、それって本名じゃないだろう? ただの通称じゃないか」    「だめですか?」    再びG´は座り込み上目遣いにソラを見る。    ふーっとソラは息を吐き出して言った。    「もういいよ。キミはG´、それで納得してあげるからさ。僕は調べて分かっただろ?   レジェンズじゃない。だから、もう帰ってくれ」    「嫌ですね。ここにいる理由を聞いていませんから」    その返事にソラの神経が切れそうになった。理由まで問われるとは思いもしなかったの   である。G´があるものに目をつけた。素早くひったくる。    彼が手にしたモノは赤い機械である。手に収まるくらいの小型。液晶画面もあった。    それは、通称「ポケモン図鑑」。    オーキド博士が発明したものである。生産された数は極めて少ない。所有することを許さ   れるのは僅かなトレーナーだった。それも、優秀なだけでは勝ち取ることは不可能。人柄的   に良く、ポケモンにも優しいトレーナーが初めて手にする。もちろん、そんな人物はごまん   といる。    「どうやって図鑑をもらったんですか?」    「キミに教える義理はないよ」    「確か、オーキド博士はお亡くなりになりましたよね。では、ウツギ博士かオダマキ博士   のどちらか、です。違いますか?」    G´の言うオーキド博士とはポケモンの権威である。今では名誉博士の称号を持っていた。   しかし、寿命のため八十八歳で逝去したのだ。その研究を受け継いだのがウツギ、オダマキ   の両博士である。      ソラはムッとしながらも答える。    「それは周知の事実だしね。間違いないよ。どっちに、とは言わないけどね」    「ありがとうございました。ところで・・・」    G´は一端言葉を切る。ソラの性格を見抜こうとしていた。おそらく、プライドは高めな   のだろう。    (髪が綺麗にセットされている。几帳面なタイプだな。これはカンだが、正義感は強そう   だ。少し聞いてみよう・・・)    図鑑をいじってみる。なるほど、アチャモをパートナーにしているのか。ソラの方を向き、    「あなたはレジェンズの捜査で来ている、そうでしょう?」    「! よく分かったね。キミと同じ理由だよ」    「では、こういうことにしませんか? 私とあなたで共同捜査というのは。嫌ならかまい   ません」    ソラは嫌ではなかった。だが、なんとなくイエスと言えない。彼がレジェンズを調べる理   由は一つ。レジェンズが悪だから。単純な動機かもしれない。マサラタウンで育った彼は悪   が嫌いだった。歴史上でロケット団など、そういう悪の組織を倒してきたのはマサラのトレ   ーナーである。レッドやグリーン、ブルーは彼らマサラタウンの誇りだった。その血がレジ   ェンズを許さない。    ただ、それとこれとは話は別である。    (こんな得体の知れない奴と一緒にできるものか・・・!)    G´はまじまじとソラを見ている。    「ソラくんどうしますか?」    「な、なんで僕の名前を?」    「簡単ですよ、これです」    図鑑をソラに返しながらG´はニヤリと笑った。G´はソラの承諾を待っている。    ソラはゆっくりと手を出す。    「なんですか、この手は?」    不思議そうにG´は首を傾げた。ソラは微笑んで言う。    「握手さ。僕らは仲間になるわけだし。もちろん、キミのことは信用したわけじゃない。   でも、悪い奴じゃないと思うしね」    野生の虫ポケモンがG´のそばにいる。その光景を見てソラは安心したのだった。どのポ   ケモンも幸せそうに寄り添っている。最初、ソラは気が立っていたために気づかなかった。   平静な心を取り戻し、じっくりと観察する。    臆病な性格のキャタピーもそこにはいた。人間のことを怖がるはずのキャタピーが来てい   る。たったそれだけのこと。    ポケモンは心が分かる。人と同じくらいに賢い。ソラの持論である。        「野生のポケモンは賢い。だからかな、僕までキミを信頼しそうだよ。僕はポケモンを和ま   せるトレーナーが好きだ。キミの事は好きじゃないけどレジェンズを倒すために、協力するよ。   同志としてね」    G´はポカンとしながらもソラの手を握った。ぎゅうっと力をこめて。    「よろしく、ソラくん」    頭をかきながら、ぼそっとした声でG´は言った。    「つまんねえ・・・」    ミシロタウンである。小さな村で、緑が多い。それは、この村の特徴。物憂げに呟いた少年   は村に対して言ったのではない。ここには、小さな研究所があった。オダマキという表札が立   っている。彼は一度研究所に入った。図鑑をもらうためである。しかし、結果は首を横に振ら   れただけだった。    「ちぇっ。バトルのために使うって一体何がいけないんだよ!」    少年は歩き出した。もういい。だったら、力づくでも取ればいい。薄ら笑いをして、歩く。   ミシロタウンにはアイツを連れていこう。    「オダマキめ・・・。後悔させてやる。このオレを受け入れなかったことをな・・・!」    少年が決意したのはG´とソラが出会ってから二日後のことであった。